緑野メイは、自他ともに認める地味な女子高生だ。身長は平均よりやや低く、顔に浮かぶそばかすと度の強い眼鏡も相まって、どう頑張っても野暮ったい印象を与えてしまう。毎日鏡で笑顔の練習はしているが、その度に自分の顔を見てテンションが下がってしまう。
学校では、目立たずひっそりと過ごしている。親しく話すような友達は居ない。同じように見た目が地味な女子たちに話しかけようとしてみたこともあったが、話題に付いていけず自分から離れていった。漫画やアニメはあまり興味がない。テレビで見かけるなぁ程度の知識では、オタク特有の熱量を持ったトークに圧倒されるばかりだった。
メイには、これといった趣味が存在しない。小説はたまに読むが、それも月一で文庫本一冊読む程度だ。暇なときはもっぱら動画サイトを眺めたり、電源の付いたテレビを音声だけぼーっと聞き流して一日が終わる。
そんな日々を過ごしていると、たまに自己嫌悪に襲われることがある。メイには、何もない。趣味も無ければ、友人もおらず、かといって勉強やスポーツができるわけでもない。ただただ地味なだけの、何のとりえもない女子高生。唯一、若さだけは武器にできるかもしれないが、それが通用するのもあと数年だろう。もし、このまま無駄に歳を重ねたら、どうなってしまうのだろうか。不安になって眠れない夜が増えてきた。何もできない、何も成し得ない。それならいっそ、この世界から消えてしまいたい。
そんな、後ろ向きな願いは時間と共に大きく膨れ上がっていった。そして、その願いは何もなかったメイに、ある特別な力を与えた。
『誰だって、何者かになれる。貴女だって、そう。私は、あなたの力に期待していますよ』
そう教えてくれたのは誰だったろうか。声は覚えているが、姿は思い出せない。でも、そんな細かいことはどうでもいいのだ。重要なのは、その誰かに出会ったことで、メイの願いが力に変わったことだ。
与えられた力は、『迷彩』の魔法。背景に溶け込むように、身体や服の色を自由に変え、姿を隠すことが出来る。何にもなれない自分にぴったりで、それでいて素晴らしい力だ。この力があれば、色々なことが出来る。
⋯⋯でも。特別な力を与えられたからといっても、それを使うメイは凡人だ。最初に思いつくのは万引きなどの犯罪行為だが、『迷彩』があればバレる心配はないとはいえ、なけなしの良心が邪魔をする。何より、そんなことをする勇気が無かった。
そんなメイの背中を押すように、力をくれた謎の声は続けてこう言った。
『だいじょうぶ。貴女ならできます。貴女の心は、何よりも破壊を、破滅を求めている』
否定しようとする気さえ起きなかった。するすると、心の奥底に手を伸ばされたかのように、その声は優しく、甘美な響きをもってメイの迷いを振り払う。
『才のある人間が羨ましいでしょう? 恵まれた容姿を持った人間が妬ましいでしょう? それなら、殺してしまえばいい。殺せば、貴女はその相手を上回ったことになる。それを続ければ、貴女は誰よりも優れた人間になれる』
論理は破綻している。しかし、メイはその言葉を素直に受け止めていた。成程、と思えた。迷いを映すかのように泳いでいた瞳はどんよりした殺意で濁り、一点を見つめる。その先に立っていた相手は、メイの両手を包み込み、そっと拳銃を手渡した。
『来週、貴女とは正反対な子が文化祭で劇を披露します。その子は主役です。舞台の上で一番目立つはずです。⋯⋯そんな主役を殺した貴女は、どうなるでしょうね?』
そう言われて、覚悟は決まった。主役を殺して、自分が上になるのだ。もう、何者でもないとは自分にも言わせない。メイは、誰にでも認められるようなナニかに、必ずなってみせる。
決行日までの一週間で、魔法の使い方は覚えた。たぶん、今まで生きてきた中で一番何かに熱中して取り組めた気がする。今のメイなら、誰にも気づかれることなく主役を打ち取ることが出来る。その自信があった。
文化祭の会場の高校は、メイが通っている高校とは違い、かなりのお金持ち学校だ。校門に入る時から既に魔法を使っているメイには、誰も気づかない。メイの身体は人混みを映し、風景を映し、そこに溶け込む。着ている服や持ち物も同様だ。黒光りしているハズの銃身も、今は風景に溶け込んで誰にも見えない。
壁に飾ってあるポスターで、演劇が行われる場所と時間は把握した。主演の生徒の名前は、蓮見レイア。ポスターの真ん中にデカデカと名前と一緒に写真があるのですぐ把握できた。それにしても、こんなポスターを作るなんて、こいつは余程の目立ちたがり屋に違いない。
それならば、自分が最も目立つ舞台を用意してやろう。最高に盛り上がった舞台の主演を殺し、自分が主役を奪うのだ。その姿が誰にも見られずとも関係ない。主役を殺したという事実が、メイの中で残り続けるのだから。
舞台開始までの時間が、酷く長く感じられる。一度、下見を兼ねて狙撃予定の舞台袖に行こうとしたが、黒髪の女子が何やら作業をしていたのでやめておくことにした。メイの魔法ならば見つからないとは思うが、舞台袖は狭い。もしぶつかれば、姿が見えなくてもそこに誰かが居ることがバレてしまう。それは避けたかった。
下見をすることは叶わなかったが、無事誰にも見つかることなく舞台開始の時間となった。足音を立てないようにこっそりと舞台袖に行き、その時を待つ。どうせ、主役は目立つシーンが必ず来る。撃つならその時だ。
「いっそ、私が捕まって殺されても構わない。私はここにいたい。君と一緒にいたい」
「行って、お願いだから言って! もうどんどん明るくなっているわ」
ロミオとジュリエットの別れのシーン。ここだ。ロミオが舞台裏へと向かうタイミング。ここで蓮見レイアの心臓を撃つ。そう心に決め、引き金を引こうとした瞬間、予期せぬ事態が発生した。
「待って、ロミオ!! やっぱりそばに居て!!」
本来なら別れるロミオを見送るはずのジュリエットがロミオに駆け寄り、後ろからその身体を抱きしめたのだ。そしてその熱い抱擁に感極まったように、ロミオ役の蓮見レイアがジュリエット役の生徒を抱きしめ返す。
「ああ、愛しのジュリエット!! 愛しているよ!!」
二人が正面から抱き合い、キスを交わす。その瞬間、舞台の前方からピンク色のスモークが焚かれ、2人の姿を覆い隠した。
(くっ、これじゃあ姿が見えない⋯⋯!!)
キスシーンを盛り上げるためか、大量に焚かれたスモークは2人の姿を覆い隠していた。しかも、そのスモークは舞台袖まで届いてきている。
「やばっ⋯⋯」
スモークが身体に触れ、小さく声が漏れた。このままだと、スモークによってここにメイが居ることがバレてしまう。根が小心者のメイは、リスクを犯すことを避け、素早い撤退を選択した。
大丈夫、文化祭は明日もある。劇も今日明日で2回開催されることは把握済みだ。スモークが焚かれることは理解した。ならば、狙撃ポイントを変え、別のタイミングで撃ち殺すまで。その時は、ついでだから愛しのジュリエットも一緒に殺してあげよう。
○○〇〇〇
「ふう、なんとか乗り切ったな⋯⋯」
スモークを焚くことによって舞台袖から姿を隠す作戦が成功し、なんとか私とレイアが撃たれて死ぬ未来は阻止することが出来た。その後、一度舞台袖に掃けたタイミングで、自分のスマホからメルルの入ったスマホへ通信。赤外線カメラで下手人の姿を捉え、下手人が逃げたことを知り、その後の劇は通常通り行うことができた。
「ヒロちゃんもレイアちゃんも凄かったよ! あのキスシーンも、ホントにキスしてるんじゃないかってドキドキしちゃった」
「あれは寸止めだ。実際に口付けするわけないだろう」
「私は本当にやっても構わなかったけれどね!」
得意げにそう言っているレイアだが、キスシーンの時顔が赤くなっていたのを間近で見ている。スモークで観客席からは見えなかったはずなので、この事実を知っているのはおそらく私だけだ。まあ、私の口からわざわざそれをエマに教えるような意地悪な真似はしない。
「劇は明日も行うのだろう? 下手人は今回は逃げたが、明日も狙ってくるはずだ。それまでに、対策を立てておく必要があるな」
私は、メルルから送られた映像を凝視する。通常のカメラには何も映っていないが、赤外線カメラはそこに銃を構えた何者かが居ることを映し出していた。
「ヒロくんの推察が当たったようだね。なんとも不思議な現象だ。これは身体を透明にしているのかな?」
「その類の魔法なのは確かだろう。やれやれ、厄介な魔法持ちに目を付けられたものだ」
今回は、私が『死に戻り』をしたことで狙撃ポイントを予測し、カメラの設置やスモークという対策が出来た。だが、明日は同じ対策は出来ない。また私が死に戻ればわかるだろうが、なるべく死にたくはない。
「助っ人が必要だな」
人造魔女因子を無力化できるエマと、劇に出るレイア、そして私は必須として、この3人だけでは対処が難しい。私は、更なる人員の補充のために、12人全員が集まるグループチャットに助太刀を依頼する内容を投稿したのであった。