二階堂ヒロの事件簿   作:赤葉忍

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聖なる凶弾

 太陽が沈みはじめ、オレンジ色に染まり始めた空。ただ、意識してみようとしなければ、見上げて空を見ることはあまりないだろう。

 

 そんな、人々の視界から外れた天高く、電波塔のてっぺんの足場に、寝そべるような体勢でスナイパーライフルを構える少女が居た。少女の恰好は、黒のベールとローブが特徴的なシスター服だ。しかし、よく見るとローブの内側には何も着ておらず、上と下の大事なところだけを十字架のようにクロスさせた布で隠しているという、街中にいたら一発で変質者として通報されそうな見た目をしていた。その上、目元も黒い布で覆い隠しており、スナイパーライフルを構えていることと相まって、極めて異質な出で立ちであった。

 

「ああ、臭います。臆病者の匂いが、ぷんぷん漂ってきます。わたしの赤ちゃんをあの方から譲り受けたにも関わらず、標的を始末できなかった能無し⋯⋯。あの方に代わって、私が始末してさしあげなくては」

 

 そうぽつりと漏らした声は、狂気を帯びていた。彼女の名前は、松谷フタバ。緑野メイと同様に、人造魔女因子によって魔法に目覚めた少女だ。しかし、彼女がメイと異なる点は、その魔法の殺傷能力の高さを買われ、人造魔女因子を施設から盗み出した犯人⋯⋯いわば“黒幕”からの記憶処理を受けていないことであった。

 

 フタバが扱う魔法は、“銃器制作”。かつて牢屋敷にいた少女の中にも、似たような魔法の使い手は居た。それも当然だ。人造魔女因子は、かつての魔女候補たちのデータを基にして創られたものだからだ。

 

 フタバは、スコープを除く代わりに、鼻をひくつかせる。フタバは産まれつき目が見えない。その代わりに、嗅覚が異常に発達していた。一度嗅いだ臭いならば、たとえ数キロメートル離れていてもその臭いを正確に探知することが出来る。今回辿るのは、フタバが“赤ちゃん”と呼称する、彼女が魔法で産み出した拳銃の臭いだ。

 

「ああ、見つけました。臆病者の腐った匂い。ただ、一人じゃないですね。周囲に少女らしき匂いが5人ほど。今撃ったらちょうど他の少女に当たりそうですね⋯⋯。まあ、どうせ『死に戻り』の魔法の持ち主は積極的に殺すようあの方に言われていますし。匂いだけでの特定は難しいですが、偶然当たれば、ラッキーということで」

 

 フタバは、ふっと一瞬呼吸を止め、集中を極限まで高める。鼻から取得する情報を脳内で処理し、計算し尽くした位置に狙いを定め、引き金を引いた。

 

 パァン!という乾いた音が響く。魔法で創り出した銃でも発砲音を抑えることは困難だ。ここに長居していては音を聞きつけて誰かに見つけられる危険がある。フタバはそそくさとその場を立ち去る準備を始めた。

 

 それに⋯⋯2発目を撃つ必要はない。フタバの鼻には、既に風に乗って血の匂いが届いていたのであった。

 

 

〇〇〇〇〇

 

 

 下手人を舞台の上に立たせるというかなり荒っぽい方法ではあったが、何とか悲劇を未然に防ぐことは出来た。劇も無事終わり、観客からは前日よりも体感多くの拍手を貰うことが出来た。

 

 それにしてもだ。レイアから下手人を巻き込む形で劇に参加させるという作戦に関しては聞いていたが、肝心の演技に関しては完全にレイアのアドリブだった。もし事前に内容を聞いていたなら、危険な真似はやめるよう忠告していた。怪我をしなかったからよかったものの、拳銃を奪って無力化した相手にわざわざ武器を渡すなどどうかしている。

 

「ん? ヒロくん、私の顔をじっと見つめて、どうしたんだい?」

 

「⋯⋯いや、なんでもない」

 

 ただ、満足そうな表情をしているレイアを見ると、そのことを叱る気力は失せた。結果的には一番丸く収まる形で下手人を確保できたのだ。不問としておこう。私はレイアに向けていた視線を正面に戻す。そこには、うなだれて反省している様子の下手人⋯⋯緑野メイがいた。

 

「なぁなぁメイっち~。もっかい『迷彩』の魔法使ってみせてよぉ。減るもんじゃないんだしさぁ~」

 

「ひぃ、コミュ強怖い⋯⋯。なんでこの人僕にこんなにフレンドリーに接することできるのぉ?」

 

「やめろよ沢渡。緑野が困ってるだろ」

 

「ひぃぃ!! ヤンキーはもっと怖いぃ!!」

 

「⋯⋯なあ桜羽。ウチってそんな怖いか?」

 

「大丈夫! アリサちゃんは可愛いよ!!」

 

 既にこちらに対し敵意がないことが分かっているからか、ココを中心としてエマとアリサもメイに絡んでおり、何故かメイが怯えているというよく分からない事態になっている。これ以上放置したら更に混沌としてきそうだ。私はぱんと手を打って皆の注目を集めた。

 

「皆、注目! メイが所持していた銃は今私が持っている。その上、メイの両手は拘束し、数人で取り囲めば『迷彩』を使って逃げ出すのも困難。こちらに危害を加えるのは難しいだろう。だが、そろそろ場所を移動し、エマの魔法で彼女を完全に無力化させたい」

 

「もうそんなつもりないですってばぁ⋯⋯」

 

「悪いが、君のことはまだ信用していない。それに、私たちとしてはこれが仕事なのでな。君には大人しく従ってもらう」

 

「なんで場所を移動する必要があるの? ここじゃダメなのかな?」

 

 しょんぼりと肩を落とすメイにちらちら視線を送りつつ、エマがそう尋ねてくる。勿論、場所を移動するのには明確な理由があった。

 

「勿論理由はちゃんとある。今はだいぶ人は減ってきたが、ここはまだ校内だ。舞台裏には人の出入りは少ないとはいえ、エマが魔法を使うと姿が変わってしまう。あの姿を誰かに見せるのは危険だ」

 

「確かに、エマくんのあの姿は目立つよね。ああっ、私も可能ならばもう一度魔女化した姿になりたい⋯⋯!!」

 

「この馬鹿は放っておいて移動するならさっさとしようぜ。あんま遅くなるとお前らの家族も心配すんだろ」

 

「そうじゃん、推しが帰りを待ってる! ぱぱっと済ませよ~」

 

 確かに、外はもう日が暮れ始めている時間だ。私の家族は私が遅れてもあまり心配しないとは思うが、門限を過ぎるのは正しくない。メイに関しては政府の人間からの事情聴取などもあると思うのですぐには帰れないと思うが⋯⋯それに関しては自業自得だ。

 

「ぼ、僕も、早く移動するのには賛成です。なんだか、とても嫌な予感がして⋯⋯」

 

「大丈夫だよ! ヒロちゃん達は皆いい子だし、ボクの魔法もそんな時間かからないから!」

 

 キョロキョロと落ち着きなく視線を動かすメイを、エマが落ち着かせる。全員の同意が取れたところで、私たちはなるべく人目を避けながら校舎を出る。事前調査で人が立ち入らない場所の目星は付けている。そこにメイを連れて行き、エマに『死に戻り』の魔法を発動してもらうつもりだ。

 

「なあなあヒロっち。これってあてぃし達も付いていかんとダメなん? あとはエマっちがメイっちに魔法使うだけだし、あてぃしら関係なくね?」

 

「ここで帰る方が後味悪ぃだろ」

 

「そうだよココくん! 彼女を無力化して初めて舞台の幕は完璧に下ろされるんだ! 最後まで責任を持って付き合おうじゃないか!!」

 

 後ろがぎゃーぎゃーと騒がしい。牢屋敷の面子は賑やかなのが多いが、ココとレイアはその中でも自己主張が激しめなので騒がしくなりやすい。しかし、そんな騒がしい後方に視線を向けるでもなく、メイは先ほどよりも更に顔を青ざめさせていた。

 

「ねえ、どうしたのメイちゃん? なんだか普通じゃないよ?」

 

「わわ、わかりません。でも、なんかすごく怖くて⋯⋯。まるで、誰かが遠くから見ているかのような⋯⋯」

 

「誰かに見られている⋯⋯?」

 

 私は、メイが言ったことが少し気になり、辺りを見渡してみる。だが、近くには人の気配はない。遠くに送電塔らしき建物は見えるが、それ以外には目立つ建物も無い。

 

「君の気のせいではないか? 私には何も気になるものは見えな⋯⋯」

 

「危ないっ!!」

 

 その時だった。私と一緒に視線を巡らせていたメイが、送電塔の方に視線をやった直後、そう叫んで私を突き飛ばした。突然何をするのか。文句を言おうと顔を上げた私が目にしたのは、胸元から血を噴き出し倒れる緑野メイの姿であった。

 

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