校舎を出る前から、ずっと嫌な予感はしていた。誰かが自分のことを見ているような、粘っこい敵意のようなものをひしひしと全身で感じていた。
だからこそ、緑野メイは気づくことが出来た。電波塔の頂上でキラリと光るものを。それが何か、直感的に勘づくことが出来た。メイは拳銃に弾を込めていないのに、勝手に弾が補充されていたから。それが魔法によって造られたものであるということは分かっていた。
気づいた直後、メイの身体は勝手に動いていた。本当なら、あの光が危険なものだと分かった以上、すぐにでも逃げたかった。でも、あの時、自分の命を狙っていたはずのメイを舞台の上に引き上げ、存在する意味を与えてくれた蓮見レイアの在り方を知って。咄嗟に、助けなくてはと思ってしまったのだ。
「おい、しっかりするんだ!! 意識はあるか!?」
二階堂ヒロが、必死な形相で自分の身体を揺さぶる。メイの胸から溢れ出る血が、ヒロの服を赤く染めていく。だが、そんなことは一切気にせずに、こちらの身を案じ、更にはハンカチで止血までしてくれていた。その様子を見たら、助けてよかったと心底思えた。
「また狙撃される危険がある! 皆、地面に伏せて物陰に避難するんだ!」
レイアが真剣な表情で指示を出し、他の皆は慌ててそれに従う。そして、レイアはヒロの元へと駆け寄ると、メイの身体を一緒に抱きかかえた。
「彼女の容態は!?」
「辛うじて一命はとりとめている。止血はしたが、出血が抑えきれない。救急車を呼んでも、間に合うかどうか⋯⋯」
悔し気に俯くヒロ。その顔を見て、改めて自分の死期が近いことを悟る。だが、自然と恐れはあまり無かった。誰かを守って死ぬなんて、以前の自分ならできなかったことだ。これで、メイの存在は皆の心に残り続ける。
『⋯⋯私に、考えがあります』
おぼろげな意識の中で、聞き覚えのない声が聞こえた。どこか機械的で、それでいて柔らかい声。これは、幻聴だろうか? 救急車を呼んでいるのか、ヒロはスマホに向かって何やら話している。だが、何を話しているかは、もう聞き取ることが出来なかった。
なんだか、瞼が重くなってきた。抗い切れない睡魔に身を委ねようと目を閉じかけたその時、メイの眼前に、ヒロがスマホを置く。その画面には、シスター服を着て優し気な笑みを浮かべる少女が居た。
「てん、し⋯⋯?」
とうとうお迎えがやって来たのだろうか。そう思い、目を閉じようとしたメイの耳に、耳障りなノイズが聞こえてくる。その音は、目の前のスマホから流れていて⋯⋯。
その音で、メイは強制的に“禁忌”を呼び起こされた。心がかき乱され、全身が激しく震える。誰からも認知されない孤独な世界に放り込まれた感覚、それに加わるように、消えていたはずの死に対する恐怖が膨れ上がる。
まるで讃美歌を歌うかのように、スマホの中で少女は両手を組み、ノイズを奏でる。メイは知りようが無かったが、メルルは強制的に人間の心を不快にし、魔女化を促すノイズを放つ機能を政府によって搭載されていた。魔女化した少女を戦争利用する計画のために開発されたこのノイズ機能だったが、魔女化は制御困難なものだったため、凍結されていた。だが、機能だけは残され、今その音はメイを魔女化に導いている。
メキメキと、全身が軋む音が聞こえ、身体が変形する。いつの間にか胸の傷は塞ぎ、メイの姿は異形へと近づいていた。今、メイの心を占める感情はただ一つ。
──目の前のこいつらを、殺したい。
〇〇〇〇〇
メルルから提案された、緑野メイを魔女化させ、魔女化した際の治癒能力を活かして傷を塞ぐという作戦は、成功しているように見えた。
メルルが発するノイズは、私を含めた全員耳を塞ぐことで聞こえないよう対処している。それに対し、ノイズを聞いてしまったメイは、今まさに魔女化と思わしき姿に変貌している。全身を虹色の鱗が覆い、くるんと巻かれた尻尾が生えたカメレオンのような姿だ。だが、同時に胸の傷もしっかりと塞がっていた。後は、魔女化したメイを無力化する必要がある。
「メルル、ノイズを止めてくれ! エマ、『魔女殺し』の魔法を頼む!!」
耳を塞いでいても聞こえるように叫ぶと、エマがこくりと力強く頷いたのが見えた。そして、一瞬エマの身体を光が包み込み、以前見た時と同様の片翼が生えた姿に変身する。
しかし、その姿のエマを見て本能的に危険を感じたのか、メイは『迷彩』の魔法ですーっと目の前から姿を消してしまう。私はノイズが止まったことを確認し、ココに指示を送る。
「ココ!! メイが今どこにいるか教えてくれ!!」
「おっけい、任せとき! ⋯⋯って、なんなんこれぇ!?」
ココが悲鳴をあげる。何事かと視線を送ると、ココの姿が背景に溶けてゆっくりと消えかけていた。それだけではない。アリサとレイアの身体も消えていっている。まさかと思い自分の手足を見ていれば、同様に徐々に見えなくなってきていた。
「これは⋯⋯魔女化によって『迷彩』の魔法が強化され、周囲にも影響を及ぼすようになったのか!?」
『迷彩』の魔法は元々メイ自身とメイの身につけているものだけが対象だったはずだ。だが、それが周囲にも及んでいる今、メイの居場所の特定は非常に困難になってしまった。ココの『千里眼』の魔法は、ココが見られなければ効果を発揮しない。メイの姿を唯一視認できる存在だったココの魔法を封じられてしまったのは痛い。
「え!? みんな、どこに行っちゃったの!?」
そんな中、唯一エマだけは消えずにその姿を保っていた。『魔女殺し』の魔法が作用しているのか、それとも変身して魔女化に近い姿になっているからなのか。原因は定かではない。しかし、誰の姿も見えない中、はっきりと見えてしまっているエマの姿は、あまりにも無防備だった。
「きゃんっ!?」
突然、エマが何かに弾かれたかのように突き飛ばされ、悲鳴をあげる。おそらくは、メイが攻撃を仕掛けてきたのだ。あの姿になったおかげか大きな怪我はなさそうだが、エマはメイの姿を視界に捉えられず、『魔女殺し』を発動できずにいる。このままではエマが危ない。
「桜羽に手出してるんじゃねえよ!!」
エマの周囲を守るように、炎の壁がぼうっと展開された。姿は見えないが、アリサがやったのだろう。エマの安全という面では助かるが、声を出すのは危険だ。今は唯一姿を視認できるエマに攻撃が集中しているが、もし居場所がバレて攻撃されれば、生身の私たちでは魔女化したメイの攻撃を耐え切れないだろう。
「い、嫌だぁ⋯⋯!! このままあてぃし、誰にも見られないまま、ずっと、こうして、“隠れんぼ”、しなくちゃ、いけないの⋯⋯?」
アリサに続き、ココの声も聞こえてくる。しかし、何やら様子がおかしい。ココが発した隠れんぼという言葉で、はっと気づいた。この状況は、少し特殊ではあるが、ココの禁忌である“隠れる”というものに近い。しかも、自分の姿すら見えない状態だ。そんな状態が続いてしまうと、どうなるか。その答えはすぐに明らかになった。
「⋯⋯あは。あははははははは!!!!」
魔女化した姿に変貌したココが、狂ったような笑い声をあげる。魔女化によって『迷彩』の魔法を打ち消したのか、今のココの姿は全員に見えていた。右目の
「あてぃしの『千里眼』にぃ、見つけられないものなんかないんだからさぁ~? ──ほぉら、見ぃつけたぁ!!」
そう言って、ココはその鋭く尖った爪で、虚空を掴んだ。すると、「ぎゃあ!?」という悲鳴のような声が聞こえる。ココが強化された『千里眼』でメイの居場所を特定し、捕まえたのだ。そのことを理解した私は、咄嗟にエマに向かって叫んでいた。
「エマ、今だ! 『魔女殺し』の魔法を使え!!」
「え!? でも、今使ったらココちゃんも!!」
「君の今の魔法は魔女因子を殺すだけだ。ココもメイも死ぬことはない!! ああなってしまった以上、魔女化したココとメイを元に戻せるのは君の魔法だけだ!!」
「⋯⋯うん、わかった。やるよ」
エマは力強く頷き、ココの方へと近寄る。ココはというと、メイが逃げ出そうと暴れているのか、必死で腕で抑え込んでいる様子で、エマの接近には気づいていない。そんな2人を指さし、エマは一言、魔法の発動に必要な合言葉を放つ。
「──『死ね』」
エマの宣告と同時に、消えていたメイの姿が露わになる。そして、ココとメイの胸から、光の玉となって魔女因子が抜けていき、前回スピノに使った時と同様、どこかへと飛んでいった。
その場に残ったのは、意識を失い倒れるココとメイ。その姿は元に戻っており、メイの胸元の傷もちゃんと塞がったままだ。メイの魔女因子が消えたことで元通り見えるようになった自分の手足を見下ろし、私は安堵の息を吐いた。
「ああ、本当によかったよ!! あのまま私の姿が見えないままなんて耐えられそうになかったからね!!」
「⋯⋯確かに、君の性格的に魔女化していてもおかしくなかったか。よく耐えたな?」
いつの間にか近くに来ていたレイアが大げさにそう言うので尋ねてみると、ばちんとウインクを返された。
「私たちなら何とかできる。そう信じていたからね。それに⋯⋯耐え切れそうになかったら私の『視線誘導』で君の視線を私に釘付けにするつもりだったからね!!」
「そうしないでもらえて助かったよ」
そんなにキラキラした顔で余計なことをしようとしていたのを言わないで欲しい。ココの魔女因子まで無力化させてしまうハプニングはあったものの、ひとまずこれで、私とレイアの死を起因にした、『迷彩』の魔法少女の事件は、無事解決したのであった。
〇〇〇〇〇
とあるビルの屋上。そこに、2人分の人影があった。
1人は、松谷フタバ。臆病者を排除したことを、彼女が慕う目の前の人物相手にウキウキで報告したところ、「余計な真似はするな」と叱られ、絶賛落ち込み中であった。
「ご、ごめんなさい
「貴女を見捨てるつもりはありませんよ。ただ、次からは行動を起こす前に事前に報告を⋯⋯おや?」
説教をもう少し続けようとしたところで、不意に顔を上げる。視線の先には、自分の元に飛んでくる2つの魔女因子の光の玉があった。それを確認し、
「前言撤回です。フタバ、よくできましたね。これで、『迷彩』と『千里眼』も手元に来ました。私の理想の実現まで、あと少しです」
そう言って、フタバの頭に手を伸ばし、よしよしとその頭を撫でる。フタバは、困惑した様子ながらも、頭を撫でられたことで興奮し、顔を赤らめていた。
そして、心の中で決意する。もっと先生の役に立とうと。その決意は、さらに大きな事件を巻き起こすきっかけとなるのであった。
これにて第一章は終了です。
次回から第二章に突入します。