二階堂ヒロの事件簿   作:赤葉忍

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牢屋敷より来る助っ人

 私たちは生徒指導室を出て、ケイが先導する後ろを歩いていた。本当はこんな相手に素直に従いたくはないが、私たちが反撃に移れないように今もエマの首元にはワカバがカッターの刃を突き立てている。

 

「くっそ~! エマさんを人質に取るなんて、卑怯すぎますわ!」

 

「苛立つ気持ちはわかるが、今は抑えてくれ。シェリー、君も無茶なことはしようとするなよ?」

 

「言われなくても分かってますよ~! でも、一体私たちをどこに連れて行くつもりなんですかね? ケイさんは友達の夢を叶えてあげたいと言ってましたが、それに関係しているんでしょうか?」

 

 シェリーは興味津々といった様子で先を歩くケイの背中を見つめている。こちらの話している声は聞こえているだろうに、ケイはそれに対して答える様子はない。ただただ行く先を見据え、黙々と歩いていた。彼女はこれまでかなりおしゃべりな印象だったが、こちらが素なのだろうか。それとも、その友人とやらがよっぽど大切な存在なのか。

 

「⋯⋯さあ、ここであります。まずは小生が事情を説明するので、余計なことは言わないよう頼むでありますよ」

 

 ケイはドアの前で立ち止まり、私たちを振り返って警告する。プレートに書かれた文字を見ると、音楽室と書かれていた。そして、ドア越しにも誰かが歌っている声が聞こえてくる。私はレイアほど音楽に精通しているわけではないが、その歌声がとても綺麗であることは理解できた。こんな状況でなければつい聞き入ってしまいそうなほどに透き通った声色だ。

 

 ケイは、ノックもせずに音楽室のドアを開ける。すると、私たちの目には音楽室の中央で1人歌う少女の姿が飛び込んできた。その少女は、私たちが入って来たのに気付くと、歌うのを止めて大きく目を見開いた。

 

「ちょ、いきなり入って来るなよケイ! ⋯⋯って、後ろに居るの誰!? なんか先生もいるし!! こんな大勢知らない人連れて来て、おれをどうするつもりなんだよぉ!!」

 

 若干目に涙を浮かべ、私たちの視線から隠れるように自分の身体を抱きしめている。そんな彼女は何故か、男子の制服を着ていた。髪も短く、一人称が「おれ」であることも含め、先に歌声を聞いていなかったら少女ではなく少年と勘違いしていたかもしれない。そんな少女にケイは近づいてその肩に手を置くと、満面の笑みを浮かべて私たちのことを紹介する。

 

「心配いらないでありますよ、キララ! この方たちは小生と一緒にお主の夢を叶えてくれるメンバー! アイドルオーディションで一緒に戦ってくれる仲間たちであります!!」

 

「「は?」」

 

 私とキララの声が被る。ケイが何を言っているか理解できなかった。アイドルオーディションとはどういうことだ? 一体私たちに何をやらせるつもりなんだ?

 

「いやいや、おれ別に出るって言ってないし! そもそも、初対面の人たちとチーム組むなんて無理だよ! あと、チームで申し込むにはここに居る子合わせてもあと3人足りないし⋯⋯」

 

「そこはこの方たちが何とかしてくれるでありますよ! それに、キララはアイドルになるのが夢なんでありますよね? 小生、その夢を叶えてあげたいのであります!」

 

「おい、ちょっと待て! 私たちは詳しいことはまだ何も聞かされていない。勝手に話を進められては⋯⋯」

 

 私が慌てて口を挟もうとすると、後ろからとんっと肩を叩かれる。振り返ると、ワカバがキララには見えない角度でエマの首にカッターの刃を押し当て、こちらにプレッシャーをかけてきていた。⋯⋯どうやら、余計なことは言うなということらしい。

 

「⋯⋯どうします? ヒロさん。ここで暴れてみます? このままだと厄介な方向に話が進みそうな気配がしていますが」

 

「⋯⋯暴れても解決はしない。エマを人質に取られている以上、ここで無理に動くのは愚策だ。ケイもそれを分かってこちらに無理難題を押し付けているのだろう。かなり癪だが、ここは奴らの言うことを大人しく聞くしかない」

 

 シェリーがこそっと耳打ちしてきたので、私も小声で返す。人質に取られているのが私ならば、『死に戻り』もあるから多少の無茶もできる。でも、エマは駄目だ。たとえ『死に戻り』が使えたとしても、エマが傷つくところは見たくない。

 

 私たちがこそこそと話しているのをどこか訝し気に見つめていたキララであったが、その後ケイから何やら耳打ちされ、困惑の表情が次第に歓喜に変わっていく。そして、その名前通りにキラキラと瞳を輝かせ、私たちに頭を下げてきた。

 

「ケイから聞いたけれど、皆とても凄い助っ人さんなんだってな! おれ、ずっと夢諦めてて⋯⋯でも、こんなに協力してくれる人が居るなら、叶うかもしれない。よろしくお願いします!!」

 

「え、ええ。お見知りおきあそばせせ?」

 

 勢いに押され、ハンナは普通に挨拶を交わしてしまっている。⋯⋯何もかもケイの思い通りになっているようなのは癪だが、おそらくこのキララとかいう少女は何も知らされていない。ならば、そんな彼女にきつくあたるのは正しくないだろう。私は内心の苛立ちを押し隠し、大きく息を吐いた。

 

 

〇〇〇〇〇

 

 

「うう⋯⋯ごめんね、みんな。ボクが鈍くさいせいで迷惑かけちゃった」

 

「エマさんが気にする必要はありませんわ! 全部あいつらのせいですわー!!」

 

「そうですよ! それに、私もワカバ先生がケイさんの味方なのを見抜けませんでしたし。やっぱり大人は無条件に信用するものではありませんね!」

 

 申しわけなさそうに項垂れるエマを、ハンナとシェリーの二人が励ましている。あの後、一度解散となり、ケイはキララとワカバを連れて音楽室の隣の準備室に行ってしまった。それならば私たちもケイのお願いなど無視して逃げればいいと思われるが、そうもいかない理由がエマの首元にあった。私は、その鈍く光る輪っかを憎々し気に睨みつける。

 

「指定した範囲外に離れると自動で輪っかから刃物が飛び出して首を刎ねる仕組み⋯⋯と説明していたな。こんな忌々しいものをエマに付けるとは、まったくもって腹立たしい」

 

「ワカバ先生はこういった機械系の工作は得意だと言っていました。たぶんさっきの説明も本当のことだと思います。私の『怪力』の魔法で壊せたら良かったんですけれど、無理に壊そうとしても刃物が飛び出すと忠告されちゃいましたからね~」

 

 先ほどまでカッターの刃を突き立てられて脅されていた時と同様、ケイたちから離れた今も私たちはエマの命を人質に取られている。無理に破壊を試みてエマが死んでしまう危険を犯すことは出来ない。私たちはおとなしくケイたちに従うことしかできなかった。

 

「それで、これからどうなさいますの?」

 

「とりあえずは、足りない3人を補充する必要があるだろう。あまり迷惑をかけたくはないが、そうも言ってはいられない。事情を説明して、協力を仰ごう」

 

 私は早速、グループチャットにこれまでの経緯を簡単にまとめ、協力を仰いだ。すると、ちょうど手が空いている3人がこちらに来ると連絡を入れてきた。その3人の名前を見て、私は思わず口角を上げていた。

 

「わっ! この3人が来てくれるなら安心だね!!」

 

 エマもチャットを見て笑みを浮かべている。先ほどまでの不安げな表情が晴れたのを見て、少しほっとする。勿論、他のメンバーでも頼りになることは間違いない。しかし、対人という分野において彼女たちの協力は最も必要とするところだった。

 

 

 数時間後、待ち合わせ場所として指定されたコンビニ付近に私たちは向かっていた。この場所に行くことは先にケイたちに報告済みなので、エマの首輪の刃物が作動することはない。しかし、帰宅は許可してもらえなかったため、これから数日私たちはケイと行動を共にすることになるだろう。これから協力して貰う予定の彼女たちにも、そのことは既にチャットで話していた。

 

 あたりは既にかなり暗くなっている。おそらく、合流したらケイたちが指定したホテルにこのまま向かうことになるのだろう。こんな状況だというのに、予期せずお泊りになったことにエマたちははしゃいでいるようで、わいわいと何やら楽しそうに話していた。

 

「君たち、何をそんなにはしゃいでいるんだ。牢屋敷でも散々一緒の部屋で寝たことはあっただろう」

 

「ヒロちゃん、それは違うよ! 友達とホテルでお泊りなんて、修学旅行とかじゃないと普通出来ないよ!? 牢屋敷とは全くの別物だよ!」

 

「その言い分は分からないでもないが、君は自分の命が危険にさらされている状況だということを理解しているのか? 能天気にもほどがあるだろう」

 

「うう、怒られちゃった⋯⋯!」

 

 しょんぼりと肩を落とすエマを、シェリーとハンナが慰めている。シェリーが「枕投げとかしましょー!」と提案しているが、それは全力で止めることにしよう。

 

 それよりも、もうすぐ目的地のコンビニに到着する。一度スマホでマップを確認し、道が間違っていないことを確認した直後、何やら行き先で人だかりができているのが見えた。

 

「あら? なんだか人がいっぱい居ますわね?」

 

「なにか見世物でもやっているのでしょうか?」

 

 ハンナとシェリーも人だかりを見て反応している。私は、シェリーの『見世物』という言葉を聞いてまさかと思い当たる節があった。小走りになり、慌てて人だかりの方へ向かうと、案の定そこにはコンビニの壁に落書きしている一人の少女の姿があった。

 

「ノア! こんなところで何をしているんだ!!」

 

「あ。ヒロちゃんだ~。えっとね。この壁が何もなくて寂しかったから、お絵かきしてたんだ~」

 

 手にスプレーを持ったままのほほんとした表情で語るノアには、まったく悪気はなさそうだった。その様子を見て、はぁ⋯⋯とため息が漏れる。ノアは久しぶりにあの牢屋敷から出てきたというのに、まったく普段と変わらない。その様子に少し安心すると同時に、やはり落書きは正しくないという気持ちも抱く。

 

「許可なく壁に落書きしては駄目だろう。ほら、私も一緒に謝ってやるから、絵を描くのを止めるんだ」

 

「え~」

 

 ノアは不満そうに口を尖らせていたが、私がその手を握ると大人しくついてきた。ご機嫌に鼻歌も歌い始めたので、どうやら手を繋いだことで機嫌がなおったらしい。

 

 そして、ノアが1人でここに来るわけがないので、当然残り2人も来ているはずだ。その予想が正しいことは、コンビニに入ってすぐわかった。

 

『温めよろしくぅ!』

 

「アンアンちゃん、店員さんにはもっと丁寧に頼まないと駄目よ? ⋯⋯あら、ノアちゃんにヒロちゃんじゃない。お手手繋いで、相変わらず仲良しね?」

 

 そこには、店員に焼き鳥の温めを頼むアンアンと、その隣でアンアンの様子を見守るマーゴがいた。コンビニの入店音でこちらに気づいたマーゴが、頬に手を当てて妖艶に微笑む。3人とも牢屋敷で過ごしている格好そのままで来ているせいで、かなり目立っている。周囲の視線をビシビシと感じながら、私は今日何度目かのため息を吐いた。

 

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