♢とある面接官の男
俺は、今日と明日、この会場で行われるアイドルオーディションの関係者の1人だ。アイドルオーディションは2部に分かれて行われ、第一部が面接官による面接、そして第二部が適当にチームを組んで貰って行われるバンド対決となっている。俺はそのうちの第一部の面接を担当することになった。
今回のアイドルオーディションはバンド演奏もできるようなスキルを求められている。応募者数もかなりの数だ。それ故に、この面接で数を絞れという指示は受けている。俺としても、伊達にこの業界で長くやっていない。一目見ただけで芸能界で通用するかどうかの判断はできる。夢を抱いてやって来た少女たちには悪いが、ここは厳しく審査させて貰おう。
「次の方、どうぞ」
不合格を告げられ、しょんぼりと肩を下げながら退室する少女を一瞥し、次の少女を呼ぶ。今のところ、面接を通過した少女は居ない。次こそは、俺の審美眼にかなうようなダイヤの原石が来てほしいものだ。
「はい」
凛々しい声で返事をして入室してきた少女の顔を見て、思わず息が漏れる。これまで見た中で一番の美少女だ。長い黒髪に、整った顔立ち。背筋の伸びた立ち姿からは育ちの良さを感じ取れる。何より、こちらをまっすぐに見つめる瞳からは、これまでの少女には無かった強い意志を感じ取れた。
「どうぞ、座ってください」
「失礼します」
対面の椅子に座るよう促し、改めて少女の顔を正面から見る。やはり、芸能人と比べても遜色がないくらいに顔が良い。最近人気のあの蓮見レイアにも負けないのではないだろうか? これは、かなり期待ができそうだ。
「まずは、貴女のお名前をお聞かせください」
「二階堂ヒロです。よろしくお願いします」
「二階堂ヒロさん、ですね。貴女は何故このアイドルオーディションを受けようと?」
「⋯⋯色々と事情がありまして。強いて言うならば、友人のためです」
友人のため、か。アイドルになる動機としては珍しいが、そう語るヒロの瞳からは決意のようなものが滲み出ている。その気持ちに嘘はないだろう。
「なるほど。では、次の質問です。学校ではどのような部活に所属していますか?」
「生徒会、書道部、剣道部、弓道部、華道部、柔道部、合気道部、風紀部、ボランティア研究会に所属しています」
いや、多すぎるだろ!! 反射でツッコミを入れてしまいそうになったのをぐっとこらえる。ヒロの表情は至って真面目だ。おそらく、嘘はついていない⋯⋯はずだ。そうだとしたらなおさらおかしいが、一旦スルーしておこう。なんだか詳細を聞くのが少し怖い。
「す、凄いですね⋯⋯。ちなみに、今回のオーディションではバンド演奏ができる子を求めているんですが、楽器の経験は?」
「ああ、それならギターを演奏できます。ほかの子の練習に付き合ってあげてもいたので、ドラムとベースも人並みには」
思った以上に完璧超人のようだ。外見といい、このスペックといい、これまでの少女たちとは一線を画している。これは流石に合格でいいだろう。
「二階堂ヒロさん、貴女は合格です。合格者の待機する3階の控室に向かってください」
「ありがとうございます」
ヒロは優雅に一礼し、部屋を出て行った。その後姿を見送りながら、次の少女を呼ぶ。ようやく初めての合格者が出たのだ。次も二階堂ヒロほどとは言わないが、アイドルに相応しい少女が来てほしい。
「次の方、どうぞ」
「はぁい♡」
艶めいた声色でこちらの呼びかけに応え、入室してきたその少女の姿を見て思わず目を丸くする。その少女は、蝶をあしらった和服のような衣装を身に纏っていた。まさか、あれが私服なのだろうか。それに、衣服だけでなく、醸し出す雰囲気がなんとも色っぽい。確か、このオーディションは高校生限定のはずなのだが⋯⋯。
「えっと⋯⋯どうぞ、お座りください」
「失礼するわ」
正面に座るなり、こちらのことをじっと見つめてくる。なんだか、こちらの心の奥底まで見透かされるようで何ともぞわぞわする。俺は、少女の雰囲気に呑まれないよう一度唾を飲み込み、お決まりの質問を口にした。
「お、お名前を教えてださい」
「私の名前は、宝生マーゴよ。よろしくね?」
「マーゴさん、ですね。失礼ですが、その⋯⋯年齢を聞いてもいいでしょうか?」
「あら、レディに歳を尋ねるなんて失礼ね。でもいいわ。貴方はそれがお仕事ですものね? 私の年齢は16歳よ」
嘘つけ!! 思わずそう叫びそうになったのを抑え込む。16歳ということはこの雰囲気で高校一年生? そんなわけないだろうと思いたいところだが、そもそも年齢が合わなければ面接も受けられないはず。信じられないが、本当のことなのだろう。
「す、すみません。では、楽器の経験はございますか?」
「友人と一緒にバンドをしたことがあるから、ベースなら弾けるわ」
「なるほど⋯⋯」
楽器の経験もあり、そして先ほどの二階堂ヒロとは異なる妖艶な魅力もある。マーゴに関しても、合格でよさそうだ。
「宝生マーゴさん、合格です。3階の控室に向かってください」
「あら、もう終わりなの? 私はもう少しお話ししてもよかったのだけれど♡」
「つ、次の面接がありますので!!」
マーゴは「あら、残念」と口にしながら、退室していく。去り際にこちらに流し目をしてくる余裕っぷりは、やはり16歳の少女にはとても思えなかった。気を取り直し、次の少女を呼ぶ。
「次の方、どうぞ」
「失礼しまーす!」
勢いよくドアを開けて入ってきたのは、鮮やかな水色の髪が目に眩しい少女だ。先ほどの2人と同様に非常に顔が整っている上、ニコニコと笑顔を浮かべている様子からは明るく元気な雰囲気を感じられた。ただ、1つ気になる点があるとすれば、手にリンゴを持っていることだろうか。
「まずは、お名前を教えてください」
「はいはーい! 私は橘シェリーっていいます! 事件あるところに私あり!! アイドルオーディションも、この名探偵シェリーちゃんにお任せください!!」
やたらと洗練された自己紹介だ。アイドルには前口上がつきもの、練習でもしていたのだろうか。その熱意は素直に評価できるポイントだ。
「では、次の質問です。楽器の経験はございますか?」
「ドラムの経験があります! あとあと、シェリーちゃんには凄い特技がありまして~! 披露しちゃってもいいでしょうか?」
「ほう。是非お願いします」
特技まで見せてくれるとは、やはりかなりの熱意を持ってこの面接に臨んでいるようだ。期待を込めて促した俺の目の前で、シェリーは持っていたリンゴを目の前に掲げ、そしてそれを⋯⋯
──グシャリ
いとも簡単に握りつぶしてみせた。⋯⋯え? いやいや、どういうことだ? リンゴってそんな簡単に握りつぶせるものじゃないよな? あと、普通にリンゴの汁が飛んできた。
「あわわ、リンゴの汁飛ばしちゃいました! ごめんなさ~い!!」
「え、えと⋯⋯? これは一体⋯⋯?」
「私、他の人よりちょっとだけ力が強いんですよ~!!」
「いやいや、ちょっとどころではないでしょう!!」
これにはとうとう黙っていられずツッコんでしまった。しかし、シェリーはてへ☆と可愛らしく舌を出して誤魔化し笑いをするだけで、こちらをあまり気にした様子ではない。
「もしかして、失格ですかね? 私、今日誕生日なんですよ! 誕生日プレゼントと思って、合格にしてくれませんかね?」
「そ、そうだね⋯⋯」
確かに予想外の怪力には驚いたが、アイドルにはキャラ付けも大事だし、この性格と見た目も十分アピールポイントになる。先に合格を出した2人との絡みも見てみたいと思える逸材だった。冷静に頭の中で審議した結果、おのずと答えは導き出されていた。
「うん、合格です。3階の控室に向かってください」
「わーい! ありがとうございます~!!」
シェリーはこちらにぺこりと頭を下げると、スキップで部屋を出て行った。なかなかのインパクトで少し疲れてしまった。一度水を飲んでから、次の少女を呼ぶことにする。
「次の方、どうぞ」
「は、はい!」
若干緊張気味な声で返事して部屋に入ってきたのは、ボーイッシュな雰囲気の少女だった。いかにもスポーツ少女といった出で立ちだが、顔は非常に整っていた。表情は緊張からかやや強張っているが、これが普通だ。直近の3人が全く緊張していなかったのがむしろおかしい。少女に椅子に座るよう促してから、早速面接に移る。
「まずは、お名前を教えてください」
「おれの名前は、吉良キララです。よ、よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします。では、次の質問です。楽器の経験はございますか?」
「はい、ギターならできます! でも、おれは歌うことが一番好きです!」
そう語るキララの表情からは、とても歌に自信があることが感じ取れた。ふむ⋯⋯と顎に手を当てて思案する。ビジュアル的には文句なし。そしてこの輝かしいオーラ。見ていると、まるで本当にキラキラと輝いているように錯覚してしまう。アイドルとしての才能は十分だ。
「はい、合格です。3階の控室に向かってください」
「え、本当ですか!? やった⋯⋯!! あ、ありがとうございます!!」
そう言って部屋から出て行ったキララを見送り、次の少女を呼ぶ。ここまで4人連続で合格者が出ている。そうなると次の少女にも期待したいところだ。
「次の方、どうぞ」
「⋯⋯失礼する」
のそのそ、とゆったりとした動きで入室してきた少女の姿を見て目を見開く。まるで寝巻のようにもこもことしたドレス、そして腕には抱き枕まで抱えている。面接会場を仮眠室と間違えているのではないか? さらには、その手には使い込まれた様子のスケッチブックまで握られていた。
少女は、こちらが着席を促す前に椅子に座り、ふう⋯⋯と息を吐く。まるでかなりの運動をしたかのような疲れた様子だが、実際はほんの少しの距離しか歩いていない。その態度に戸惑いつつ、これまで同様に自己紹介を促すことにする。
「ええと⋯⋯お名前を教えてください」
『わがはいは夏目アンアンである』
アンアンと名乗った少女は、まさかの筆談でこちらの質問に答えてみせた。だが、入室した時は声を出していたし、話せないわけではないだろう。そういうキャラ付けだろうか? だとしたらかなり尖ってはいるが⋯⋯。困惑しつつ、次の質問をぶつける。
「アンアンさんですね。楽器の経験はございますか?」
『そんなものない。わがはいはボーカル志望だ』
「ええ⋯⋯」
あまりにも正直にそう書かれてしまい、思わず声が漏れる。一応、募集要件に楽器が弾けることと書いていたはずだが、それを確認していなかったのだろうか。
これまでにいなかったタイプの少女の対応に困っていると、こちらの様子から何かを察したのか、アンアンがその小さな口を開いた。
「⋯⋯わがはいは、可愛いか?」
「え? まあ、はい。可愛いとは思いますね」
「アイドルは、可愛さがなによりも大事だと聞く。違うか?」
「ええと、はい。まあその認識で間違ってはいないですね」
「ならば、楽器が弾けるかなど些末な問題だ。わがはいは、ノア達と一緒にこの面接を合格する必要がある。だから⋯⋯わがはいを、【合格させろ】!!」
「⋯⋯そうですね。合格、です。3階の控室に向かってください」
アンアンに合格させろと言われ、何故か合格させなければいけないという使命感にかられ、合格を告げてしまった。これを今さら取り消すのはよくないだろう。それに、確かに見た目だけならアンアンはかなり可愛い。楽器の経験が無かったとしても、まあ、なんとかなるだろう。そう信じたい。
アンアンは、合格を告げられると同時、のそりと椅子から立ち上がり、スカートの裾を引きずりながらのろのろと出口に向かっていく。その姿を見送り、次の少女を呼ぼうとした瞬間、アンアンがこちらを振り返った。
「あと⋯⋯まあ、いらないとは思うが念のためだ。この後面接を受ける4人の少女も全員、【合格させろ】!!」
「あ、はい」
そうアンアンに言われたからかは定かではないが、俺はこの後面接を受けに来た4人の少女⋯⋯ノア、ハンナ、ケイ、エマにも全員合格を告げていた。何となく変な感覚は残ったものの、全員ビジュアル的にもキャラ的にも文句なしの逸材だったことには間違いない。
俺はその後も面接を続け、合計で18人の少女がアイドルオーディション第一部を突破することになったのであった。