「ちょっとシェリーさん!! 何度注意したらわかりますの!? そんなに強く叩いてはドラムが壊れてしまいますわよ!!」
「え~? そんなに強く叩いてないですよ~!」
「エマ、わがはいはカスタネット担当だ。どうだ、上手だろう? 褒めてくれてもいいんだぞ」
「バンドにカスタネットって必要だっけ⋯⋯?」
オーディションの前日、私たちはワカバの協力もあり、スタジオを借りて楽器の練習をしていた。以前牢屋敷でバンドを組んで演奏したことはあったが、それはあくまで身内でやった出し物のようなモノ。無理やり参加させられたとはいえ、オーディションという場で完成度の低い演奏を披露するのは正しくない。それに、メインボーカルを担当するキララとの連携もしっかりとる必要があった。
「わあ! 皆じょうずだね⋯⋯! お、おれも、負けてられない!!」
そのキララはというと、エマたちの演奏を見て気合が入ったのか、マイクを握りしめ歌の練習に励んでいた。そんなキララたちの練習風景を遠目に見つつ、少し先に休憩に入った私は、同様に休憩しているマーゴとノアに小声で話しかける。
「ノア、マーゴ。先日のケイから聞いた話、二人はどう思う」
話題に出すのは、何故か今この場に居ないケイのことだ。用事があるとか言って、1人だけでどこかに行ってしまった。全く、あらゆる意味で正しくない。親友を1人残す行為も、エマの首輪があればこちらは逃げ出さないと考えているであろうその図太さも。
話題を振られたノアは、人差し指を頬に当て、笑顔でこう答えた。
「うーんと。ケイちゃん、嘘ついてたね」
「やっぱりノアちゃんも気づいていたのね。ケイちゃんの言っていた私たちをアイドルオーディションに参加させる理由、あれは嘘ね。何か別の目的があると考えておいたほうがいいわ」
他人の嘘に対して鋭いノアとマーゴが、2人揃ってケイが嘘をついたと判断したならば、やはりそういうことなのだろう。ケイは、私たちに何か隠し事をしている。
「キララはそのことを知っていると思うか?」
「どうかしらね。こうして無邪気に練習している姿を見ると、あまり隠し事が得意なタイプには見えないわ。まあ、あの子と知り合ってまだほんの少ししか経っていないし、とんでもない役者な可能性も否定しきれないけれどね?」
「キララちゃんは、嘘ついているようには見えないかも⋯⋯」
私はもう一度キララの方に視線を向ける。一生懸命マイクを握りしめ歌う姿は、夢を叶えるために必死な少女そのものに見える。もし仮に、これがマーゴの言うような演技だったとしたら恐ろしいが、話して感じた彼女の人となりがその仮説を否定する。
「となると、警戒すべきはケイだな。そして、彼女の魔法の影響下にあるワカバの動向も注意するべきだろう」
「このことは、エマちゃん達にももう話しているのかしら?」
「⋯⋯エマには、まだ話していない。ただでさえ首輪の件で心労をかけてしまっているんだ。これ以上余計な負担を背負わせたくない」
「ん~、でも、エマちゃんにも話しといた方がいいんじゃないかな? だって、一番危ないのはエマちゃんだよね?」
ノアの言うことにも一理はある。だが、私としては自分の意見を曲げるつもりはなかった。
エマを人質に取られてしまったのは、私の不注意のせいだ。その責任は、ちゃんと取らなければならない。エマの身にもし危険が迫るようならば、それを事前に取り除くことが私の使命だ。これは、私がやるべきこと。エマを、これ以上巻き込みたくはない。
「エマには、話さない。もしケイが何か仕掛けてくるつもりなら、その前に対処するまでだ」
「エマちゃんには話さないのに、私たちには話すのね。それって、私たちは巻き込んでも心が痛まないってことかしら?」
「そういうわけではない。君たちのことを信頼しているからこそ、話すんだ。可能ならば私一人で対処したいが、それでは対処しきれない場合もある。だから、君たちは私と一緒にエマを守るために協力して欲しい」
悪戯っぽく笑うマーゴに、私は真剣に訴えかける。この言葉は嘘偽りない本心だ。マーゴも私の本気を感じ取ったのだろう。より一層笑みを深めた。
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない♡ 私も、エマちゃんに何かあるのは嫌だし、勿論協力するわ」
「ああ、よろしく頼むよ、マーゴ」
私とマーゴは、お互いの決意を確認するように、握手を交わす。その様子を羨まし気に見ていたノアに気付き、私はノアとも握手を交わした。
「事後承諾になってすまないが、君にも協力をお願いするよ、ノア」
「うん! のあも精一杯、頑張るね!」
マーゴとノアの協力があれば、エマを守り、同時にケイの目を誤魔化すための策を実行できるかもしれない。私が今思いついた策に関して、マーゴとノア以外にも共有すべきだろうか。そう考えてエマたちが練習している方に視線を向けると、何やら大騒ぎになっていた。
「ひぃ~!? とうとうやりやがりましたわ、このゴリラ女!!」
「あちゃ~。ちょーっと力加減に失敗しちゃいました。てへっ☆」
「てへじゃねーですわよ!! ⋯⋯こ、これ、わたくしたちが弁償するとかになりませんわよね?」
「ど、どうなんだろう。キララちゃん、分かる?」
「え~!? ド、ドラムを壊す人なんか聞いたこと無いからわかんないなぁ⋯⋯」
『こいつ、不参加にするべきではないか?』
会話の内容からも察することが出来たが、そこには無残にも破壊されてしまったドラムの残骸が転がっていた。私は後始末と弁償をワカバに押し付けることを考えながら、ため息を漏らす。この様子では、策を話すどころではないだろう。何とか残りのメンバーには臨機応変に動いてもらうしかない。
とりあえず、いつまでも騒がしいのは正しくない。私は問題を解決するべくエマたちの元へと足を運んだ。そして予想通り、その後の対処に時間を取られてしまい、詳しい作戦に関して共有することが出来たのはマーゴとノアだけになってしまったのであった。
〇〇〇〇〇
アイドルオーディションの2次試験、バンド演奏が行われる前日の夜。会場となっているドームの前で1人佇むのは、護国ケイだ。普段の恰好とは異なり、黒いマントで全身を覆っている。まるで他人の目から隠れたいような出で立ちだった。
そんなケイの元へ、近づいてくる人影がひとつ。銃身を白く塗ったライフルを杖代わりに、コツコツと音を立てながら歩くのは、『銃器制作』の魔法を持つ魔法少女、松谷フタバだった。フタバは、ケイの目の前でピタリと止まり、口を開いた。
「愛国者、首尾は上々ですか?」
「⋯⋯ええ、順調であります。言われた通り、二階堂ヒロと彼女の仲間たちもこのアイドルオーディションに参加させたであります」
ケイの声色は、普段彼女が話している姿を知る人物からは想像できないほど固く冷たい。フタバに向ける瞳はとても暗く、怒りや憎しみが混じった複雑な色を宿していた。しかし、それを向けられるフタバが気づくことはない。彼女の眼は、黒い布で覆われており、情報はすべて嗅覚から取得しているからだ。
それでも、僅かに香る怒りの感情に敏感に反応し、フタバは口角をわざとらしく吊り上げてみせた。
「あらあら? なんだか怒っている臭いがしますね。何に怒っているんですか? 親友の夢を叶えるために人殺しに加担した自分自身に対してですか? それとももしかして⋯⋯わたしにですか?」
「⋯⋯⋯⋯」
ケイは何も答えない。しかしその沈黙こそが、ケイの怒りの矛先がどこに向いているのかを何よりも物語っていた。フタバはより一層笑みを深くし、ずいっと顔を近づける。嫌いな相手に嫌がらせをすることほど楽しいことはない。
「わたしに怒るのは筋違いですよね? だって、先生に会わせてあげたのは、わたしじゃないですか。先生は勿論偉大なお人ですけれど、その『護国』の力を手に入れたのはわたしのおかげでもありますよね?」
「⋯⋯師には、感謝している。しかし、貴様に対して抱くのは嫌悪だけであります。初めて会った時から、ずっと」
「奇遇ですね。わたしもです。だからと言って、お仕事を放り出して帰ったりしませんよね?」
「当然であります。二階堂ヒロを会場の上階におびき寄せ、殺害する。こちらは桜羽エマの身柄を人質に取っている状態。奴は小生に手も足も出ないでありますよ」
「わたしの仕事は、その他大勢の少女たちの狙撃⋯⋯。あくびが出そうなくらいに退屈で簡単な作業ですね」
淡々と少女たちの殺害計画について語る、ケイとフタバ。ケイは、この計画のことはキララには話していない。これは、キララとケイが魔法の力を得る条件として提示されたもの。だが、ケイはキララには汚れ仕事をしてほしくなかったので、すべて自分で背負い受けた。そのことに関しての後悔はないが、こんな条件を提示してきた目の前の少女のことは酷く憎んでいた。
殺人なんて、絶対に嫌だ。誰かを殺すなんて行為、間違っている。⋯⋯しかし、ある意味当然だったのかもしれない。汚れた血を引くケイには、相応しい。
ぐっと唇を噛みしめたケイは、必要な会話のみ済ませて、その場を立ち去った。その後姿をフタバは見えない目でじっと見送る。
「何がそんなに嫌なんですかね。先生の敵はすべて抹殺する。当然のことだと思うのですが。ああ、早く邪魔者を始末して、また先生に褒めてもらいたい⋯⋯!!」
フタバは、自らの敬愛する先生に褒められる未来を想像し、頬を赤らめる。嫌な奴が消えて、すっとした気分になった頭は、フタバにあるひらめきをもたらした。
「そうだ!! 回収する魔女因子は多ければ多い程先生は喜ぶはず⋯⋯! ならば、あいつの親友もついでに殺してしまいましょう! どうせ嫌われていることですし、嫌がらせついでに先生に貢献できるなら一石二鳥です!!」
フタバはそう言って晴れやかな笑みを浮かべる。悪意は誰にも知られることなく、しかし確実に、少女たちへとその魔の手を伸ばそうと動き始めていた。