二次審査当日。私たちは2グループに分かれて控室で待機していた。バンド演奏はだいたい4、5人に分かれて行われるもの。そのため、私たちも2つのグループに分けて別々の控室に配置されていた。同じチームでも前半・後半のグループに分かれてそれぞれ採点する形式らしい。
「な、なんだか緊張してきましたわぁ⋯⋯!」
「だいじょうぶですよハンナさん! ハンナさんがミスしたら私がカバーしますので!」
私と同じグループに居るのは、ハンナとシェリー。そして、先ほどからじっと私へ視線を向けている、ケイだ。ノアやマーゴ、アンアンはキララと同じグループで別の控室に待機している。
ガタンっと音がして何事かとそちらに視線を向けてみると、ケイが近づいてきてこちらを見下ろしていた。
「⋯⋯少し、二人きりで話したいことがあるであります」
きた。何か仕掛けてくるとしたら本番が始まる前のこのタイミングだと思っていたが、予想が的中した。後は、怪しまれないように動くだけだ。私は、喉元に手を当てて機械の位置を調節し、口を動かす。
「うん、いいよ! どこに行けばいいのかな? ケイちゃん」
自分の耳に聞こえる声が自分のものとは違うのは違和感が凄いが、長年エマの声を聞いている私でもこれが偽物だとは分からない。流石、マーゴの『モノマネ』だ。マーゴは、私の耳元の盗聴器から聞こえる音声を元に、リアルタイムでエマの声で応答してくれている。その声は、私の喉元の機械を通じて発せられる。この返事を聞いたケイは、違和感を抱くことなく先に控室を出ようとしている。
私は帽子を深く被りなおし、その後に続く。あまり顔をじろじろ見られると、表情に変化がないことがバレてしまう。ノアの『液体操作』の魔法でエマの似顔絵を描いてもらったこの特殊メイクもまた再限度は高いが、長時間の接触は危ない。なるべく早く、手短に危険を排除する必要があった。
──ヒロとケイが出て行って数分が経過した控室にて。息を切らしながら、エマが部屋の中に飛び込んできた。
「皆、遅れてごめん! 昨日セットしていたはずの目覚まし時計が鳴らなくて、寝坊しちゃった!!」
そんなエマを見て、シェリーとハンナは揃ってきょとんとした表情で首を傾げる。
「? 何を言ってますの、エマさん。先ほどまで普通にここにいらしたじゃありませんの」
「そうですよ、エマさん。私、エマさんがケイさんに連れられて控室を出て行ったのを見ていますし!」
「ええ!? これって、どういうことなのかな?」
エマとハンナは何が起きたのか分からず、動揺している。エマは今、ワカバが用意した宿舎で寝泊まりしている。そこに設置してあった目覚まし時計を、ヒロは事前に遅い時間に設定しておいたのだ。
ふーむと顎に手を当てて考え込む様子を見せるシェリーは、この状況を頭の中で整理する。ここに何故か居ない存在と、遅れてやって来たエマに、先ほどケイに連れ出されたエマ。それらの証拠を結び合わせ、一つの推理を導き出した。
「なるほど、謎はすべて解けました! 先ほどケイさんに連れ出されたエマさんの正体、それは、エマさんに変装したヒロさんだったんです!!」
「そ、そんなことあり得ますの!? どこからどう見てもエマさんに見えましたが⋯⋯」
ハンナはシェリーの推理を聞いてもまだ半信半疑といった様子だが、シェリーは得意げに推理を続ける。
「エマさんとヒロさんの身長は1センチ差ですし、あのエマさんは帽子を被っていました。髪型さえ誤魔化してしまえば、成り済ますことは十分可能だと思いますよ!」
「確かに、そう言われるとあり得る気がしてきましたわね⋯⋯」
なるほどと頷いたハンナに対し、エマは顔を青くする。
「じゃ、じゃあ、ヒロちゃんは今ケイちゃんと2人っきりってことだよね? それって危なくないかな!?」
はっと顔を見合わせるシェリーとハンナは、ようやくヒロが危ないという事実に思い至った。ヒロのことだから何か策は用意しているに違いないが、相手は『傾国』の魔法を使うケイだ。1人で立ち向かうにはかなりリスクを伴う。
「ボクたちでヒロちゃんを助けに行こうよ!」
「そうですね! ヒロさん1人にかっこつけさせるわけにはいきません!」
「あの方は毎度毎度1人でなんとかしようとして⋯⋯少しは相談しやがれ、ですわ!!」
エマたち3人は、ヒロを追いかけ控室を飛び出していく。その様子を、控室に仕掛けられたカメラがじっと観察していた。
〇〇〇〇〇
『はわわ⋯⋯! エマさんたち、ヒロさんを追いかけて行ってしまいました。どど、どうしましょう、マーゴさん』
「あらあら。やっぱりエマちゃん達にもちゃんと話しておいた方がよかったかしら⋯⋯?」
メルルからの報告を聞き、困った様子で眉を下げるマーゴ。ヒロが仕掛けてくれていたカメラで、部屋の様子はメルルが確認してくれていた。途中まではヒロが事前に話してくれた作戦通りに進んでいたが、エマが予定より早く来てしまったせいで、作戦が狂ってしまった。
可能ならば、マーゴもエマたちの手助けをしたい。しかし、そうも言っていられない理由がある。
「⋯⋯? どうしたんだ、マーゴ。そろそろ、わがはいたちの番だぞ」
「はーい♡ 今行くわ。ちょっと待っててね」
そう、マーゴ達のグループの方が先にバンド演奏をすることになっているのだ。演奏までは時間がまだ少しあるが、準備のために移動しなければならない。マーゴとしては正直キララに対しての情などはなく、さっさと抜け出してしまいたい気持ちもあるが、如何せんノアとアンアンが乗り気なのだ。
それに、約束を違えた場合相手が強硬手段に出る危険もある。ここでバンド演奏を放棄してしまうのは得策ではない。そう判断し、マーゴはスマホをポケットにしまい、ノアとアンアンの元へ向かう。すると、とててと近づいてきたノアが、心配そうな表情でマーゴに耳打ちしてきた。
「ねえ、マーゴちゃん。ヒロちゃん達になにかあったのかな?」
ノアはどうやら、マーゴがスマホでメルルとやり取りしているのに気付いたらしい。流石の勘の鋭さだった。ノア相手に嘘は通用しないと理解しているマーゴは、安心させるために頭を優しく撫でる。
「ヒロちゃんなら大丈夫よ。私たちは信じてやるべきことをやりましょう?」
『信じる』という言葉が自然と自分の口から出たことにマーゴは少し驚く。マーゴにとって、ずっと他人は信用できない存在だった。でも、牢屋敷の仲間のことならば、信じることが出来る。そう思える自分が、マーゴは嫌いではなかった。
「うん! のあもヒロちゃん達を信じる。きっと、だいじょうぶだよね!」
ノアはマーゴに頭を撫でられ、にぱーっと笑みを浮かべる。そこに、むっとした表情のアンアンが割り込んでスケッチブックを掲げた。
『ノアばかりずるい。わがはいも撫でろ!』
アンアンにねだられ、頭を撫でてやると満足そうにむふーっと息を吐く。その時、マーゴはこちらを見ているキララの視線に気づき、妖艶に微笑んでみせた。
「あら、キララちゃん。あなたも私に撫でてほしいのかしら?」
「お、おれ!? おれは別にいいよ!」
ぶんぶんと大きく首を振るキララを見て、くすくすと笑みをこぼす。イイ感じに緊張は崩れているようだ。これならライブでミスをすることもないだろう。
「そろそろ準備始めてくださーい!」
スタッフが控室に入って声をかけてくる。時間だ。このメンバーでバンドを組むにあたって、楽器の練習は行って担当できる楽器を増やした。ノアはベース、マーゴがドラムを担当し、キララがギターボーカル。そして、アンアンはカスタネットだ。
舞台袖、直前のチームが演奏するのを聞きながら、4人で円陣を組む。
「じゃあ、円陣の合図はキララちゃんにお願いするわね♡」
「ええ、お、おれぇ!?」
「うん! だって、キララちゃんがこのメンバーのセンターでしょ?」
『手短にたのむ』
「え、えーっと⋯⋯みなさん、色々巻き込んじゃったけれど、練習とか付き合ってくれてありがとうございます! いい演奏、しましょう!!」
「「「おー!」」」
4人は手と声を重ね、本番前に心を一つにする。そして、スポットライトが照らすステージへと、それぞれの楽器を構えて向かっていった。