ケイに連れられて、会場の上階、客席を見下ろせる位置までやって来た。ここまではまだ変装に気付かれていないが、先ほどメールでマーゴから出番が来たから『モノマネ』の補助が出来ないという連絡があった。会話ができない以上、気づかれるのは時間の問題だろう。その前に、仕掛ける。
「さあ、ここなら誰も来ないでありますかね。ところでエマ殿、先ほどからまったく喋らないでありますが、体調でも悪⋯⋯」
ケイがこちらに振り返ろうとしたタイミングで、腰に提げていた刀を蹴り飛ばす。追撃で目を潰そうと伸ばした指は、寸前で頭を逸らして回避された。
「素早いな。やはり君は運動神経がいいみたいだ」
「⋯⋯その声、ヒロ殿でありますな。だまし討ちで先制攻撃とは卑怯な真似を。これが最近流行りのジャスティス先制アタックってやつでありますか?」
「君が何を言っているかは分からないが、エマを人質に取っているような輩に卑怯などとは言われたくないな。私はいつも正しくあろうと努めている」
変装の必要がなくなったので、カツラとマスクを脱ぎ捨てる。そして、背中に隠し持っていた警棒を構え、ケイを正面から睨みつけた。ケイもまた、私のことを鋭く睨みつけている。
「まあ、元々貴殿を殺すつもりでありました。結果オーライというものでありますな」
「私を殺す? エマではなく私が狙いだったか。君に恨まれるようなことをした覚えはないんだが、何故私を狙う。教えてくれないか?」
「今から殺される相手に話すことなどないでありますな!」
ケイがだぁん!と床を踏みしめると、足元が傾く。『傾国』の魔法だ。この場所は会場の上階。手すりを越えれば、階下へと真っ逆さまの不安定な足場だ。このままでは最悪落下してしまう。しかし、前回の戦いである程度種は割れている。私は、ケイの動作を確認すると同時に宙に跳んでいた。空中ならば、足元が不安定でも関係ない。
「浅はかな! 空中では逃げ場はないでありますよ!」
「はっ! それはどうだろうな。やり方次第だろう!」
私は、ケイ目掛け懐から取り出したあるモノを投げつける。咄嗟に両手を前に突き出し、空気の層を傾けることで直撃を回避しようとしたケイだったが、これは当てるために投げたものではない。弾かれ、地面に落ちたそれが、眩しい光を放つ。
「閃光弾!? しまっ⋯⋯!!」
「はああああ!!」
様々なモノを傾けられる『傾国』の魔法は強力だが、光に対してその効力は通用しない。光線のようなものなら傾けることは出来たかもしれないが、閃光弾のような広範囲に放たれた光を防ぐことは困難だろう。当然、私は閃光弾がさく裂する前に目を瞑っていたので難を逃れたが、ケイは閃光弾にやられて顔面を両手で覆っている。大きな隙を晒した彼女の胴体目掛け、飛び掛かった勢いそのままに思いっきり警棒を振りぬいた。
手に伝わる鈍い感触。この感じはあばら骨は2,3本折ってやれたか。痛そうに身体を抑えて蹲るケイに対し、私は見下ろしながらその喉元に警棒を突き付けた。
「さあ、降参しろ護国ケイ。これ以上痛めつけられたくなかったら、まずはエマの首輪を外して貰おうか」
「まさかここまで暴力に躊躇がないとは思わなかったでありますよ。いたいけな少女を武器で殴るのは正しくないのでは?」
「確かに、なんでも暴力で解決するのは正しくない。ただ、私は友人のためなら魔女にでもなってみせる。恨むなら恨むがいい。その君の気持ちも受け止めてあげよう」
「⋯⋯はは。優しいでありますなぁ、ヒロ殿は。ですが小生、もう後には引けないのでありますよ!!」
「くっ!?」
ケイは、私が突き付けている警棒で喉元を圧迫されているにも関わらず、無理やり上体を起こす。警棒がケイの喉元の皮膚を突き破り、血が噴き出す。その血が私の顔面に吹きかかり、一瞬力が緩んだタイミングで、ケイは警棒を私の手から払いのけた。そして、追撃するように私の身体にケイの手が触れた。
直後、私の身体が大きく傾く。ケイの魔法が発動したのだ。バランスを崩した私の身体は、手すりを乗り越え、階下の観客席へと落下していく。
「小生の勝ち、でありますな⋯⋯!」
ケイの絞り出した声が聞こえてくる。悔しいが、どうやらその通りらしい。しかし、まだだ。私は『死に戻り』の魔法で、今日の朝まで戻ることができる。ここで死ぬことになっても、次は必ずケイに勝ってみせる。そう決意を固め、襲い掛かる衝撃を覚悟して目を閉じた私の耳に、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。
「ヒロさん! 目を開けて、こっちを見てくださいまし!」
「ハンナ!? 何故君も一緒に落ちているんだ!?」
「シェリーさんがぶん投げたんですのよ! あのゴリラ女、力加減ってもんを知らねーですわ!! でも、わたくしなら大丈夫。『浮遊』の魔法があれば、落下しても死ぬことはありません。ですから⋯⋯わたくしの手を、掴んでくださいませ!!」
いつの間にかすぐ隣で一緒に落下していたハンナが、私に向けて手を伸ばす。⋯⋯先ほどまでの私は正しくなかった。どんな時だって、死ぬことが正しい選択肢であるはずがない。可能性がわずかでも残されているならば、最後まであがくべきなんだ。それに、今の私は一人ではない。一緒に戦ってくれる仲間が居る。私は、差し伸べられた手を握り返した。
「ああ。君こそ、私の手を放さないでくれよ?」
「とうぜん! わたくしの手が届く範囲では、誰も死なせませんわ!!」
ハンナが私の手を握ると同時に、ふわりとした浮遊感に包まれる。床に落ちてぶつかる寸前で、ハンナの『浮遊』の魔法のおかげで助かったのだ。私の体重を必死に支えて浮くハンナは顔を真っ赤にしているが、その手は強く握られ、決して放そうとはしない。
私はほっと息を吐くと同時に、先ほどまで居た場所を仰ぎ見る。ちょうど、シェリーがケイに馬乗りになり身動きを封じているところだった。その横には、エマの姿も見える。ここにエマが居るのは計算外だが、これでハンナたちがここに来た理由も分かった。エマがやって来たことで、私がエマに変装したことに気付き、追ってきたのだろう。あまり危険なことはしてほしくないが、おかげで助かったのも事実だ。礼は正しく伝えるべきだろう。
「ハンナ、ありがとう。おかげで助かっ⋯⋯」
しかし、その言葉を伝えることは出来なかった。突如として鳴り響く銃声で遮られ、観客席がざわめきで包まれる。一体何が起こったのかと周囲を見回すと、観客の視線はある1点に集まっていた。
観客の視線の先、そこに立っていたのは、スポットライトに照らされ、今まさに歌い始めるところだったキララ。その心臓に小さな穴が空き、そこからじわりと赤い液体がにじみ出ていた。
〇〇〇〇〇
鳴り響いた銃声に反応し、咄嗟にドラムに隠れたマーゴは、背後から撃たれたキララの姿を見ていた。目を見開き、震える手で胸元に手を寄せるキララに、ノアとアンアンが慌てて駆け寄ろうとしたのを、必死に止める。
「ノアちゃん、アンアンちゃん、危ないわ! まだ狙撃手がこちらを狙っているかもしれない! 早く隠れて!!」
マーゴの制止を受け、ノアはキララの様子を気にしつつも、舞台袖に隠れる。しかし、アンアンはその場から動こうとせず、キララが落としたマイクを拾い上げた。
「⋯⋯ここは、オーディション会場のはずだ。こんな場所で狙撃なんて、マナー違反だろう。だから⋯⋯ここに居る全員、【動くな】!!」
アンアンの声がマイクに乗って会場全体に響き渡ると、先ほどまで騒がしかった会場が一斉に沈まりかえる。銃声も聞こえてこないので、狙撃犯にもアンアンの魔法が効いているのかもしれない。マーゴは安全を確認しながら、アンアンとキララの元へと駆け寄っていった。
「お手柄よアンアンちゃん! でも、いつまで魔法の効力が続くか分からないわ。早くキララちゃんを連れて舞台袖に避難しましょう!」
「キララちゃん、だいじょうぶ?」
隠れていたノアも駆けつけきた。そんな二人に、アンアンは涙目になって訴える。
「だ、ダメだ! 血が止まらない⋯⋯。こ、このままでは、キララが死んでしまうぞ⋯⋯!」
アンアンは長い袖で必死にキララの胸を押さえているが、流れ出る血は止まらず、アンアンの袖は赤く染まっていく。このままでは、出血多量で死んでしまう。だが、この場には満足な医療機器など存在しない。
「そうだ! 前にヒロちゃんが言ってた、メルルちゃんに魔女化の音鳴らしてもらうやつ、あれでなんとかならないかな?」
「それだわ! ねえ、メルルちゃん、私たちの話聞いていたかしら? 以前緑野メイちゃんを魔女化させた時に鳴らした音声、ここで鳴らせる?」
『はい、可能です! でも、魔女化すると基本的に理性が飛んでしまうので、『魔女殺し』の魔法が使えるエマさんが近くに居ないと、き、危険だと思います⋯⋯』
マーゴがポケットからスマホを取り出し、その中に映るメルルに尋ねる。メルルから返ってきた答えは、『魔女化』の危険性を訴えるものであった。しかし、ここで手を打たねば、キララは死んでしまう。知り合ってからはまだ日が浅いが、キララが悪い人間ではないことは3人とも知っていた。死なせたくないという気持ちは共通している。
どうしようかという迷いは一瞬。覚悟を決めた様子で、アンアンが顔を上げた。
「⋯⋯わがはいも、一緒に魔女化する。わがはいの『洗脳』なら、魔女化したキララを抑えることができるはずだ」
「で、でも、それだとアンアンちゃんが危ないよ!?」
「そうよ。メルルちゃんの魔法がない状態で魔女化するのは危険だわ。アンアンちゃんが危ない目に合うくらいなら、私はこの子を見捨てる。ねえ、お願いよ。考え直してくれないかしら?」
ノアが必死にアンアンを止め、マーゴも表情こそ崩していないが、いつになく感情的に訴える。それでも、アンアンの決意は揺らがなかった。
「わ、わがはいは、誰も死んでほしくない。もし、わがはいの『洗脳』で救える命があるなら、救いたいんだ。それに⋯⋯だ。わがはいには、ノアとマーゴが傍にいる。わがはいはもう、魔女化しても誰も殺さない⋯⋯!!」
アンアンの意志が固いことを悟ったノアとマーゴは、説得を諦めた。その代わりに、覚悟を決めた表情でうなずく。
「⋯⋯うん、わかった。アンアンちゃんなら、きっとだいじょうぶ! もしもの時は、のあが止めてあげるね!」
「はぁ⋯⋯。アンアンちゃんは強情ね。いいわ、アンアンちゃん。そこまで言うならやりなさい。でももし、理性を失うことがあったら⋯⋯その時は、後でた~っぷり、お仕置きしてあげるわね♡」
「うっ、マーゴのお仕置きは嫌だ⋯⋯! わがはいは絶対に理性を保ってみせるぞ! だからメルル、わがはいとキララを、【魔女化させろ】!!」
『わ、わかりました! ノアさんとマーゴさんは、耳を塞いでいてくださいね!!』
ノアとマーゴが耳を塞いだのを確認して、メルルはスマホからノイズ音を鳴らす。その音は舞台上に響き渡り、すぐそばでその音を聞いていたキララとアンアンの姿を、異形に変えようとしていた。