会場の後方上部、事前に用意しておいた抜け穴から潜入し、射撃スポットで銃を構えたフタバ。真っ先にステージ中央にいたキララの胸を撃ちぬいたまでは想定通りだったものの、続く第2射は未だ撃てずにいた。
「くっ⋯⋯! あの声のせいです。あれのせいで動きが止められてしまう⋯⋯!!」
目元を覆う黒いベール越しに、ステージの上にいるアンアンを睨みつけるフタバ。洗脳を防ぐには耳を塞ぐのが手っ取り早いが、そうすると銃が持てない。どちらにせよこれ以上の狙撃は困難だった。
「と、【止まれ】ぇ⋯⋯!! キララ、ステージの上で、【暴れるな】⋯⋯!!」
苦し気に呻くアンアンの声が、マイクを通して会場中に響く。匂いが変わったことで察してはいたが、明らかに先ほどまでよりも魔法の効力が強い。いつの間にかアンアンが魔女化したのか。そういえば以前『迷彩』の魔法少女も魔女化したという話を聞いた。どうやってかは知らないが、意図的に魔女化を促す術を持っている可能性が高そうだ。
一度撤退し、会場の外での狙撃に切り替える。そう判断したフタバは、洗脳を受けたせいで重い足を動かし、抜け穴から会場の外へと出る。距離が遠くなったことで洗脳の効果が弱まり、ある程度自由に動けるようになった。ドーム型の会場の壁面を、事前に垂らしておいたロープを使ってするすると降りていく。
地面まであと数メートルというタイミングで、ぴょんと飛び降りる。ざっ、という着地の音と同時に、足音のようなモノが聞こえ、フタバは反射的にそちらの方を向いた。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
怒声を上げながらこちらに近づいてくるのは、ケイだった。いつの間にここに、そもそもケイは二階堂ヒロを殺す予定では無かったのか。そんなことを問いただす前に、ケイの拳がフタバの頬を思いっきりぶん殴った。
「ああっ!?」
歯が折れる音が痛みと同時に伝わってくる。困惑は一瞬で怒りに塗り替わった。口内に滲む血の味を噛みしめながら、フタバは鼻をひくつかせ、ケイとの距離を測る。錆びた鉄のような匂い、それがケイの顔の両端、そして喉元に当たる位置から強く漂ってくる。
「こいつ、鼓膜を破って洗脳を無理やり突破してわたしの元まで走ってきたのですか!? 正気じゃない!!」
「小生を正気じゃなくさせたのは貴様の蛮行のせいだ、フタバぁ!!」
ヒロとの戦闘で負った傷、そして洗脳で緩んだシェリーの拘束を突破するために無理やり外してきた肩の関節と、洗脳を受けても両手を使えるように自分で耳を叩いて破った鼓膜。満身創痍でありながらも、親友を狙撃されたことによる怒りが、ケイを突き動かしていた。
一方、不意打ちを喰らった初撃こそ手痛いダメージを受けてしまったフタバだが、一呼吸置いたことで少し冷静になれた。慎重に相手と自分の戦力を比較、そしておそらく二階堂ヒロの殺害に失敗しているケイにこれ以上の利用価値は無いと判断。独断での排除を決意した。
フタバはローブをばさりと捲り、その下に隠し持っていた拳銃を取り出し、すかさず撃つ。フタバの魔法、『銃器制作』で作成したポケットにしまえるサイズの魔法の拳銃だ。大きさこそ小さいが、魔法の銃の威力は折り紙付きだ。
放たれた銃弾は、ケイの顔面に直撃する寸前で横に逸れた。ケイの『傾国』の魔法が発動し、空気の層を傾けて回避したのだ。だが、お互いに魔法は把握している。フタバはケイが回避することを読んで次の手を打ち、そしてケイもまたそれに対応するべく動く。
フタバがケイの足元に伸ばしたつま先。そこが音を当てて開き、中から銃弾が真上に飛び出す。それと同時に、正面からも更に拳銃で追撃。正面と下、2点の同時射撃で挟み込む。ケイはあえて正面からの攻撃を肩に受け、下からの銃撃は地面を傾けることで方向を逸らした。
地面が傾いたことでバランスを崩したフタバの腕を掴み、そのまま地面に押し倒す。骨の折れる音が響き、フタバはベールの下で顔を歪めた。
「腕は折ってやったであります!! さあ、これでとどめ⋯⋯!!」
強い殺意を持って、ケイの拳が倒れるフタバの喉元目掛け叩き込まれる。しかし、その拳がフタバに届くよりも先に、乾いた銃声が鳴り響き、ケイの身体が大きく上に跳ねた。
「⋯⋯1月につき1丁。わたしが魔法で創り出せる銃器の数です。まさかこんなところで使わされることになるとは、思いませんでした。わたしの赤ちゃんは、もっと特別な場所でゆっくりと時間をかけて産み出したかったのに⋯⋯!!」
フタバはぽろぽろと涙を流す。ケイのお腹に空いた小さな穴から流れる血が伝う先、普段ローブで隠されているフタバの腹からは、今まさに魔法で産み出された拳銃が、白い煙を漂わせていた。
フタバは、力の抜けたケイの身体を押しのけ、折られた方の腕を庇いながら立ち上がる。そして、倒れたまま動かないケイを見下ろし、銃口を頭に向けた。
「貴女のことは嫌いですが、せいぜい苦しまないよう楽に死なせてあげます。わたしってほら、一応シスターですから?」
「⋯⋯くそ、が」
ケイはまだ辛うじて息こそあるものの、最早魔法を発動させる気力も無く、憎々し気にフタバを見上げることしかできない。万事急すかと思われたその時、フタバはこちらに猛スピードで飛んでくる物体の存在を感知し、咄嗟に屈んでそれを回避した。
「こら~!! そこの黒いメルルさんみたいな人!! ケイさんに何をしているんですか!! 危ないことは駄目ですよー!!」
ケイを追いかけて、猛スピードで近づいてくるシェリーの声を聞き、フタバはちっと大きく舌打ちをする。万全の状態ならば何ともないが、今は片腕が封じられている。『怪力』の魔法の持ち主であるという情報を聞いている橘シェリーと戦うのは得策では無かった。
「⋯⋯まあいいです。こいつはどうせ放っておいても死にますし。今度会う時は覚悟していてくださいね。その時はあなた達全員、撃ち殺してあげますから」
「あ、逃げないでくださーい!!」
そう言い捨てて、フタバは全速力で去っていく。シェリーは引き留めようと声をかけたが、地面に血だらけのケイが倒れていることに気付き、フタバを追いかけるのは諦めた。そして大急ぎでケイの血を止めることに専念するのであった。
〇〇〇〇〇
私の視界は今、眩い光に包まれている。それは、隣にいるハンナも同様のようで、目を抑えながら騒いでいた。
「な、なんなんですの、この光!! いったい何がこんなにピカピカ光っていやがりますの~!?」
「光と言えば、思い当たるのは一人しかいないだろう⋯⋯!!」
ステージの方へ視線を向けると、やはり光源はそこだ。ステージの中央あたりが、キラキラと激しい光を放っている。その光のせいで観客は何が起こったか全く見えていないようだが、私にはわかる。あれはおそらく、キララが魔女化したせいで魔法が暴走してしまっているのだ。
「キララ⋯⋯【落ち着け】!! くうっ⋯⋯!!」
マイク越しにアンアンの声も聞こえてくる。先ほど聞こえた命令は【止まれ】だったが、その時は身体がほとんど動けなかった。普段のアンアンの魔法ではここまでの強制力はないはずだから、アンアンがキララを抑え込むために自分も魔女化したのだろう。だが、随分と苦し気な様子なので、アンアンの理性が保つのも後僅かだ。何とか抑え込めている今のうちに、手を打たなければ。
「ヒロちゃーん! ハンナちゃーん!! だいじょうぶ~!?」
「私たちは大丈夫だ! それとエマ、急で悪いが、今からステージに向かってアンアンとキララの魔女化を解除してくれ!!」
「ええ!? 眩しすぎてアンアンちゃんとキララちゃんの位置が分からないよ!」
落下した私たちを心配したのであろう、エマの声が上から聞こえてきたので頼み込んでみたが、我ながら無茶ぶりだと思う。エマの『魔女殺し』の魔法は、対象を指定する必要がある。無差別にやることも可能化もしれないが、それでもし観客に対象が向いてしまった場合、どうなるかが分からない。今のエマの魔法は命まで奪うものではないと認識しているが、リスクは避けるべきだ。
「ひゃあ!? これ、なんなんですの~!?」
どうやってエマをアンアン達の元へ近づけるかを考えていると、ハンナの悲鳴が聞こえてきて思考が逸れた。いったい何がとハンナのいる方を向こうとした瞬間、私の頬に冷たいモノが触れた。反射的に視線を落とすと、それは緑色に光る蝶であった。触ってみると、液体のようで指に塗料が付く。こんなことが出来るのは、1人しかいない。
「ノア⋯⋯!!」
ノアの液体操作の魔法で、蛍光塗料を蝶に変え、飛ばしているのだ。これを辿っていけば、ステージ上に居るノアまで行ける。それはつまり、アンアンとキララにも近づけるということだ。
「わわ、なにこれ! ちょうちょ?」
「エマ! その蝶を辿ってステージまで飛ぶんだ! 今なら観客も光のせいで君が飛んでも気づかない!!」
「うう、わたくしの十八番を奪われるのは悔しいですが、エマさんの方が自由に飛べますものね。エマさん、頑張ってくださいまし!!」
「⋯⋯!! うん、わかった!!」
私とハンナの激励を受け、エマが変身する。変身の際に出る光は、キララの発する光に紛れ気づかれることはない。エマのいる方を注視していた私とハンナだけが、その光に気付くことが出来た。
光の中を、エマが飛翔する。観客の頭上を飛び越え、ステージへとあと僅かというところで、アンアンが苦し気に呻き声をあげた。
「うう、来るな⋯⋯!! わがはいに、【近寄るな】!!」
しまった。アンアンの洗脳がエマに向けられた。アンアンの精神もかなり不安定だ。早く対処をしなければ、手遅れに⋯⋯
「──問題ない。エマ、わがはいとキララに、【魔法を使え】!!」
「ヒロさん、この声は⋯⋯!!」
「⋯⋯ああ。流石マーゴだ」
あらかじめこのような事態を想定してマイクを確保していたのであろう。『モノマネ』の魔法でアンアンの洗脳が打ち消され、エマは蝶の案内を辿り、キララとアンアンの傍にふわりと降り立つ。そして、魔法発動の合図を口にした。
「──『死ね』」
エマの魔法が発動した直後、会場全体を覆っていた光がすーっと消えていく。そして、ステージの上には意識を失い倒れるアンアン、キララの姿と、慌ててステージ端に隠れるエマ。そしてアンアンとキララの元へ駆け寄るノアとマーゴの姿が見えた。