「さようなら、二階堂さん」
「さようなら、押田先生。また明日、よろしくお願いします」
帰りのHRが終わり、足早に駅へと向かおうとした途中で、担任の押田先生から挨拶をされたので、丁寧にお辞儀を返す。挨拶は礼儀だ。どんな時でも正しく行う必要がある。
それに、これはある意味決意表明でもある。今日訪れる死を乗り越えて、明日もここに来てみせるという決意だ。
エマからは記憶にあるものと同じ文面のメッセージが届いている。それにこれまた記憶と同じ文面で返信しつつ、本来そこに使う脳のリソースを来る『死』への対処法を考えることに費やす。
まず、前提として本来狙われたのはおそらくエマの方だ。何者か分からない存在を、仮に犯人と呼ぶことにしよう。
私とエマはあの時、電車を待って列の先頭にいた。その時目視こそしていないが、気配から察するに後ろには数人並んでいたはずだ。そして、犯人はおそらく、私たちのすぐ後ろに並んでいた人物であると推測できる。もし、他の列に並んでいたり列の後ろの方に犯人が居たとすれば、急にエマの背中を突き飛ばそうと動けば誰かが気づいて声を上げるはずだ。
最優先は犯人の特定。そして確保だ。他人を線路へ突き落そうとする人間など、まったくもって正しくない。そんな犯罪者はすぐにでも警察に引き渡すべきだろう。
気になることがあるとすれば、ユキが言っていた『大きなきっかけ』とやらだ。私の『死に戻り』の魔法が目覚めたきっかけに関して、ユキは詳しくは教えてくれなかったが、同時にすぐに分かるとも言っていた。となると、その『きっかけ』とやらは犯人が関わっている可能性がある。
「あ、ヒロちゃん! おーい!!」
これからのことを考えながら歩いていたら、いつの間にか駅まで着いていたらしい。記憶と同じように膝に絆創膏を貼ったエマが、こちらを見つけるなりぶんぶんと大きく手を振ってきた。私は、それには反応せずに早足で近づくと、エマの手を握ってそのまま歩き始めた。
「色々と話しておきたいことがあるが、時間もない。大事なことだけ話そう。まず、授業中にぼーっとするのはやめるんだ。怪我で早退するなど正しくない」
「え!? ヒロちゃんなんでボクが体育の授業で怪我したことを知ってるの!?」
「それに関しても話す。どうやら私の『死に戻り』の力が戻ったようだ。」
「ええ!? それってどういうことなの!? だって、ボクたちの『魔女因子』はユキちゃんが全部持って行ってくれたはずじゃ⋯⋯」
「詳しいことは私にも分からない。ただ、私はそのユキ本人からそう説明されたんだ。そして⋯⋯エマ。君にもおそらく、『魔女殺し』の力が戻っている」
エマの瞳が驚愕で見開かれる。エマは牢屋敷にいた頃も自分の魔法に自覚が無かった。おそらく魔法の力が戻ったということに気がついてはいなかったのだろう。
「そんな⋯⋯。ど、どうすればいいのかな!?」
「⋯⋯魔法について考えるのは後にしよう。それよりも大切なことがある。それは、今日の死を回避することだ」
「ヒロちゃんは、ボクが怪我した原因を知っていた。つまり、一回ヒロちゃんは死んで、『死に戻り』の力が発動したってことだよね?」
「ああ、そうだ。ただ、狙われたのは私ではなくエマの方だった。勿論次は死ぬつもりはないが、君が狙われている以上、君も注意しておいた方がいい。だから話すことにした」
「そっか⋯⋯。えへへっ」
「なぜ笑う。君は狙われていると忠告したばかりのはずだ」
「だって、ボクに話してくれたってことは、ボクのこと信頼してくれているってことだよね? 一気に色々言われて正直混乱しているところはあるけれど⋯⋯それでも、そのことがなんだか嬉しくって」
「⋯⋯まったく。君というやつは」
こんな状況だというのに喜んでいるエマを見て、緊張が少し解けた。確かに、以前までの私ならば、一人で解決しようとエマに相談することは無かったかもしれない。でも今は、私はエマのことを信じている。だからこそ、もう二度と目の前で失うようなことはしたくない。
私はその決意を込め、エマの手を強く握った。エマもまた、先ほどよりも強く私の手を握り返してくる。電光掲示板に、電車が来る時間が表示される。私が死を迎えた時間まで、もうあと僅かだった。
時間はあまりなかったが簡単な作戦会議を行い、そのうえで私たちは一度目の死を迎えたのと同じ場所で電車が来るのを待っていた。2人で何気なく会話をしている風に装いながら、私は鞄の中にいれてあった手鏡でちらりと後ろに立つ人物の姿を確認する。事前に考えたことが正しいなら、この人物が犯人で間違いないはずだ。
驚くべきことに、犯人は私の通っている高校と同じ制服を着ていた。背丈は私とエマと同じくらい。顔は見えないので、知り合いかどうかは分からない。だが、そうなるとますます分からないのが、動機だ。
同じ高校ならば、私が狙われるならまだ分かる。私は清く正しい学生生活を送っていると自負しているが、万人に好かれるというのは不可能だ。恨みの一つ二つ、買っていてもおかしくはない。
しかし、面識がない人物に対して恨みを抱くことなど、普通はあり得ない。まして、殺意を抱くほどになるなんて。もしや、このあり得ない状況も、ユキの言っていたことが関係しているのだろうか。疑問は尽きない。
それも、この犯人を捕まえて聞きだせば解決するかもしれない。そんな期待を込めて、私は犯人がエマの背目掛け伸ばそうとした腕を振り向きざまに掴んで止めた。
「おっと、危ないな。君は私の連れに一体何をするつもりなのかな?」
「⋯⋯っ!!」
この時ようやく、私は犯人の顔を正面から見ることが出来た。怒りからだろうか、僅かに赤く染まった顔は、面識のある顔では無かった。私は同じクラスの名前と顔は把握している。となると、彼女は別クラス、あるいは違う学年の人間か。
「君には色々と尋ねたいことがある。大人しくしてくれるならば、警察には引き渡さないと約束しよう」
とりあえず説得を試みる。既に異変に気付いた周囲が何事かと騒ぎだしている。あまりことを大きくし過ぎるのはこちらとしても望んでいることではない。大人しく従ってくれるといいのだが。
「い、嫌だ!! いくら貴女の頼みでも、それだけは聞けない!! だって⋯⋯その女は、殺さないといけないんだぁ!!」
しかし、説得は失敗に終わってしまった。血走った眼でそう叫んだかと思うと、犯人は私が掴んだ手を振りほどこうとする。ただ、力はこちらが上だ。暴れる犯人を必死で抑え込む。
「エマ、抑え込むのを手伝ってくれ!」
「う、うん! 分かった!」
私がエマに助力を頼み、エマが犯人を抑え込むため近づこうとした、まさにその瞬間だった。
「きゃー!!!」
唐突に叫び声が響き、私は反射的にその声が聞こえた方向を向いた。同時に、びしゃりと足元に何か液体が飛んでくる。それは、赤黒い染みとなって広がっていく。その液体の正体に思い当たり、私は一瞬思考が固まった。
「おい、今すぐ救急車を呼べ!!」
「お、男の人が突然、線路に飛び込んで⋯⋯」
何故だ。何故、このタイミングで飛び降りが発生する? まさか、エマを突き落とした犯人は別にいた? いや、それはない。確かに私は、こいつがエマを突き飛ばそうとしているところを見た。ならば偶然か? いや、それにしてもタイミングが重なりすぎている。
「ごめんなさい!!」
「しまっ⋯⋯!!」
私もエマも、突然の飛び降りに意識がそちらに向けられてしまっていた。その僅かな隙をついて、犯人は私の拘束から抜け出してしまった。だが、問題ない。私は運動神経がいい方だ。同年代の女子相手なら走って追いつくことが出来る。
そう思って犯人を追いかけようとした私は見た。少し離れた場所で、クラウチングスタートの姿勢で逃走の準備をしている犯人の姿を。そして、まるで犯人に向け再び伸ばした私の手がスタートの合図だと言わんばかりに走り出した犯人のスピードは、あまりにも常軌を逸していた。
「ど、どういうこと!?」
エマが驚くのも無理はない。犯人は走り出した直後、人波を掻き分けて既に追いつけないほどの距離まで移動していた。足が速い、などという言葉では到底説明がつかない速度。足にロケットエンジンでもついているかのような、現実離れした現象。これはまるで、魔法のような⋯⋯。
「⋯⋯なるほど。そういうことか」
この時、私はユキの言っていた『きっとすぐ知ることになる』という言葉の意味を理解した。おそらくは、あれがそうなのだ。私が『死に戻り』の魔法に目覚めることになった、一番大きなきっかけ。それが、あの犯人であることを、私は直感で理解した。
「だとすれば、何としてでも捕まえなくては」