雪合戦から数日が経過した昼下がり。体調が回復するまで牢屋敷で過ごしていたところ、スマホの着信音が鳴った。画面を確認してみると、通話を入れてきたのはココだった。ココがプライベートな話題で私に通話してくることはほとんどない。となると、要件は政府からの連絡だろうか。
「おはようココ。政府からどんな連絡があったんだ?」
『ヒロっちおいっす~。⋯⋯って、なんであてぃしが政府のおっさん共から伝言貰ったこと分かったん!?』
「君が私に世間話目的で連絡してくることは滅多にないからな。あと、政府の人間をおっさん呼びは正しくない」
『は~ん、そういうことね。なんかあてぃしからの連絡が事務報告だけみたいに思われんの悔しいからさ、エマっちに通話する回数ヒロっちにおすそ分けすんわ』
「それは遠慮してくれ。ところで、要件はなんだ?」
『ちぇ、つまんないの~。はいはい、要件ね。なんかさ~、魔女因子が関わってそうな怪しげな場所見つけたから、調査してほしいってよ』
ココから告げられた内容は、魔女因子が関連していそうな場所の調査だった。なんでも、その場所は元々遊園地だったらしいが、数年前に閉演。今は廃墟になっているらしい。廃墟ということもあって動画配信者や学生が肝試しのために訪れるスポットになっていたのだが、1か月前ほどからその場所を訪れた人間が行方不明になるという事件が発生しているそうだ。
「話を聞く限り、魔女因子というよりはオカルト寄りな事件な気もするが⋯⋯本当に魔女因子が関わっているのか?」
『いや、あてぃしに聞かれても知らんし。それ込みで調査してくれってことなんじゃねーの?』
そう言われてしまえばこちらも反論する要素はない。これまでの事件に比べるとかなり曖昧な情報しかないが、政府から直接調べるよう伝言を受けたというならば、向かうしかないだろう。
「──というわけで、ココに教えてもらったその遊園地に今から向かうことになった。君たちにも同行して欲しい」
食堂に集まった面々の顔を見回しながら、私は要件を告げた。この場に居るのは、エマとナノカ、ミリアにマーゴ、そしてホノカ。私と同様、数日前に牢屋敷を訪れてそのままここに留まっていたメンバーだ。
「もちろん、ボクは行くよ! 魔女因子が関わっているかもしれないなら、ボクの魔法が必要だもんね!」
エマは即座に頷いてくれる。まあ、エマの予定は把握しているので、ここで断られる心配はしていなかったが、こうしてすぐ返事をしてくれるのは心強い。
「私も行くわ。これまで、まだ役に立ててなかったもの。お手伝い、させてちょうだい」
ナノカも同行の意志を示してくれた。ナノカの『幻視』の魔法は、調査にはうってつけだ。非常に頼もしい。
「お、おじさんも行くよ! 役に立てるかどうかは分からないけれど⋯⋯やれることがあるなら、手伝いたいんだ!」
ミリアは若干緊張した様子を見せながらも、同行することを決めてくれた。ミリアの魔法、『入れ替わり』は確かに使いどころが難しいが、人数が増えるだけでもだいぶありがたい。
「はいはーい! 私もなのちゃんを手伝いまーす!!」
続いて元気よく手を挙げたのはホノカ。しかし、その手を隣に座っていたナノカが即座に下ろした。
「お姉ちゃんは駄目。お姉ちゃんは魔法を使えないし、これは私たちがやるべきことだから」
牢屋敷に住む他の少女たちには、私たちが政府に依頼されている任務に関しては話していないが、ホノカには例外的に説明していた。ナノカと一緒に暮らしているホノカに隠し続けることは出来ないだろうと判断したためだ。
しかし、事情を知っているからといって巻き込むつもりはない。私も、ナノカの意見には賛成だった。魔女因子を持っている私たちならば、ある程度の負傷は最悪魔女化の効力で完治できる。だが、ホノカには現在魔女因子は存在しない。協力したいという気持ちはありがたいが、やはり巻き込むべきではないだろう。
「ホノカ、君は留守番だ。安心してくれ。ナノカを危ない目に合わせることは決してしないと約束しよう」
「⋯⋯はーい。そこまで言うなら、大人しくお留守番しまーす」
もう少しごねられるかと思ったが、予想に反して素直に言うことを聞いてくれた。そんな姉の様子を見て、ナノカもほっと安堵の息を吐いている。
「私も本当は付いていきたいのだけれど⋯⋯ごめんなさいね。まだ体調を崩している子が居るから、看病してあげないといけないの」
「マーゴ、君には前回色々助けられた。気にする必要はないよ。私の方こそ、君にばかり負担をかけてしまって申し訳ない」
申し訳なさそうに眉を下げるマーゴだが、彼女がここに残ることを咎める者はこの場に居ないだろう。何故なら、先日の雪のせいで未だ多くの少女たちが体調を崩したままだ。アンアンとノアがここに居ないのも、雪遊びで身体が濡れたせいで軽い風邪にかかってしまい、まだ完治していないのが原因だった。
「大丈夫よ。お姉ちゃんも残ってくれるもの。お姉ちゃんは料理は下手だけれど、それ以外ならなんだってできるわ」
「こらー! 料理が下手は余計だぞ! 最近頑張って練習しているんだからね!!」
確かに、ホノカは料理が下手だ。牢屋敷に囚われていた期間、提供されていたあの食事。あれがホノカ本来の料理スペックによって産み出されたものだったと知った時は愕然としたものだ。
ともあれ、ホノカとマーゴが居るならば牢屋敷のことは心配いらないだろう。私たちは2人に見送られながら、ココから教えられた場所に向かうべく、4人でヘリに乗り込むのであった。
──ヒロ達が去った牢屋敷で。ホノカは1人、マーゴにバレないようにとコソコソと行動を始めていた。この姉、どうしてもナノカのことが心配で、着いていく気満々であった。素直に引き下がったように見せたのは、あの場を誤魔化すための演技だったのだ。
「へへへ⋯⋯。なのちゃんが危ない目にあいそうなのに、手助けしないなんてお姉ちゃんの名が廃るってもんよ。マーゴちゃんには悪いけれど、なのちゃんいるところに私あり、なんだよね~」
勿論、ホノカも考え無しで危険と言われた場所に向かうつもりはない。万全を期すために、とある2人の少女に連絡を入れる。
そして、ヒロ達が出発した翌日。予定外のヘリの音に何事かと慌てて外に出てきたマーゴが見たのは、ヘリから地上に向けて手を振るホノカと、その隣で一緒に手を振るシェリー。そして気まずそうな表情で端っこの方に座るアリサの3人の姿であった。
「マーゴちゃん、ごめーん! でもでも、お姉ちゃんは止まれないのです~!! それにほら、最強の護衛2人をつけたから!!」
「はい! 私とアリサさんがしっかり護衛しますので、安心してくださーい!!」
「なんでウチまで⋯⋯。すまねえな宝生。あとでウチら全員叱ってくれ⋯⋯」
飛んでいくヘリを呆然と見上げるマーゴ。ホノカが何かしら企んでいることには気づいていたが、ここまで大胆なことをするとは想像していなかった。慌てて、ヒロにホノカがそちらに向かったことを伝えるために通話を繋ごうとする。
──おかけになった電話番号は、電波の届かないところにいるか、現在使われておりません
しかし、何故か通話が繋がらない。返ってくるのは、無機質なメッセージのみ。マーゴの胸に、一抹の不安がよぎる。
「ヒロちゃん達、大丈夫かしら⋯⋯」
〇〇〇〇〇
「なぜ、こんなことに⋯⋯」
粉々に破壊された端末が、私の手から滑り落ちる。ぽたり、ぽたりと滴るのは、私の胸を刺し貫いた無数の鉄線から流れ落ちる血だ。
ここに居ない皆は、果たして無事なのだろうか。狭く暗い、迷路の奥。そこで誰にも見つけられることのないまま、皆の無事だけを祈る。
視界が徐々に暗くなっていく。私は、この悪意に満ちた迷路の手にかかり⋯⋯久々の『死に戻り』を果たすことになった。