二階堂ヒロの事件簿   作:赤葉忍

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回想、再びの牢屋敷

 足立スピノは、どこにでもいる普通の女子高生だった。何故過去形なのかというと、つい先月、スピノは『魔法』と呼称するしかないような不思議な力を手に入れたからだ。

 

 その力は、一言で表すなら『俊足』。クラウチングスタートの姿勢をとることで、人間の足で最速時速100kmの移動を可能にする魔法だ。この魔法の力が、いつ身に付いたかに関しては定かでない。いつものように授業を受け、帰宅しようとした際につまずき、偶然クラウチングスタートに似た姿勢になったことで初めて魔法の力に気が付いた。

 

 最初は、まるでアニメの魔法少女のような不思議な力に目覚めたことに喜んだ。しかし、その喜びはすぐに失望に変わった。この魔法、使い勝手が悪すぎるのだ。

 

 まず、クラウチングスタートをすればこの魔法は問答無用で発動してしまう。そのせいで、陸上部は辞めざるを得なくなった。一応短距離走でそこそこの成績を残していたので、周囲からは辞めることを止められたが、正直にやめる理由を言えるはずが無かった。まさか、クラウチングスタートしたら時速100km出てしまうんですなどと言って、信じてくれる人間はいないだろう。

 

 次に、時速100kmというスピード、制御があまりにも難しすぎる。魔法の練習がてら河川敷を走るだけでも、制御しきれず転んだり、ぶつかったりしてしばらくは生傷が絶えなかった。だが、制御に関しては魔法の力が目覚めてから一か月で、何とかそれなりに可能になった。

 

 この一か月間、何度もくじけそうになったし、こんな力いらないと投げやりになることもあった。そんなスピノを支えたのは、二階堂ヒロの存在だ。

 

 クラスも違う、そもそも学年も違う。そんなスピノのことを、二階堂ヒロは認識していないかもしれない。それでもかまわなかった。何故なら、スピノにとって二階堂ヒロはビジュアルがドストライクという理由で一方的に好いている存在だったからだ。

 

 泣きそうな夜は、盗撮した二階堂ヒロの写真を眺めてメンタルを回復した。部活を辞めたことで空いた放課後には、二階堂ヒロの教室に行き、周囲に誰もいないことを確認してから二階堂ヒロの席に座った。

 

 そんな日々を過ごしていたある日のこと、スピノは気づいてしまった。二階堂ヒロには、よく放課後に会っている別の高校の女子がいることに。しかも、その女子と会う時の二階堂ヒロは、学校では見せないような顔をしている。

 

 こっそり二階堂ヒロの尾行をしながらその様子を見てしまったスピノは、その相手、桜羽エマに対して強い嫉妬心を抱いた。その嫉妬心が殺意へと昇華したのは、こう囁きかけられたからだった。

 

『邪魔なあの子を消せば、ヒロさんは貴女のものになるかもしれませんよ?』

 

 その甘美な囁きは、スピノの背中を押し、超えてはならない一線を容易く超えた。だからこそ、スピノは桜羽エマを線路に突き落とそうとしたのだ。しかし、その行為は、よりにもよって二階堂ヒロに止められてしまった。

 

 あの場は何とか逃げることが出来たが、あの時二階堂ヒロには自分の顔を見られてしまったに違いない。このままだと、学校生活そのものが危ういかもしれない。今さらになって後悔が押し寄せてくる。

 

 幸いなことに、桜羽エマを突き落とそうとしたのは週末のことだったので、土日の間は学校に行かずに済んだ。しかし、それはただ問題を先送りしたに過ぎない。魔法を使えば誰よりも速く走れるはずなのに重く感じる足を引きずりながら、スピノは学校への道を歩いた。

 

 校門をくぐり、下駄箱で上靴に履き替える。その時初めて、違和感に気づいた。下駄箱に、自分以外の靴がない。それに、この時間ならいつも何人かの声が聞こえるはずなのに、誰の声も聞こえてこない。あまりにも静かすぎる。

 

 何かヤバい。本能で危険を察知し、靴を履きなおす。そしてそのまま帰ろうとしたその時、スピノの進路を塞ぐように仁王立ちしている少女がいた。

 

「おや? どこに行こうというのかな。足立スピノ。まさか、学校をさぼって帰るつもりか?」

 

「二階堂、ヒロ、様⋯⋯」

 

 思わず、心の中で呼んでいた呼称が漏れてしまう。そんなスピノにも動じることなく、ヒロはこちらを鋭い目で見つめている。この時のスピノは、自分のことを既に知られている恐怖よりも、名前を呼んでもらえた嬉しさが上回っていた。しかし、その嬉しさも、二階堂ヒロの隣に立つ、この高校にいるはずのない少女の姿を確認したことで、一瞬で殺意へと塗り替えられる。

 

「桜羽⋯⋯エマ⋯⋯!!」

 

 抑えきれない憎悪と殺意と共に、スピノは桜羽エマの名前を口に出していた。

 

 

〇〇〇〇〇

 

 

 私の目の前でエマに対し殺意を剥き出しにしている足立スピノを見て、私は眉を顰める。今のスピノの姿は、まるで一年前の自分を見ているかのようだった。あの時の自分を客観的に見せられているようで、何とも複雑だ。

 

 スピノを一度逃がしてしまってから、本当に色々あった。どうやらこの時のことは牢屋敷を出た後も定期的に私たちの動向を観察している政府の人間にも伝わったらしく、私とエマは約束していたカフェに行くことも、家に帰ることもできずに政府の人間によって連れていかれることになったのだ。

 

 そう、一年前にも連れていかれ、凄惨な事件を経験した、あの牢屋敷へと。

 

 

 時は、今から3日前に遡る。政府の人間によって拘束され、ヘリへと運ばれた私たち二人は、実に一年ぶりとなる空の旅を経験していた。

 

「ヒロちゃん、ボク達、これからどうなるのかな?」

 

 同じヘリの中で、不安そうに瞳を揺らすエマが私を見てくる。当然だろう。私だって正直なところ不安はある。だが、努めてその不安を表には出さないようにし、エマを安心させるためにその手を握ってみせた。

 

「大丈夫だ。絶対になんとかしてみせる。実際、まだ希望は残っているはずだ」

 

 エマに言った言葉は決して気休めでは無かった。もし、政府が私たちが再び『魔法』が使えるようになったことに気が付いただけならば、メルルが消えて魔女裁判を行う理由がなくなった以上、牢屋敷まで連れて行く理由はないはずだ。それが、わざわざ牢屋敷まで連れて行っているということは、何かしらの思惑があるはず。

 

 それにだ。私が逃がしてしまった女生徒。まだ名前も知らないが、彼女も確実に魔法を使用していた。魔女因子は消えたはずなのに、新たな魔女候補が産まれてしまっている。その事実を今私が知っているということが、交渉材料になり得るかもしれない。

 

 その後は、二人とも無言のまま、しばらくヘリから外の景色を眺めていた。ただ、手だけは離さずに繋いでおいた。私が繋ぎたかったわけではない。エマが離そうとしなかったから、仕方なくだ。

 

 やがて、ヘリから見える景色が見覚えのあるものに変わっていく。あの忌々しい牢屋敷は、右半分が虹色、左半分⋯⋯の僅かな箇所だけが黒色に塗られてはいるものの、相変わらずそこに建っていた。

 

 そして、ヘリの着地点。そこには、牢屋敷をあのように塗った犯人2人と、その二人を両脇に置き、こちらを見上げる妖艶な雰囲気の少女が居た。

 

 私たちがヘリから下りると、真っ先にこちらに向かって走ってきたのは、髪の毛の先端が虹色に染められた少女、城ケ崎ノアだった。

 

「ヒロちゃん、エマちゃん! おかえり!! あのね、のあね、えっとね⋯⋯」

 

「久しぶりだな、ノア。また会えて嬉しいよ」

 

 ノアの頭を撫でてやると、少し不安気だったノアの表情が柔らかいものに変わる。ノアもまた、自分の魔法の力が戻ったことに気が付いているのだろう。折角自分の力で絵が描けるようになったというのに、魔法の力が戻ればノアはトラウマを刺激されてしまうかもしれない。そうならないためにも、フォローは必要だ。

 

「ノアちゃん、久しぶり。元気してた?」

 

「うん! のあ、元気だったよ。最近色々あってたいへんだったけれど、ヒロちゃん達も来るって聞いたから、ここで待ってたんだぁ」

 

 色々あったとはおそらくは魔法関係のことだろう。政府の人間に話を聞かれたりもしたのかもしれない。エマがノアと挨拶を交わすのを聞きながらそんなことを考えていると、ノアの隣にいたアンアンが少し頬を膨らませてスケッチブックを掲げて見せてきた。

 

『わがはいには挨拶はないのか。あと、ヒロはわがはいも撫でろ。エマでもいい』

 

「別に忘れていたわけではない。アンアンも久しぶりだな。エマ、頭を撫でてやってくれ」

 

「ええ!? ぼ、ボクでいいのかな? えーっと、アンアンちゃん久しぶり~?」

 

『やっぱりいい』

 

「なんで!?」

 

 エマが頭を撫でようと手を近づけると、アンアンはすっと頭を引っ込めてなでなでを拒絶した。それに対しエマがショックを受けている様子だったが、そんなエマを見てアンアンも笑顔になっているので、これはアンアンなりにエマをからかっているのだろう。

 

 ただ、そんなアンアンもスケッチブックでしか今のところ会話をしていない。マーゴとの定期連絡で、アンアンは最近は普通に話すようになってきたと聞いていた。それが今再びこうしてスケッチブックで話しているということは、アンアンの『洗脳』の魔法もまた復活してしまったのだろう。

 

「ヒロちゃん、エマちゃん、久しぶりね。待ちきれなくて、3人で会いに来ちゃったわ♡」

 

「ああ、久しぶりだな。ところでマーゴ。⋯⋯他の少女たちの様子はどうだ?」

 

「⋯⋯やっぱりヒロちゃんはそこに気が付くわよね。だいじょうぶ、他の子たちに異変はないわ。力が戻っているのは、私たち3人だけ。今のところ、私たちが魔法の力に目覚めたことは隠している。あの子たちには、あまり心配をかけたくないもの」

 

「流石マーゴだ。助かるよ、本当に」

 

 私が心配していたのは、冷凍保存から目覚めた少女たちのことだった。あの事件から1年、徐々に精神は回復し、普通に過ごせるようになってきていると聞いてはいるが、まだたったの1年だ。もし、その状態でまた魔法の力に目覚めてしまえば、パニックになってもおかしくない。折角解放されて、この牢屋敷で普通の生活を送ろうとしているのだ。余計な心労はかけたくないというのが本心だった。

 

 マーゴは待ちきれなくて来たと言ったが、ここに3人だけで来たのも他の少女たちに心配をかけないようにするためだろう。とはいえ、ヘリの音などは聞こえているので何かが起こっているのは悟られているはずだが、そこはマーゴのことだ。うまいこと誤魔化してくれていると信じていいだろう。

 

「こうして二人と会うのは2か月ぶりくらいかしら? 募る話はたくさんあるけれども⋯⋯お話は、全員が集まってからにしましょうか」

 

 そう言って、マーゴが視線を上げる。エマと私も吊られて視線を上にあげると、複数台のヘリが、一斉にこちらへと向かってくるのが見えた。

 

 その数は、全部で4台。残りの人数と数は合わないが、私とエマのように複数人が乗っているヘリもあるのだろう。よく見たら若干大きさも違って見える。折角なら、私も皆を迎えよう。そう思ってノアの隣に立つと、ノアは嬉しそうに私の手を握ってきた。

 

「うふふ、相変わらず仲がいいわね。じゃあ、エマちゃんは私と手を繋ぎましょう♡」

 

「な、なんか改まってそう言われるとちょっと恥ずかしいかも?」

 

 横目でエマとマーゴが手を繋ぐのを見ていると、ひとりだけ手を繋げていないアンアンが、ちょうど私とエマの間に割り込むように身体を捻じ込んできた。こうして私たち5人は、何故かぎゅうぎゅうにかたまった状態で他の少女たちの到着を待つことになるのであった。

 

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