「ねえゴクチョー? あの子たちには何も話していないわよね?」
先導するゴクチョーに声をかけたのはマーゴだ。マーゴの言うあの子たちは、牢屋敷に大勢いる冷凍保存から目覚めた少女たちのことだ。ここで先生のような立場で少女たちと接しているマーゴにとって、最も心配していることが少女たちへ余計な心労をかけることだった。若干声色に不安をにじませるマーゴに対し、ゴクチョーはあくまでも淡々と答える。
「ええ。事前に忠告されましたからね。私の口からは何も告げていませんよ。最も、勘のいい方は薄々気づいているかもしれませんが」
「それはまあ⋯⋯仕方ないわね。それに、私たちの異変に気付けるくらい聡い子なら、きっと周りには何も言わないはずだわ」
ゴクチョーの返答に安心したのか、マーゴは小さく息を漏らす。その後は、皆近況などを話しながら、ゴクチョーの後を追って歩いていく。
「ところでココ、君は学業の方は大丈夫なのか? 最近ゲームの耐久配信で夜遅くまで活動しているのを見たが⋯⋯」
「んげ。学校違うんだからあてぃしの成績の心配までする必要ねぇだろお? てか、ヒロっちあてぃしの配信見てくれてんだ。なんか意外~」
「意外とは心外だな。友人の活動をチェックするのは当然だろう。それに、成績だってたまに勉強を教えてあげているんだ。気にはするだろう。で、学業に支障はきたしていないのか?」
「⋯⋯あ。そういやまだエマっちと話してなかったや。エマっち~!」
そう言ってココは私の傍から離れ、エマと話し始めた。この様子からして、学業に支障をきたしている可能性は高そうだ。このことに関してはまた後日問い詰めることにしよう。
ココに話しかけたのは、たまたま近くに居たからという理由もあるが、やはり状態が心配だったというのが大きい。だが、こうして話してみた感じは普通そうだ。ココに関しては先ほどのヘリから降りた時の一件もそうだが、心の乱れが言動に現れやすい。普通にふるまえているならある程度は大丈夫そうと判断していいか。
そうこうしているうちに、牢屋敷の中へと到着した。すると、中にいた数人の少女たちが私たちを見つけ、同時に黄色い歓声をあげた。
「あ、マーゴ先生! それに、救世主の皆さんも!」
「きゃー! 久しぶりのレイア様よ! そうだ、こんな時のために教わったスマホのカメラ機能を使って⋯⋯」
「ちょっと、盗撮は駄目って教わったでしょ! ヒロ様~! こっち見て~!」
「アリサさん⋯⋯いつ見てもメロい」
「ココちゃんのファンです! 罵倒してください!!」
「ナノちゃん可愛い~!」
私は軽く手を振りながら、少女たちの様子を観察する。この反応に関しては、別に珍しいものではない。少女たちは大魔女の呪いを解くきっかけとなった私たちのことを『救世主』と勝手に呼んで尊敬している。照れくさいのでやめるように言ってもなかなかやめてくれないので、だいぶ前にこの扱いに関しては諦めた。とはいえ、牢屋敷に来るたびこんな反応なので、だいぶ慣れてきて今では軽く手を振る余裕すらできている。
「ふふ、久しぶりだね皆。後でたっぷりファンサービスしてあげるから、ちょっと待っててくれるかい?」
なかでも、芸能人で普段からこういう扱いに慣れているレイアは、こんな時でもノリノリでウインクまでしてみせている。その顔面の良さで鼻血を吹いて倒れるファンの子まで出てくる始末だ。
「⋯⋯この感じ、どうやら本当に何も知らされてはいないようね」
「そのようだな。実際その方がいいだろう」
ナノカが小さな声で呟いたのに反応し、私も少女たちに聞こえないよう小声で話す。私たちが来たことはヘリの音で気づかれているからこそこうして来るのを待ち構えていた子が多いのだろう。だが、その表情は皆一様に明るく、マーゴが危惧していたような事態は避けられていそうだった。
「シェリーちゃん可愛い大好き、偉いね凄いね天才~!!」
「ハンナお姉さま~! こっち向いてくださいまし~!」
「ノアちゃん今日も可愛いよ~!」
「おじさん、結婚してくれ!」
「エマちゃんに踏まれたい!」
「アンアンちゃん、今度また髪嗅がせてね~!」
少女たちの個性的な声援?に見送られ、私たちは牢屋敷の中を歩く。やがて、たどり着いたのはこの牢屋敷で最も忌々しい場所。
「ここを開けるのも、久しぶりですねぇ⋯⋯」
そう言いながらゴクチョーが開いたのは、裁判所の扉だった。私たちは、誰に言われるまでもなく、自然にかつて自分たちが立っていた証言台へと向かっていく。
「あはは~。なんだか、ここにまた立つのって、複雑な気分だね」
「ごめんなさいねえ。あの子たちに聞かれずに会話できる場所って、牢屋敷にはここくらいしかないのよ。だから、ゴクチョーにここを使わせてもらうよう私からお願いしたの」
「んな御託はいいからさっさと始めようぜ。とりあえず、ウチらがどうしてまた魔法を使えるようになったか、説明してくれんだろ?」
そう言って、アリサはゴクチョーを睨みつける。その発言に、空気がピリリと引き締まるのを感じた。
「そうですね⋯⋯。そのことに関してですが、私よりも説明に適任な方がいらっしゃるので、皆さん、台の上のスマホをご覧ください」
ゴクチョーの言う通り、台の上にはスマホが置いてあった。かつてこの牢屋敷で支給されたスマホと見た目はそっくりだ。皆の視線が自然とスマホに向けられる中、ふぉんという起動音と共に、スマホのアプリがひとりでに立ち上がり、そこに見覚えのある人物の姿が映った。
『皆さん、お久しぶり、です⋯⋯! お会いできて、ほんとうに嬉しいです⋯⋯!!』
「ぎょええええ!? スマホの中にメルルちゃんがいるぅぅ!?」
驚きのあまり奇声を上げるミリア。しかし、驚いているのは私たち全員だ。皆一様に驚愕の表情を浮かべて固まっている。確かに、スマホの中にはかつてユキと共に消えたはずの少女、氷上メルルの姿があった。
「これって、いったいどういうことなんですの!?」
「のあもびっくりした~」
「⋯⋯ゴクチョーの言っていた適任な方というのが、氷上メルルということ? でも、これはただスマホに氷上メルルの姿を映しているだけではないの?」
『あ、そうですよね。皆さん、いきなりだと混乱してしまいますよね。それでは、いちから説明いたします』
ナノカの問いかけに対し、まるで直接会話しているかのように、画面の中のメルルが話す。その表情や仕草もかつて見たメルルそのもので、それが少し不気味にも感じた。
『私は⋯⋯氷上メルルの人格を完全再現した人口知能。通称、AIメルルです』
「AI!? つまり、人工知能ってことですか!? すごいすごい、再限度たかいですね~!」
「いや、それにしても会話が自然過ぎないか? そもそも、何の目的でメルルの人口知能なんかを作ったんだ?」
『私は、元々この牢屋敷の管理をする上で、いくつか政府と密約を交わしていました。その中に、私の性格や身体情報などを提供するというものも含まれていたんです。詳しいことは私もよく分かりませんが⋯⋯。とにかく、この私に関しては、ヒロさん達が牢屋敷に来る前から、原型は存在していました。でも、元々の私はここまで自然な会話は出来ませんでした。せいぜい、定型文で会話できるくらい⋯⋯。でも、あなた達が再び魔法の力に目覚めたのと同じタイミングで、私にもある力が宿ったんです。それは、『本物の氷上メルルとの精神接続』という力』
『どういうことだ?』
『つまり、今こうして貴女たちと話しているのは、実質本物の氷上メルルだということです。ああ、こうしてまたお話しできること、とても嬉しいです⋯⋯!!』
「そ、そうなんだ。なんかよく分からないけれど⋯⋯でも、メルルちゃんとまた話せて、ボクも嬉しいよ!」
『ありがとうございます! え、え、エナ⋯⋯さん?』
「エマっちの名前忘れてるじゃん」
『ごごご、ごめんなさいぃぃ⋯⋯!!』
名前を忘れられていたことにショックを受けているエマと、そんなエマに必死な顔で謝るメルル。確かに、このスマホに映っているメルルは、あのメルルと同じ精神構造をしていそうだ。
「理屈はよく分からないけれど、このスマホの中のメルルくんは限りなく本人に近い存在だということは分かった。それで、どうして私たちがまた魔法の力を取り戻したか。それも説明してくれるのかい?」
『⋯⋯分かりました。これは、私が政府の方々と、そして⋯⋯大魔女さまから聞いたお話しです』
「大魔女って、つまりユキちゃんってこと!? メルルちゃん、ユキちゃんとお話しできるの!?」
『はい! 今私は大魔女様と一緒にいます! それはもう毎日幸せで⋯⋯!!』
「⋯⋯のろけは聞きたくない。早く説明してくれないか」
急にウキウキになったメルルに、私は冷たい声でそう告げる。そこにユキと話せるメルルに対する嫉妬が少しあったのは、自分でも理解している。ユキの存在は私の中でまだ大きい。それは当然だ。あの時、一生覚えていると誓ったのだから。だからこそ、夢の中でももっと話したかった。あの時ユキが時間が無くて話しきれなかった内容を、改めてメルルの口から聞くことが出来るのだろうか。
『では、お話ししますね。私たちに再び魔法の力が宿った理由を』
そうして、メルルはスマホの中から語り始めた。私たちの身に起きた出来事と、そして、これからの私たちがやるべきことについてを。