私たちは、政府の助力も得て、事前に学校を休校にしてもらった。だが、その連絡は足立スピノには送っていない。その結果、牢屋敷に連れていかれてから3日後の今、誰も居ない高校に足立スピノだけが登校する形となり、私とエマは彼女を待ち伏せることが出来たのだ。
「観念するんだな、足立スピノ。君はもう逃げられない」
エマを憎々し気に睨んでいたスピノは、私の声を聞いて一瞬だけ蕩けた表情になったが、すぐに焦りを浮かべ、私の背後へと視線を飛ばした。自慢のスピードで校門から逃げるつもりなのだろう。
しかし、彼女の逃げ道は既に塞いでいる。
「焼け死ぬ覚悟があんなら、この炎の壁に突っ込んできな!」
私の背後、つまりスピノの眼前に広がる炎の壁。その向こう側から、アリサの声が聞こえてくる。ここに来たのは私とエマだけではない。万全を期して、全員が集まっていた。
「う、嘘⋯⋯!!」
突然目の前に現れた炎に動揺を隠せないスピノ。かなり隙だらけだ。今は、チャンスかもしれない。
「エマ!」
「う、うん! 分かった!」
私はエマに合図を送り、『魔女殺し』の魔法を発動して貰おうとした。しかし、そのやり取りの何が気に食わなかったかは知らないが、スピノは慌てた表情から一変、エマを突き飛ばそうと手を伸ばしてくる。
「お前⋯⋯! 呼び捨てなんて許さない⋯⋯!!」
「きゃんっ!?」
「エマっ!!」
突き飛ばされ、倒れそうになったエマを咄嗟に支える。エマに怪我はない。しかし、その間に、炎の突破を諦めたスピノは、校舎の方へ向かいクラウチングスタートの姿勢をとっていた。
「待てっ!」
引き留めようと声を出すも、スピノは直後、とんでもない速度で走り出してしまう。仕方がない。こうなったら次のプランに移行するまでだ。
『スピノが校舎内に逃げた。確保を頼む』
そう書いたメッセージをグループチャットに送信する。すぐに、いくつかのリアクションが返ってきた。私はそれを確認すると、エマの手を取った。
「行くぞ、エマ」
「うんっ!」
エマの表情もやる気十分だ。アリサにはまだ校庭でスタンバイしてもらうことにし、私たちは校舎内に潜んでいる他のメンバーがスピノを確保してくれることを信じ、スピノの後を追いかけるのであった。
〇〇〇〇〇
校庭を突き抜けて外へ逃げることを諦めたスピノは、校舎内を全力疾走していた。何とかして別の出口から逃げ出せば、まだチャンスはあるはずだ。必ず逃げ出して、しばらくは学校に行かず休むことを心に決めた。そうすれば、いつかはほとぼりも冷めるはずだ。
しかし、校舎内に入った直後、スピノは異様な光景に自分の目を疑うこととなる。
「な、何よこれ⋯⋯!!」
先週までは何もなかったはずの廊下。そこに、一面に少女の顔が映った写真が貼られているのだ。猫耳が特徴的な少女が、どこか煽るような表情でダブルピースをしている。そんな意味の分からない写真がずらりと視界を埋め尽くし、否が応でも目線があってしまう。
まるでその写真に見られているような不気味さを感じつつも、スピノは足を止めず走り続けた。そんなスピノの耳に、ザザ⋯⋯というノイズが聞こえてきたかと思えば、校内放送が突然流れ始めた。
『⋯⋯聞こえているか、足立スピノ。聞こえているならば、わがはいの声に従え。【廊下は走るな】!!』
その声が聞こえた瞬間、全身がずんと重く沈み込むような感覚に襲われた。足が重い。これでは、到底走ることは出来ない。しかし、走れなくとも、スピノの魔法なら歩きでも十分常人より早く移動できる。おそらく後ろを追いかけてきているであろう二階堂ヒロと桜羽エマには追い付かれないはずだ。
「いたぞ、こっちだ!」
(なんで⋯⋯!?)
そんなスピノの予想を裏切るかのように、進行方向にある曲がり角の先から、二階堂ヒロの声が聞こえてきたので慌てて進路を変更する。何故自分より先回りしているのか。どこかおかしいと感じつつ、スピノは次に階段を目指した。何度もこの校舎内を歩いている記憶が正しければ、この先に階段がある。そこを下りれば、裏口から出られるかもしれない。
「う、嘘⋯⋯!!」
しかし、そんなスピノをあざ笑うかのように、階段は何者かに“塗りつぶされた”かのように、その姿を消していた。それも、下りの階段だけが消え、そこにただ壁があったのだ。
「待て! 逃がさないぞ!!」
スピノが困惑している間にも、追いかけてくる二階堂ヒロの声は近づいてくる。もう迷っている暇はない。スピノは登りの階段に足をかけ、上階へと上がっていく。その判断が間違いだった。
「さあ、観念するんだ。キミにはもう逃げ場はない!!」
よく通る声で、スピノはそう宣言された。その言葉通り、階段を上った先の進路は、右手と左手、どちらにも少女が通せんぼするように立ち塞がっていた。
「わたくしが捕まえてさしあげますわ~!」
「おじさん張り切っちゃうよ~!」
「⋯⋯観念することね」
右手に立ち塞がる少女は3人。皆スピノに視線を向けて、捕まえる気満々だ。廊下いっぱいが3人で埋め尽くされ、到底逃げ場はない。
「ばっちこーいです!!」
「私の胸に飛び込んできたまえ!」
対する左手側の少女の数は2人。身長はこちらの少女たちの方が平均して高いが、人数が少ない分、逃げ場はまだある。スピノの視線は、完全に左手側に
「うわあああああ!!!」
威嚇するように叫びながら、今出せる全力で突破を試みる。すると、何故か視線が青髪の少女の方へと固定されてしまう。2人の少女の隙間をすり抜けていきたいのに、このままだと駄目だ。ぶつかってしまう。
「うおおおおおお!!!」
スピノに負けじと、目の前の青髪の少女も声を出す。そして、そのまま正面からぶつかってきたスピノを抱えて持ち上げ、ブリッジの姿勢で背後へと投げ飛ばした。
「フロントスープレックス!! 決まったぁー!!」
逆さになった視界で、ギャルっぽい風貌の少女が叫んだのが聞こえた。その直後、凄まじい衝撃が頭部を襲い、スピノの視界は暗転したのであった。
〇〇〇〇〇
足立スピノを捕獲したという連絡を受け、私とエマが現場へと向かうと、そこには気絶した足立スピノと、その様子を心配そうに見つめる少女たちの姿があった。
「ちょっと、これまさか死んでねーですわよね?」
「だいじょうぶですよ~! ちゃんと手加減しましたし。それに、本気でやってたら頭が潰れているはずですから!」
「物凄い説得力ですわね⋯⋯」
親指を立ててみせるシェリーに、納得しつつも若干引き気味に半歩下がるハンナ。どうやら、作戦はうまくはまり、シェリーが見事スピノを捕まえてみせたようだ。
「ありがとうシェリー。助かったよ」
「いえいえ~! 私は美味しいところをもっていっただけですので。レイアさんのサポートのおかげですよ!」
「いやー、それほどでも⋯⋯あるかな! ヒロくん、私も褒めてくれたまえ!!」
レイアは自分が褒められて満更でもない様子で、更には私にまで賞賛を要求してきた。しかし、この作戦においてレイアが貢献してくれたことは確かなので、ここは素直に褒めてやることにする。
「ああ、レイアもありがとう。君の魔法が無ければ、視線を固定させてシェリーに向かわせる作戦はうまくいかなかっただろう」
「⋯⋯なんだか、そうまっすぐ褒められると少し照れてしまうね。私は私のやるべきことをしただけさ。それに、アンアンくんやマーゴくん、ノアくんも頑張ってくれた。これは皆の協力のおかげさ」
褒められて満足したのか、少しだけ真面目な表情に戻ったレイアが、この場にはいないマーゴたちの協力に関しても言及する。アンアンは、『洗脳』の魔法を校内放送で流し、スピノのスピードを抑える役目を果たしてくれた。マーゴは、『モノマネ』の魔法で私の声を真似、スピノを誘導、ノアは、下に降りる階段を、『液体操作』の魔法を使って壁の絵で覆うことで、ナノカやレイアたちの待ち構える上階へ進路を限定させる役目を果たしてくれた。
『ちょっと~! 一番頑張ったあてぃしには何も言ってくんないわけぇ? あてぃし、情報量多すぎて若干気持ち悪いんですけどぉ!!』
アンアンと同じく放送室で待機していたココが、校内放送でこちらに文句を飛ばしてくる。ココを放置すると五月蠅い。私は、この場所にも貼られているココの写真を見ながら、感謝を告げることにした。
「ああ、勿論感謝しているよ。君が逐一チャットでスピノの現在地を報告してくれたから、こうして誘導も楽にできた。ありがとう」
『⋯⋯ふん。まあ、皆頑張ったんじゃね? とりあえず写真は全部剥がしとけよな~』
感謝されて満足したのか、ココは校内放送を切った。実際、負担が一番大きかったのはココだろう。後で菓子の一つくらい買ってやってもいいかもしれない。
「うう⋯⋯おじさんたちはあんまり活躍できなかったね」
「そうね。次はもっと貢献させてもらうわ」
根が真面目なミリアとナノカの2人は、勝手に反省会を始めている。しかし、彼女たちと、そしてハンナも合わせた3人で進路を塞いでくれなければ、スピノをシェリーの方へ誘導するのはレイアだけでは難しかっただろう。そういう意味ではやはり、全員の協力があって掴んだ勝利と言える。
だが、まだこれで終わりではない。確保は完了したが、まだ『無力化』の方の仕事が残っている。
「それじゃあ、エマ。あとは頼んだ」
「うん、任せて⋯⋯!!」
私の後ろに居たエマが、一歩前に出る。そして、大きく息を吸い、精神を集中させた。皆が見守る中、エマの全身が淡い光に包まれる。
「こ、これは⋯⋯!!」
「わ~! エマさん、綺麗ですね~!」
ハンナとシェリーが、驚愕と感嘆の声を上げる。私も驚いていた。エマは、光に包まれた直後、あの魔女化した際の姿になっていたからだ。しかし、少し異なる点もある。それは、骨で出来た羽根のようなものが、前見た時は左右2つあったはずだが、今のエマは片翼になっている点だ。
「氷上メルルが言っていたわね。大魔女が、桜羽エマの『魔女殺し』の魔法を少しいじったと。この姿の変化は、それが原因かしら」
「おいエマ! 意識はしっかりしているか? その姿になって、特に異変はないか?」
「うん、だいじょうぶ。魔女化した時みたいな感じはないよ。ただ、ちょっとだけ変な感じかな? この姿でも空は飛べるみたいだし」
私の問いかけに答えるエマは、確かに普段と変わりなさそうだ。実際に少しだけ浮いてみせたエマに対し、ハンナがショックを受けた様子で固まっている。
「わ、わたくしのアイデンティティが⋯⋯」
「だいじょうぶですよ! ハンナさんの魔法も負けてないです! 自信もってください!」
ハンナを笑顔で慰めるシェリーだが、あまり慰めになっていない。少しいたたまれない空気になってしまったので、私は慌ててエマに魔法を使うよう促した。
「よ、よし。何もないならいいんだ。じゃあエマ、足立スピノに『魔女殺し』の魔法を使ってくれ」
「う、うん。分かった。じゃあ、いくよ⋯⋯『死ね』」
どうすれば魔法が発動するか、エマは本能で感じ取っていたのだろうか。宣言と共にスピノの胸元を指させば、その箇所が淡く光り、それと同時に光る玉のようなものがスピノの身体から飛び出してきた。
その光る玉は、私たちの周りをぐるりと一周したあと、不意になにかに呼ばれたかのように、壁をすり抜けてどこかへと飛んで行ってしまった。
「あ、あれ!? なんか飛んで行っちゃったよ!? あれ、捕まえなくていいの?」
「えーっと、たぶんだけれど、あれがボクの『魔女殺し』の魔法でスピノちゃんの肉体から無くした人造魔女因子だと思う。どこに飛んだかは分からないけれど、きっと大丈夫じゃないかな? これでもう、スピノちゃんは魔法を使えないはずだよ」
飛んでいった光の玉の行き先を目で追って慌てるミリアに、エマがそう説明する。実際に魔法を使ったエマがそう言うならば、大丈夫なのだろうか。人造魔女因子の行方や、スピノに人造魔女因子を与えた犯人など、謎はまだ残っている。ただ、私の死から始まったこの一連の事件は、ひとまずこれで解決を迎えたのであった。
〇〇〇〇〇
とあるビルの屋上に、何者かが佇んでいた。その何者かは、飛んできた光の玉に手を伸ばし、それを掴む。そして、徐に鞄から取り出したケースに、その光の玉をしまい込んだ。
「⋯⋯『俊足』の魔法。いいデータが取れました。今後も、素晴らしい魔法の発現を期待していますよ」
そう独り言をこぼし、何者かはビルを立ち去る。その正体は、まだ誰も分からない。