『ロミオとジュリエット』
足立スピノを無力化したあの日から、数日が経過した。スピノに関しては政府の人間に連行され、研究所から人造魔女因子を盗み出した犯人に関しての調査が行われているようだが、詳しいことは私たちには何も知らされていない。
足立スピノに関しては、一度殺されたという恨みもあるので多少痛い目にあってほしいとは思うが、死んでほしいとまでは思っていないので、政府の人間に身柄を引き渡す際に手荒な真似はしないようにと釘は刺しておいたが、どこまで言うことを聞いてくれるかは分からない。まあ、政府としても貴重な情報源だ。殺すことはしないだろう。
そして、私たちの方はというと、少しだけ事情聴取は受けたものの、その後すぐに身柄は解放された。とはいえ、任務はまだ残っている。相変わらず監視の目は感じるし、今後も定期的に牢屋敷に集まって情報共有はする必要はあるだろう。ただ、それでもある程度自由に行動することは許されていた。
「さあ、ヒロくん! エマくん! ようこそ、私の学校に!!」
そんなわけで、私は今日、エマと一緒にレイアの通っている高校へ訪れていた。何故、他人の学校に行っているのかといえば理由は簡単。今日は、レイアの高校の文化祭だからだ。
「君の学校ではないだろう。それに、別に迎えは頼んでいないはずだが⋯⋯」
「ヒロくんが事前に来る時間を教えてくれたからね。私は今自由時間だし、それならば案内した方がいいと思ったのさ」
私のツッコミは無視し、レイアが無駄にキラキラした笑顔でそう言ってくる。その間も、すれ違い様に多くの生徒がレイアのことをちらちらと見ながら盛り上がっていた。
「ねえ、あれ蓮見レイア様じゃない!?」
「ホントだ! どうして校門に立ってらっしゃるの?」
「話しているのはご友人かしら? 黒髪の人、めちゃくちゃ美人じゃない?」
「立ち姿も絵になるな~。でも、ピンク髪の子はちょっと地味かも?」
「いや、あの子も可愛いよ。守ってあげたくなるタイプ」
周りの話題がレイアだけではなく私たちにまで及んできたので、私はとっさにエマを隠すように立つ。対するレイアは慣れているのか、周囲に対し笑顔で手を振り、黄色い声の声量を増幅させていた。
「行くなら早く行こう。私は見世物になるつもりはない」
「ああ、確かにヒロくん達に迷惑をかけるわけにはいかないね。じゃあ行こうか。どこか行きたい場所はあるかな?」
「あ、ボク屋台行きたいかも! 色々あるんだよね?」
「食べ物関係の屋台は校庭だね。お昼には少し早いけれど、軽食でも食べに行こう!」
「やったぁ!」
嬉しそうに飛び跳ねるエマと、ノリノリで先導するレイア。そんな2人の後ろを、私は小さくため息を吐きながら追いかけるのであった。
「ところで、君のクラスの出し物はなんだ? 詳しい話を聞いていなかったが」
屋台のりんご飴を美味しそうに頬張るエマを横目に、私はレイアに話しかける。レイアは、得意げにその場でターンして答えてくれた。
「おや、言ってなかったかな? 私のクラスの出し物は⋯⋯劇だよ! 講堂を貸し切って行う予定さ。ちなみに題目は、『ロミオとジュリエット』さ!」
「なるほど。ではさしずめ、君はロミオ役といったところか」
「ヒロくん、何故分かったんだい!?」
「いや、だいたい予想はつくだろう」
目立ちたがりのレイアのことだ。劇をやるなら主役に立候補するに違いない。そして、『ロミオとジュリエット』をやるならば、レイアに似合うのはジュリエットよりもロミオの方だ。レイアは身長が高いし、顔もいい。男役でも問題なくこなしてみせるだろう。
「レイアちゃんの劇、楽しみだね! 何時からやるの?」
「今日は13時からの予定だよ。だから準備まではもう少し時間が⋯⋯おや?」
その時、レイアのポケットから着信音が鳴る。レイアが取り出したのは牢屋敷で貰ったAIメルルが搭載されたスマホではない。普段使いしているものだろう。それなのに、スマホを見るレイアの表情が徐々に険しい表情に変わっていく。何かトラブルでも起こったのだろうか。
「レイア、一体どうしたんだ? 問題でも発生したのか?」
「そうだね⋯⋯。かなりの大問題だ。どうやら、ジュリエット役の子が熱で来られなくなったらしい」
「ええ!? それって大丈夫なの!? 代役とか、いないの?」
「あくまでも文化祭の出し物だからね。代役に割けるような人員の余裕はない。こうなってしまった以上、劇は中止するしか⋯⋯」
レイアは口ではそう言うが、表情からは悔しさを隠しきれていない。きっとこの日のためにたくさん練習をしていたのだろう。レイアの劇にかける情熱は本物だ。それは、牢屋敷のあの日々の中でもそうだった。あの時練習した劇は、結局まだ出来てはいない。レイアはまたしても、情熱を注いだ劇を披露することができないのだろうか。
⋯⋯いや、それは、正しくないことだ。努力は必ず報われるなどという綺麗ごとを言うつもりはない。ただ私は、一人の友人として、レイアの助けになりたい。そう思った。
「⋯⋯私が代役をやろう。台本を貸してくれ。本番までに、台詞を覚えてみせる」
自然と、私は手を挙げていた。そんな私を、レイアは驚愕と喜びの混じった表情で見つめる。
「ヒロくん⋯⋯!! ほ、本当にいいのかい? というか、できるのかい?」
「私を誰だと思っている。君ほど演技はうまくないが、これくらいの時間なら、台詞を覚えるのは余裕だ」
腕時計を確認すれば、時刻は現在11時。本番までは残り2時間。それくらいあれば、台詞を覚えきれる自信はあった。レイアが不安を覚えないように笑みを浮かべてみせれば、レイアもまたにっと不敵な笑みを浮かべてみせた。
「はっはっは! さすがヒロくんだ! 確かに君なら、問題なさそうだね。⋯⋯ジュリエット役の子には悪いけれど、私は嬉しいよ。君と舞台の上で共演できるなんてね」
「ヒロちゃんがジュリエット役をやるってことだよね! じゃあ、お姫様みたいなドレスとか着るのかな? 凄いワクワクしてきたよ!」
「⋯⋯エマ、君はロミオとジュリエットをシンデレラのようなストーリーと勘違いしていないか? ロミオとジュリエットは悲劇だぞ?」
「ええ、そうなの!?」
「はあ、やっぱり勘違いをしていたか。ロミオとジュリエットは最終的にどちらも死ぬ。学生の文化祭でやるにしてはかなり後味の悪い題材だと思うが⋯⋯」
「そこら辺は尺の都合もあるから、多少アレンジは加えているよ。私たちのやる劇では、ハッピーエンドになる予定さ!」
「なんだ。それなら安心だね!」
「私は逆に不安になってきたぞ。アレンジが多い分役者の演技が重要になってこないか?」
「だいじょうぶ。ヒロくんならできるはずさ。私はそう信じてるよ!!」
レイアからの信頼が無駄に厚い。エマからもキラキラとした期待の視線を向けられている。今さら、やっぱり無理でしたなどと断れる雰囲気ではないだろう。私は、諦めて代役を努める覚悟を改めて決めることにした。
それからは、台詞を覚える必要もあるので私たちは急いで講堂へと向かい、劇の準備を進めた。レイアのクラスメイトからすれば私は他校の人間であり、完全な部外者だ。多少の反発はあるかと思ったが、特に何も言われることなく受け入れられた。
「レイアさんが連れてきた代役の人、滅茶苦茶美人⋯⋯!! レイアさんとどういう関係なんだろう?」
「もしかして、二階堂ヒロさんじゃないか? レイアさんがよく話題に出している⋯⋯」
「うそぉ!! じゃあ、なにも問題なさそうね!! むしろお似合いだわ!!」
⋯⋯少しばかり気になる会話は聞こえたが、聞こえないふりをした。一体、レイアは普段私のことをクラスメイトにどのように話しているのか。これは後で問い詰める必要がありそうだ。
衣装のサイズも特に問題なく、渡された台本にざっと目を通したが、台詞を覚えるのも本番までには間に合いそうだ。軽く台詞合わせをしてみたところ、軽く拍手も貰えた。
「二階堂さん、演技うまっ!! これで演劇経験ないのマジ?」
「是非我が演劇部にスカウトしたい⋯⋯!!」
周囲の評価は上々だが、個人的にはまだ納得していない。ここは素直にプロの意見を聞いた方がいいだろうと、本番までの残り少ない時間、レイアにアドバイスをもらうことにした。
「レイア、ここの台詞だが、どういう風に言えばよいだろうか」
「ああ、そこはだね。こういう風に⋯⋯!」
レイアが私の前でお手本を見せてくれる。流石と言うべきか、レイアはジュリエット役の台詞もしっかり暗記し、演技もばっちりこなしてみせた。お手本として、これ以上のものはないだろう。
「ありがとう、レイア。参考になったよ」
「どういたしまして。⋯⋯そろそろ時間だね。舞台裏に行かなくては。さあ、お手をどうぞ? 愛しのジュリエット」
そう言って差し出された手の上に、私は自分の手を乗せた。どうせこれから舞台の上で恋人役を演じるのだ。それならば、今のうちにレイアのこの感じに付き合って慣れていくのがいいだろう。
「ああ、よろしくたのむよ。ロミオ」
満足そうに微笑むレイアの耳は、少しだけ赤くなっていた。
〇〇〇〇〇
舞台の幕が上がる。私は、台本の流れを頭の中で呼び起こしながら、台詞を身振りを交えて放っていく。途中、観客席から笑顔で手を振るエマが見えたが、視線を向ける余裕はない。集中し、全力で演じ切ってみせる。
ロミオ役のレイアが舞台に立つと、視線が彼女に集まるのを舞台の上からだとより強く感じる。一瞬、レイアが魔法を使っているのかと疑ったが、文化祭の劇でそのような使い方はしないだろう。おそらくこれは、彼女の役者としての魅力がそうさせるのだ。実際、舞台の上のレイアはよく映える。至近距離で見ると、スポットライトで照らされているのも相まって本当にキラキラと輝いて見えた。
特にミスも無く、舞台の上で時間は過ぎていき、いよいよ山場が訪れた。『ロミオとジュリエット』の中でも特に有名な、別れのシーンだ。
「いっそ、私が捕まって殺されても構わない。私はここにいたい。君と一緒にいたい」
「行って、お願いだから言って! もうどんどん明るくなっているわ」
夜明けを告げる鳥の声が聞こえ、2人は別れを惜しみつつも、ロミオは去っていく。その背中を見送りながら、私は袖に隠した目薬をさして涙を流し、台詞を吐く。
「おやすみなさい、おやすみなさい。別れはこんなにも甘く哀しい。だから明日になるまで、こうして『おやすみ』と言い続けて⋯⋯」
──タァン!
その時だった。私が台詞を最後まで言い終える前に、乾いた音が響き渡る。それと同時に、舞台裏に向かっていたレイアの上半身が後方へ吹き飛び、頭が大きくのけ反った。そのレイアの瞳と、視線が合う。
「なっ⋯⋯!?」
レイアの額には、銃で撃ちぬかれたような穴が空いていた。その穴からは血が流れ出し、レイアは驚愕で目を見開いたまま、何も言葉を発しない。そのままドサリ、と舞台上にレイアが倒れた直後、大きな悲鳴が講堂中を埋め尽くした。
「レイア!!」
私は、慌ててレイアの元に駆け寄る。レイアの血で衣装が汚れる。咄嗟に抱き起して呼吸を確認したが、既にレイアは息絶えていた。即死だった。
「一体何が⋯⋯」
──タァン!!
この時の私は、レイアが撃たれたことで動揺していて、肝心なことを忘れていた。レイアが撃たれたということは、撃った犯人がまだ近くに居るということを。
そして、続けざま放たれた銃声。その銃声と共に、私の胸に鋭い痛みと熱が走る。震える手を痛む胸に近づけてみると、べちょりと粘ついた液体が付く感触があった。
ああ、私も撃たれたのだな。観客席から聞こえるエマの叫び声を耳にしながら、冷静にそんなことを考えていた。この位置は心臓だ。即死ではなかったらしいが、死は避けられない。だが、私の魔法は『死に戻り』だ。死んでも今日の朝に戻ることが出来る。それならば、死ぬ前に、少しでも情報を得てから死にたい。
背中に手を伸ばす。銃弾は貫通していない。体内に銃弾が残っているならば、貫通力はそれほどでもないのか。そして、銃弾の飛んできた方向。レイアは正面から撃たれた。ならば、犯人はレイアが向かっていた方向。つまり舞台袖にいるはずだ。
霞む視界で、私は必死に目を凝らす。しかし、舞台袖には何も見えない。誰も居ない。既に逃げたか? いや、そんなすぐ逃げられるだろうか。何かがおかしい。これは、もしかして、またしても『魔女因子』が⋯⋯。
そこまで思考を回したところで、ふっと全身の力が抜けた。どうやら、限界が来たらしい。私は、レイアの死体の上に重なるようにして倒れた。
ハッピーエンドに改変されていたはずの舞台。しかし、奇しくも原作の『ロミオとジュリエット』同様、2人の死によって、舞台の幕は強制的に下ろされることになったのであった。