シャドウ様戦記 in レムナント   作:西中の虎の兄

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不死身の魔女、セイラムの誕生

あれから5時間くらい経っただろうか。

 

(どうしてこうなったんだろう……)

 

人体実験は途中までとても順調だった。自分の体じゃないから好き放題できるぜ、とオーラをガンガン流し込み、ああでもないこうでもないと、実験に胸を躍らせていた。

 

オーラの核心に近づき、己の実力が目に見え向上していくことを実感するのは、僕にとって何よりの喜びだった。そしてついに、オーラが解放されたその瞬間――ボロボロで瀕死だった少女の傷がみるみるうちに塞がり、完全に治った。この時初めて知ったのだが、少女は金髪エルフ(実際は耳がエルフ耳なだけの人間)だったらしい。すごいね、あんなに血塗れで死にかけてたのに元に戻れるんだ。

 

「目が醒めたか……」

 

「あれ!?傷が……!!嘘!?」

 

「君の傷はもう治った、もはや君は自由だ」

 

「あなたが……私を……」

 

もう君は自由だから家に帰りな、そんな感じで君の未来に幸あれ的なノリで、爽やかに送り出そうとしたのに、もう家には帰ることはできない、助けて貰った恩は返すとか言い出したのだ。

 

(いや、助けてない。偶然の産物だから……)

 

面倒だし逃げようかとも考えたが、結局、彼女には陰の実力者の配下Aを任せることにした。裏切らなさそうだし、賢そうだし、なんか無駄に有能そうな雰囲気があるし……

 

「――君は今日からアルファと名乗れ」

 

「わかったわ」

 

「そして君の仕事は……」

 

僕は少し言葉を止めて考える。ここは重要だ。彼女の役割は陰の実力者の補佐であることは間違いない。ならば、そもそも陰の実力者とは何なのか、その目的は何なのかという、この世界で僕が目指す陰の実力者の設定の根幹に関わってくるのだ。

 

設定は大切だ。戦う理由がお気に入りの惣菜パンがコンビニから姿を消した、では格好がつかないのだ。

 

その点、僕は抜かりない。この世界に来る前も後も、最高の陰の実力者を妄想し続けているのだから。今までに考えてきた数千、数万パターンの陰の実力者設定を組み合わせ、僕は瞬時に最適解へと辿り着く。

 

「不死身の魔女、セイラムの討伐を陰ながら阻止することだ……」

 

「不死身の魔女、セイラム……?」

 

「君も知っているだろう。遥か昔、森に住む白い魔女は神として世界を支配しようとした。しかし、勇敢な戦士によって阻止され、世界は守られた」

 

「知ってるわ、でもあれってお伽話じゃない?」

 

「いいや、本当にあったことだ。もっとも、事実はお伽話よりもずっと複雑だが……」

 

そう言って、僕はフッと苦笑した。僕レベルになるとこの世界の伝説を組み込んだ陰の実力者設定を作り上げることなどイージーだ。

 

「戦士と相討ちとなった魔女は、戦士の死後、人知れず復活を果たした。それがセイラムだ」

 

「え、そんな……」

 

アルファは驚愕に目を見開く。

 

「そして、グリム。セイラムはグリムを支配する力を持つのだ」

 

それを聞いたアルファは理解したとでも言うような表情を見せる――大嘘なのにね。

 

「セイラム、それが僕らの敵だ。彼女にはグリム以外にも多くの配下がいるだろう。だが、彼女は決して表舞台には出て来ない。だから僕らも陰に潜むんだ。陰に潜み、陰を狩るんだ」

 

僕は続けて言う。

 

「困難な道のりになるだろう。だが、僕らは成し遂げなければならない。協力してくれるね?」

 

「あなたがそれを望むなら、私はこの命を懸けましょう。」

 

アルファは青い瞳で僕をじっと見つめ、不敵に笑った。幼くも美しいその顔は、覚悟と決意で満ちていた。僕は心の中でガッツポーズした。

 

(おっしゃ、このエルフちょろいわ!)

 

セイラムなんて当然存在しないから、いくら探しても見つかるはずがない。だから適当にその辺の盗賊とかにセイラムの部下の疑いをかけて殺して、後は主人公っぽい人達の戦いに姿を隠して乱入し、『この世界は崩壊の危機に……』とか思わせぶりなことを言って立ち去ったりとか……

 

(そうだ、肝心の組織の名前は……)

 

「我等はシャドウガーデン……陰に潜み、陰を狩る者……」

 

今この瞬間、シャドウガーデンが設立され、世界の敵セイラムが誕生した。僕は陰の実力者への道をまた一歩進んだのだ……

 

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シャドウガーデン設立から3年ぐらい経った。僕とアルファは15歳に、そして僕の姉のクレアが17歳になった。15歳という年齢に特に意味はないけど、17歳という年齢にはそれなりに意味がある。17歳になると、ハンターアカデミーに入学できるようになるのだ。

 

――というわけで、姉さんはヴェイルという国にあるビーコンアカデミーに入学することになったのだが、いざヴェイルに出立するその日になって、姉さんが消えた。で、現在家中が大騒ぎというわけだ。

 

「俺が部屋に入った時には既にこの有様だった。争った痕跡はないが、窓が外からこじ開けられている。クレアも俺も気づけなかった、相当な手練れだな……」

 

ダンディな声で親父が言う。顔も悪くないし、片手にウィスキーとか似合いそうだ。髪さえあれば――

 

「で?」

 

母さんが凍えるような声で言う。

 

「相当な手練れだから仕方ない、そういうことかい?」

 

「そ、そういう訳じゃなくてね、ただ事実を述べたまでで……」

 

頬に冷や汗を流しながら親父が答える。

 

「このハゲェェェーーーー!!!」

 

「ひぃぃ、す、すいません、すいません!!」

 

ちなみに僕は空気。期待されることはないけれど、迷惑もかけず、そんな立ち位置をずっと保っている。しかし姉さん結構いい人だったのに残念だ。犯行が夜だったからね、僕は廃村で修行していてどうしようもなかった。

 

僕は隙を見て自室に戻り、姉さんの消えた方に手を合わせてからベッドに転がった。

 

「出てきていいよ」

 

「はい」

 

声と同時に音もなくカーテンが揺れ、黒いグリムボディスーツに身を包んだ1人の少女が入ってきた。

 

「ベータか」

 

「はい」

 

銀髪に猫のような青い瞳、泣きぼくろのある彼女は、僕とアルファに続く三人目のシャドウガーデンのメンバーだ。アルファがまるで捨て猫を拾うように連れてくるから、どんどん増えていく。

 

「アルファは?」

 

「クレア様の痕跡を探っています」

 

「助けられそう?」

 

「可能ですが……シャドウ様の助力が必要です」

 

「アルファがそう言ったの?」

 

「はい。人質の危険を考えると万全を期すべきだと……」

 

アルファは正直言ってもう相当強い。そのアルファが助力を請うって事は、それなりの実力者がいると見ていい。

 

最近はアルファやベータ、デルタなどがいて練習相手には困らなかったけど、たまには新鮮さも欲しいし、何より陰の実力者プレイもしたいから、ちょうどいい機会だ。それに最近はアルファやベータがかなり設定を煮詰めてきているから盛り上がる。

 

「久しぶりに本気を出すか……」

 

「犯人はやはりホワイト・ファングの幹部の者です。それもおそらくセイラムの息がかかった……」

 

ホワイト・ファング。昔は平和的な活動団体だったが、いつの間にかテロリスト集団になった組織だ。

 

「それで、奴らはなぜ姉さんを?」

 

「クレア様に『四季の乙女』の継承者の疑いをかけていたのかと」

 

「ほう……?」

 

――とまあ、こんな感じだ。 しかも資料とかも集めてきて『やはりあなたの言葉に間違いはなかった……』とか『数千年前、四季の乙女が……』なんて言うけど、古代文字は読めないから僕には分からない。アルファもあまり分かってないんじゃないかな、それっぽいものを並べて、セイラムの真実に迫っている雰囲気が欲しいんだ、たぶんそうなんだと思うよ。

 

「こちらの資料を見てください。私達が集めた最新の調査の中にクレア様が攫われたと思われるアジトが……」

 

いや全然わからないって。半分以上は古代文字だし、意味不明な数字やら何やら、いや君たちそれっぽい資料を作るのが本当に上手いね。その分野ではもう完全に僕を超えているよ。

 

僕はベータの説明を聞き流すと、グリムジェルをナイフ状に変形し、目の前の地図に向かって投げつけた。カッ、と音を立ててナイフがある一点に突き刺さる。

 

「そこだ、そこに姉さんはいる」

 

「ですが、ここには何も……いえ、まさか……!」

 

ベータは今気づきましたとでも言うように慌てて資料を漁り出す。いや、適当に投げただけなんだけどね……

 

やっぱ演技上手いよねベータ。あれでしょ、それで僕がナイフを刺した所に隠しアジトとかあるんでしょ?

 

「資料と照らし合わせた結果、 シャドウ様が指摘されたポイントに隠しアジトがあると思われます」

 

ほら、やっぱり来た。

 

「至急アルファ様に伝えます。決行は今夜で?」

 

「ああ」

 

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薄暗い地下道を一人の女が歩いていた。年齢は二十代半ばを過ぎた頃だろう。灰色がかった青の瞳と髪を持ち、長い前髪が右目を覆っている。

 

彼女の足は地下道の突き当たりで止まった。扉が1つ、その脇に2人の構成員がいる。

 

「カゲノー男爵家の娘はここか?」

 

「この中ですトリファ様」

 

「お気をつけ下さい。拘束していますが、非常に反抗的です」

 

「……私を誰だと思っている?」

 

「っ!!も、申し訳ございません!」

 

問いかけられた構成員はトリファに敬礼し、扉の鍵を開けた。 トリファはは扉を開け、部屋の中に入った。

 

そこは石造りの地下牢だった。壁に固定された魔封の鎖に、1人の少女が繋がれていた。さらにその体は糸によって厳重に縛られている。

 

「貴方がクレア・カゲノーね」

 

トリファの呼びかけに、クレアと呼ばれた少女は顔を上げた。

 

「あなたの顔、手配書で見たことがあるわ。確かトリファだったかしら?」

 

「……よく知っているな?」

 

「忘れる訳がないわ、オズピン教授に半殺しにされて捕まりかけているのをニュースで見たもの」

 

フフ、とクレアは笑う。

 

「ほざけ。あれの真の強さを知らん小娘が」

 

「私なら後1年で並べるわ」

 

「残念だが貴様に後1年はない」

 

クレアを繋ぐ鎖が鳴った直後、トリファの首筋ギリギリで彼女の歯が噛み合わされた。トリファが僅かに首を傾けなけていなければ、頸動脈を噛み切られていたことだろう。

 

「1年後に生きていないのは果たしてあなたか私か。試してみる?」

 

「試すまでもなく貴様だ、クレア・カゲノー」

 

獰猛に笑うクレアの顎を、トリファの膝が打ち抜いた。クレアはそのまま石壁に叩きつけられるが、変わらぬ強い瞳でトリファを見据える。

 

「……後ろに跳んだのか」

 

「蠅でもいたかしら」

 

そう言って、クレアは不敵に微笑む。

 

「高いオーラに振り回されるだけではないらしいな……」

 

「オーラは量ではなく使い方だと教わったわ」

 

「いい父を持ったのだな」

 

「あのハゲに教わることなんて一つもないわ、弟に教わったのよ」

 

「弟……?」

 

「生意気な弟よ。戦えば必ず私が勝つけど、私はいつも弟の剣から学んでいる。でもあの子は私の剣から何も学ばない。だから毎日いじめてやるの」

 

「可哀相な弟だ。であれば、私は酷い姉から彼を救った英雄か。まあ、念のため弟の方も……」

 

その直後、トリファの顔面に衝撃が走った。

 

「クレア・カゲノー、貴様……!」

 

トリファは扉まで後退し、鼻血を押さえてクレアを睨む。

 

四肢を鎖で拘束されていたはずの彼女だったが、右手首の鎖だけがどういうわけか外れ、そこから血が流れ出ていた。彼女を拘束していた鎖はただの鎖ではない、オーラを封じる鎖だ。つまり、クレアは純粋な筋力だけで自身の手の肉を削ぎ落とし、骨を砕き拘束を外し、トリファを殴りつけたのである。

 

「あの子に何かあったら、絶対に許さない!お前も、お前の大切な人も、全て残らず殺してっ……!?」

 

トリファの全力の拳がクレアの腹を殴りつけた。オーラを封じられた彼女に、トリファの一撃を防ぐ術はない。

 

「この小娘がっ……!」

 

そう、トリファは吐き捨て、クレアは崩れ落ちた。 クレアの右手から流れ出た血が床に赤黒い染みを広げていく。

 

その時だった――

 

「トリファ様、大変です!侵入者が……!!」

 

「侵入者だと?何者だ……?」

 

「分かりません!敵は少数ですが、我々では全く歯が立ちません!」

 

「……ここは私が出る。お前たちは守りを固めろ!!」

 

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トリファが現場に到着したとき、すでに辺りは血に染まっていた。この重要施設を守る兵たちが、弱いはずがない。その中には、アトラス兵にも匹敵するほどの腕を持つ者もいた。

 

「なんだ、これは……!?」

 

辺り一面に転がる無数の死体。よく見ると、全てが一太刀で、圧倒的な実力差によって斬り伏せられていた。

 

「貴様たちが……」

 

その無数の死体の先に立っていたのは黒いボディスーツに身を包んだ7人の少女だった。

 

「何者だ、何が目的だ?」

 

「――我等はシャドウガーデン」

 

目の前にいた金髪の少女が言う。

 

「そして、私はアルファ……」

 

少女は一歩、トリファの方へ歩み寄る。

 

「我々の目的は、セイラムとその配下の殲滅――」

 

そして、いつの間にか手にしていた黒刀で空を薙ぎ払った。

 

「貴様……どこでその名を知った?」

 

セイラム。その名はこの施設でも、トリファを含めて数人しか知らない名前だった。

 

「我々は総てを知っている。不死身の魔女 セイラム、四季の乙女、そして……双子の神々の真実」

 

「な、何故それを……!!」

 

アルファが言った言葉の中には、トリファでさえつい最近知らされたばかりの内容が含まれていた。それは外部に漏れるはずのない、絶対に漏れてはいけない極秘事項だった。

 

情報漏洩は許されない。彼女らを殺し、情報を守る――

 

否、それは困難を極める。

 

――であれば、トリファがすべきことは生存。生きて彼女らの存在を本部に伝達することだ。

 

だからこそ、オルバは前に出る。

 

「……ふっ!!」

 

トリファはアルファに向けて糸を放出する。だが――

 

「……無謀ね」

 

アルファは容易く糸を切断し、トリファに斬りかかる。トリファの頬が裂け、血が舞う。

 

何度も避けられても、トリファは勝機を探り続ける。しかし、その攻撃は全て紙一重で避けられていた。逆にトリファの腕が斬られ、足が斬られ、肩が斬られる。

 

だが、まだ致命傷はない。彼女は情報を引き出すまでは殺す気はないと、トリファは見抜き、嗤う。勝ち筋が見えた。

 

その瞬間、トリファは胸を斬られ、思わず後退した。

 

「これ以上は時間の無駄ね」

 

トリファは答えない。そして、口元に笑みを浮かべ……何かを飲んだ。

 

「何をして……!?」

 

突然、トリファの肉体が一回り膨張した。腹部から2本の腕が新たに生え、目は複眼となった。その姿はまるでグリム――スパイダーのようであった。

 

「っ……!」

 

予備動作なしに繰り出されたトリファの三本の腕による同時攻撃を、アルファは瞬時に防いだが、その衝撃に思わず顔をしかめた。

 

「面白い手品ね」

 

痺れた腕をパタパタと振って、首を傾げる。

 

「あの時飲んだのはグリムの液体かしら……ってあら?」

 

アルファがトリファの方を見ると、そこにはもう誰もいなかった。先程までトリファのいた場所に穴が開き、それは下の階層に続いているようだった。

 

「……逃げたわね」

 

「逃げましたね、追いましょう」

 

そう言って、穴に飛び込もうとするベータをアルファは止めた。

 

「その必要ないわ。この先には彼がいるもの」

 

「そういえばシャドウ様が先に行くと言って別行動をしていましたが、もしかして……!!」

 

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「迷った」

 

僕は人気のない地下施設で呟いた。みんなでアジトに乗り込んだまではよかったが、雑魚ばかりでうんざりして、先回りしてボスを倒そうと思ったらこの有様だ。せっかくボスに遭遇したときの演出を練習してきたのに。

 

その時、地下道の奥から誰かが走ってくる気配を感じた。少し遅れて相手も気づいたらしく、僕と距離を置いて立ち止まった。

 

「先回りされていたか……だが、1人なら容易い」

 

そう言って、グリムのような姿の女は6本の腕から糸を放出する。なんか、スパイダーマンみたいでかっこいい。スパイダーストリングスとか撃てたりするんだろうか。

 

6方向からの同時攻撃。常人ではこれを捌ききることは不可能だろう。だが、僕は糸を全て剣で切り裂いた。複数方向から攻撃されても、来る場所が分かっていればそれ程脅威ではないのだ。

 

女は一瞬、驚いたような顔を見せたが、すぐに歪んだ笑みを浮かべた。次の瞬間、その姿が消える。いや、普通の人なら消えたと錯覚するほどの速さで動いたのだ。

 

しかし、僕は女が糸で作り出した剣を片手で止める。

 

「なっ!!」

 

驚愕する女の肩を軽く押し、僕は距離を取る。

 

ちなみに、俺はオーラで速さや力を強化してブンブン振り回すような力任せな戦い方は好きじゃない。でも、フィジカルを軽視するつもりもない。究極の選択として力か技かを選べと言われたら、迷わず力を選ぶ。力なき技に価値はない。ただ、単純な力や速さ、反応といったフィジカルの強さだけに頼り、細部をおろそかにして捨て去ったような、不完全で歪な戦い方が大嫌いなのだ。

 

フィジカルは天性だけど、技術は努力で磨くものだ。だから僕が目指す陰の実力者は、絶対に技量で負けることはない。力に技をのせ、速さにも工夫を凝らし、反応で新たな可能性を探る。フィジカルも大事だけど、それに頼りきった醜い戦いはしない。これが僕の戦いの美学だ。

 

こういうブンブン丸には正直なところ少しイラっとくる。だから、教えてあげよう。正しい力の使い方ってやつを。

 

「Lesson1」

 

僕はグリムソードを軽く構え、そのまま歩く。1歩2歩、そして3歩。それと同時に女の剣が振られる。そこが彼女の間合いだ。

 

その瞬間、僕は加速する。使うオーラは最小に脚に集中、それを圧縮し、一気に解放する。それだけで、圧縮された僅かなオーラは爆発的にその勢いを増す。

 

女の剣が空を切る。そして、ここは僕の間合いだ。もう速さはいらない、力もいらない、オーラすらいらない。僕は漆黒の刀で女の首を皮一枚だけ撫でた。

 

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これほどの差を感じたことが、今まであっただろうか。漆黒の刀で何度も身体を斬られながら、トリファはそう思った。アルファと名乗る少女と戦った時も、オズピンと戦い敗れた時も、これほどの差を感じたことはなかった。

 

少年は決して強そうには見えなかった。少なくともアルファと戦ったときのような威圧感はない。例えるなら、まるで自然そのもの。構えも、オーラも、剣筋も、すべてが自然体だ。腕力も速さも、特筆すべきものはない。いや、必要ない。ただ純粋な技によって、その剣は完成されていた。

 

「なぜ……?」

 

トリファは違和感を感じていた。今のトリファは致命傷でなければ身体を斬られても再生できる。ただし限界はあり、副作用もかなり強い。しかし、多量の血を流し、肉を裂かれ骨を断たれれば、回復するまで時間がかかる。

 

それほどの危機に陥ってもまだ、トリファは生きていたのだ。

 

だから問うた。どうして生かされている、なぜ敵対するのか、何故にそれ程の強さがあるのか――と。

 

漆黒に身を包んだ少年は、ただトリファを見下ろしていた。

 

「陰に潜み、陰を狩る。我等はただそのために在る――」

 

トリファはそれだけで、この漆黒の少年の在り方を理解した。

 

「貴様は……あれに抗う気か?」

 

世界には法では裁けない者がいる。トリファはそれを知っているし、己もその末端にいると思っている。法の光は世界の端までは届かないのだ。

 

トリファはその恩恵を得ながらも、さらなる上位者に踏みにじられ、砕かれた。だから彼女は力を求め……そして敗れた。

 

「たとえ貴様等が、どれほど強くとも勝てはしないだろう。世界の闇は……貴様が考えるより遥かに深い」

 

これは忠告ではない、願いだ。この少年も無様に敗れ、総てを失い、絶望すればいい、そうなってほしいと願った。そう、つまらない羨望と嫉妬なのだ。

 

「ならば潜ろう、どこまでも」

 

少年の声に気迫はなかった。揺るぎない自信と覚悟だけがそこにあった。

 

「容易くほざくな、このガキ」

 

トリファは残った力を振り絞り、少年に斬りかかる。だが――

 

《vib》「遊びは終わりだ」《/vib》

 

次の瞬間、トリファは地面に倒れた。いや――

 

(何故だ、立ち上がれない……!!)

 

トリファは胴を斬られ、肉体が上下に分かれていたのだ。肉体はそれでも再生しようとするが、トリファの身体は既に壊れていた。その断面からは赤黒い液体が流れ出て、辺り一面に赤黒い染みを広げる。

 

漆黒が見下ろし、トリファが見上げる。この時、彼女は全てを理解した。漆黒の剣は真面目で愚直な凡人の剣。血の滲むほどの努力の末勝ち取った剣であった。

 

何も知らないガキだと思っていた。だが実際には違った。彼は、全てを知った上で戦う道を選んだのだ。

 

トリファの人生は無力であった。何かを成そうとし、結局何一つ成せなかった。だが、この漆黒の少年なら……

 

「アルベイン様……」

 

薄れゆく意識の中でトリファの脳裏に浮かんだのは、かつて自身に手を差し伸べてくれた2人の男の姿だった。

 

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――とまあ、そんなこんなで盗賊団退治兼姉さん救出作戦は無事に終わった。

 

姉さんは気絶していたので拘束を解いてそのまま放置しておいたら、翌日不機嫌そうに帰ってきた。あの人何かとしぶといからね。手の怪我も一晩でほとんど治っていた。それから療養や事件の調査などで一週間ほどバタバタした後、姉さんはヴェイルへ出発した。その間、なぜかやたらと構ってきて正直面倒だったが……

 

それにしても、あの盗賊のお姉さんは本当に逸材だったな。「ならば潜ろう、どこまでも」なんて、まさに陰の実力者っぽい台詞が出てきたのも、ひとえに彼女のおかげだ。名脇役としてスカウトしたいくらいだった。

 

そして、見事に陰の実力者を演じ切った僕と、咄嗟の状況に対応したアドリブ力は必見だった。観客がいなかったのは残念で仕方ないが、それもあと2年の我慢だ。2年後、僕はヴェイルに行く。この世界屈指の大都市には、きっと主人公ポジションのキャラがいるはずだし、ラスボス的なキャラもいるかもしれない。そして地方では起こり得ない事件や陰謀、抗争、そこに乱入する陰の実力者……ああ、それを思えば今の僕なんて、盗賊を倒してイキっているだけの蛙に過ぎない。僕の物語はまだ序章すら始まっていないのだ。

 

2年後に備えて更なる力を求める僕のもとに、ある日アルファたち7人が集まった。どうやらセイラムの調査やグリムの研究について報告したいらしい。最近はみんな何かと忙しそうで、7人全員がそろうのは珍しいことだ。調査とか研究とか無駄だから程々にね、とか思いながら彼女達の報告を聞いた。

 

「シャドウ、私達は貴方の元を離れる時が来たわ」

 

「……えっ?」

 

「お別れよ」

 

簡単に纏めると、四季の乙女は確かに実在した。乙女の力は魔法であって、ダストの使用に依存せずセンブランスとも明確に異なる。オーラによるものでもないので、乙女たちは自身の力を使うのにオーラを必要としない。そして、その力は現在の持ち主が死ぬ時に新たな宿主へと継承され、その過程は何千年も続いているのだと言う。

 

乙女の力が新たな宿主を選ぶ正確な方法は、完全には解明されていない。通常、次代の乙女は必ず若い女性であり、現在の乙女が死ぬ直前に思いを馳せていた人物だというのだ。

 

そして、乙女は4つのハンター・アカデミーの地下に隠された封印を解くことができ、封印の間に隠された“レリック”こそがセイラムが世界を滅ぼすために求めているものらしい。それに対抗するにはシャドウガーデンも世界に散るしかないとかいう話になって、僕の下にはローテーションで1人残して、他は世界に散って四季の乙女の保護やらセイラムやホワイト・ファングの調査やら妨害活動にあたることになった。

 

それを聞いて僕は察してしまった。彼女たちはセイラムなんて存在しないことに気づいてしまったのだ。だからもう、こんな茶番には付き合っていられないから自由にさせてもらう、と。世界に散るって、つまりそういうことだろう。だけど一応、僕に対しては恩があるからローテーションで一人付く、それで我慢してね。そういうことだ。

 

僕は少し悲しかった。前世でも、子供の頃は誰もがヒーローに憧れていた。僕も同じように陰の実力者に憧れた。でもみんな大きくなって、いつの間にか憧れていたヒーローの存在すら忘れてしまい、僕はひとり取り残された。そうして彼女たちも、大人になったのだ。

 

少しセンチな気分になりつつも、僕は彼女たちを気持ちよく送り出すことにした。もともと7人も集めるつもりはなかったし、僕と補佐役として1人残ってくれればそれで十分だった。別れを惜しむ彼女たちを見送りながら、たとえ世界にただ1人取り残されたとしても、陰の実力者を目指し続けると誓ったのだ。




作者の気まぐれでオルバ子爵枠にされ、シド君に殺されてしまったトリファさんに黙祷――
(トリファを選んだのはホワイト・ファングのネームドでこのタイミングで死んでても問題なさそうな人を選んだからです)

次回から、七陰列伝的な内容に入ります。そのため、シド君の出番は暫く減ります……

作者の別作品、脹相転生inキヴォトスはこちらから
https://syosetu.org/novel/400708/
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