Pocket Monsters Z-A étranger 作:ローロー仮面
(ああ……こんなだるいのは初めてだな……)
少し朦朧とした意識の中で、ルカは吐き捨てるように呟いた。
カタコンベから帰還してちょうど翌日の夜、彼はこれまで経験したことのないような高熱に襲われていた。
おそらく、メガゴルーグとの戦闘で頬にできた傷から、あの地下で細菌でも入ったのだろう。
熱は39度を超え、病院に行って検査を受けたが、幸い危険な感染症の類は見つからなかった。
今は自らの泊まっている安宿に戻り、バイバニラの作ってくれた氷嚢を額に乗せて、ベッドで横になっている。
宿泊だけの宿だが熱がある間は宿の主人が食事を用意してくれるので、ルカは出かけなくても何とかなっていた。
後はこれが墓を荒らした祟りではないことを祈って、しばらく安静にしているしかない。
ルカは今日の状態を確認するために、体温計に手を伸ばした。
(昨日はずっと寝てたおかげで、少しは熱が下がったか……)
不意に、扉が外からトントンっと叩かれる。ルカはマスクに手を伸ばして付けると、どうぞと中へと促した。
入ってきたのは、同じチームのアイシアと、彼女と友人になったムクだった。
「熱は大丈夫ですか?」
「何とかね。少しは下がったよ」
ルカはムクの方を見て意外そうに言った。
「アイシアだけじゃなく、君も見舞いに来てくれたのか」
「シローの代わり。今日はジャスティスの会の活動を広報する予定が入ってた……」
そんなことしても余計に周囲から引かれるだけだと、呆れ果てた様子でムクはそう言った。
ルカはシローがルージュ広場の前で演説すると、前にひとりで道場を訪ねた時に言ってたのを思い出した。
「まあ、シローは言葉より行動で示した方が良いタイプだよね」
「行動されても、あたしは被害を被る……。それと、手土産預かってる……」
ムクはそう言って、持っていた手提げ袋を部屋にあった台に置いた。
中身を開いて見せてくれたが、きのみがぎっしりと詰まっていた。
「伝言。よく食べて休んで治ったら、一緒に道場で鍛えて病気にならない肉体を作り上げようって……」
「……検討しとくって伝えといて」
「はっきり断った方がいい……曖昧な言い方だとシローは好意的もとい都合よく解釈する」
病人に負担はかけまいと、代わりに断っとくとムクは言ってくれたのでルカはお言葉に甘えることにした。
その後はアイシアに体調が戻るまでは夜のバトルに参加できないことを詫び、今後の活動方針を簡単に話すとルカの負担にならないうちに帰っていった。
(しかし、しばらくは夜のバトルに出られないのは痛いな)
夜のバトルに参加できない間は賞金による収入が途絶える。何とか貯金を切り崩せば来週までは持つが、しばらくは節約を強いられるだろう。
このところ散財も目立ったので、最近ランク上げのためにバトルに精を出してなければ危なかったかもしれない。
不幸中の幸いに安堵しながらも、ルカは少しでも早く体調を戻すためにシーツを被さり、瞳を閉じた。
***
止むことなく砂が舞うその場所で、ルカは前方の敵を睨みつけるように凝視する。
彼の正面に立つジヘッドもまた、戦意を剥き出しにして野獣の如く攻撃を仕掛けた。
ジヘッドの“かみくだく”が、ルカに対する少年のマラカッチに喰らいつく。
両方の頭で繰り返し食いつかれて、マラカッチはあっという間に戦闘不能まで追いやられた。
「スッゲー!また圧勝だぜ!」
「流石ボスだ!」
観戦していた、ルカと同年代くらいの幼い者達は、口々に彼とジヘッドを褒め称える。
周囲の賞賛の声に、ルカは勝者の愉悦に口先を歪めながら応えると、視線の先にバトルしてた相手を捉える。
「マラカッチ……!僕のマラカッチ……!」
ジヘッドの執拗な攻撃に痛めつけられたマラカッチに、少年は必死に呼びかけながら治療をしている。
あっ……と呟き、ルカは彼に声をかけようとするが、遮るように背後から言葉が投げかけられた。
「素晴らしい。やはり君は才能溢れる資質の持ち主だ」
男の言葉に、一瞬ルカは先程の少年のことを忘れて喜ぶ。
砂漠で辛うじて命を繋いでいた彼を見出し、バトルの手解きをして一帯のボスに成り上がるまで導いてくれたその男のことを、ルカは誰よりも敬愛していた。
だが、敗者の少年のことを意識すると喜びは翳りを見せる。
そんなルカの内心を見透かしたように男は言う。
「ポケモンは、人とともに戦うことに喜びを見出す生き物。闘争という過程にこそ意味があり、敗者を省みる必要はありません」
ルカの罪悪感を覆い隠すように都合の良い理屈を並べられる。
その言葉に隠された悪意に気づける程、この頃のルカは成熟してはいなかった。
「それを踏まえれば、君のジヘッドの育て方は大変素晴らしい。もっと闘争心を湧き上がらせて、本能のままに戦わせなさい。それが、ポケモンのあるべき姿なのだから」
「はい!ゲーチスさん!」
本能のままに。遠い記憶の残照で、その言葉だけがルカの脳裏に響き渡るように繰り返された。
***
ドンドン、先程より荒く扉を叩く音がしてルカの意識は目覚める。
マスクを付け直してどうぞというと、今度はセロの姿があった。
「……起こしてしまったか」
入ってきて早々、滝のような寝汗塗れのルカを見てセロは眉を顰めた。
「いや、ろくな夢を見てなかったからね、起こしてくれて助かったよ。それにしてもまさか君が見舞いに来てくれるとはね」
アイシアから既に様子を見に行ったと連絡を入れると聞いていたので、わざわざ足を運んでくるとは思わなかった。
そんなルカの内心を察して、セロは舌打ち混じりに言った。
「社長に言われたんだよ。世話になってるんだから見舞いくらい行けって」
社長というのは住み込みで世話になってる工務店の主、タラゴンのことだろう。
手土産くらい持っていけとも言われて、セロは道中のキオスクでまとめて買ってきていた飲み物を冷蔵庫にしまった。
「悪いね。君にもアイシアにも負担をかけてしまって」
本来はリーダーであるルカがしないといけないことを今は逆にしてもらってる。
そんな意識がまだぼうっとするルカの中にはあった。
「……別に、エトランジェは互助会なんだろう。病気の時くらい気にするな」
「そうだね……」
あんな夢を見た後のせいか、何かしてもらうだけでは落ち着かず、ルカは力ない返事をした。
そんな彼にセロは深く溜息を吐くと、真っ直ぐとルカの方を見て言った。
「俺は、あんたには感謝してる。ミアレに来てまだ宿も見つけれてない時に、あんたが声をかけてくれなきゃ行き倒れていたかもしれない」
セロの言葉に、ルカはぼんやりと当時のことを思い出す。
同じガラルからの便で見た少年。ほとんど手荷物もなくて旅行でもなく、親類のところにでも行くのかなと思ってたので印象に残っていた。
それが、ミアレでまた見かけると真夜中だというのに荷物を持ったままで野宿しようとしていた。
慌てて事情を聞き、宿の主人に交渉して一時的に彼も泊めてもらった。
(あれが……エトランジェの始まりだったな)
ZAロワイヤルの影響で他地方から来たトレーナーの中には生活もままならない者がおり、それらが助け合うために互助会としてのチームがあればと作ったのがエトランジェだ。
当初のメンバーはセロ以外、生活が安定すると名簿に名前だけ残して去っていったが、彼だけは工務店で住み込みのあてができた今もチームにいる。
それは本人は口にしないが、ルカへ恩義を感じていたからだ。
「……まだ、借りを返し切ったなんて思っちゃいねえぞ」
それだけ言って、セロは部屋を出ていった。彼なりに、不器用な励ましだったのだろう。
(そうだな……それが、そうしたいのが、
ZAロワイヤルや暴走メガシンカの話に追われて、自分を見失っていた気がする。
例えそれが自己満足の償いだったとしても、何がしたいのかだけは忘れてはならなかった。
ルカは過去の自分を、砂漠に居た頃とその後の両方を思い浮かべて、自らを見つめ直すように振り返った。
まず、読んでくださってる方にありがとうございます。
ゆっくりでも完結までは続けたいと思いますので、お付き合いいただけたら幸いです。