Pocket Monsters Z-A étranger 作:ローロー仮面
まだ幼い少年の世界を占める大半は、何時も砂の塵が舞っていた。
埋もれた古い遺跡の跡が、廃墟の瓦礫のように散らばり、一面に広がる砂景色の果てには、並び立つ摩天楼が遠巻きに砂に霞む。
遠くの遠くのあの場所には、きっと昼間の全身を打ち、目を霞ませる砂と枯れるような熱気も、夜の凍える様な寒さも飢えも存在しないのだろう。
それは自分には無い物。だから、少年は奪っていた。
近くの街道を通りかかるトラックに載せられた、あの場所へと届く筈の自分には無い物を。
それは正しかった筈だ。だから、今の少年には同じ境遇の子供達という仲間ができた。
稀にそれを咎める者が現れても聞く耳を持たなかった。何故なら、そんな自分を肯定してくれる、導いてくれる信頼する大人がいるからだ。
少年は振り返り、敬愛を込めてその人物の名を呼んだ。
「ゲーチスさん!」
その言葉が脳裏に響くとともに、ルカは安宿のベッドから上半身を飛び起こした。
外を見ると、まだ日は登っておらず、身体もまだ昨日の疲れでグッタリと重い。
「なんだって今更あんな夢を……クソッ!」
うんざりとした口ぶりでルカは呟くと、胸にどろりと残った濁りを吐き出すように悪態を吐いた。
少し冷静になった後で、こんな姿は他人に見せるわけにはいかないと、自身を戒め、ゆっくりと息を整えて再び眠りに付くことにした。
***
昨日のメガヤミラミの一件から夜を明けて、ルカはミアレシティの市役所を訪れていた。
理由は昨夜に使用を禁止されている天候操作の砂嵐によって砂まみれにしてしまった屋上の件でだ。
昨日はその場を去ってしまったがなかったことにするわけにはいかない。
市民の生活に関する課の受付で、ルカは用件だけ先に伝えて、職員に呼ばれる順番を待っていた。
昨今のミアレシティでは都市内の野生ポケモンの増大による生活環境の変化からトラブルが絶えず、忙しい様子でルカも随分と待たされている。
「ルカさん……?」
知った声が聞こえて振り返ると、そこにはアイシアの姿があった。隣にいる同年代くらいの少女の姿も見えるが、友達だろうか。
意外なところで会ったなと、ルカは疑問混じりに応じた。
「やあ、こんなところで珍しいね」
「そちらこそどうかされたのですか?」
「いや……昨日ちょっとギガイアスの砂起こしを使ってしまってね。その報告に……。君の方は?」
聞いてみると、アイシアは昨日のブロカントの件でジャスティスの会へとお礼に伺ったところ、市役所に報告に行くと聞き、その付き添いを買って出たそうだ。
なんでもピジョットを倒した際に屋台に損壊を出したせいでクレームも入ってるらしく、当事者の1人である彼女がジャスティスの会に非はないことをさっき説明してきたらしい。
「ああ、それじゃあそっちの子は友達じゃなく……」
「ジャスティスの会のムクさんです」
「……はじめまして」
ちょこんと、お辞儀して挨拶をした少女に、ルカは慌ててこちらこそと応じた。
ジャスティスの会のムクと言えば、リーダーであるシローの妹であると同時に実質的に会を仕切っている人物だと聞いたことがあった。
ましてやあのシローの妹さん。それが、こんな華奢な少女だとは思いもしていなかった。
ルカの反応に内心を察したのだろう、ムクが揶揄うように言う。
「小柄で意外だった?」
「正直、シローよりは細身かなって程度に考えていたよ」
「……シローを基準にされるのは心外」
ルカがシローのことを引き合いに出すと、それまで澄ました様子の彼女が、少しだけ不快そうに表情を歪めた。
どうやら兄妹関係は少々複雑な様子で、あまり触れない方が良さそうだとルカは判断した。
話していると、市役所の職員らしき女性が近づいて来た。
「ムクちゃん、今ちょっといい?」
女性がムクへと話しかける。
近くに居たので話が聞こえてきてしまったが、どうやらクレームについて、役所側の対応が決まったらしい。
「今回の件は緊急時でシロー君には非がないと認められたけれどその……今までもあるから経緯書は書いて欲しいと……」
「わかりました、いつもすみません。アサさんにもご迷惑を……」
「そんな!?ムクちゃんこそ、いつもシロー君の代わりに来てもらって……!」
見知った仲のようだが、お互いに恐縮した様子で頭を下げている。
ジャスティスの会は度々騒音騒動を起こしていると聞くが、どうやら彼女らがいつもその後始末をしているようだ。
お互いに負い目を感じて謝罪をし合っているのを、ルカとアイシアは何とも言えずに見ているしかなかった。
側から見ても切りがないなと思ってると、アサと呼ばれた職員の連れていたタブンネが、ぽんっと“いやしのはどう”で落ち着かせて何やらルカの方に手を向けた。
「あ、ああそうでした。ルカさんでしたね、貴方が先程報告くださったポケモンによる天候操作と砂についてですが、既に他所から経緯報告と顛末書をいただいております」
「え!?誰に……!?」
一瞬、Fと名乗っていた大男が頭に過ったが、世情離れした風貌の彼がそのような対応をしたとも思えなかった。
ルカが問いかけると、アサは持っていた資料を見ながら言った。
「誰……と申しますか、クエーサー社からです」
クエーサー社、その名前が出てきたことにルカは一瞬、息を呑んだ。
先日の暴走メガシンカにクエーサー社が関わっている可能性はあったが、まさかここで名前が出てくるとは思わなかった。
「……クエーサー社はどんな報告を?」
「え?あ、はい。暴れていたポケモンを、ワイルドゾーンの管理不備から野生ポケモンが暴走して、その場に居合わせたトレーナーが解決する際にやむなくと……」
「昨日、帰った後にそんなことがあったのですか?」
アイシアに聞かれて、ルカは曖昧に肯定した。暴走メガシンカのことは、報告では伏せられているようだ。
どういう意図からかは分からないが、クエーサー社は暴走メガシンカに関しては隠蔽しておきたいらしい。
職員の女性、アサは忙しい様子で、話を済ませるとその場を去っていった。
「野生ポケモンの暴走、何だか最近よく聞きますね」
ふと、アイシアがそんなことを言った。気になって、ルカは問うた。
「そうなの?」
「はい、先日にも街で野生のチャーレムが人に襲い掛かったとの話が学園で話題になっていました。それ以前にも何度か似たようなことが起きていたそうです」
チャーレムと聞いて、昨日見た暴走メガシンカしたメガチャーレムを思い出す。
もしかしたら、この街で起きていることと何か関係あるのかもしれない。
アイシアの話に、一緒にいたムクが反応して言った。
「そういえば……地下水道に棲みついてるポケモン達の中にも最近狂暴なのが増えていた……」
「地下水道……ムクさんそんな場所のことをよくご存知ですね?」
「……あそこはあたしが扱うゴーストタイプのポケモンが多いから」
アイシアとムクの話に耳を傾けながらも、ルカは地下という言葉にFが言っていた言葉を思い出す
地下に貯蔵されたメガエネルギー、それが原因なのだろうか。
(考えても、今の俺にできることなど大してない……か)
メガシンカを扱う術を持たないルカ1人では、暴走メガシンカを対処することはできない。それに、聞き齧りと根拠もない憶測だけの思考を続けたところで意味などない。
余計なことにこれ以上気を取られて、ルカがミアレに訪れた本来の目的が疎かにするわけにはいかない。
彼がミアレに来た理由はZAロワイヤルで実績を立てて、ガラルに戻った時に上位のリーグに参加する資格を獲得することだ。
明日にはまた夜を通してのバトルゾーンでの戦いが待っている。そこで下手を打てば滞在費の問題でミアレに居られなくなる可能性だってある。
(チームの仲間のためにも、ZAロワイヤルに集中しないと。だが……)
心の内に引きずるものを残しながら、ルカはまずは明日の戦いへと努めて思考を切り替えようとした。