2017年9月16日。ゴリラ女の格闘技人生において、大きな節目となる日がやって来た。
プロMMAデビュー戦。
新幹線に揺られて東京へ向かい、会場の大田区総合体育館へ足を踏み入れる。
指定された控室に入ると、静かにシャドーボクシングやレベルチェンジを行い、汗を流しながら入念にアップを進めた。
VENUMの試合用グローブを装着し、オフィシャルのチェックを受けながら、リストに水色のテープが巻かれた。プロデビュー戦のため、立場は青コーナーだ。
出番が近づき、重厚な入場曲と共に花道を歩いてケージの中へ。
赤コーナーの相手が入場してくるまでの間も、ケージ内で軽くシャドーを繰り返し、身体と集中力を極限まで温め続けた。
そして、リングアナウンサーの声が場内に響き渡る。
「青コーナー! 180cm! 100kg! 総合格闘家デビュー戦──ゴリラー! おーんなー!」
大きなコールを浴びながら、彼女は心の中で静かに言葉を呟いていた。
(アマもプロも契約が違うだけや。思い切り殴りに行くのは何も変わらん)
1Rのゴングが鳴る。
相手とじりじりと見合い、間合いを図ってから一気に仕掛けるテイクダウン。しかし、相手は百戦錬磨のプロ。そう簡単に後方へ倒れてはくれず、見事なテイクダウンディフェンスで回避される。
ゴリラ女は打撃で圧力をかけながら距離を縮め、強引に相手の身体へ組みついた。
(良し、組めたぞ……!)
ガッチリとクラッチを組むと、圧倒的なフィジカルと力技で強引にマットへ叩き落とした。
倒すと同時に相手の体を両脚で強烈に挟み込んでロック。身動きを封じた状態から相手の片腕を抱え込み、一瞬の隙もなく必殺のアームバーを極めた。
柔道時代から体に染み付いている、数千回と繰り出して来た得意技。
完璧に肘が伸び切ると、相手は耐えきれずに猛然とタップ。
アームバーによる一本勝ち!
プロデビュー戦という大一番を、見事な勝利で飾った。
マイクアピールをサクッと終え、勝利の余韻もそこそこに東京を後にしたゴリラ女。
確かにこれまで対戦した相手と比べて当然強かったが、大学柔道であれくらい強い相手と何回も戦ったことあるし手強いほどでもなかった。
大阪の自宅へ帰宅すると、リビングで待っていた家族にプロ初勝利を報告した。
「勝ったで。一本や」
言葉数は少ないが、その声にはプロの厳しさを乗り越えた確かな手応えがこもっていた。
無職から始まった挑戦が、遂にプロの1勝として結実した瞬間だった。
プロ初勝利の歓喜も冷めやらぬまま、ゴリラ女の勢いは止まらない。喜んでいる暇があれば身体を動かし、次の獲物を狩る準備をするだけだ。
プロ2戦目の舞台は『DEEP 80 IMPACT』。
再び新幹線に飛び乗り、東京へ向かう。
(……今年、東京来るの何回目やろな)
そんなことを考えながら足を踏み入れたのは、アマチュア時代に通い詰めた思い出のディファ有明。ここから『DEEP 82 IMPACT』までの3大会、彼女はこの会場を己の独壇場とすることになる。
2017年10月21日『DEEP 80 IMPACT』
ケージに入ったゴリラ女に、一切の迷いはなかった。ゴングと同時に圧力をかけ、相手が嫌がって打撃を放った瞬間、懐に入ってテイクダウン。嫌がって背中を見せた相手の首元へ、太い腕を深く滑り込ませた。
1R、リアネイキッドチョークで鮮やかな一本勝ち。
2017年12月23日『DEEP 81 IMPACT』
年内最後のビッグマッチ。相手の打撃をものともせず、強引に組んで叩き付けると、トップポジションから容赦のないパウンドの雨を降らせた。重厚な打撃音と共にレフェリーが慌てて割って入る。
1R、パウンドによるTKO勝ち。
圧巻の強さでプロデビューから破竹の3連勝。
3戦目を終え、バンテージを解いている控室へDEEPの代表がやってきた。
「ゴリラちゃん、強いね。……どう、次、無差別級のタイトルマッチやってみる?」
「お願いします」
食い気味に二つ返事で快諾したゴリラ女だったが、代表が部屋を出て行った後、ポツリと独り言をこぼした。
(……プロたった3試合でタイトルマッチ組まれてまうか。)
もちろんチャンスはありがたい。しかし同時に、プロレスから転向して僅か数ヶ月の自分がトップに立ててしまうほど、日本の女子重量級の選手層が圧倒的に薄いという現実を冷徹に突き付けられた瞬間でもあった。
(国内でこれやと、私はどこで揉まれればええんや……)
この時に抱いた微かな物足りなさと危機感が、後に彼女の競技人生を大きく突き動かす絶大な伏線となるのだった。
年が明け、5度目となる慣れ親しんだディファ有明。腰にベルトを巻くため、彼女はケージへ上がった。
タイトルマッチだけに相手も必死だ。しつこい打撃とテイクダウンディフェンスに手を焼き、思うように仕留めきれない苦しい展開が続く。
だが、ゴリラ女の真骨頂はここからだった。
圧倒的な体幹の強さで強引に寝技へ持ち込むと、相手の腕を力技で固め、強烈に捻り上げた。
必殺のキムラロックが完璧に極まり、相手が堪らずタップ。
第2代DEEP女子無差別級王者誕生。
自身の腰にキラリと光る重厚なDEEPのベルトが巻かれた瞬間、格闘家としての確かな誇りと嬉しさが胸一杯にこみ上げた。
大阪の自宅へ帰宅すると、リビングで母と姉妹達が「どうやった!?」と一斉に駆け寄ってきた。
ゴリラ女はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、言葉の代わりにバッグから取り出した重厚なDEEPのベルトを無言で掲げてみせた。
「うわぁぁぁ!! 本物のベルトやんか!!」
「姉ちゃん凄過ぎる!!」
大はしゃぎする姉妹達と、「ほんまによく頑張ったなぁ」と目を細める母。4人の暖かい祝福に包まれながら、ゴリラ女は心の中で静かに、しかし固く誓っていた。
(ここがゴールちゃう。私は勝ち続ける。どこまでも勝ち続けてやる)
チャンピオンの称号を手にしたゴリラ女。彼女の野生の咆哮は、更に上のステージを目指して響き渡ろうとしていた。