浪速のボスゴリラ   作:五十嵐 響

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意気込み

11月の講道館杯。8年ぶりの実戦復帰となった大舞台は2回戦負けという結果に終わったものの、180cm・90kgの身体に再び刻まれた畳の感触は、ゴリラ女の心に「次は全国で勝ち進みたい」という確かな野心を灯していた。

しかし、12月に入り年の瀬を迎えると、特に出場予定の大会もない。

「年末年始くらい、ちょっとゆっくりしぃや」という母の言葉もあり、柔道の練習はほどほどに抑え、彼女は今の生活の基盤である天王寺の回転寿司屋のアルバイトに精を出していた。12月後半の忘年会・クリスマスシーズン、そして正月用の持ち帰り寿司の仕込み。繁忙期を迎えた厨房で、彼女は持ち前の圧倒的なスタミナと巨体を活かし、大忙しの現場を支え切った。

そうして迎えた大晦日。バイトも完全に休みに入り、ゴリラ女の一家は、寝屋川市にある親戚の家へと向かった。

 

寝屋川に住むのは、母方の妹である叔母と、その娘のボノボ女だ。

4女・オランウータン女の1歳下に当たる1993年生まれのボノボ女は、今年で30歳。これで4姉妹と従姉妹を含めた5人全員が30代に突入したことになる。

ボノボ女の自宅は、大阪市郊外ならではの駐車場付きの大きな一軒家。

玄関前に立った瞬間、ゴリラ女はふと、自分たちが暮らす大阪市内の狭くて古い公営住宅を思い出し、「やっぱりいつ見てもええ家やなぁ……」と少しばかりの羨ましさを覚えていた。

「久しぶりー! みんな上がって!」

笑顔で玄関を開けてくれたボノボ女は、関西大学社会学部を卒業後、現在はJR西日本で山陽新幹線の車掌としてバリバリ働いている。最近では「そろそろ運転士を目指すねん」と難関の社内試験に向けて勉強中らしく、身内としても本当に鼻が高い。更に、働きながら学生時代から続けている薙刀の稽古も継続しており、この親族が持つ武道への熱量は、彼女の中にもしっかりと受け継がれていた。

「ボノボの家来たら、なんか落ち着くわ」

そう言ってリビングのソファにどっしりと巨体を沈めるゴリラ女を見て、ボノボ女がクスッと笑う。

「姉ちゃん、大学の時も全く同じこと言うて上がり込んでたもんなぁ」

その言葉に、2人は一瞬で大学時代の思い出に引き戻された。

 

大学3年生の頃。ゴリラ女は大阪体育大学体育学部で、泥臭い実技と厳しい練習に明け暮れていた。そんな中、他大学の講義を履修出来る単位互換制度の存在を知る。

「大体大の鬼レポートに比べたら、一般の総合大学の講義の方が絶対に単位を取りやすい!」

察知した彼女は、寝屋川市にキャンパスがある摂南大学の科目を半年間だけ履修することにしたのだ。

当時の4姉妹は全員が実家通い。長女の猿女は近畿大学経済学部で剣道、三女のチンパンジー女は京都産業大学法学部で空手、四女のオランウータン女は関西学院大学商学部で弓道に励み、そして従姉妹のボノボ女は関西大学社会学部で薙刀を振るうという、絵に描いたような武道学生一家だった。

摂南大での授業が終わると、ゴリラ女はいつも決まってボノボ女にLINEを送った。

「寝屋川来たし、今から寄るわ」

許可を得るためではなく、ただの到着予告。

数分後、180cm・90kgの大体大の柔道着をカバンに詰め込んだゴリラ女がぬっと現れ、ボノボ女の家に上がり込んでは、冷蔵庫を開けて勝手にキンキンに冷えた麦茶を飲み、お菓子をボリボリと食べていた。

「あの時、姉ちゃんがリビングで大体大の臨海実習の愚痴言いながら寝転がるから、うちのソファのバネおかしくなるかと思ったわ」

「しゃあないやん、海で何キロも遠泳させられて体バキバキやったんやから。でも、摂南大の帰りにここで食うおやつが最高やったんや」

そんな昔話に花が咲けば、集まったメンバーが全員武道家(剣道、柔道、空手、弓道、薙刀)である以上、話は自然とそれぞれの現在の武道論へと流れていく。

仕事と家庭、そしてそれぞれの道を両立させる厳しさと楽しさを語り合う中、リビングのテレビの電源が入った。画面に映し出されたのは、大晦日の格闘技の祭典――『RIZIN.45』の生放送だった。

 

「あ、始まった。姉ちゃんが出てたやつやな」

オランウータン女がお茶を配る中、一同の視線が画面に集まる。

何を隠そう、ゴリラ女自身、プロの総力戦としてかつてこのRIZINのリングに3試合だけ参戦していた過去がある。海外の怪物女子選手達と減量なしの無差別級で殴り合ったあの興奮とケージの感触は、今でも拳が覚えている。

テレビの前に陣取った7人の観戦スタイルは、それだけで格闘技のプロ解説席のようだった。

特に格闘技マニアであり元UFCファイターでもある柔道家のゴリラ女は、グラウンドの攻防や組み手のクラッチ、テイクダウンの技術を細かく分析。

一方、打撃のスペシャリストである空手家のチンパンジー女は、キックボクシングの試合が始まると「今のローのタイミング絶妙!」「ガードの上からでも効いてるわ!」とテンション高く声を張り上げる。

その横で、剣道家の猿女はぶっきらぼうに「面の合わせ方と一緒やな」と呟き、ボノボ女も「薙刀の間合いの取り方に似てるかも」と、それぞれの武道の視点で試合を見つめていた。

そして、大会は格闘技ファンのボルテージが最高潮に達するタイトルマッチへと突入する。

バンタム級タイトルマッチでは、第5代王者のフアン・アーチュレッタが、朝倉海の放った強烈なボディ膝からのパウンドでTKO負けを喫し、防衛に失敗。朝倉が第6代バンタム級王座のベルトを腰に巻いた。

更に、新設された初代フライ級王座決定戦では、堀口恭司が神龍誠を相手に見事なリアネイキドチョークを極め、一本勝ち。初代フライ級王者の栄冠を掴み取った。

「……やっぱり、ベルトってええなぁ」

画面の中で黄金に輝くチャンピオンベルトを掲げる勝者達を見ながら、ゴリラ女は胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じていた。

自分がRIZINやUFCのオクタゴンに居た頃、その圧倒的な質量故に、女子の既存の階級には当てはまらず、常にワンマッチの特別キャッチウェイトや無差別級での戦いだった。そのため、王座のベルトという目に見える最高の栄誉には、どうしても縁がなかったのだ。トップファイターたちがベルトを腰に巻く姿には、格闘家としてほんの少しの羨ましさがあった。

しかし、その羨ましさはすぐに、前を向くための強いモチベーションへと変わって行く。

(うちはベルトは取れんかった。でも、今のうちには柔道がある)

大体大を卒業し、大学院でバイオメカニクスを修め、そして33歳になった今。

今の彼女が戦う柔道78kg超級には、体重制限がない。自分が一番パワーを発揮出来る体格のままで、正々堂々と全日本の頂点を目指せるルールが、最初から用意されているのだ。

「姉ちゃん、顔が完全に戦うモードになってるで」

ボノボ女にツッコまれ、ゴリラ女はハッとして、照れくさそうに頭を掻いた。

「あ、分かる? 11月の講道館杯で負けて悔しかったからなぁ。2024年は、もっとバイオメカニクス的にも自分の柔道をカチッと進化させて、実業個人でも講道館杯でも、次こそは絶対に優勝したるねん」

「言うたな? じゃあ、来年も寝屋川に来た時は、またうちのリビングで技のシミュレーション付き合ってよ」

「おう、任せとき。ボノボ女の運転士の試験の合格祝いも一緒にやろうや」

賑やかな寝屋川の大きな一軒家で、母や叔母、逞しい姉妹達の笑い声に包まれながら、ゴリラ女は静かに心に誓っていた。

2024年、ゴリラ女は更なる進化を遂げて日本の頂点へと突き進む。

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