2024年の幕開け。寝屋川のボノボ女の家で過ごした賑やかな大晦日から、3が日が明けた1月4日。天王寺の回転寿司屋の正月シフトを乗り切ったゴリラ女を待っていたのは、大阪城の敷地内に佇む修道館での、伝統の寒中稽古だった。
1月4日から1月6日までの3日間。早朝の大阪城公園は、凍てつくような冷気と厳かな静寂に包まれている。180cm・90kgの巨体に、キリッとアイロンの効いた柔道着を纏い、彼女は道場の畳に足を踏み入れた。
冬の修道館の畳は、冗談抜きで氷の板のように冷たい。足の裏から突き上げる冷気に、並の道場生なら身震いする所だが、ゴリラ女の野生の血は既に沸き立っていた。
「おい、チンパンジー! 1本目からガッツリいくぞ!」
合宿仲間の特攻隊長、天理大学出身のチンパンジー柔道女を捕まえ、午前6時の静寂を切り裂くような気迫で乱取りを開始する。
暖房などない道場。しかし、180cm・90kgのゴリラ女と、182cm・95kgのキングコング女のツインタワーが激しくぶつかり合い、畳に叩き付け合う音が響くに連れ、道場内の温度は目に見えて上がっていった。
MMAのケージを経験し、更に大学院でバイオメカニクスを修めた今のゴリラ女の柔道は、昔のような力任せの野生ではない。
「今の崩し、あと3センチ重心が前に乗ってたら一撃やったな」
と、冷徹な理性を働かせながら、自分の技を1ミリ単位で微調整していく。
3日間の寒中稽古の最終日、1月6日の全メニューが終わる頃には、彼女の分厚い柔道着からは湯気が立ち上っていた。アキレス腱が千切れそうな冷たさの中でやり切ったその顔には、33歳にして尚進化を続ける武道家としての、絶対的な充実感が漲っていた。
寒中稽古を終えたその日の夜、例の「量重視」の定食屋に、最強オーダーの5人(チンパンジー柔道女、マウンテンゴリラ女、オランウータン柔道女、キングコング女、ゴリラ女)が再び集結した。
目的は、2月に行われる「第34回大阪府女子柔道選手権大会」に向けた直前合宿の計画を立てるためだ。この大会は、全日本女子柔道選手権の大阪府予選も兼ねる、2024年の命運を握る超重要決戦である。
そこで、大将のゴリラ女が地図を広げてドンと指差したのが、まさかの場所だった。
「次の合宿、北海道中川郡美深町にいくぞ」
「……は? 美深? どこやねんそれ!」と、すかさずチンパンジー柔道女が突っ込む。
ゴリラ女はニヤリと笑い、大学院卒のインテリジェンスを発揮して説明を始めた。
「美深町はな、冬になると-20度、30度まで下がる、北海道の中でもトップクラスに極寒の地や。大体大の臨海実習が夏の過酷さなら、冬の美深は真逆の極限状態。そこで精神を極限まで追い込む……」
「じゃあ修道館での寒中稽古とは比べ物にならんな」
と龍谷大学出身のマウンテンゴリラ女が反応するが、ゴリラ女の作戦にはガチのバイオメカニクス的根拠もあった。
「極寒の環境でのトレーニングは、心肺機能を爆発的に高める。足腰で漕いで進むトレーニングをすれば、下半身のインナーマッスルが鍛えられて、うちの大外刈も、コングの内股も、相手を文字通り『雪に埋もれさせる』レベルで威力が跳ね上がるんや」
「雪を裂く音……か。悪ないな」
普段は無口なキングコング女が、ゴリラ女のその言葉にニヤリと笑って乗っかった。
「敬愛高の時の地獄に比べたら、雪国で足腰鍛えるくらい、うちらツインタワーにかかれば余裕やろ」
「よし、決まりや!」
防波堤の武庫川女子大学のオランウータン柔道女が、手際良くスマホで「美深町の公共スポーツ施設」や宿泊先の空き状況を調べ始める。
「2月の大阪府女子選手権、全員全国出場目指して皇后杯の切符を掴む。そのためなら、-30度の美深の雪の中でも、最強の身体を作ったるわ!」
天王寺の市営住宅で待つ母、新幹線の車掌として日本のインフラを支える寝屋川のボノボ女、そして仕事帰りに防具を担ぐ猿女達。
自分を支えてくれる最高の家族と従姉妹への感謝を胸に、ゴリラ女は2024年、柔道の畳の上で「世界で一番熱い冬」を突き進む覚悟を決めていた。5人の笑い声が、冬の大阪の夜空に力強く響き渡っていた。