いざ全国へ
2024年4月、遂にその日がやってきた。女子柔道家なら誰もが人生で一度は夢を見る最高峰の舞台、「皇后盃全日本女子柔道選手権大会」。
東大阪大学敬愛高等学校、大阪体育大学で苦楽を共にし、現在は大阪城の修道館クラブの看板を背負う同い年のツインタワー――近畿大会3位のキングコング女と、5位のゴリラ女が、日本一の座を懸けた体重無差別の聖地へと足を踏み入れる。
決戦の前日、2人は新幹線で横浜入りし、新横浜駅近くのホテルにチェックインを済ませた。
ホテルの部屋で、キングコング女はいつも通り大の字になってリラックスしていた。
「ついに全国やなぁ、ゴリラ。新横浜の駅前、何か新大阪と似てて落ち着くわ」
そう言って笑う相棒の横で、ゴリラ女は意外なほど静かだった。前年の講道館杯の時以上に、胸の奥がキリキリと引き締まるような感覚がある。
講道館杯は体重別だが、この皇后盃は体重無差別。100kgを超える巨漢から、スピードで翻弄する小兵までが一堂に会し、名実共に「日本で一番柔道が強い女」を決める大会だ。その歴史と重みは、柔道界において完全に特別だった。
「ケージの中とも違う、この畳独特の厳かな空気……やっぱり皇后盃は別格やな」
ゴリラ女は真っ白な道着を見つめながら、静かに闘志を研ぎ澄ませていた。
大会当日、熱気に包まれる横浜武道館へ。
一歩中に入ると、目の前に広がる巨大なアリーナと、正面にズラリと並ぶ有名企業の広告が目に飛び込んできた。全国各地区の予選を勝ち抜いてきた、文字通りのエリート達だけが許された空間だ。
受付を済ませようとした時、2人の背中を見た大会関係者や他県の選手達が、小さく騒付いた。
背中に縫い付けられたゼッケンには、大学名でも警察の名でもなく、「修道館クラブ」の6文字。
「あの、修道館クラブってどこですか?」
「失礼ですけど、お二人とも実業団じゃなくて一般のクラブ所属なんですか……?」
全国大会では極めて珍しい「街のクラブ所属」の、しかも180cmオーバーのツインタワー。物珍しそうに声をかけてくる周囲に対し、キングコング女がニヤリと笑う。
「おう、大阪の一般クラブや。昼間は仕事して、夕方から大阪城の横で汗流しとる泥臭いメンバーやで」
更衣室で柔道着に着替え、ウォーミングアップ場へ進むと、そこは同窓会のようでもあった。
大学時代の懐かしいライバル、実業団に進んだ同期、講道館杯の畳で視線を交わしたトップ選手達。誰もが2人の姿を見て「お前ら、よくここまで上がってきたな!」と目を丸くしている。
「本当に全国の舞台に帰ってきたんやな……」
ゴリラ女は、相棒とバチバチに組み合いながら、その事実を改めて噛み締めていた。
幸い、トーナメントの組み合わせはゴリラ女とキングコング女で完全に山が異なっており、同門対決は決勝まで行かない限りない。「お互い、行ける所まで暴れたろ」と拳を合わせた。
開会式を終え、遂に日本最高峰の戦いが始まった。
修道館クラブの特徴として、この2人のスタイルは完全に両極端であり、それがまた観客や関係者の目を引くことになる。
先陣を切ったのはキングコング女。彼女のスタイルは、大柄な体躯を最大限に活かした積極的な突進型だ。
「始め!」の合図と同時に、組み手からどんどん前へ出て相手に強烈なプレッシャーをかける。相手がその圧力に耐えかねて腰を引いた瞬間、182cmの長い足が美しく跳ね上がった。
――得意の内股、そこから強引に払腰へ変化!
巨体が綺麗に宙を舞い、大浜武道館の比ではない衝撃音が横浜武道館に響き渡る。「一本!」のコール。観客席からも「おおっ!」と分かりやすい豪快な柔道に大歓声が湧いた。
続いて畳に上がったゴリラ女は、対照的にじわじわと相手の自由を奪うスタイル。
組み手で徹底的に圧力をかけ、相手のスタミナを削る。そして、相手を畳に這わせた瞬間、格闘家としての本領が発揮される。相手が「まだ投げられてへん」と思っているその刹那、ゴリラ女の身体は既にグラウンドのポジションを奪いに行っているのだ。
しつこく、泥臭く、1ミリの隙間も与えない。袈裟固から横四方固、そして上四方固へと蛇のように移行していくその執念には、UFCのケージで培ったMMAのトップキープ技術が色濃く反映されていた。
「それまで! 一本!」
タイプの違う2人のツインタワーが、揃って1回戦を一本勝ちで突破。修道館クラブの仲間達も大いに盛り上がった。
しかし、2回戦からは完全に別世界の住人達が待っていた。オリンピック代表候補や、全日本強化指定のトップ層が牙を剥く。
キングコング女は果敢に前に出て、得意の大内刈や払腰で一発を狙いに行く。しかし、相手も一瞬の隙を見逃さない世界のトップ。キングコング女の豪快な攻めを紙一重でいなされ、技に入りかけた一瞬の戻りの遅さを突かれて技ありを奪われてしまう。
最後まで取り返そうと攻め続けたが、そのままタイムアップ。ベスト16での敗退となったが、その果敢な攻め姿勢は観客の記憶に深く刻まれた。
ゴリラは更に泥臭い、息の詰まるような消耗戦となった。
立ち技では完全に拮抗。ゴリラ女は何とか得意の寝技に引きずり込もうと、縺れ合いながら畳に這いつくばる。しかし、全国上位の選手はディフェンス能力も規格外だった。こちらの腕十字のクラッチを絶対に切らせず、海老を打って簡単に捕まってくれない。
気がつけば長い長い攻防の末、組み手のクラッチミスから指導」を重ねられ、最終的には指導差で惜敗。ベスト8での終戦となった。
試合後、2人は客席に座り、日本の頂点を決める残りの試合をじっと見つめていた。
キングコング女が、ポツリと呟く。
「……やっぱ、あいつら強いな。簡単に投げさせてくれへんわ」
ゴリラ女も、道着バッグを抱きしめながら深く頷いた。
「おう。全国は甘ないな。うちの寝技の引き込みも、完全に読まれて対策されてたわ」
しかし、2人の顔に悲壮感はなかった。何故なら、UFCを引退して柔道に復帰してから、まだ1年足らず。大阪の街道場から這い上がって、この歴史ある皇后盃の舞台でベスト16やベスト8まで上り詰め、全国のトップと肌を合わせることが出来たのだから。不完全燃焼どころか、胸の奥には確かな手応えが残っていた。
2人は新横浜駅の売店で名物の「シウマイ弁当」やお土産を両手いっぱいに買い込み、新幹線の指定席に身体を沈めた。
30代の身体は完全に疲労困憊で、パキパキに割れたテーピングの跡が痛む。しかし、お弁当の紐を解きながら、キングコング女がビールを片手にニヤッと笑った。
「ゴリラ、楽しかったな。……また来年、ここに帰ってこなあかんな」
ゴリラ女はシウマイを口に放り込み、新幹線の車窓に映る自分の顔を見つめながら、力強く応えた。
「当たり前や。次はベスト16なんかで終わらん。もっと寝技のハメ方を研究して、次はもっともっと勝ち上がったるわ」
新年度の4月、横浜武道館の畳に残してきた悔しさと充実感。
同じ高校、同じ大学、そして同じ道場の最強ツインタワーは、シウマイ弁当の匂いに包まれながら、早くも来年の皇后盃を見据えて、夕方の練習が待つ大阪へと帰っていくのだった。