標高1,750mの長野合宿で限界まで追い込んだ肉体を引っ提げて、修道館クラブの5人は大阪の、あの熱気溢れる夏へと戻ってきた。
長野の涼しい気候から一転、大阪の夏は容赦ない湿気と熱気が襲いかかる。しかし、ゴリラ女達の心は引き締まっていた。所属する修道館で恒例の暑中稽古が始まったからだ。
この暑中稽古には、近畿一円の警察、実業団、大学、更には強豪高校からも一癖も二癖もある猛者達が挙って出稽古にやってくる。
普通なら他所の道場に乗り込む時はピリピリとした緊張感が走るものだが、ここは自分たちの絶対的なホームグラウンド。ゴリラ女たち修道館メンバーにとっては、「さあ、誰が来ても纏めて受けて立つぞ」という心地良い昂ぶりこそあれ、無駄な緊張感は一切なかった。
狙うは、8月下旬に和歌山県田辺市で開催される国民スポーツ大会近畿ブロック大会。
大将のゴリラ女は大阪市出身・在住の文句なしの大阪府代表。そして次鋒のマウンテンゴリラ女は、京都住まいではあるものの、所属が大阪の修道館クラブであることから、今回は同じ「大阪府代表」として、2人で1つのチームを組んで戦うことが決まっていた。
「2人で大阪の看板背負って、和歌山を火の海にしようや」
そんな決意を胸に、1日目の畳へと上がった。
「始め!」の合図と共に、修道館の広い道場は一瞬で戦場と化した。天井の扇風機は生温い風を掻き回すだけで、道着は開始10分で全員が滝のような汗で色が変わって行く。
ゴリラ女は、出稽古に来た大学女子重量級の現役バリバリの選手を捕まえ、容赦ない乱取りを開始した。相手は若いパワーを前面に出して押し込んでくるが、長野合宿で肺を虐めてきたゴリラ女のスタミナは底が尽きない。ガッチリと奥襟を叩き落とすと、巨体を利した大内刈りで畳に何度も這わせ、相手がうつ伏せに崩れれば、間髪入れずに上四方固めでがっちりと抑え込む。
横の畳では、ツインタワーの相棒・キングコング女が高校生の有望株を相手に、182cmの高さから豪快な内股を連発してどよめきを起こし、チンパンジー柔道女は持ち前のスタミナで「次! はい次!」と天理仕込みの連続担ぎ技で出稽古勢を圧倒している。
激しい1部目が終わり、道場の隅でポカリスエットを頭から被るようにして飲む休憩時間。ゴリラ女は、隣で息を整えているマウンテンゴリラ女に声をかけた。
「ぷはぁー! 生き返るわ。しかしマウンテン、いよいよ来月やな。大阪の代表として、お前と一緒に地元背負って戦えるの、ホンマに楽しみやわ」
すると、マウンテンゴリラ女はポカリのボトルを握ったまま、少し苦笑いを浮かべて言った。
「あはは、ありがとうございます。……でも私、生まれも育ちも、今住んでるんも京都市民じゃないですか。今回、修道館所属やから『大阪代表』で出ますけど、近畿ブロックで京都府代表チームと当たったら、ぶっちゃけめちゃくちゃ複雑なんですよね(笑)」
「あー、確かに(笑)! 京都の連盟の人らから『裏切り者〜!』とか言われそうやな」
「そうなんですよ! 『マウンテン、何で大阪の道着着てんねん!』って絶対突っ込まれます。でも、畳に上がったら関係ないです。大阪に優勝旗持って帰るために、京都の知り合い相手でも容赦なく小内刈りで転がしますよ!」
頼もしい次鋒の言葉に、ゴリラ女は「それでこそ修道館のゴリラや!」と肩を叩いて笑い合った。
2日目も道場は満員御礼。この日は実業団のライバルチームの選手達も遠征がてら顔を出していた。
中堅のオランウータン柔道女は、出稽古に来た警察チームの若手選手を相手に、あの「3戦3分」を彷彿とさせる泥臭くも完璧なディフェンス技術を披露していた。相手がどれだけ激しく技を仕掛けても、環太平洋大で培った健康科学の知識を総動員したかのような絶妙な重心移動で、絶対にポイントを与えない。
乱取りの合間、相手の選手がオランウータン柔道女に「先輩、どうやったらそんなに技を完璧に潰せるんですか?」とアドバイスを求めにきた。
オランウータン柔道女はトントンと自分の大腿部を叩きながら、「力で耐えたら負けるよ。相手の技のベクトルの芯を、一瞬だけ自分の骨盤の軸から外すねん」と、職人技の秘密を優しく、しかし専門的に指導していた。
その様子を冷やかしながら、最年長組のゴリラ女とキングコング女は、出稽古の引率で来ていた他校の先生と談義に花を咲かせていた。
「ゴリラ、お前こないだの大阪予選でタイマー薙ぎ倒したらしいな(笑)」
「先生、人聞き悪いですわ! 激しすぎて巻き込まれただけですって!」
「まあ、お前らの高校の時から、ツインタワーが暴れたら畳が壊れるって言われとったからな。来月の国スポ近畿ブロック、和歌山の田辺は会場が熱気で割れるんちゃうか?」
「任せてください。うちら30代ベテランの味、しっかり和歌山で見せつけてきますよ」
暑中稽古最終日。疲労はピークに達しているはずだが、修道館メンバーの動きは寧ろ研ぎ澄まされていた。
この日は奈良の天理大からも数人の現役学生が出稽古に来ており、先鋒のチンパンジー柔道女の目が変わった。
「おっ、天理の後輩やん! 乱取りお願いします!」
幼稚園から大学まで天理一筋のチンパンジー柔道女にとって、後輩たちの来襲は最高のガソリンだ。現役バリバリの大学生を相手に、先輩としてのプライドをかけてバチバチの乱取りを展開。鋭い出足払いで後輩の体勢を崩し、天理特有の「前へ、前へ」と出る攻撃柔道で道場を沸かせた。
「ありがとうございました!」と頭を下げる後輩に、「あんた、ちょっと引き込みが遅い。天理の柔道ならもっと一気にいかんかい!」と、道着の襟を正しながら熱く指導する姿は、完全に頼れるお姉さんだった。
暑中稽古の全てのメニューが終了を告げるブザーが響いた瞬間、修道館の畳には、やり切った猛者たちがバタバタと大の字に倒れ込んだ。
ゴリラ女もマウンテンゴリラ女と並んで道場に座り込み、汗を拭う。
「終わったな、暑中稽古」
「はい。最高の稽古ができました」
マウンテンゴリラ女が引き締まった表情で言う。京都市民の複雑な想いは、この3日間の猛練習で完全に吹き飛んでいた。今、彼女の目には「大阪代表の次鋒」としての覚悟しかなかった。
「よっしゃ、長野で肺を鍛えて、大阪のこの熱気で心を鍛えた。うちらの夏の本番はここからや。マウンテン、和歌山で大阪の強さ、思い知らしに行こか!」
「はい、ゴリラ女さん。絶対に本戦の切符、掴み取りましょう!」
修道館の伝統の汗が染み込んだ畳の上で、最強の5人はお互いの充実した顔を見合わせ、来月の国スポ近畿ブロック大会での大暴れを確信していた。