浪速のボスゴリラ   作:五十嵐 響

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負けられない戦い

8月下旬。和歌山県田辺市は、太平洋からの生温い海風と、体育館を包む凄まじい熱気に満ちていた。

いよいよ幕を開けた国民スポーツ大会近畿ブロック大会。各府県の意地がぶつかり合う総当たりのリーグ戦。大阪府代表としてこの地を踏んだ修道館クラブの2人は、青い道着に身を包み、闘志を静かに燃やしていた。

ゴリラ女は、この夏で34歳。ベテランと呼ばれる年齢になっても、その眼光の鋭さと圧倒的な威圧感は増すばかり。大阪の布陣は、52kg級、63kg級、78kg級に瑞々しい未成年選手を配し、57kg級に実業団王者の次鋒・マウンテンゴリラ女、そして無差別級の大将にゴリラ女を据えた、若さと老獪さが同居する強力な布陣だった。

「大将、最後はきっちり私が締める。皆、前で思い切って暴れてこい!」

34歳の絶対的大将の言葉に、若い選手達の緊張がすっと解けた。

 

リーグ戦の初戦。大阪代表は比較的安定した試合運びを見せる。

57kg級で畳に上がったマウンテンゴリラ女は、暑中稽古での猛特訓が嘘のように身体が軽く動いていた。相手の出足を鋭く払い、主導権を握ると、電光石火の小内刈りで先制の技ありを奪取。そのまま手堅く優勢勝ちを収め、チームに最高の流れを齎した。

中堅戦までで大阪がしっかりリードを奪い、勝利がほぼ見えた状態で回ってきた大将戦。

 

ゴリラ女の状況は「引き分け以上でチームの勝利が確定」という、正に長浜での実業団体や暑中稽古で何度も経験してきたシチュエーションだった。

無理に大技を狙ってカウンターを食らうリスクは冒さない。ゴリラ女はどっしりと構え、強烈な組み手で相手の動きを完全に封殺。相手が焦って仕掛けてくる不完全な技を全て完璧に潰し、終始試合をコントロールしたまま時間一杯。落ち着いて引き分けに持ち込み、大阪府代表は最高の白星スタートを飾った。

「よし、マウンテン。次、京都やぞ。覚悟はええな?」

「はい……! 覚悟決めて畳に上がります!」

 

今大会最大の山場の一つ、強豪・京都府との一戦。

マウンテンゴリラ女が畳に上がると、案の定、京都側のセコンドや応援席から「マウンテン! 何で大阪の道着着てんねん!」「京都に戻ってこい!」と冗談混じりの激しいヤジが飛ぶ。

しかし、一歩畳に上がれば彼女はプロの実業団選手。京都市民としての複雑な想いは完全に消えていた。

対戦相手は京都の意地をかけてバチバチに組んでくる実力者。息が詰まるような組み手争いが続き、技の応酬となる大接戦。一瞬の隙を突かれそうになるも、マウンテンゴリラ女は鋭いステップでいなし、残り30秒で渾身の技ありを奪って逃げ切った。執念の接戦勝利!

だが、京都もさるもの。中盤の階級で巻き返され、副将戦が終わった時点で星は五分。すべては無差別級の大将戦に委ねられた。

「ゴリラ女さん、すみません、繋ぎました……!」

汗だくで戻ってきたマウンテンゴリラ女の肩を、ゴリラ女はポンと叩く。

「おう、お前の京都への恩返し、私が代わりに一本で受け取ったるわ」

大将戦。ゴリラ女は開始早々から咆哮せんばかりのプレッシャーで前へ出た。相手の奥襟を強引に叩き落とすと、悲鳴をあげるようなパワーで完全に組み勝つ。相手がその圧力に耐えかねて腰を引いた瞬間、ゴリラ女の必殺の巴投が虚空を裂いた。綺麗な放物線を描いて相手が畳に背中から落ちる。「一本!」

静まり返る京都陣営を背に、ゴリラ女は悠々と畳を降りた。チームの勝利を決定づける、完璧な大将の仕事だった。

 

続く兵庫県戦も、一筋縄ではいかない実力者が揃う過酷な戦いとなった。

若手選手達も健闘するが、兵庫の分厚い壁に阻まれ、一進一退の攻防が続く。副将戦が終了した時点で、勝敗のスコアは完全に五分。またしても、勝負の行方は大将のゴリラ女に託された。

対戦相手は、兵庫が誇る重量級の超実力者。お互いに180cm近い巨体が畳の中央で激しくぶつかり合い、道場全体に重低音が響く。

(流石にタフやな。簡単には崩れんか……)

ゴリラ女は34歳の全経験を総動員し、じわじわと組み手で相手の体力を削りにいった。長野の高地トレーニングで培った無尽蔵のスタミナが、ここで生きてくる。終盤、相手の息が明らかに上がった瞬間を見逃さなかった。

強烈な大内刈りで相手の体勢を強引にうつ伏せに崩すと、ゴリラ女の真骨頂である寝技への移行。相手が必死に亀の体勢でディフェンスするのを、世界基準の強烈なパワーで強引に捲り上げる。

胸と胸が完璧に合わさった。上四方固め。

「抑え込み!」のコール。相手は必死に海老になり、足を絡めようと暴れるが、ゴリラ女の肉体は1ミリも動かない。完全にロックされたまま20秒が経過。

「一本!」

ブザーが鳴り響き、大阪府が激戦の兵庫戦を競り勝った。ベンチの未成年選手たちが「キャーッ!」と歓声を上げて飛び跳ねる。ゴリラ女はフゥーと大きな息を吐き、頼もしい笑顔を仲間達に向けた。

 

勢いに乗った大阪府代表の選手層の厚さは、ここから更に爆発する。

マウンテンゴリラ女は京都戦、兵庫戦の接戦をモノにしたことで完全にノリに乗り、続く奈良、滋賀、そして地元・和歌山戦でも技あり、一本を量産。終わってみれば全勝に近い圧倒的な成績でチームを牽引した。

大将のゴリラ女も、後ろに控える絶対的な守護神として、全試合負けなし。勝負所では必ず一本をもぎ取り、引き分けで良い場面では盤石の時間コントロールを見せるという、正に「大将の教科書」のような戦いぶりでリーグ戦を駆け抜けた。

結果、大阪府代表は全ての府県を破ってリーグ戦を完全制覇。近畿ブロック代表として、秋の国民スポーツ大会への出場権を最高の形で獲得した。

 

表彰式が終わり、ゴールドの賞状を手に一列に並んだ大阪府代表チーム。監督が万感を込めて、選手達に声をかけた。

「全員、この暑い中よう頑張った。最高のチームや」

賞状を覗き込みながら、マウンテンゴリラ女が汗を拭い、ゴリラ女に笑顔を向ける。

「やりましたね、ゴリラ女さん! 次はいよいよ、佐賀の本大会ですね!」

ゴリラ女は自分の胸元に刻まれた「大阪」の文字を愛おしそうに見つめ、あの鋭い眼光を更にギロリと輝かせた。

「おう。近畿予選はあくまで通過点や。ここからが本当の本番やで。実業団体で天辺獲った時のあの最高の景色、今度はこの大阪代表のメンバーで、佐賀の地でもう一回見に行こや!」

34歳の大将として、「勝負所で一本を取る力」と「チームを勝たせる戦術眼」に更なる磨きをかけたゴリラ女。

修道館から選ばれた2人の夏は、秋の約束の地・佐賀へ向けて、更なる熱を帯びて加速していく。

 

和歌山での激闘を終え、近畿ブロック全勝優勝の賞状をひっさげて東大阪の自宅に帰宅したゴリラ女。

玄関のドアを開けた瞬間、待ち構えていた母と姉妹からの、大阪人らしい弾けた大歓声と手荒い祝福が待っていた

「お帰りーっ!! やったな!!」

「佐賀本戦一発内定、おめでとうーーっ!!」

リビングに入るなり、姉妹達が拍手喝采で大はしゃぎ。

「あんた、ホンマにやったねぇ! 34歳、ベテランの意地見せつけたやん! 和歌山まで応援行けへんかったけど、スマホの前でずーっとハラハラしてたんよ。京都戦も兵庫戦も、最後はあんたが一本決めて勝ったんやって? 流石修道館の大将やわ!」

「っていうか、マウンテンちゃんも大活躍やったんやって? 京都市民やのに大阪代表の道着着て、京都チーム薙ぎ倒したのウケるわ〜。今度うちに来たとき、いっぱいお肉食べさせてあげんとね!」

ひとしきり盛り上がった後、母が嬉しそうに台所から「あんたの好物、沢山作っといたで!」と、山盛りの大皿料理を運んできます。キンキンに冷えたビールをグラスに注ぎながら、母は少し真面目な顔になって言いました。

「去年の大阪予選でベスト4で終わって、あの時あんたがどれだけ悔しがってたか、お母ちゃん一番近くで見とったからね。それが6月の大阪予選でリベンジして、今日の近畿ブロックも全勝で突破して……。ホンマに格好いい娘やわ。あんたを信じて応援してきて良かった」

「お母ちゃん、ありがと。でもな、近畿はまだ通過点やねん。うちらの目標は佐賀の本戦で天辺獲ることやから」

「分かっとるよ! 10月の佐賀大会やろ? お母ちゃんら、今からもう飛行機とホテルの手配する気満々やからね! 大阪から佐賀まで、全員で大応援団組んで乗り込むよってに、あんたは思いっきり畳の上で暴れてきなさい!」

「よっしゃ、任せとき!」と、ゴリラ女は家族の前で冷たいビールを一気に飲み干した。

6月の大阪リベンジ、7月の暑中稽古、そして8月の近畿ブロック制覇。家族の無条件の愛と熱いエールを背中に受けて、ゴリラ女の心は既に、10月の佐賀の舞台へと力強く飛んでいた。

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総合評価:12034/評価:8.81/連載:60話/更新日時:2026年07月19日(日) 00:15 小説情報


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