国スポ本戦への切符を掴み取り、修道館の道場には更に熱い活気が満ちていた。
9月になり練習後、道場に新鮮な風が吹き込む。新しく修道館クラブの門を叩いた、マントヒヒ女の加入だ。
「大阪市役所から移籍してきました、マントヒヒ女です。宜しくお願いします!」
道着の帯を締め直した彼女に、最年長のゴリラ女をはじめ、修道館の面々が早速興味津々で経歴を聞きに集まってきた。
「高校はどこの出身なん?」
ゴリラ女が尋ねると、マントヒヒ女は少し緊張した面持ちで話し始めた。
「最初は、地元の上宮高校に進学したんです。でも、柔道部の厳しさとか学校生活にどうしても馴染めなくて……1年の夏に中退してしまいました」
その言葉に、ゴリラ女はまず「上宮」という名前にピクッと反応した。
「お、上宮入ったんや! あそこは男子のイメージ強いけど柔道の名門やん。最初から本気で高いレベル目指して突っ込んでいったんやな」
しかし、1年夏での中退と聞き、周りのメンバーは少し驚く。だが、幾多もの修羅場を潜り抜けてきたゴリラ女の器は大きい。「強豪校の環境が合う・合わないは人それぞれやからな」と、驚きを優しさに変えて深く受け止めた。
更にマントヒヒ女が言葉を続ける。
「その後、通信制高校に転校して、そこでも柔道は細々と続けました。卒業後は大阪経済大学経済学部経済学科に進学して、大学では4年間きっちり辞めずに柔道をやり切りました! 卒業後は大阪市役所で一般職をしながら柔道部で活動してたんですけど、もっと高いレベルでやりたくて、修道館へ来ました」
その後の経歴を聞く内に、ゴリラ女の目の色が変わった。印象は良くなるどころか、寧ろリスペクトに変わっていく。
通信に変わっても畳から離れず、大経大でも4年間全うし、社会人になっても市役所で投げ続けた。
「なるほどな……。途中で色々あったのに、結局柔道は辞めんかったんやな。あんた、それ凄いことやで」
長く競技を続けることの本当のしんどさを知っているゴリラ女だからこそ、その「継続の価値」を誰よりも高く評価した。
更に話していく内に、驚きの共通点が発覚する。マントヒヒ女もゴリラ女と同じ大阪市天王寺区の出身で、今もそこに住んでいるというのだ。
「えっ、あんたも天王寺なんか! どこの中学校やったん?」
ゴリラ女が身を乗り出す。
「悲田院なので、天王寺中学校です! ゴリラ女さんはどこなんですか?」
「うちは舟橋やから、高津中学校やな! めっちゃ近所やんけ!」
「悲田院」や「舟橋」という、天王寺区民にしか伝わらない超ピンポイントな地名が出た瞬間、2人の距離は一気に縮まった。
「あの辺、昔よくチャリで通ったわ!」「あそこの交差点の店、まだあります?」と、練習前の道場は一気にローカルな地元トークで大盛り上がり。学校は違えど、同じ街の空気を吸ってきた者同士、一瞬で心が通じ合った。
しかし、練習のブザーが鳴ればゴリラ女は最高の先輩であり、容赦ない実力者に戻る。
乱取りが始まると、ゴリラ女はマントヒヒ女を指名し、ガッチリと組み合った。市役所で揉まれてきただけあって、マントヒヒ女の組み手は力強い。ゴリラ女は彼女の力を真っ向から受け止め、一切の手抜きなしで畳に転がしていく。
バチバチの乱取りが終わり、息を切らすマントヒヒ女の道着の襟を正してやりながら、ゴリラ女は具体的なアドバイスを送った。
「今の最後の場面、もうちょっとだけ腰落とした方がええな。重心が高いから、私の大内刈りの餌食になるんや。……でも、その前の立ち技から寝技への切り替え、めちゃくちゃ速かったで。市役所でもいい練習積んできた証拠やな」
「ありがとうございます!」とマントヒヒ女が嬉しそうに汗を拭う。
ふと、マントヒヒ女がぽつりと本音を漏らした。
「私……上宮を中退した時、一回は本気で柔道辞めようと思ったんです。周りからも色々言われましたし……」
苦しかった10代の記憶。長々と説教する指導者ならここで人生論を語るところだが、ゴリラ女の返しはシンプルで、一番温かかった。
「ま、色々あったんやろ。でもな、あんたは今、こうして修道館の畳の上で柔道続けてるやん。それが全てや。それで十分や。過去がどうあれ、今強い奴が一番カッコええんよ」
その一言に、マントヒヒ女の瞳がじんわりと潤む。
ゴリラ女は、マントヒヒ女の肩にガシッと腕を回し、ニヤリと笑った。
「なぁ、うちら修道館クラブの団体戦メンバー、今は丁度5人おんねん。ここに、市役所の実力を持ったあんたが6番目のリザーブメンバーとして入ってくれたら、チームの層が厚くなる。どうや、うちらと一緒に団体戦で天下獲りに行かへんか?」
「えっ……! 私が、実業団王者の修道館のメンバーにですか!?」
「当たり前やん。大阪市役所の看板から、今度は修道館の看板へ。また一緒に熱い団体戦戦える仲間が増えて、私はめちゃくちゃ嬉しいわ。お前ら! 歓迎会はいつもの鶴橋の焼肉屋でええな!?」
ゴリラ女の呼びかけに、キングコング女たちが「おっしゃ、肉や!」と大歓声で応じる。
市役所で孤独に努力を続けてきたマントヒヒ女というピースが加わり、修道館クラブは更に強固なチームへと進化を遂げた。秋の佐賀、そしてこれからの団体戦に向けて、ゴリラ女の胸には最高の頼もしさが満ち溢れていた。