浪速のボスゴリラ   作:五十嵐 響

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突然の悲劇

2024年は実業団体優勝、そして佐賀国スポ優勝と、正に飛ぶ鳥を落とす勢いで絶好調、非常に充実した1年間を駆け抜けた。

大晦日には従姉妹のボノボ女の家で格闘技観戦に沸き、柔道へのモチベーションは最高潮に達していたゴリラ女。「よし、2025年、35歳になる今年も皇后盃に向けてまた死ぬ気で頑張ろう」。そう意気込んで迎えた、1月4日と5日の修道館・伝統の寒稽古。

 

まだ正月気分の残る朝早く、冷え切った道場。

ゴリラ女はいつも以上に準備運動を念入りに行っていたが、ふと「……今日は身体が少し重いな」と感じていた。それでも、仕事始めの気合いが勝り、そのまま稽古へと入る。

乱取りが始まり、いつものように力強く組み合う。その中で激しい技の攻防があり、不自然な体勢になった瞬間だった。

「ブチッ」

左膝の奥で、嫌な感覚が響いた。すぐに動こうとしても、思うように力が力が入らない。

 

ゴリラ女が怪訝な顔で畳にドサリと座り込むと、ただ事ではない空気を察した仲間達が一斉に駆け寄ってきた。

「大丈夫!?」

「無理せんで、ゴリラ女さん!」

本人は平気を装って、「ちょっとやっただけや、すぐ動ける」と言い張るが、その額からは大粒の汗が流れ、表情からは隠しきれない痛みが伝わってくる。

すぐに病院へ向かい、精密検査を受けた。白い部屋で医師から告げられた結果は、無情なものだった。

 

──左膝前十字靭帯損傷。全治半年。

「半年……」

医師の説明を聞きながら、暫く言葉が出なかった。頭の中では、今年前半の皇后盃予選、本戦、そして思い描いていた練習計画が一気に瓦解していく映像がぐるぐると浮かび、猛烈な悔しさが襲いかかる。

 

重い足取りで天王寺の自宅へ帰り、母に伝えると、母は驚きながらも静かに言った。

「まずはちゃんと治し。あんたの身体なんやから」

姉妹も、「焦ったらあかん」「また絶対に戻れるから」と、それぞれの競技経験を踏まえて温かく励ましてくれた。それが救いだった。

数週間後、ゴリラ女は松葉杖をついて修道館へ顔を出した。しかし、居場所は畳の上ではなく、道場の端。

「早く戻りたい……」

皆が熱気の中で乱取りをしている姿を見ながら、その気持ちは強くなるばかりだった。それでも大学院で学んだ知識があるからこそ無理はせず、畳の外から後輩達の動きを見て「そこ、脇が甘いぞ!」「今の崩しはええ!」とアドバイスを送るなど、自分に出来る形でチームに関わり続けた。

最初の数週間は、やはり気持ちの切り替えが難しかった。

朝起きると「あぁ、今日は道場行けへんな」と思い、夕方になると「今頃みんな乱取りしてる時間か……」と、時計を見る度に道場のことを考えてしまう。YouTubeで試合映像を見ても、焦燥感が募るばかりだった。しかし、本格的なリハビリが始まると「今出来ることをやるしかない」と、アスリートとしての強靭なメンタルで少しずつ前向きになっていった。

 

怪我から少し経ったある週末。ゴリラ女は久々に大学院の同級生と同窓会することになり宗右衛門町の居酒屋に集まった。大阪体育大学の大学院を修了して以来、3年ぶりに集まる同級生達6人との同窓会だ。

「久しぶり!」「全然変わってへんなぁ!」

乾杯と共に、懐かしい顔ぶれが一気に弾けた。

企業でスポーツ用品の研究開発に携わる者、大手のスポーツメーカー勤務、教育関係の道に進んだ者、そしてプロのトレーナーとして活躍する者。博士課程へ進んだ1人は「毎日論文ばっかり書いてて目がチカチカするわ」と笑っている。

当然、話題は現役を続けるゴリラ女の柔道のことへ。

「ゴリラ女さん、柔道どうなんですか?」

「おう。去年はな、実業団と国スポで優勝したで」

その言葉に、個室中が「凄いやん!」「流石UFC帰り!」と大歓声と祝福に包まれた。しかし、ゴリラ女は苦笑いを浮かべながら続けた。

「……でもな、今年の新年早々の寒稽古でブチッとやってしもて。今、半年の怪我でリハビリ中やねん」

全員が「えっ……」と驚き、静かになる。トレーナーの同級生が「靭帯か。焦ったら駄目ですよ?」と真剣な顔で心配してくれた。

仕事の話や研究の話、それぞれの近況を聞いているうちに、ゴリラ女の胸の中に新しい感情が芽生えていた。

(みんな、それぞれの人生をしっかり歩いてるな……)

そして、自然と一つの現実が頭を過る。

(自分も、ずっと選手で居られるわけじゃない)

それは「今すぐ引退しよう」という後ろ向きな結論ではなかった。寧ろ、これまで様々な環境の変化を乗り越えてきた彼女だからこそ、「競技人生にはいつか終わりがある。終わった後、自分がどうやって柔道に関わっていくかも、ちゃんと考えておかなあかんな」と、少し先の将来を冷静に意識するきっかけになったのだ。

 

怪我で試合に出られないこの期間は、競技以外の形で柔道を見つめ直す絶好の機会でもあった。

ゴリラ女は、この時間を使って昇段試験に向けた知識や「形」の確認を進め、更に審判資格を生かして地域の大会で審判を務めることも考え始めていた。

実際、畳の外から試合を見つめ、あるいは審判の目線に立つと、現役選手の時には見えなかった「試合運びの綾」や「指導が与えられる絶妙なタイミング」といった新しい視点が増える。

「この経験も、復帰した時に絶対に活きるわ」

それは、ただの怪我人ではなく、一人の柔道家としての確かな成長だった。

同窓会の帰り道。冷たい夜風が吹く難波の街を、少し足を引きずりながら歩く。

仕事、研究、競技──それぞれ違う道を全力で歩む仲間たちの姿を思い返していた。

胸の中にあるのは、二つの熱い気持ち。

「まだ35歳になる年や。選手として、畳の上で絶対にやり切りたい」という現役としての強い執念。

そして、「いつかは指導や審判という立場で、修道館や大阪の柔道を支える日が来るんやろうな」という未来への覚悟。

その両方をしっかりと抱きしめながら、ゴリラ女は天王寺の家へと続く道を、力強く踏み締めて帰っていった。この挫折は、彼女を更に大きく育てるための必要な季節だった。

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