大阪府予選をベスト8で終えたゴリラ女の自己評価は冷徹だった。
「久々の試合としては悪くない。でも、もうちょっと動けたな」
和歌山で開催される『第36回近畿女子柔道選手権大会』までの約3週間。練習のテーマは無闇な追い込みではなく、実戦で露呈した課題の緻密な修正だった。
無差別級で勝ち上がるため、大柄な相手との組み手、圧力を受けた時の足の運び、投げから得意の固技への移行を徹底的に研ぎ澄ます。
「倒したら絶対に寝技まで行く」
5位以内=皇后盃出場という明確な目標を見据え、修道館での稽古にも一段と熱が籠る。
但し、35歳で大怪我を乗り越えた身体だ。「今日やり過ぎて明日動けない」ではなく「明日もちゃんと稽古出来る強度で終わる」という大人の自己管理を徹頭徹尾貫いた。
遠征前日だからといって特別なことはしない。道場で軽めに汗を流すと、すんなりと稽古を切り上げた。
帰宅後、リビングで寛いでいると家族から声がかかる。
「明日、和歌山やな」
「そう。ビッグウエーブ」
「朝早いん?」
「まあまあ。JRで行く」
「明日、皇后盃がかかった試合なんやろ?」と心配そうに見つめる母や姉妹を余所に、本人は至って落ち着いたものだ。バッグに道着、水筒、テーピングを整然と詰め、寝る前に組み合わせ表を開く。
(この山か……)
数秒見つめるとスマホを伏せ、明日のために静かに目を閉じた。
3月1日朝。鶴橋から天王寺へ移動し、特急くろしおに乗り込んで和歌山へ。
和歌山駅からバスに揺られ、初めて足を踏み入れた「和歌山ビッグウエーブ」。
広々とした会場を見渡し、思わず心の中で呟く。
(広っ……)
普段の講道館大阪とは違う圧倒的な開放感。だが、彼女が気にするのは施設の広さではない。畳の上に上がり、足の裏で感触を確かめる。
(試合場ここか。畳ええ感じやな。滑り具合も……よし、大丈夫)
1回戦。一度大阪予選を挟んでいるため、身体の硬さは微塵もない。「あ、これや」という実戦感覚が瞬時に手元に戻ってくる。無理に投げを狙わず、組み手で崩して一気に畳へ引きずり込み、得意の寝技で危なげなく先制勝利を収めた。
2回戦。近畿の強豪が相手となり、場内の圧力が上がる。重量級同士の対決では組み手の先手争いが命取りになる。先に持つという強い意識で圧力をかけ、相手がバランスを崩した瞬間を逃さず抑え込みへ。そのまま一本勝ち。
(あと2つ……)
頭の中で静かに勝星を数えた。
準々決勝。ここが最大の山場。勝てばベスト4となり、その時点で5位以内=皇后盃への出場権が確定する。
かつてのように力むことはない。
(いつも通り——)
心の中でそう呟いて畳に上がった。
組み合った瞬間から重量級らしい凄まじい力と力のぶつかり合い。ゴリラ女は相手の揺さぶりをどっしりと受け止めると、足技から一気に体勢を崩し、怒涛の勢いで寝技へ移行。ガッチリと抑え込み、主審の「一本!」の声が響き渡った。
勝利。ベスト4進出。皇后盃確定。
畳を降りた瞬間、胸の奥から熱い塊が込み上げた。
「よっしゃ!」
大騒ぎはしない。だが、「行けたな」という分厚い手応えが指先に残っていた。
続く準決勝。皇后盃行きを決めた後も、彼女の目指すものは優勝ただ一つだった。
しかし、近畿トップクラスの相手も百戦錬磨。序盤から激しい組み手争いが続き、ゴリラ女も寝技に持ち込もうと攻め立てるが、相手に先手を取られ受ける展開が増えていく。
最後まで泥臭く技を仕掛け続けたものの、タイムアップ。準決勝敗退。結果はベスト4となった。
「くそ、あと一つやったのにな……」
悔しさは当然あった。だが、畳を降りて呼吸を整える内に、深い感慨が胸を満たしていった。
2025年1月の絶望的な大怪我、半年に及ぶリハビリ、審判やコーチとして畳の外から柔道を見つめた日々。そこから35歳で復帰し、遂に皇后盃の切符を掴み取る場所まで戻ってきたのだ。
(まあ……ここまで戻ってこれたか)
夜、大阪の実家に帰宅すると、リビングに集まっていた四姉妹が一斉に振り返った。
「おかえり! どうやった?」
「ベスト4」
「えっ、皇后盃出るん!?」
猿女が「凄いやん!」と声を張り上げても、ゴリラ女は「まあ、次は皇后盃やな」といつもの調子。
すかさずチンパンジー女が鋭く尋ねる。
「準決勝どうやったん?」
「ちょっと相手に先に入られたな。そこは修正せなあかんわ」
オランウータン女が笑顔で添える。
「でも皇后盃出られるんやろ? すごいなぁ」
「せやから、それは良かったわ」
家族の温かい空気の中で、ゴリラ女は大きく息をした。
「あー……とりあえず今日は疲れたわ」
そう言ってソファーに深く身体を沈めた瞬間、漸く緊張の糸が解けた。
2025年1月の怪我から始まった長い充電期間を経て、35歳で再び全国最高峰の舞台へ——。
和歌山でのベスト4は、ゴリラ女が柔道家として再び世界を相手に暴れ回るための、完璧な完全復活の証となった。