4月の皇后盃を終え、ゴリラ女の視線は次なる戦いへと向けられていた。
5月に兵庫県・尼崎市記念公園総合体育館で開催される第64回西日本実業柔道団体対抗大会。今回は3人制の女子団体戦。メンバーは先鋒・マントヒヒ女、中堅・キングコング女、そして大将・ゴリラ女という修道館クラブの精鋭トリオだ。
出がけの自宅、母との何気ない会話にも個人戦との違いが表れていた。
「今度は団体戦なん?」
「うん。実業団の団体」
「個人とは違うん?」
「全然違う。自分が負けても次の人がおるし、逆に自分が勝ってチームの流れ作らなあかん」
個人戦なら勝敗は全て自分一人の責任だが、団体戦は「自分の一戦がチームの命運を握る」。柔道家として、そして元総合格闘家として、試合全体の流れを読む目を持つ彼女だからこそ、心地よい緊張感が胸を満たしていた。
会場の尼崎市記念公園総合体育館に到着するとゴリラ女はスッと戦闘モードへ入った。余計な喋りはせず黙々と身体を解す。
修道館の仲間達と短い言葉を交わす。
「今日誰と当たりそう?」
「初戦どこ?」
「次の相手、あの人やろ?」
大柄で圧倒的な存在感を放つゴリラ女は大将席にどっしりと鎮座する。相手チームから見ればこれ以上ない圧迫感だが、本人は強そうに見せることなど気にも留めず、大将として自分の仕事をすることだけに集中していた。
1回戦。マントヒヒ女は持ち前の勢いと粘り強い組み手で相手を翻弄。技ありを奪って先制の一本勝ち。中堅のキングコング女はツインタワーの威圧感そのままに、豪快な払腰で秒殺の一本勝ち。大将のゴリラ女は既にチーム勝利が決まった場面だが、一切手を抜かない。相手の焦りを誘い、ガッチリと抑え込んで一本勝ち。結果は3-0で快勝した。
2回戦。マントヒヒ女は相手の猛攻に耐えるも、一瞬の隙を突かれて指導4つの反則負け。キングコング女はチームの危機に集中力が爆発。相手を場際で捉え、圧巻の大外刈りで起死回生の一本勝ち。 1-1のタイに持ち込む。ゴリラ女は勝った方が決勝進出の大一番。個人戦ならリスクを冒して投げに行く場面でも、団体戦の彼女は堅実。無理に大技を狙わず、組んで相手の攻撃を徹底的に潰す。相手が疲弊した後半、一瞬の崩しから畳へ引きずり込み、腕挫十字固で一本勝ち。2-1で劇的な逆転勝利して決勝進出した。
決勝はマントヒヒ女は全国レベルの相手に果敢に挑むも、相手の技ありを奪われ優勢負け。キングコング女は後がない状況で果敢に攻め立てるが、相手の鉄壁のガードを崩しきれず引き分け(引き分けは相手にポイントが入るため、実質厳しい展開。ゴリラ女は0-1で回って来た大将戦。引き分けならチームの敗北が確定する。自分が取るしかない場面。ゴリラ女は鬼の形相で前に出続けた。相手は大将としての引き分け狙いで徹底的に防衛姿勢を取る。ゴリラ女は足技で揺さぶり、相手に指導を3つまで追いやる。残り時間僅か、意地で畳に叩きつけて技ありを獲得。そのまま抑え込んで逆転の一本勝ちを収めた。
しかし——チーム成績は1勝1敗1引き分け。取得ポイント差により僅かに及ばず、修道館は準優勝となった。
自分が勝ったもののチームが敗れた瞬間、ゴリラ女に笑みは一切なかった。「自分は勝ったからええわ」とは絶対にならない。チームが負けたら一緒だからだ。
悔しさを胸に秘めたまま3人で互いの健闘を称え合い尼崎を後にした。
帰宅後、夕食のテーブルで母親が尋ねる。
「今日どうやったん?」
「団体は終わった」
「勝った?」
「まあ、頑張った」
横から猿女が身を乗り出す。
「自分は?」
「勝った」
チンパンジー女が笑う。
「じゃあ良かったやん」
「チームとしてはな……」
言葉を濁すゴリラ女に、格闘技好きのチンパンジー女が頷く。
「団体戦って、自分勝ってもチーム負けることあるから嫌やな」
「それが団体戦や」
ポツリと返したゴリラ女だったが、お茶を飲み干すと、ふっと表情を和らげて付け加えた。
「でも……やっぱ団体はおもろいで。個人とは全然違うわ」
修道館の仲間と肩を並べ、一つの勝利に向かって泥臭く繋いだバトン。皇后盃という個人の頂を目指した戦いとはまた違う、仲間と戦う喜びを実感した尼崎の熱い一日となった。