「最強の一撃を放つ代わりに即死する俺」と「蘇生の権能しか使えない聖女」 作:日常系ファンタジー
人にはきっと『役割』というものがあるんだと思う。
それは生まれながらに決まっていて、どれだけ藻掻いて苦しんで脱出を計っても、運命という強制力が努力のすべてを嘲笑いながら舞台を用意するのだ。
そして俺の役割は、俺という『個』を犠牲にして国民という『集』を救済すること。
「厄災が来る」
砦の上で王様がそう言って天を揺蕩う龍を指差した。
その体躯はあまりに巨大で、島が浮き上がったかのように超大だ。
この世界には人類には打ち勝てぬ厄災がいくつも存在する。
魔王、神、世界樹、使徒、隕石……そして王都へ迫る
このままあれが進行すれば王都は滅びる。
そうなればこの国は終わりだ。
ゆえに、王は俺を使う。
子供のころ、俺は魔術結社に誘拐された。
幾度の実験の末、俺の心臓にはとある術式が刻まれた。
それはあらゆるものを滅ぼす術式。
代償として俺自身の命を使う術式。
王は俺に命じる。
「――ここで死ね。アーデル」
魔術結社から俺を救ってくれたのはこの国の騎士団だ。
感謝してないわけじゃない。
でもさ、魔術結社が子供を誘拐できるような統治をしたのもあんただろ?
なんて。一市民が王様に逆らえるわけもない。
「わかりました」
俺は自分の心臓に刻まれた術式を起動する。
初めてやるにも関わらず、まるで生まれた時から知っていたかのように術式はスムーズに実行されていく。
俺の身体が変異を始める。
筋肉が、骨が、皮が蠢き、俺の身体組織を造り変えていく。
俺の身体がより高位の存在へと……その一撃を放つためだけの存在へと、
魔術結社【グレスロア】代表『ローベルト・グレス・アイトルフォ』いわく――
――【天使】への昇華。
蠢く肉が膨張し、肥大化し……俺の身体は巨大化していく。
泥のような翼、赤黒い光輪、天使と呼ぶにはあまりにも汚れている。
本当にこれが天使だというのなら、それを造った神様はきっとゲテモノ好きだったのだろう。
そんな天使と呼ぶより悪魔と形容した方が正しい姿で、俺は大きく息を救い込む。
――漆黒が口元に集束する。
代わりに、心臓が棘付きの鎖で縛られたかのように痛む。
だが、この姿になった以上俺に選択肢はない。
どうせ死が確定しているのなら、人を救った英雄として死んだ方が幾らかマシだ。
――【
術式が完成する。
吸い込み口へ溜めた魔力の塊を濃い闇のような一条の光線に変えて撃ち放つ。
黒い閃光のブレスが島ほどの大きさの龍を貫く。
顔から入り、背と腹を裂き、尾を千切る。
抵抗と呼べるものはない。
白目を剥いた龍は原理不明の飛行を中断し、落下する。
即死だ。
そして、それは俺も同じ。
肉体が逆再生のように変貌し、人間の姿に戻っていく。
衣服は破け、裸体の俺は王都の近くの森林の中に落下した。
「はァ――」
息が吸えない。
心臓があったはずの場所が熱い。
とめどなく、口や目や鼻から血が溢れている。
――痛い。苦しい。辛い。嫌だ。気持ち悪い。
赤く滲んた空を眺めながら、俺は思う。
王様の信頼も、国民の幸福も、尊敬も、承認も……
――それは全部、俺の死を願う声だ。
そんなもの要らない。
こんなことしなきゃよかった。
「生きたい」
俺は死んだ。
◆
人にはきっと『役割』というものがあるんだと思う。
それは生まれながらに決まっていて、どれだけ藻掻いて苦しんで脱出を計っても、運命という強制力が努力のすべてを嘲笑いながら舞台を用意するのだ。
――だったら生まれ直せば、運命を覆えすことができるだろうか?
「おはようございます」
眩い太陽。青い空。土の匂い。
そして、美少女の笑顔。
「なんか、人生最高の目覚めって感じだ」
「……ふふ、面白い方ですね」
白い法衣を纏った彼女は、長めの黒いウルフカットを撫でながら微笑んだ。
でもどういうことだ?
俺はたしかに死んだはずだ。
多分、その答えは彼女が知っている。
「あのさ、俺って多分この国を救って死んだはずなんだけど、ここって天国ってわけじゃないよね?」
「そうですね。ここは天の国とはまるで違う、ただの地表です。私があなたを生き返らせました。衣服はこちらに」
まるで、落とし物を拾ってあげましたよ、みたいなテンションで彼女は俺にそう言った。
意味がわからない。
その疑問が俺の表情から伝わったのか、彼女はやはり微笑みながら続ける。
「私は聖女シア。死者を蘇生する権能を使用でき、貴族の方々からは【至宝】と呼ばれています」
「死者の復活? そんな魔術聞いたことない」
「私は力の特異性から存在を秘匿されていますので。私が蘇生するのはこの国で重要な役割を熟す貴族や将軍、それに王族や英雄の方のみです」
英雄……
俺を使い捨てにしたあの王様も、俺のことをそんな風に思ってくれたってことなんだろうか。
用意された服に着替え、俺は改めて彼女を向き直る。
「あ、礼がまだだった。生き返らせてくれてありがとう」
「いえ、これも務めですので」
「務めか……」
「どうかされましたか?」
「いや、俺も務めみたいなモンだと思って。王様から命令されて死んだんだから」
あの氷のような声を憶えている。
それは国を守るための冷酷さなのかもしれない。
それは民を護るための優しさの裏返しなのかもしれない。
でも、俺には関係ないことだ。
「お辛かったですね」
「なにがわかる?」
「私は蘇生する時にその方の最後の感覚を共有します。心臓がなくなった喪失感。英雄という免罪符で告げられる死刑宣告。味方は誰もいないという恐怖。私はそれを垣間見ました……」
俺の気持ちを……そうか……
「王様が俺を生き返したってことはさ、きっとまたこの国に危機が迫った時に俺はまた同じ命令をされるってことなんだろう。その時を考えると手が震えるよ」
なんで俺はそんなことを彼女に話しているのだろうか。
わからない。
でも、誰かに聞いて欲しかった。
「お疲れさまでした」
そう言って、彼女は俺の手を握った。
「……優しいんだな」
「いえ、自分のためです」
「自分のため?」
「きっとまたあなたを蘇生する時が来るでしょう。その時私という希望を知っていれば、死の間際の恐怖や絶望は多少なりとも軽減されるかと思います。そうすれば、私が蘇生する時に受け取る感情も多少はマシになるかと思いまして」
死の間際の感情や痛みなんて何度も感じたいわけもない。
相手を安心させ、自分の心を護る。
そのためにあんたは笑っているのか。
「今まで何人蘇生してきた?」
「千を超えてからは数えるのを止めました」
千……それだけの数の死の直前の感情をあんたは見てきたのか……
「あのさ、一緒に逃げない?」
「…………聞かなかったことにいたします」
「なんで? 俺は本気だ」
一回死んだからだろうか。
なんか色々と吹っ切れた気がする。
王様に死ねと命じられた時も、舌を噛み切って自死してやればよかった。
そうしたらこの国は滅んでたんだ。もっと頼み方とか感謝の仕方ってものがあるだろ。
俺は英雄じゃないし、俺の生き死にを勝手に決める王様を俺は認めない。
「この場に兵士がいないのは私の秘術を視ることを禁じられているからで、森林は完全に包囲されています。逃げるなど不可能です」
「そっか、それは困った」
逃げられないか……
となると手立ては一つしか思いつかない。
「じゃあ、一緒に王様脅さない?」
「…………は?」
「俺の最後の気持ちを見たんならわかるだろ? 俺はもう誰かのために自分を犠牲にするとか嫌なんだ」
それが俺の全部だ。
五歳の時に魔術結社に誘拐され、助けられたのはつい二カ月前。俺はまだ十七歳だ。
誰かのためにとか、そんな風に思えるわけもない。
さっきの英雄譚は助けてもらった感謝と空気に飲まれただけだ。
俺の本心はどうしようもなく、自分を幸せにしたいと願ってる。
「あんたはどうなんだ? 他人の死の間際の恨みや怒りや恐怖や絶望を感じ続けるのは嫌なんじゃないのか?」
「そんな……そんなの…………【嫌に決まってるじゃないですか】」
彼女がずっと浮かべていた女神のような笑顔が消え失せる。
瞳が黒さをいっそう増す。瞳孔が開いていた。
「気持ち悪くてたまらない。毎回毎回反吐が出そうなんです。あんな体験をするならゴブリンに犯された方がまだマシ。自分の中がほじくり返されているみたいな本当に汚らわしい感情が、自分の意志に関係なく私の中に入って来るの」
化粧が全部落ちたんじゃないかと疑うほどに、彼女の表情や温度はさっきまでとはまるで違った。
恨みを、憎しみを、不快感の一切を隠すこともせず、彼女は静かに叫ぶ。
「気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!」
自身を抱き締めながら、黒い瞳は過去のどうしようもなく耐えられないなにかを見ている。
「だったらやっぱり俺と組まないか? 俺の力とあんたの力があれば王様にだって逆らえる」
「……本当に?」
「さぁ、もし失敗したらどんな地獄を見るかもわからない。それでも良ければ」
「地獄……ははっ、この生活以上の地獄なんてありませんよ」
俺は彼女に握られた手を握り返す。
「それじゃあよろしくシア、俺はアーデルだ」
「わかりました。協力しましょう。よろしくお願いします、アーデル」
◆
「あのさー、いいのかー? やっちゃうぞー? ヘブン・ロアっちゃうぞー? 王都滅ぶぞー? 粉微塵に吹き飛んじゃうよー? さっさと王様を連れて来いって」
俺とシアが手を繋ぎながら森を歩いていると、すぐに兵士の姿が見えてきた。
だから俺はその兵士に言った。
「俺の言うことを聞かないんだったら、王都に向けてさっきの一撃を放つ」
ってね。
そうすれば兵士は俺たち武器を向けたけれど、少し偉そうな人が出て来て彼らを制した。
理解しているのだろう。
あの一撃を止めることは不可能だ。
たとえ首を刎ねられようが、天使に変身する段階で俺はその損傷すべてを再生させてしまう。
そして天使となった俺があの一撃を撃つのを止めるのは、この国の全軍事力を投入したとしてもきっと不可能だ。
俺は一度死んでいる。
俺が死ななければ使えないあの魔術を使える精神性を持っていることを、彼らは自分の目で見て知っている。
それに聖女も俺に付いている。
彼らに俺の交渉を断ることは不可能だ。
俺が命を賭して国を救ったから善人だとでも思ったのだろう。
聖女の力の秘匿を順守して俺の元へ一人で行かせたお前たちの失敗だ。
「ほーら、さっさとしろよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
将軍っぽい一際豪勢な鎧を着た女騎士が前に出てきた。
「誰?」
「リュアス王国第一騎士団団長、マナリア・ミコトだ」
「自己紹介ができるくらい真面なヤツが出て来てくれて嬉しいよ。俺はアーデルだ」
「理解している。貴様……貴殿の力もその隣の聖女様のお力も……」
「なるほどね。それで? 俺は王様を呼んだんだけど」
「今こちらに向かっておられる。私はその前に貴殿の要求を聞くために出てきた」
要求か……
よく考えてなかったけど、そうだな、考える必要もないことだ。
「俺とシアはもう王国のためには働かない。俺たちは自由を要求する。そもそもお願いがあるなら頭を下げて報酬を提示するべきだろ?」
そうだ。
お前たちは俺たちにお願いをしているのだ。
なにが「ここで死ね」だ。
「お願いの仕方も、適正な報酬も、そんなこともわからない雇用主ならこっちから願い下げだ」
「願い方? 報酬? そんなことのために命を懸けると言うのか?」
「はぁ? 俺が命を賭したからお前たちはまだ生きてるんだろ?」
騎士団長の後ろで縛った青い髪が揺れる。
冷や汗が浮かび、その視線は俺を怪物を見るかのような目で見ている。
「俺の本気はわかってくれたか?」
そう聞くのと同時に、一台の馬車が走って来て俺たちの前で止まった。
その扉が開き、中から白髪の上に冠を乗せた初老の男が現れる。
記憶に新しい。
俺に死を命じた人物その人だ。
「さっきぶり、王様」
「貴様、不敬であるぞ!」
王様と一緒に降りてきた文官がそう怒鳴るが、俺はその男を睨みつける。
「なぁ王様、そいつ今すぐ黙らせるか、国を滅ぼすか選んで」
「……黙っておれ」
「な、しかし……」
「黙れと言っている。三度は言わんぞ」
「はっ……申し訳ありません」
「その知能で文官が務まるとか……王様さ、ちょっとは人選考えた方がいいんじゃないのか?」
「本題へ入るがいい」
へぇ、割と落ち着いてるな。
「団長さん、さっき言ったことを教えてあげて」
「承知しました」
そう言ってマナリアは王様に耳打ちする。
すると王様は小さく頷いた。
「なるほど、自由と報酬か。聖女よ、貴公も同じか? それともそこの男に脅されているだけか?」
「私も自由を要求します。今後は私の力は私のために使います」
シアの言葉に王は頷く。
そして、バカにするように少し笑った。
「俺の力は見せた通りだ。王都を消滅させるなんて超簡単」
「ではやってみよ」
「……いいのか?」
「どうした? やれるのならばやってみよ。自爆の術式によって王都を滅ぼせ。だが貴公の蘇生は許さぬ。聖女が蘇生の秘術を使用するより早く、この騎士たちが聖女を拘束するであろう」
「だからできないと思ってるのか?」
「無意味な破壊だ。無意味な虐殺だ。そうとうに頭のネジが外れておらねば、そのようなことはできん」
そうか……なるほど……
うん。
「わかった。じゃあ全部ぶっ壊そう。そもそも俺が救ってやった命だ。俺の自己満足のために死んでもらっても1=1だよな?」
「……」
王様は何も言わず俺をジッと見ていた。
なに考えてるのか知らないけど、もういいよ。
交渉がうまくいかないなら本当に、もういい。
「【
「待て!」
「なに? あんたがやれって言ったんだろ?」
「余が間違っていた。貴公の要求を呑もう」
「へぇ、いいのか?」
「あぁ、貴公は間違いなく人間性が欠落している。自分の我儘で王都に住むすべての人間を巻き込んで自爆することができる。貴公はそのような愚かなことをできる人間だ」
「我儘とか愚かとか、あのさ、自分の立場ってヤツを理解してるのか?」
「あぁ、理解している。故に真摯に謝罪する。申し訳なかった」
そう言って王は俺たちに頭を下げた。
俺はその後頭部を睨みつけるように見下ろす。
でも、他のみんなは……騎士団長も他の騎士も、隣の
「まぁ、許してやるよ。じゃあ今回の件の報酬を要求していい?」
「聞こう」
「家が欲しい。王都の外れで、できるだけ静かなところ。それとお金、二、三年は暮らせるくらい。そして今後俺たちに仕事の依頼がある時はちゃんとあんた自身が来て頭を下げること。そして依頼に適した報酬を用意すること」
俺たちが完全な敵対者になれば、この王様も全力をあげて殺しに来るかもしれない。
寝ている時とか、トイレとかまで狙われるのはさすがに勘弁だ。
だから、報酬によって動かせる戦力であるということも認識してもらう必要がある。
「わかった。叶えよう」
「建設的な話し合いができてよかったよ。それじゃあその馬車で俺たちの家まで送ってくれ」
「……今すぐか?」
「当たり前じゃん。住むとこないし。早馬なら馬車の倍くらいの速度で行けるだろ。その間に俺たちの家を用意しておいて」
「マナリア、行け。急いで条件に合う家を用意しておけ」
「承知!」
騎士団長が急ぎ早に翔けていく。
なにか魔術を使っているらしく馬より速そうだ。
◆
それから馬車で王都に戻った俺たちは、騎士団長に案内された家に入った。
王や騎士も撤収し、三十部屋くらいありそうなその豪邸に俺とシアだけが残される。
「まさか本当に務めから解放されるとは思っていませんでした」
「話の流れでまた仕事を受けることになりそうな感じにしちゃったけど、断ってもいいから」
「いえ、ここまでしてもらったのですから私も少しは協力します」
「それと同居ってことになっちゃったけど大丈夫?」
「はい、問題ありませんよ」
今俺たちが距離を空けるのは危ない。
別れたところで変な魔術にかけられないとも限らない。
それに……
「正直、俺一人じゃ多分ここまではできなかったと思う」
「え?」
「王様相手にあれだけ要求できたのは俺みたいな境遇の人が他にもいるってわかったからだし、自信を持って発言できたのはあんたが傍にいてくれたお陰だよ」
自分のためだけの行動じゃなくて、俺とあんたのための行動だったから……俺は頑張れた。
「ごめん、あんたを言い訳にしてる……」
「……いいよ。その代わり私もあなたを言い訳に使うから」
少し雰囲気が変わった。
多分こっちが素なんだろう。
気持ち悪いと叫んでいた時と似た目をしてる。
「あぁ、そりゃ勿論」
「私、結構重い女だよ? 毎日死にたいし、タバコ吸わないとやってられないし、人から認められないと不安になるし……我儘だし……」
「あれだけ耐えてた人間が我儘って言われてもピンとこないけどな」
「……じゃあ、あなたが私を満足させてくれるの?」
「俺結構暇だから、やりたいことがあるなら一緒にやるよ」
ふふ、とシアは微笑む。
「じゃあ約束、一緒にいてね」
そうして、俺とシアの少し奇妙な共同生活は始まった。