「最強の一撃を放つ代わりに即死する俺」と「蘇生の権能しか使えない聖女」 作:日常系ファンタジー
シアが屋敷の三階の窓辺でタバコを吸いながら街の様子を眺めていた。
至宝と呼ばれる聖女である彼女を知る人間であれば、その壊滅的な光景を憂いているようにも見えるかもしれない。
けれど、彼女は復興のために人々がせわしなく動く様子を眺めながら呟く。
「蟻みたい」
先日、俺は
それが王都からそう離れていない場所へ落下すれば、その被害が震災となって王都へ降りかかるのは必然だった。
地震の多い地域ではない王都では耐震性の建物は多くなく、ほとんどの建造物が少なくないダメージを受け、多くの怪我人や死人を出したらしい。
この家は魔術を用いた耐震構造らしく無傷だけど、王都に住むほとんどの住民は現在復興作業中だ。
「ねぇ、俺もタバコ貰っていい?」
「身体に悪いからダメ」
「副流煙の方が身体に悪いらしいよ」
「だから窓辺で吸ってるじゃん」
「死んだら生き返してくれればいいじゃん」
「私の蘇生の権能は肉体を死ぬ少し前の状態に戻すだけだから、老衰や病気で死んだ人を生き返してもすぐにまた死ぬだけ」
死んだ人間を生き返すとは言ってもそこまで万能ってわけじゃないのか。
「でもシアとタバコミュニケーション取りたいんだけど」
「ねぇアーデル、死なないで。アーデルが死んだら私は生きていけないの」
シアは、夜が怖いと怯える少女のような表情を俺に向けて続ける。
「私は蘇生しかできない。この権能を得る時にそれ以外の魔術を使えなくなった」
自分には戦闘能力がないと暗に彼女は告げている。
「私一人じゃ私には自由はない……」
人を生き返すことができる力。
けれど戦う力は持っていない。
そんな存在がどう扱われてきたのか俺には少しだけわかる。
「俺さ、五歳から十七歳の誕生日まで魔術結社に誘拐されてたんだ」
俺は他人の不安の解消法なんて知らない。
だから適当な自分語りと不幸自慢で煙に巻いてしまおう。
「俺も同じ、誰かに利用されるだけの人生だった。使ったら即死する術式なんて持ってても使えるはずもない」
思い出すのは牢の中と手術台を行き来する生活だ。
「用意された
シアはジッと俺の顔色を伺う。
「でも、それが変わった。騎士団に助けられたからじゃない。魔術結社に飼われるのと王様に飼われるのに大差はない。俺が変わったのはシアに出会ったからだ」
俺は一度死んで生き返った。
俺の術式の威力はこの国のほとんどの人間が知ることになった。
俺自身も正直あそこまでの威力があるなんて思ってなかった。
でも自分の力を自覚した時には、俺の命はもうなかった。
「シアが俺を生き返してくれたから、俺は俺のしたいことを自覚できた。蟻みたいだよ。なんであんなのを護ろうとしたのか理解できない」
「……アーデルは人に認められなくても生きていけるんだね。強いね」
「シアは人に認められないと生きていけないのか?」
「そうだよ。私のはそういう力」
「そう。じゃあ俺が認めるよ。あ、もしかして俺一人じゃ足りない?」
そう言って笑いかけると、タバコが一本投げられた。
「あげる」
「身体に悪いんじゃないのか?」
「私より先に死ななきゃいいよ」
「シアって何歳なの?」
「二十歳」
「うお、三つも年上だ」
タバコってどうやって吸うんだろう。
見様見真似で口に咥えてみるとシアがマッチの火を差し出してくれた。
タバコの先端に火が付いたの見て吸い込んでみると……
「ゲホッゴホッ……! なにこれ……」
「もしかして初めて?」
「そうだよ。言ったじゃん、魔術結社に監禁されてたんだって」
「そっか、そうだよね。じゃあお姉さんが吸い方を教えてあげる」
何故か嬉しそうな顔になったシアは、俺の傍に寄って来てタバコの吸い方を教えてくれた。
◆
「今すぐに聖女を解放せよ!」
この家に住み始めて二日目。
玄関先でそんな大声を出す輩がやって来た。
輩の数は見る限り百人くらい。
全員がシアが出会った時に着ていたのと似た白い衣服に身を包んでいる。
その前には俺たちの家を護るようにこの前の騎士団が整列している。
「私が所属していたアルマトシア教団の人たちね……」
「教団って言っても王国の所属なんじゃないのか?」
「一応はそうだけど今代の教皇は特に発言権が強いんだよ。貴族や王族を相手にしてた時の体感的なものだけど、この国の権威は王様が五割、教皇が四割、残りの一割を貴族や商人が持ってるって感じよ」
ということは教皇っていうのはこの国で二番目に偉い人ってことか。
「今代だけ、ってことはもしかして……」
「私が教会に属しているから、王族や貴族や商人も教皇に借りがあるの」
やっぱりそういうことなんだ。
「あの集団の奥にいる人が教皇」
三階の窓からシアが指さした方向を見るとそこには他の人たちより派手な法衣を纏った初老の男がいる。
帽子をかぶっているけれど、多分ハゲてそうだ。
「それじゃあ行くか」
「出て行くの? 攻撃されるかもよ?」
「そうなったら全員巻き込んで一緒に死んでくれるか?」
「……ふっ」
小さく笑って――
「いいよ」
シアは頷いた。
「あのー、近所迷惑なんだけどー」
そう言いながら俺とシアは手を繋いで外に出る。
「先日振りですね、アーデルさま、それにシアさま」
すると、俺たちの家を護るように立つ騎士たちの中から、この前も会った騎士団長が姿を現す。
「えっとたしか……」
「マナリア・ミコトです」
「あー、そうだったそうだった。で、今どういう状況?」
「聖女を失った教皇が激昂し、殴り込んで来ています。ただしあなたが先日見せた最強の一撃を放った人間であるということはわかっているので、玄関先での抗議に留めているのかと」
抗議?
シアが自分の意志で決めたことに対して抗議?
「ははっ、何様だっての……」
「っ……あ、あの何卒穏便に……」
「それは相手次第だろ? 道、開けてくれる?」
眉間に皺を寄せた騎士団長様は、部下に道を開けるよう指示を出してくれた。
その間を俺とシアは歩いて行く。
数歩も歩けば、白い衣服を纏った教団の前に俺たちは出てこれた。
「聖女様! ご無事だったのですね!」
「よかった、こちらで教皇様がお待ちです!」
教団員が笑みを浮かべて、喜々の籠る声でシアに喋りかける。
それが、すごくイラつく。
シアの想いの丈を俺は聞いた。
こいつらはそれを『させていた側』の人間だ。
「道を開けろ。教皇にしか話はない」
「貴様、誘拐犯風情が教皇様と話などできると思っているのか!?」
「そうか? じゃあ全員纏めてここで死ぬか? 俺はいいぜ? お前が決めろよ」
名前も知らないその男を睨むと、男はすぐに視線を逸らす。
そのまま他の教団員に道を開けるように指示していた。
白い集団の中を通って進む。
どいつもこいつも俺たちに……シアに笑みを向けている。
拝む者までいる始末だ。
「ありがたや、ありがたや」
「聖女様、聖女様~」
「今日もお美しい!」
「ご健康そうでなによりです!」
拍手喝采とはまでいかないが、こいつらは心底シアを特別視しているのだろう。
シアが俺の手を握る力が強くなる。
「大丈夫か?」
「うん」
「いや、聞くことを間違えたな。俺たちごとになっちまうけどさ、全員殺してやろうか?」
俺は英雄じゃない。救世主や勇者でもない。
女の子が隣で弱っていても、助けたりとか、慰めたりとか、そんなことはできない。
「シアがいたから俺は今生きている。あんたが俺にもう一回をくれた。1=1だ。あんたが望むなら俺は力を使ってやる」
俺にできるのは全部壊すことくらいだ。
「ううん、本当にまだ大丈夫。でも教皇に会ってどうするつもり?」
「うーん、会ったこともない奴だからな。まぁ、どうにかするよ」
「そう。ごめんね。私の方がお姉さんなのに任せちゃって……」
「気にしなくていいよ」
そんな話をしていれば、列の最後尾、教皇の前まで俺たちは辿り着く。
「初めまして教皇様、俺はアーデル」
「聖女を返せ」
「……まず名乗れよ? 爺さんのクセに礼儀も知らないのか?」
教皇は魔物のような殺意の籠った瞳を俺に向ける。
それは、俺が誘拐されていた魔術結社の魔術師たちが
けど、そんな目は慣れっこだ。
大した感情も湧かない。
「貴様、誰に向かって口を利いて――」
それは、極々自然な動作だった。
だから、誰もそれを止められなかった。
だが、一体どれだけ繰り返せば、その行為が自然の動作となるまでに至るのだろう。
「――邪魔」
俺の半分も生きていなさそうな歳の少年が、教皇の後ろから歩いて来た。
歩いて来て、まるで道端の小石を蹴り飛ばすように、教皇の首を手に持った刀によって斬り落とした。
「え」
それが教皇の最後の言葉になった。
「いやー探すのに苦労したよ」
誰もがなにが起こったかわからなかった。
いや、きっと理解したくなかったのだ。
そんな感情が渦巻く静寂の中、その少年は友人に喋りかけているかのような呑気な声と表情を俺に向ける。
「人間が
そう語る少年が黒いマントを翻す。
いつの間にか、手に持っていたはずの刀は消失していた。
「僕は第六魔王ヴァララ・ザナート。『天召』の二つ名でも呼ばれているよ。さて、確認しておくけれど君が
「……いや、全然知らない」
「えっ? そうなの!? 無駄足じゃん!? ……なんてね、君だってことはもう調べてあるんだよ。だからここに来たわけだし」
魔王とか厄ネタの匂いしかしない。
というか魔王なら英雄や勇者みたいな相手を探せよ。
なんでよりにもよって俺のところなんかに来るんだよ?
「それで、興味が湧いたって具体的に俺になにして欲しいんだよ?」
「あぁ、それは……」
そこまで言おうとしたところで、その場にいた連中がやっと我に返ったらしい。
「教皇様!」
「何故このようなことに……!」
「聖女様! どうか聖女様の奇跡を!」
うるさ。
「ねぇアーデル、目の前で人が死んだのになんでそんなに冷静なの?」
耳を押さえる俺を見て、シアは疑問符を浮かべていた。
でも、なんでって言われてもな……
「見慣れてるから。魔術結社に監禁されてたのは俺だけじゃなかったけど、逆らって殺されたり実験の失敗で死ぬ人なんて沢山いたし」
俺の心臓に刻まれた術式の埋め込みも成功例は俺だけだった。
俺以外に実験を受けてたヤツらは全員死んだ。
「そうなんだ……」
そう言ってシアは黙った。
「はぁ……僕は騒々しいのは嫌いだ。早く本題に移らせてくれよ」
ヴァララが気だるそうにそう言い、胸の前で大きく手を叩いた。
その瞬間、天空に魔法陣が出現する。
だが問題は魔法陣の大きさだ。
王都全体を覆うほどの巨大すぎる魔法陣。
「なぁシア、あれってなにかわかるか?」
「わからないけど、魔法陣を伴う魔術は大抵の場合サイズと規模が比例する……」
なるほど、ヤバイってことか。
「僕の得意な魔術は【召喚】だ。陸龍を殺した英雄を……今一度君を試させてもらうよ。なに、そう身構える必要はない。君の相手はただの『石』だ。少し大きいかもしれないけどね」
ヴィララがウィンクすると魔法陣の中心から下向きに何かが現れる。
先端の尖ったそれは徐々に全貌を明らかにしていく。
それは巨大な岩石。だが、あまりにもだ……
「ひっ」
状況を理解したのだろうシアが小さく悲鳴のような声を漏らす。
けど、シアはよく我慢している方だ。
「なんだあれは……!!」
「終わりだ……」
「はははははははは」
「なんで、なんで、なんで……」」
「神様、教皇様……聖女様……どうか、どうか……!」
教団の奴らの狼狽えようは比較にならない。
教皇も死んで烏合の衆になったヤツらは落下してくる巨大な岩石を見て、一目散に逃げだしていく。
「召喚が完了して街に激突するまで大体十分ってところかな? さぁ英雄、この街がアレの下敷きになる前に君の力を見せてくれ」
英雄?
俺に言ってんのか?
馬鹿だろこいつ。
人類では打ち勝てぬ災厄……ほとんどの人間にとっては御伽噺の産物でしかない【魔王】が俺の力を見るためだけにやって来て、こんなことまで仕掛けて……
力の無駄遣いもいいところだ。
「アーデルさま!」
散っていく教団の連中を掻き分けて、マナリアが俺の前に出て来て膝を付いた。
「ご依頼があります!」
「ふざけるな。俺は王が来いと言ったはずだ」
「しかしこのような状況では王がこの場に来るより早く全員死んでしまいます」
「だからなんだ?」
「は……?」
本当に意味がわからないといったような表情で、マナリアは俺を見ていた。
だが、意味がわからないのは俺の方だ。
「俺がここで術式を起動すればお前は確実にシアを確保するだろう。そうなれば俺は復活できない。つまり、ここで術式を使おうが使うまいが俺は死ぬ」
「そんなことはいたしません」
「はっ、お前にそんな信用あるわけないだろ」
「あなたに善意はないのですか? 自分が死ぬことが確定しているのなら、より多くの人間の命を助けた方が……」
俺の目を見たマナリアはそこまで言って言葉を止める。
「俺はさ、痛くてもいいんだ。苦しくてもいいんだ。辛くてもいいんだ。そういうのにはもう慣れた。だけどおかしいと思うんだ」
……魔術結社から助け出されて、この王都を見て、俺は思った。
「俺だけが不幸で俺以外のヤツが幸せになるなんて許せない。俺だけが死ぬくらいなら全員死ねばいい」
瞳を歪め、心底苦しそうに、けれどどこか申し訳なさそうな表情を浮かべ、マナリアは俺になにも言い返さなかった。
「ははは、なるほどなるほど、君は英雄なんかじゃなかったみたいだね。君はどちらかというと
そう言ってヴァララは教皇の死体の横に座り込む。
見張っているぞ、ということなのだろう。
「悪いけどシア、俺を置いて逃げてくれ」
「……嫌。逃げたって少し前までと同じ人生が続いているだけ。逃げるくらいならここで死ぬ。だから、私のために力を使ったりはしないでね」
「……使わないよ」
「よかった」
そう言ってシアは俺の手を強く握った。
「そういうことだ騎士団長様。あんたも早く避難した方がいいんじゃないか?」
「……そうですね。各員、すぐに街の住民をできる限り多く退避させなさい!」
恨めしそうな目で俺を一瞥したマナリアは屋根伝いに移動し、その場から離れていく。
他の騎士の連中もマナリアの命令に従って散開していった。
その場には俺と聖女と魔王の三人だけが残された。
「なぁ、シア」
「なに、アーデル」
「まだ二日しか経ってないけどさ、俺との生活ってどう?」
「不安はあるけれど辛いことはないかな。前の生活を思えばずっとマシ」
「そっか。俺も結構楽しかった。家があって、金があって、好きな飯を食えて、良い布団で寝れて、美人なお姉さんが一緒にいてくれる」
「にゃ」
「マジで、最高の生活」
もうちょっと、もうちょっとだけ……
「あのさぁ魔王様」
「なんだい?」
「俺の術式は多分最強の一撃なんだ。あの大岩も、あんたも、きっと滅することができる」
「言うね。僕は魔王だよ?」
「だがそれを使うと俺は動けなくなる。だから賭けないか?」
「賭け?」
「俺が
「……まぁ、そういう捉え方もできなくはないかもね」
「だからもし、俺の一撃があんた自身が食らえば死ぬと判断できた時はさ……シアが権能を使うまでの間、シアを護って欲しい」
正直、メリットと言えるほどの条件じゃない気もするが、俺に出せるものなんていくら考えてもあの一撃しかない。
「はははっ、なるほどね。いいよ乗った。君の一撃がそれほどのものなら、僕はたしかに君の温情で生かされるわけだもんね」
自身を殺せると言った俺を、おもしろいものでも見るように魔王は腹を抱えて笑っていた。
さて、俺の術式は魔王を殺すに足るのか。
しかもその判定員が魔王自身ってのもかなり不利な話だ。
でも、なんとなくこの魔王は嘘を吐かないと思った。
あれだけの隔絶した力を持つ魔王だ。
人間ごときに嘘を要する必要なんてきっとない。
「シア、俺の賭けに乗ってくれるか?」
「乗らないよ。だからもし負けた時は、私も一緒に逝ってあげる」
「そっか……ありがとう」
正直、それが一番嬉しい。
天を見上げればその巨大な岩はすでに九割ほど召喚されている。
王都は完全に岩の影に隠れていた。
――【
俺の身体が空に浮き、変貌を始める。
シアから手を放すと同時に、俺の肉体は膨張を始めた。
二日振りの巨人の視点。
黒い天輪と羽が現れ、俺の姿を天魔へと変質させていく。
心臓に刻まれた術式が発熱を始め、握り潰されそうな圧力を発生させる。
「人間という枠を超えた高次生命体への昇華か。そんなことをして生きていられるはずがない。一体どこの誰がこんなバカな術式を組み上げたんだろうね……」
天使への昇華。
その術式内容を読み解いたらしい魔王の言葉が耳に入る。
「でも、たしかに……文字通り全霊を懸けたその一撃なら届き得る」
だが、もうそんな言葉に意味はない。
この術式を使ったからにはもう後戻りはできない。
大きく息を吸い込み、黒い光を蓄え、放ち――
空から落ちる大岩を砕き――
そして――
「当たるかどうかはさておいて、たしかに今のは僕をも殺せる一撃だった。賭けは君の勝ちだね」
俺は死んだ――
◆
王都上空に発生した巨大な岩が黒い閃光によって崩壊し、流星群となって王都全域とその周囲に飛び散る様を、私は見ていた。
かなり細かく砕かれた大岩は魔術師なら誰でも使える障壁術式で防御できる程度の
それが、これが……アーデルの力。
己の命を犠牲にした最終術式の威力。
その隔絶された一撃を撃ち放った漆黒の巨人は只人の姿へ戻り、落下してくる。
グチャリと地面に叩き付けられた
「私はこの結果を否定する……」
すぐに蘇生の権能を発動させるが、発動には長い詠唱が必要だ。
でも、アーデルの術式は派手すぎる。
遠くからでもその術式の実行が確認できるほどに。
だからすぐにやってくる。
騎士が。冒険者が。傭兵が。達人が。賢者が。英雄が。
王や教皇や貴族から命じられた兵隊が、続々と集まって来る。
だが、その前に魔王が立つ。
「約束通り、君が権能とやらを使うまで僕が護ろう」
私には理解の及ばぬ範疇だが、魔王がその場にいるだけで勇猛果敢にここまでやって来た彼らの動きは停止していた。
だから、私は
私の望みは笑みに溢れ、美しい魂を持つ
あぁ、エーリュシオンの女神よ
我らは情熱に陶酔し、その花園へ歩みを進める
あなたの聖域へ、この魔法が再び結ぶ
時の流れが拒もうとも、すべての人々は慈しみを憶え
あなたの柔らかな翼の中で親友となる
偉大な英傑よ、愛を知ったその先で
喜びの声を一つに束ねよう
そうだ、もしもあなたが孤独なのだとしても
私を、あなたを、世界を、友人を、愛せぬのなら
泣きながら、この交会から消え失せろ
すべては自然の乳より喜びを授かる
すべての善とすべての悪は、それでも人であるのなら、あなたの跡を追いかける
私は神の前に立つ
必ず、星々の上に神はいると知っているのだから
長い長い詠唱。しかし何千回と唱ってきたそれを今更間違えるはずもない。
「なるほど、君は神の代行者か……これだけの奇跡が人の身に二つも宿るとは、わからないものだね……」
最後の一節を私は刻む。
「【エーリシュシオン・デニアル】」
私の声に従い権能が起動する。
権能とは、物理法則も、輪廻転生も、この世のあらゆるものより優先される現象。
死者は蘇らない。
これはそんなくだらないルールを捻じ曲げる唯一の力。
――創造主の意志。
気持ちが流れ込んでくる。
死の間際のアーデルの気持ち。
自分の術式に対する不安。
不条理への怒り。
今の生活へ感じる幸福感。
私の権能に対する信頼。
私を残して逝くことへの申し訳なさ。
初めてだった。
初めて、人を生き返しても、恐怖の感情が流れてこなかった。
誰だって、生き返るとわかっていても、死の間際には恐怖を感じるものだ。
だが違うのだ。
痛みも、苦しみも、辛さも、死という現象すらも、彼にとっては日常的なものなのだ。
ずっと、いつ死ぬかもわからない場所で過ごして来た彼は、私の権能による蘇生を経験したことで、『死の恐怖』を完全に克服していた。
それは人が得て良い感覚なのか、私にはわからない。
だけど――
「おはようシア。良い朝だ」
「もう午後だよ。アーデル」
そう言って微笑む君を見て、私は思う。
あぁ、君だけだ。
君になら、私は蘇生の権能を何度でも使ってあげたい。