乗っ取り系魔物「クックックッ、俺に身体を貸せ……」魔法少女「貴方の力なんて借りない!」 作:タロスズ
立ち上がる、堅牢な鎧を纏った次元獣。
全身は無数の弾痕に覆われ、各所の装甲はひび割れ、今にも崩れ落ちそうな有様だ。まともに立っている事すら奇跡と言っていい。
それでもなお、その次元獣は大剣をゆっくりと持ち上げる。
ただその戦闘の意思だけで身体を動かしているかのように、刃の切っ先を魔法少女達へと向けた。
「ありゃりゃ~。あれだけボコボコにされても立ってくるのか。」
アークは感心したように肩を竦める。
「よっぽどの武人だねぇ、ありゃ。」
「次元獣に武人とかあるの?」
「知らね。」
相変わらずの適当な返事に、ユキは小さくため息を吐く。
その隣ではフルベが油断なく二丁拳銃を構え直した。
「二人とも、集中……!次が来るよ。」
「っ……はい!」
ユキも双剣を構え、腰を落とす。
それとは対照的に、アークは瓦礫の上へ腰掛けると、腕を組みながら気楽そうに足をぶらつかせた。
「今回、俺いなくても良さそうだな。」
「……。」
もう何を言っても、この魔物がその気になるまでは手を貸さない。
それくらいはユキも付き合いの中で理解していた。
軽くジト目を向けてから、ユキは視線を鎧の次元獣へ戻す。
その瞬間だった。耳障りな金属音が周囲へ響く。
「っ!?」
鎧の次元獣の表面が大きくひび割れ、次の瞬間、全身を覆っていた装甲が一斉に弾け飛んだ。
爆散。
いや、違う。あれはただ砕けたのではない。
装甲一枚一枚が、まるで砲弾のような速度で四方八方へ撃ち出されたのだ。
「避けて!!」
フルベの叫びが響き、ユキは反射的に双剣を交差させる。飛来した装甲片が刃へ激突し、火花を散らす。
重い。
まるで鉄骨でも叩き付けられたような衝撃に、ユキの身体が数メートル後方へ弾き飛ばされた。
「くっ……!」
一方のフルベも拳銃で装甲片を迎撃する。
乾いた銃声が連続し、弾丸と装甲片が空中でぶつかり火花を散らす。
撃ち落としきれなかった破片がビルの壁へ突き刺さり、コンクリートを容易く抉り取っていく。その光景を上で見ながらアークは軽く笑ってつぶやく。
「キャストオフってか?……今度は高速移動とかしてこねぇだろうな?」
どこで身につけたのか分からない知識を口にしながら、土煙の中から現れたのは、鎧を脱ぎ捨てた次元獣だった。
全身を覆っていた重厚な甲冑は無くなり、現れた肉体は痩せ細っている。鎧に隠れていた姿は拍子抜けするほど細身で、筋肉らしい筋肉すら見当たらない。
だがその細腕で、あの巨大な大剣だけは軽々と肩へ担ぎ上げていた。鎧を失ってなお、その威圧感だけは少しも衰えていない。
「鎧を脱いだ……!?」
アサヒの驚き混じりの声が響く。
次元獣はゆっくりと息を吐くように肩の力を抜き、その場へ自然体で立つ。
まるで長い戦いの前に余計な荷物を下ろした剣士のように。
その姿を見た瞬間、フルベは反射的に二丁拳銃を構え直す。
引き金に指を掛ける。
だが、撃たない。撃てない。
たった一度でも不用意に動けば、その瞬間すべてが終わる。そんな言葉にもならない圧力だけが、その脱力した姿勢から静かに滲み出ていた。
ユキも双剣を構えながら、ごくりと唾を飲み込む。冷たい汗が一筋、頬を伝った。先程までの鎧姿より、今の方が遥かに恐ろしい。
理由は分からない。
それでも、本能だけは叫んでいた。あれは危険だ、と。
「…………ほへぇ。」
そんな空気の中でも、アークだけは相変わらずだった。
欠伸でもしそうな顔で腕を組み、まるで他人事のように戦場を眺めている。その気楽さが逆に腹立たしい。
「アーク!……少しは真剣に……」
「してるしてる。」
「してる人の顔じゃないんだけど……。」
「良いから、奴から目ぇ離すな。」
その一言。
そして――次の瞬間だった。
次元獣が動く。
……いや。
誰も動いた瞬間を見ることが出来なかった。
踏み込みも、加速も、風を切る音すら無い。まるで映像の一コマだけ切り取られたように。
気付けば次元獣はユキとフルベ、その二人の間へ立っていた。
「――――ッ!?」
認識した時には、すでに大剣は振り抜かれていた。
轟音に次ぐ衝撃が2人を襲う。
「がはっ!?」
「ぐぁっ!?」
二人の身体がほとんど同時に吹き飛ぶ。
アスファルトを何度も跳ねながら転がり、ようやく受け身を取って停止する。肺から一気に空気が押し出され、ユキは激しく咳き込んだ。
「げほっ……ごほっ……!」
だが。
「……あれ?」
痛みが、妙に軽い。
本来なら骨の一本や二本折れていてもおかしくない一撃だった。不思議に思って顔を上げる。
すると、自分の身体の前には黒い炎が盾のように揺らめいていた。黒炎はゆっくりと蠢きながら、今もなおユキを庇うように漂っている。
「アーク!」
思わずその名を叫ぶ。
だが当の本人は、相変わらず寝転ぶような姿勢のまま、大きく手を振るだけだった。
「油断すんなぁー!もっとビシッと決めてやれぇ!」
「なにその応援は……!」
ユキが思わず怒鳴る。
今明らかに助けたのなら、そのまま戦えばいいではないか。
だがアークは笑うだけ。
「しっかし、想像よりもヤバそ〜なのが来たなぁ。」
「アーク……そんな悠長な……!」
戦場だというのに、緊張感の欠片もないやり取り。
しかし、その僅かな数秒が、ユキ達に態勢を立て直す時間を与えていた。フルベもまた地面へ片膝をつきながらゆっくり立ち上がる。二丁拳銃を構え直し、次元獣を真っ直ぐ見据える。
「……速い。」
先程までとは別物。
鎧は防御ではなく、枷だった。
その事実を、三人は嫌というほど理解した。
だが逆に言えば……甲冑を脱ぎ捨てた今の次元獣に一撃入れればそれだけで致命打になりうるということだ。流石に鎧を脱ぎ捨てた中身の方が硬いなんてことはそうそう考えにくい。
ならば次は動きをとめる方法だが……
「アーク!貴方の炎で拘束出来ない?」
「えぇ……あたり一面滅却する方が早いぜ?」
「周囲への被害を考えてよ……!」
周囲への被害……すでにフルベの魔力弾で広範囲ボロボロな上で、確かに滅却というのは手としてはアリだ。
しかし、禁断とまで言われた魔物の滅却、周囲どころかあたり一面街丸ごと焦土にしかねない。
「じゃあ火力落として拘束だけでも――」
「えぇ……面倒。」
「面倒って何が……」
「細かい火加減苦手なんだよ俺。」
「始まったよ……
戦闘中とは思えないやり取りに、フルベは思わず額へ手を当てる。
「……ねぇ二人とも。」
「ん?」
「何?」
「出来ないなら出来ないでいいから……戦いながら喧嘩しないで。」
「「はい。」」
二人が珍しく同時に返事をする。
その直後。鎧を脱いだ次元獣が再び大剣を構えた。
今度は三人全員へ向けて殺気が膨れ上がる。
その場の空気が一瞬で凍り付いた……アークだけは、その様子を見ながら感心したように口笛を吹く。
「あーあ、おっかねぇおっかねぇ。」
アークがケラケラと笑っていると鎧の次元獣が地を蹴る……また消えた。だが、それを捉えるものが一人。
「右!」
アークの声……それとほぼ同時にユキは反射的に身体を捻る。
轟音。鼻先数センチを大剣が薙ぎ払い、背後のビルを真っ二つに切り裂いた。
「っ……!」
その隙を逃さずフルベが引き金を引く。
豪雨のような魔力弾。しかし次元獣は地面を蹴って跳躍し、弾幕を紙一重で潜り抜ける。
「速っ……!」
「アサヒ!火で壁を!」
「えっ!?う、うんっ!」
炎の魔法少女は両腕を突き出す。
「紅蓮ノ魔法:参式――炎壁!!」
すると轟音を立てて炎の壁が街路を横断するように立ち上がる。次元獣は躊躇なくその炎へ突っ込むみ炎を波立たせる。
「来た!」
アサヒはそこでようやく気がつく……
炎は止めるためじゃない……炎が波立てば場所くらいは把握できる。そのための炎の壁だ。言うなれば展開された壁そのものが、ヤツの動きを追うマーカーになる。
「フルベさん!」
「分かってる!」
炎を抜ける出口へ、無数の魔力弾が殺到する。
逃げ場を失った次元獣は大剣を高速で回転させ弾丸を叩き落としていく。
その瞬間だった。
「今だ、ユキ!」
フルベが叫と、次元獣が弾幕に意識を向けたその一瞬……ユキは氷を纏い、一気に踏み込む。
「氷結ノ魔法:三式......
青白い一閃に世界が一瞬だけ静止した。
次元獣の胸を、氷の十字が走る……だが、それでもなお次元獣は大剣を手放さない。
だから、もう一押し必要だ。そしてそのもう一押しは、一人が気まぐれでやってくれた。
「いい加減にしとけってのよ。」
アークは炎で大爪を作り上げ思いっきり次元獣を切裂くと、次元獣の身体は粒子化して消えていく……トドメだけ美味いことかっぱらっていったと言う所だ。
「アーク……初めから手伝っててればもっと苦労なく倒せたんじゃ……」
「興が乗らなかったからなあ。最後に手を貸したから許してくれや。」
「私も焦ったよ……倒しきれなかったのってびっくりした……」
徹頭徹尾戦闘に関してはあまり積極的に関わろうとしない……宿主や自身などに危機が迫れば対応するが、自分から戦いを挑むということはほとんどない。
それが故にこうしてユキの使い魔として取り憑けている訳なのだから分からないものである。
三人で会話するユキとアサヒ、そしてアークを見ながらフルベは自身の中にいるもう一人の魔物に問いかける。
(クーゲル……いきなりあんな
『いやぁごめんごめん、自由に動かせる身体があるとつい、ね?その後は引っ込んだから許してよ。』
周囲に空いたフルベ自らの魔法で開けた風穴を垣間見ながら、フルベはクーゲルに苦言を呈する。クーゲルは相変わらずアハハと笑いながら、彼女の言及をのらりとかわしていくのだった。