青空の白昼夢 〜故郷への帰還だけを望むモブ転生者君の日常〜 作:曇らせは志向の味
目の前に座っているアインは何時の間に頼んだのか知らないが見たことの無い酒を飲んでいた。
流石に人の目がある前で仮面を取るのは俺が嫌なため先程頼んだジンフィズを机の隅に移動した。ちゃんと後で飲むつもりはあるから安心してくれ。
取り敢えず俺は此処に来てからずっと酒を飲んでいるアインに口を開いた。
「……おい」
「ん?どうしたのかな仮面君。何か質問でも?」
「それは俺が言うべきセリフだ……呼んだのはお前なのに何故さっきから何も話さない?」
こいつホントッ!
……まあいい、冷静さを欠くとこういった輩にはすぐに丸め込まれるというのは前世でもよく聞く。
「んーそう言えばそれが目的だったね でもまずはこれを飲んでからで良いかな?」
「はぁ……勝手にしてろ。俺はこっちを読んでおくからな」
俺は彼が来た時に閉じた魔術書を再度開き読み進めることにした。流石魔術書、意味が分からない。
魔術書を開いてからほんの少し。俺の目の前でカランというガラスと机が衝突する音が響く、どうやらアインが漸く謎の酒を飲み終えたようだ。
「プハーッ!やっぱりお酒は最高だね!これがないとやっていけないよ」
「もう少し静かに会話することは出来ないのか……それとそんなに一気に飲むと胃が壊れるぞ?」
「大丈夫!大丈夫!僕の胃袋って無駄に頑丈だからさ!この程度の量の酒なら何の害も何もないよ」
目の前のアインは先程の会話通りに何とも無いかのような笑顔でこちらに喋りかけてくる。因みに彼が飲んだ酒の大きさはグラスレベルの話ではなく樽である。*1
絶対に前世の人間ならば急性アルコール中毒待ったなしのだが、しかしそんな張本人はこちらの困惑を気にも留めないように話してくる。
「ところで……何の話だったっけ?」
「俺は知らん。元々はお前が此処に呼んだのが原因だろ?聞きたいことがあるとか何とか言って」
こいつホントッ!*2
此処まで待ったというのに目の前の飲んだくれは頭のおかしいことをこちらに放ってくる。しかし俺の言葉で思い出したのか平凡とした声色で再度口を開いた。
「ああそうだったね!じゃあ聞かせてもらうけど 君は一体何者だい?」
「へぇ……?」
……空気が急激に下がる感覚を全身に感じ始め、絶妙に嫌な汗が背中を伝い始める。
あの時の勇者のようなこちらの存在を見透かされているかのような謎の威圧感がこちらにビシバシと突き刺さる。完全に油断していた。彼が所属しているパーティーは王国の膝元に存在する実質的な王国の戦力の一つである。
勇者関連で何かあったか?それとも転生者であることがバレた?何にせよ貴族共の考えはこの世界に来てからというもので大きく変化した、彼らは少しの不安要素や気に入らないことでその原因を全力で消しにかかる。それこそ嫌いな虫を見つけた人間のように。
「何……と言われてもただの一般人としか言いようがないな」
なんかデジャブを感じるな。
そういえば勇者との初めのアイコンタクトもこれと同じようなことを言った気がする。
「うーん……僕の知っている一般人は一人で竜の巣窟に入ったら生きて帰ってこれない気がするんだけど……」
「別に、長い間やってれば戦わず安全に狩るくらい見つけ出せる」
「それが出来ないから大森林は結構な死者が出てる場所なんだよね……それにダンジョンを攻略するのは君のランクだったら装備を整えたパーティが漸く攻略できるはずなんだよ。君は一人で攻略したけどそれについてはどうだい?」
「偶々だ。それこそあの薄暗い場所なら隠密行動すれば最奥まで案外簡単に行けるものだぞ?」
「まだ言い訳するのかぁ……」
あダメだわこれ。全く信用されていない。
そもそもこいつは何が目的だ?竜狩りについて言及したと思ったら急に二日前のダンジョン攻略について言及しだした。なにやら俺の行動について思うところがあるらしいが……結構普通のことのはずなのだが。
「もう行っちゃうかぁ。あんまり長話は好きじゃないし。君には現在、王都騎士団内にて噂程度だがつい最近の第三王女殺害事件の関与が疑われている」
「 ???」
え゛何その事件。多分だけど未だに世間一般に公表されていない情報だろ。
それに俺はただの王国付近の中規模街の一冒険者だぞ?普通はもっと他にも犯人候補は大量にいるだろう、それこそ教皇率いる教会や王国から東に行った方角に存在する巨大渓谷を根城とするアルカディアなども、暗殺に長けている部隊を持っている。そっちの方が可能性が多いはずである。
俺がそんな疑問を投げかけようとしたところ、アインは素早く再度口を開いた。
「とは言っても未だに噂程度だ。第三騎士団のとある隊長からの証言が君を犯人候補に挙げている。君の反応を見るにこの事件すらも知らなかったみたいだし僕からは候補には消えたけど……」
「……騎士団に知り合いは少ないはずなんだが。その隊長の名前は誰かは分かるか?」
可能性としてはイグニスやその他もう二名が可能性として上がるが、こちらが覚えていたとしてもあちらは俺のことなど覚えてすらいないだろう。魔法学園時代のことは俺ですら記憶があやふやだ。
「えーっと、確かストラス・イグニスとでも言ったかな?学園頃から好成績を残し早々に隊長を任されたということで、僕もよく覚えていたよ」
「あぁ……やっぱりそいつかよ。何で今になっても俺のことを覚えているんだ。もう忘れていてくれよ」
「あれ、君も知っていたのかい。もしかして魔法学園に君も在籍していたのかい?」
「一応な、それこそ何か特筆することは無かったが」
これでも一応は貴族の端くれこの世界の教育内容は熟知している。それ故に魔法学園にて俺のことを調べれば少しは出てくるだろう、魔導学についてだが。
アインは聞きたかったことが聞けて満足したのか、既に届いてから時間が経っていた甘味を口につけていた。
「なら俺からも質問させてもらう、何故俺が候補に上がったんだ?記憶が正しければ何かした覚えは無いんだが」
「ん?それなら簡単だよ。君の持つアーティファクトが原因だろうね、僕も君の全容は知らないが情報によると転移が可能らしいじゃないか。それを思い出したことで候補に上がったんだろう」
「……お前らはどこまで知っている」
この首飾りについて知っているとは、厳密に言えばあちら側は首飾りだと知らないようだが、それにしても転移についてまで知っているのは予想外だった。
それとイグニスが俺が転移できることについて知っているのは大方予想がつく。
魔法学園在籍中にて俺がヘマをして彼の目の前に転移してしまったのである。この時のイグニスはそれはそれは驚いていた、かく言う俺も大焦りしていた。
「それはこっちのセリフなんだよねー君についての情報が少なすぎる。僕達が得た君の情報は紙に纏めても半分も行かないほどさ、それこそアーティファクトはもっと大量にあるんだろう?」
「それはどうだろうな。生憎と馬鹿正直に自分の手札を相手に開示するほど、俺も安売りはしていない」
「残念だよ。交友関係を深めるには情報が一番大事なのにさ?もっと言ってくれたって良いじゃん」
「そのまま情報を握って首輪を付けるってか?……悪かったからそんな顔しないでくれ」
俺が最後にそんなことを言うと彼は想像以上に悲しそうな顔を浮かべ始めた。この手の話題はどうやら地雷なようだ、次からはやめておこう。
因みに現在の時刻は彼が到着してから40分ほど、その大半は彼が酒を飲んでいた時間でありまともな会話をしたのはほぼ無い。
そろそろクエストをしたいんだが……金はいくらあっても困らないからな。
「あ!今もう帰りたいって顔したね!顔見えないけど。なら最後に渡すものがあるから、それを貰ったら帰っていいよ」
「別に何も言ってないんだが……それと渡すものがあるなら早く渡してもらいたい」
「まあまあ落ち着いて。せっかちな男はモテないよー?……あれ君、男だよね?」
「何を想像したかは知らないが俺は男だ」
俺がそう返答した次の瞬間、彼はバックから赤……いや朱色に近い色をしたバッジが取り出された。
あれは冒険者のランクを示すためのバッジであり、カードとは違うギルドに所属しているかを確かめる用途として使われる物である。そしてあれは俺よりも上のランク紅蓮金剛級の物だ。まさかあれを俺に?
俺が少しの間それについて疑問に感じていると、彼はこちらに向かってそのバッジを差し出してくる。
「……なんだ。これをどうするつもりだ」
「?さっきの言葉を忘れたのかい。君に渡すものがあると言ったじゃないか、今日から君はランクが一つ昇格だ」
「(絶句)」
思考が入り交じり大量の疑問が溢れ出てくる。しかしその中で最も大きく出てくるものは何故昇格するのかである。
「……随分と急すぎやしないか?そもそもとしてギルドの試験に申し込んだ記憶が無いんだが」
「昨日の変異体グリフォンのこと覚えてるでしょ?それを受付のお姉さんに言ったらさ、うっきうきで部屋の奥に入ってこれを差し出してきたんだよ。どうやらギルド長公認らしいから職員からの文句はないはずさ」
「お前本当に……今のところ会ってから最悪な事しか起こっていないぞ……」
俺がランクを上げない理由は以前にも話した記憶があるがそれは緊急招集と呼ばれる上位ランクの人物しか呼ばれないギルドからの招集に入ってしまうからである。緊急招集は唐突なイレギュラー発生した際に行われ、いついかなる時も必ず集まらなければならない。
そのためこれまで避けて来ていたのだが……いよいよ年貢の納め時ということか。
「じゃあ僕の目的は終わったし、付き合ってくれてありがとね。一応リーダーにも情報共有はしておくけど一旦疑惑は晴れたってことで」
「今になって思うが……お前は本当にそれでいいのか?もし俺が嘘を言っていたらとか考えなかったのか……」
「うーん……そう言われてもねぇ。君と会ってみて分かったけど君じゃあ王女を殺害することが出来なさそうだからってのが大きいかな。結界も破壊出来なさそうだし……」
「喜んでいいのか、実力が無いと言われたことに悲しめばいいのか……」
彼は俺の疑問に何も答えることなく一言、二言言った後にバーから出ていった。
再度自身の掌に視線を向けると新品のバッジが明りに照らされながら輝いていた。これまで避けていたことが最近になって刃を向けてきたことを再度確認した俺は思わず天を仰ぐ。
新たなランクに上がり初めての仕事は……ゴブリン巣窟の掃討である。
一見しょぼいと感じるかもしれないが、ゴブリンとは基本的に知性が存在せず住処を作らない。もし作っていた場合は知性が存在する個体が居ることになり、大体はゴブリンロードかキングが長に君臨している。
それもシルヴァリス大森林という弱肉強食が加速している世界では外のゴブリンよりも強力である。簡単に言えばエンディング後に挑むべき場所だ。
「魔法が使える個体も居るんだから不思議だよな。何もないはずなのにどうやって魔法を理解してるんだ?」
ゴブリンの群れに長が出来ると彼らには多くの種類が表れ始める。その例がゴブリンシャーマンと呼ばれる、お世辞にも綺麗とは言えない杖を使い魔法を唱える個体である。
こいつ一体では懐に潜り込めば勝ちの弱い魔物だが群れになると話が変わる。ホブゴブリンが全線で暴れながら背後から魔法を飛ばすというトンデモ連携を行ってくるため警戒が必要だ。
そんな俺は現在大森林の東側、ノスベルクの入り口にて地図と睨めっこしながら前回の森とは違う密林のような濃さの中で歩いていた。ここの植生どうなってんだ。*3
「今回は異常なほどに湿気が多い……でもカビが全く生えてないのは意味が分からん」
ゴブリンの巣窟の位置はこの初心者ゾーンとも呼ばれる場所に出来たらしく、その脅威から現在は立ち入りが禁止されている。
そんなことを考えながら根を刀で切りながら進んでいく。流石に今日はこのまま何も起こらないことを願っている。
「うわあ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」
「……最悪だ」
俺が居る場所から真正面から突如として若い男の声が響き渡る。ちょうど俺が目標としていた場所から聞こえてきたため俺は即座に走り出した。
平穏は随分と遠い場所にあるようだ。
※[第三話 最奥の門番と最強の勇者]にてゲームの名前が出ましたが変更しました。
静寂の向こうの都→エクリプス・オブ・ルイン
ご迷惑をおかけしますが よろしくお願いします