ギルガメッシュVS宿儺   作:stein0630

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冬木の夜は、海の匂いより先に、血の匂いを運んだ。

 

港湾倉庫街の一角。人気の絶えた鉄の箱庭の中心で、描きかけの召喚陣が黒く焼け、七人いたはずの術者は、もう四肢の形を保っていなかった。切断面だけが異様に滑らかで、悲鳴が遅れて床を転がっている。

 

陣の中央に落ちていたのは、指だった。

 

干からび、なお腐らず、なお消えず、なお呪う。

 

それに縋った愚かな魔術師たちは、願いを叶える器に指を落とし、泥と魔力と血を混ぜた。結果として生まれたのは、英霊でもなければ使い魔でもない。

 

立っていたのは、王を名乗るにふさわしいほど、傲岸な異形だった。

 

四つの眼が、倉庫内の死骸をつまらなそうに見下ろす。口元に浮かぶのは笑みではなく、飽きだ。二本の腕が垂れ、もう二本がまだ乾ききらぬ血を払い落とす。その身にまとわる気配は、魔力とも瘴気とも断じきれぬ濃さで、空気そのものを軋ませていた。

 

「器にしては脆い」

 

低く、よく通る声だった。

 

「知らぬ術。知らぬ土地。だが、匂いは同じだな。下らん人間の欲だ」

 

足下で、まだ息のあった魔術師が、喉に溜まった血を吐きながら這った。

 

「ア、アーチャー……! 助け、ろ……命令権を――」

 

その言葉は最後まで続かなかった。

 

天井も壁もない空間から、金色のさざめきが開く。

 

揺らぐ光の縁から飛び出した一本の短剣が、這う男の頭を地に縫いとめた。悲鳴すら出ない。肉と骨の砕ける音だけが、湿っぽく響いた。

 

倉庫の梁の上に、いつの間にか男が立っていた。

 

黄金の鎧。夜そのものを見下すような赤い瞳。立っているだけで、場の全員が本来取るべき姿勢――平伏を、当然のものとして要求する気配。

 

「喧しい雑種だ。耳障りな断末魔まで我に始末をさせるか」

 

男は死骸に視線すら落とさず、陣の中央の異形だけを見た。

 

「さて。猿真似にしては派手だな。聖杯に泥を啜らせ、そこから這い出たか。見るに堪えん醜悪さだ」

 

異形――両面宿儺は、ゆるく顎を上げた。

 

「ほう」

 

それだけで、温度が一段下がる。

 

「随分と光るな。見世物か?」

 

「見世物は貴様だ、雑種」

 

男は笑った。笑みはある。愉快そうでもある。だがその実、愉快なのは相手そのものではなく、相手を裁く自分の立場に対してだった。

 

「名乗る栄誉すら惜しいが、特別に教えてやろう。我はギルガメッシュ。王の中の王だ。貴様のような出来損ないが、立ったまま声を発してよい相手ではない」

 

宿儺の口元が、初めてほんの少しだけ深く歪んだ。

 

「王、か」

 

乾いた笑いが、倉庫中の鉄骨をかすかに震わせる。

 

「面白い。こっちにもいたか。口だけは立派な奴が」

 

ギルガメッシュの目が細まる。

 

その変化はわずかだった。だがわずかで十分だった。周囲の空気が、たちまち刃物じみた緊張を帯びる。

 

「口だけ、だと?」

 

「違うか?」

 

宿儺は足下の死骸をつま先で転がした。

 

「自分で殺さず、道具を飛ばし、人間の残飯に名乗らせる。王を騙るには軽い」

 

「……成程」

 

ギルガメッシュは、今度ははっきり笑った。

 

「吠えるな、呪い風情。貴様のようなものは、せいぜい人の闇に巣食う寄生虫だ。王とは、地を治め、天を見上げる全てを所有する者のことを言う。この街も、その命も、その欲も、我が手の内だ。貴様はただの侵入者だよ」

 

宿儺の四つの目が、わずかに細くなる。

 

そこではじめて、彼は相手を“景色”から外した。

 

「所有?」

 

その声音に混じったのは、侮蔑より先に、純粋な不快だった。

 

「虫が巣の土を自分のものだと思っているらしい」

 

「不敬だな」

 

「命令するな」

 

一拍。

 

次の瞬間、ギルガメッシュの背後に三つ、金の波紋が開いた。

 

槍、剣、斧槍。

 

どれも名を持つに足る重みを宿したまま、躊躇なく射出される。牽制ですらない。ただ“立ったまま喋った罰”を与えるためだけの、雑な処刑だった。

 

宿儺は動いた。

 

右へ半歩。

 

一振り目の槍が頬をかすめる。二振り目の剣が胴を薙ぎに来る、その軌道に合わせるように、宿儺の指先がほんの僅かに動く。

 

何も見えなかった。

 

だが、剣は途中で二つに割れた。

 

鉄ではない、名のある武装が、まるで紙のように。

 

割れた刃の向こう、背後のコンテナ群がまとめて斜めにずれ、鈍い音を立てて崩れる。遅れて、切断面から火花が噴いた。

 

ギルガメッシュの眉が、ごく僅かに動いた。

 

三振り目の斧槍は、宿儺が肘で弾いた。金属音が倉庫街に甲高く鳴り、跳ね返った武器が地面に突き立つ。石畳が陥没した。

 

宿儺は自分の頬を親指で拭った。浅く裂け、血が一筋だけ付いている。

 

それを見て、彼は笑った。

 

「なるほど。玩具にしては、噛む」

 

ギルガメッシュはその血を見下ろし、逆に興が乗ったように口端を上げた。

 

「見えぬ刃か。風でも魔術でもないな。術式の類か、あるいは権能の劣化品か。面妖ではある」

 

「今ので全部わかった気になるなよ、金ピカ」

 

「貴様もな」

 

二人の声は重なり、同時に止んだ。

 

互いに、相手の“雑さ”が本質ではないと理解したからだ。

 

宿儺は見た。門のように開く黄金の亀裂。その向こうに、ただ武器があるだけではないことを。一本ごとに癖が違う。形だけではない。重みの在り方が違う。斬れば済むものと、触れたくないものがある。

 

ギルガメッシュも見た。斬撃は飛んでいない。走っているのでもない。結果だけが置かれるように現れる。目で追う種類ではない。ならば、見てから避ける戦いではなく、撃たせぬ位置取りか、当てても構わぬ盤面に持ち込むべき相手だと。

 

倉庫の外で、潮風が吹き抜ける。

 

その風に乗って、遠くの街の灯りが瞬く。人がいる。眠っている。知らないまま、今まさに二つの災厄に天秤を掛けられようとしていた。

 

宿儺が、外の街を一瞥した。

 

「この辺り、人間が多いな」

 

「だからどうした」

 

「退屈しのぎには困らんと思ってな」

 

その一言で、ギルガメッシュの目から笑みが消えた。

 

完全に、消えた。

 

「雑種」

 

声の高さは変わらない。だがそこに混じった温度が、先ほどまでとは別物だった。

 

「我が庭を荒らすつもりか」

 

宿儺は答えない。ただ、口の端だけで笑う。

 

肯定としては十分だった。

 

金の波紋が、一つではなく、十、二十、三十と夜空に咲く。

 

倉庫の壁、天井、外の路地、その全てを囲むように展開した門の群れは、もはや武器庫ではない。処刑場そのものだった。

 

それを見上げて、宿儺は楽しげに息を吐いた。

 

「ようやくか」

 

「勘違いするな」

 

ギルガメッシュはゆっくりと腕を上げた。

 

「これは遊戯ではない。貴様のような不快な塵を、ここで処分するだけだ」

 

宿儺の足下の影が、ぬるりと揺れた。裂けた口がもう一つ、腹の下で笑ったようにも見える。

 

「言ってみろ。死ぬ前に聞いてやる」

 

その瞬間だった。

 

金の門の一つから、武器ではなく鎖が放たれる。

 

速い、では足りない。認識の外から結果だけが巻きつくように、黄金の鎖が宿儺の右腕へ絡みついた。

 

初めて、宿儺の目がわずかに見開かれる。

 

そして次の瞬間、彼は心底嬉しそうに笑った。

 

「――いいな、お前」

 

夜空を埋める宝具の群れが、一斉にその切っ先を傾けた。

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