ギルガメッシュVS宿儺   作:stein0630

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先に動いたのは、ギルガメッシュだった。

 

笑みを残したまま、右手をわずかに振る。

 

それだけで、宿儺の周囲へ新たに八つの門が開いた。今度は刃ではない。杭に似た長い宝具が、円を描くように地へ突き立つ。石畳が悲鳴を上げ、金属の胴が深々と沈み込んだ瞬間、宿儺の足下に広がっていた黒い影が、まるで見えない壁に触れたようにきしんだ。

 

宿儺が片眉を上げる。

 

「ほう」

 

「汚らしいものを好きに伸ばされては不快でな」

 

ギルガメッシュの声は冷たい。

 

「結界じみた細工なら、潰し方はいくらでもある」

 

影はなおもじわじわと這うが、杭の円を越えるたびに、火花のようなものを散らして鈍る。完全には止まらない。だが、さきほどまでの滑らかな侵食ではない。

 

宿儺はその変化を見た。

 

ただ力で押し返しているのではない。場そのものに楔を打ち、広がり方の理屈を乱している。壊すより、噛み合わせを狂わせる類の手。

 

「道具が多いだけの成金かと思ったが」

 

宿儺が喉で笑う。

 

「少しは頭を使うらしい」

 

「貴様ごときに褒められても虫唾が走る」

 

即座に、今度は杭の内側へ金の雨が落ちた。

 

宿儺は動かない。

 

最小限だけ首を傾け、肩をずらし、膝を沈める。避けるべきものだけを外し、あえて二本を受ける。一本は左脇を貫き、もう一本は太腿を削いだ。血が飛ぶ。だが宿儺の視線は傷ではなく、巻きついた黄金の鎖へ向いていた。

 

引かれるたびに重い。

 

ならば。

 

宿儺は、一瞬だけ、自身の呪力のざわめきを薄くした。

 

ほんの瞬き程度。

 

だが、その一瞬で鎖の締まりがわずかに緩む。

 

ギルガメッシュの瞳が、そこで初めて明確に動いた。

 

「……」

 

宿儺は笑った。

 

次の瞬間、緩んだ右腕を一気に振り抜く。鎖は千切れない。だが、引かれたギルガメッシュの身体が半歩だけずれた。その半歩を踏み台にするように、宿儺の斬撃が横薙ぎに走る。

 

ギルガメッシュは門を一つ、自分の真正面に開く。

 

現れた大盾めいた宝具が、斬撃と激突した。轟音。盾の中央に深い亀裂が入り、後方へ吹き飛ぶ。だが、その一拍で十分だった。ギルガメッシュは後退し、同時に十数本の短剣を宿儺の関節へ散らす。

 

宿儺は前進を止めず、膝と肘で弾いた。

 

「締まり方が変わった」

 

「だからどうした」

 

「鎖も、貴様も、見栄ほど万能ではないと言っている」

 

ギルガメッシュの口元が吊り上がる。

 

「なるほど。ようやく吠え方に知性が混じってきたか」

 

その言葉とともに、黄金の門がさらに増える。

 

だが、今度の配置は違った。宿儺の正面に厚く置かれた門の列。左右には少なめ。背後、市街へ向かう方角には、重い気配の宝具が偏っている。

 

宿儺はそれを見て、鼻で笑った。

 

「隠す気もないな」

 

「王の采配だ。貴様の目に見えるように置いてやっている」

 

「違う」

 

宿儺は、わざとゆっくり言った。

 

「そこを抜かれたくないだけだ」

 

次の瞬間、宿儺の指が軽く弾かれる。

 

斬撃はギルガメッシュではなく、杭の一本を狙った。

 

金属が悲鳴を上げる。杭の胴に、深い斜線が刻まれる。完全には断てない。だが、それだけで円の一角が乱れた。黒い影が、その裂け目へ一気に流れ込む。

 

ギルガメッシュの目が冷える。

 

「下劣だな、雑種」

 

「勝手に庭だの王だの言い出したのは貴様だ」

 

宿儺は足を進める。影が杭の外へ滲み、市街地へ伸びるように見せながら。

 

「なら踏み荒らされる覚悟くらい持て」

 

ギルガメッシュの返答は早かった。

 

開いた門から飛び出したのは、剣ではない。杯、鏡、奇怪な石版、用途のわからぬ装飾具。宝具と呼ぶにはあまりに奇妙な品々が、影の先端へ向かって叩き込まれる。触れた瞬間、黒が揺らぎ、濁り、広がり方を鈍らせる。

 

宿儺は、その一つ――古びた鏡めいた品が、影の表面を波立たせる様子を見て、舌打ちした。

 

「嫌なものを持っている」

 

「貴様のような不浄を払う道具は、山ほどある」

 

「なら全部出してみろ」

 

宿儺はそう言うと、進路を変えた。

 

市街ではなく、横。

 

港に積まれたコンテナ群と、燃料タンクの並ぶ方角へ。

 

ギルガメッシュの反応が、ほんのわずかに遅れる。守るべきは街だと見せておいて、実際にはそこへ繋がる導火線を踏みに行く。一本道ではない。港湾設備ごと吹けば、市街への被害は遅れて拡がる。

 

ギルガメッシュは忌々しげに舌を打った。

 

「獣以下だな」

 

「今さらか?」

 

宿儺の斬撃が、燃料配管の基部へ走る。

 

届く、その寸前。

 

黄金の鎖が、今度は地面の下から噛みついた。

 

宿儺の足首へ巻きつき、引き倒す。体勢が沈む。そこへ上空から巨大な槌が落ちた。避け切れない角度。宿儺は腕を交差して受ける。鈍い衝撃が全身を揺らし、地面が半径数メートルにわたって陥没した。

 

粉塵の中、ギルガメッシュが低く言う。

 

「二度も同じ手が通ると思うなよ」

 

「二度目だから効いたのだろう」

 

粉塵を裂いて、宿儺が笑う。

 

地に伏せた姿勢のまま、下から斬撃が跳ね上がった。ギルガメッシュは上体を反らしてそれをかわす。金の髪が数本、夜気へ舞う。

 

それだけで、空気が変わった。

 

ギルガメッシュは避けたまま、落ちた髪を見もしない。

 

だが、その声音から愉悦が抜ける。

 

「……よい度胸だ」

 

「怒るのか?」

 

宿儺が立ち上がる。四つの眼が愉しげに細い。

 

「今のでようやく、少しは生き物らしい顔をした」

 

ギルガメッシュの周囲に、門が二重三重に展開する。

 

先ほどまでとは違う。数ではなく、圧だ。開いただけで空間が重くなる。剣呑という言葉では足りない。一本ごとに、場へ別種の法則を持ち込むような威圧。

 

宿儺は笑みを崩さない。

 

だが、見ている。

 

一本だけ、他と違う門がある。

 

金ではある。だが輝きが鈍い。深い。底の見えない裂け目のように、静かに回る門。その奥にあるものは、まだ半ば影に沈んでいて、形をよく見せない。ただ、そこから吹く気配だけが、他の宝具と根本から違った。

 

斬るとか、貫くとか、爆ぜるとか――そういう武器の気配ではない。

 

もっと粗暴で、もっと根源的だ。

 

宿儺の笑みが、少しだけ深くなる。

 

「隠し玉か」

 

「貴様ごときに見せるほど安くはない」

 

「そうか?」

 

宿儺は首を鳴らした。

 

「なら、抜かせてやる」

 

足下の影が、また広がる。

 

今度は先ほどまでとは違っていた。這うように伸びるのではない。地面そのものが沈むように、周囲一帯の景色が暗く薄れていく。倉庫の壁も、コンテナも、死骸も、壊れた杭も、色を失いはじめる。

 

ギルガメッシュが眉をひそめる。

 

「閉じぬのか」

 

宿儺は返さない。

 

普通の結界なら、囲う。断つ。内と外を分ける。

 

だがこれは違う。

 

境界を作らず、ただ現実の上に、別の理を重ねてくる。

 

ギルガメッシュは見た。杭がまだ刺さっているのに、影がその内外を選ばず侵食していく。潰したはずの噛み合わせを、まるで別の場所から上書きしている。壊す、閉じる、閉じ込めるという常識の外から。

 

「……成程」

 

ギルガメッシュの口元に、薄く笑みが戻る。

 

「小賢しい。囲いもせず射程だけを押しつけるか」

 

宿儺が、そこでようやく答えた。

 

「賢いだろう?」

 

「気に食わん手だ」

 

「それは結構」

 

二本の腕が、静かに印を結ぶ。

 

黒が濃くなる。

 

地面の裂け目の向こう、何もないはずの空間に、木の匂いがした。

 

湿った古木。煤けた梁。古びた社とも、屠場ともつかぬ、嫌に静かな建材の気配。

 

ギルガメッシュの赤い瞳が、その“匂い”の正体を探るように細まる。

 

宿儺の背後、闇の中で、何か巨大なものの輪郭だけが立ち上がりはじめていた。

 

屋根。

 

柱。

 

そして、笑っているように見える無数の口。

 

ギルガメッシュはそこで、ためらいなく腕を伸ばした。

 

他の門ではない。

 

あの、深く回る異質な門へ。

 

ゆっくりと、しかし迷いなく、その奥のものの柄を掴む。

 

宿儺がそれを見て、愉快そうに喉を鳴らした。

 

「ようやく抜く気になったか、王様」

 

「勘違いするな」

 

ギルガメッシュの声音は、冷え切っていた。

 

「貴様の芸が、この街の地面を汚すに足ると判断しただけだ」

 

宿儺の背後で、闇が裂ける。

 

社が、現れきる直前の、あの嫌な静けさ。

 

ギルガメッシュの門の奥で、世界そのものを軋ませるような低い唸りが、初めて夜気へ漏れた。

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