ギルガメッシュVS宿儺   作:stein0630

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最終回です。


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切断圏が、悲鳴の方角へ向けて、わずかに軸をずらした。

 

ギルガメッシュは迷わなかった。

 

悲鳴の方角へ向いた門が、一斉に開く。盾、鏡、碑文板、名のある防具、防呪の器。防ぐためだけに存在する宝が、幾重にも重なって夜空へ壁を築いた。同時に、宿儺へ向けた側では、乖離剣の回転がさらに唸りを増す。

 

足りない。

 

宿儺が見たのは、まさにその“足りなさ”だった。

 

「そうだ」

 

笑う。

 

「それでいい」

 

次の瞬間、悲鳴の方角へ伸びていた切断圏が、不意に折れた。

 

人間へ向かっていたはずの殺意が、その直前で鋭く屈折し、ギルガメッシュが展開した防御宝具の継ぎ目、その最も薄い一点へ噛みつく。

 

鏡が割れ、盾が裂け、碑文板が火花を散らす。

 

守るために並べた宝が、逆に“守る形”そのものを露わにする。

 

ギルガメッシュの赤い瞳が、そこでようやく宿儺の真意を捉えた。

 

「最初から――」

 

「貴様そのものじゃない」

 

宿儺の声が低く落ちる。

 

「貴様の“守り方”を切っている」

 

同時に、宿儺の気配が一瞬、沈んだ。

 

呪力が消えたわけではない。ただ、王としての濃さ、呪物としての圧、その輪郭だけがふっと薄くなる。ほんの一拍。ほんの、それだけ。

 

だが、それで十分だった。

 

黄金の鎖が、わずかに緩む。

 

宿儺は躊躇なく右腕を置き去りにした。

 

皮膚が裂け、骨が軋み、鎖に絡んだまま腕がもぎ取られる。血が飛ぶ。だが宿儺は笑ったまま、残る三本の腕と脚だけで前へ跳ぶ。

 

ギルガメッシュの視界に、宿儺が大きくなる。

 

近い。

 

乖離剣を最大出力で振り抜けば、宿儺ごとこの一帯を裂ける。だが、その背後には、いま自ら守りに回した方角がある。宝で防いではいても、至近でぶつけるには粗い。宿儺は、そこまで読んで距離を詰めてきた。

 

「舐めるな、雑種!」

 

ギルガメッシュが吠えた。

 

門が開く。

 

至近距離。剣ではない。杭、短槍、短剣、鎚。近接で即座に命を奪うための手札が、宿儺の喉、目、心臓、腹へ同時に殺到する。

 

宿儺は避けない。

 

短槍が肩を貫き、杭が脇腹にめり込み、短剣が頬を裂く。鎚が膝を砕く。肉が潰れ、骨が割れる。

 

それでも止まらない。

 

宿儺は一歩、もう一歩、踏み込む。

 

「いい」

 

吐息混じりに笑う。

 

「これだ」

 

ギルガメッシュが乖離剣を振るう。

 

横薙ぎ。

 

世界そのものが捻れる一閃。社の柱が千切れ、港の空間が雑巾のように絞られ、宿儺の左半身が吹き飛ぶ。地面がめくれ、倉庫がまとめて消し飛ぶ。

 

だが、振り切る前に。

 

宿儺の指先が、ギルガメッシュの右肩に触れていた。

 

ただ触れたのではない。

 

三本の残った腕のうち、二本が乖離剣の柄と前腕を押さえ込み、残る一本が肩口へ浅く爪を立てる。その接触一点から、今までの広い切断とは別の、異様に狭く深い“噛み”が走った。

 

ギルガメッシュの鎧が裂ける。

 

肩から胸へ、斜めに一本。

 

「――ッ」

 

声にならない息が漏れる。

 

深い。だが致命ではない。ギルガメッシュは反射的に膝蹴りを入れ、宿儺の肋骨を砕き、後退しようとする。だが宿儺は離さない。砕けた肋骨ごと笑って、さらに近づく。

 

「広く裂くのは好きだろう?」

 

宿儺の四つの眼が、愉悦に細まる。

 

「なら教えてやる。殺す時は、狭くていい」

 

ギルガメッシュの背後に門が弾けるように開き、剣の雨が宿儺の背へ刺さる。一本、二本、三本では足りない。十を越える宝具が宿儺の身体を貫き、木偶のように杭打ちにしていく。

 

それでも、宿儺の指は離れない。

 

ギルガメッシュの肩口に食い込んだ“狭い切断”が、そこで初めて意味を変えた。

 

鎧だけではない。

 

肉でもない。

 

その奥。霊核へ至る線として、続いていた。

 

ギルガメッシュの瞳が、そこで明確に変わる。

 

理解したのだ。

 

広域の処刑場と見せかけて、この男の本当の牙は、触れた一点から“相手に合わせて”噛み切る方だと。守りに意識を割かせ、乖離剣を中途で使わせ、鎖を緩める一拍を作り、自身の肉体を惜しまず潰してでも、最後はそこへ届く。

 

「下郎……!」

 

「遅い」

 

宿儺が囁く。

 

次の瞬間、ギルガメッシュの右腕が、肩口から落ちた。

 

乖離剣ごと。

 

黄金の血ではない。英霊の霊子が、砕けた光のように散る。切断面は綺麗ではない。綺麗である必要がない。そこは、霊核へ通じる致命の線だった。

 

しかし、ギルガメッシュはそこで崩れなかった。

 

王は王のまま、左手を宿儺の喉へ叩き込む。

 

門が一つ、至近で開く。

 

飛び出したのは剣ではない。短い、黒い楔だった。呪うような重みを持つ宝具が、宿儺の胸のど真ん中へ突き立つ。再生しようと蠢いた肉が、そこで初めて嫌な音を立てて止まる。

 

宿儺の笑みが、わずかに深くなる。

 

「まだだな」

 

「当然だ、雑種」

 

ギルガメッシュは右肩から光を零しながら、それでも嗤った。

 

その笑みには、もはや慢心がなかった。

 

侮蔑と、怒りと、認めたくもない評価だけがあった。

 

「誰に傷をつけたと思っている」

 

左手が上がる。

 

背後の門が、最後に一つだけ、ひどく静かに開く。

 

そこから現れたのは、剣でも槍でもない。鎖でもない。王笏にも似た短い宝。その先端に嵌った石が、赤く、冷たく光る。

 

宿儺はそれを見て、直感した。

 

不味い。

 

斬るべきはギルガメッシュではなく、それだ。

 

だから宿儺は、残る腕を振るった。

 

ギルガメッシュも、同時に宝を振るう。

 

先に届いたのは、宿儺の斬撃だった。

 

ギルガメッシュの胸が、今度こそ深く割れる。鎧ごと、霊核ごと、王の中心へ食い込む。致命。

 

だが、遅れて届いた赤い光が、宿儺の胸に刺さった黒い楔へ流れ込む。

 

宿儺の身体が、内側から軋んだ。

 

再生が止まる。

 

否、止められる。

 

呪力の流れそのものが、数瞬だけ強制的に乱される。完全な封殺ではない。だが、いまこの一瞬、この近さ、この損傷では、致命の一押しになる。

 

ギルガメッシュが血の代わりに光を零しながら、低く笑った。

 

「貴様は食い破った。認めてやろう」

 

宿儺の顔が、ギルガメッシュのすぐ目の前にある。

 

互いに満身創痍。互いに致命傷。

 

「だが、王を噛んだ報いは受けろ」

 

宿儺は、その言葉に、むしろ楽しそうに目を細めた。

 

「いい」

 

喉の奥で笑う。

 

「それでこそだ」

 

そして、最後の一撃は、言葉より早かった。

 

宿儺の額の眼が見開く。

 

接触したまま、残った全ての呪力を一点へ噛ませる。広くない。派手でもない。ただ、既に通した致命の線を、最後の最後に深く押し込むだけ。

 

ギルガメッシュの胸の奥で、何かが砕ける音がした。

 

王の表情が、そこでわずかに静まる。

 

怒りでも侮蔑でもない。

 

敗北を認める顔でもない。

 

ただ、自分を殺したものを、真正面から見定める王の顔だった。

 

「……不愉快な獣だ」

 

「褒め言葉だ」

 

ギルガメッシュの身体が、崩れ始める。

 

鎧が光へ変わる。門が一つ、また一つと閉じる。乖離剣も、切り落とされた右腕も、金色の粒となって夜へ散っていく。

 

だが、最後まで視線は逸らさなかった。

 

「覚えておけ、雑種」

 

消えかけた声が、なお高慢に響く。

 

「庭を荒らしたこと、我は忘れぬ。次に会えば、今度は守るものを背にせず、貴様だけを裂く」

 

宿儺は血塗れのまま立っていた。

 

胸には黒い楔。左半身は抉れ、腕も一本ない。再生は遅い。それでも、笑う。

 

「次があると思うな」

 

ギルガメッシュは、それを聞いて、最後に嗤った。

 

「あるとも。王とは、そういうものだ」

 

次の瞬間、黄金は完全に消えた。

 

倉庫街に残ったのは、裂けた地面と、崩れた社の残滓と、夜風だけだった。

 

宿儺はしばらく、その場に立っていた。

 

黒い楔に指をかけ、乱暴に引き抜く。肉が裂ける。血が溢れる。再生は鈍いが、止まってはいない。胸の穴がゆっくり閉じ始める。

 

遠くから、ようやくサイレンの音が近づいてくる。

 

人間どもだ。

 

怯え、喚き、状況もわからぬまま駆けつけてくる。

 

宿儺はそちらへ顔を向けた。

 

一歩、踏み出す。

 

だが、その足は止まった。

 

港の外れ。先ほど悲鳴が上がった方角に、まだ守りの宝具の残光が微かに漂っている。完全に防ぎ切れたかどうかはわからない。だが少なくとも、宿儺が狙っていたほどには壊れていない。

 

あの王は、最後まで守ったのだ。

 

抱えたまま、裂かれながら。

 

宿儺はそれを見て、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「……下らん」

 

吐き捨てる。

 

だが声音の底には、ほんの僅か、退屈ではない何かが混じっていた。

 

「悪くない」

 

夜風が、血と潮の匂いを攫っていく。

 

宿儺は崩れた倉庫の影へ歩き出し、そのまま闇へ溶けた。

 

後に残ったのは、王の消えた空と、切り裂かれた冬木の夜だけだった。

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