弟のアテルを失ったその日、リヴェは狩人のゴーズとその雇い主である貴族のミゲスに出会った。
リヴェにとって、ミゲスの印象は最悪だった。
唯一の弟の墓を壊した挙句、自分たちに従わなければ殺すと脅してきたのだ。
その日から数日が経ち、リヴェの頬の傷がようやく塞がった頃、ゴーズはリヴェにモンスターとの戦い方を教えていた。
リヴェが暮らしていた小さな村にあるボロ家は、リヴェと母と弟の三人で暮らしていたが、今はゴーズがリヴェの怪我を治療するため、一緒に住んでいる。
前に一緒に住んでいた母親は、少し前にリヴェたちを残して突然失踪した。それ以来、この家には戻ってきてはいない。
「いいか?リヴェ、モンスターと俺たちは決定的な違いがある。何か分かるか?」
「見た目、全部」
リヴェは興味なさそうに答えた。
「⋯⋯まぁ、そうだが。答えは武器だ」
「武器?」
「奴らには、強くて頑丈な爪や牙がある。だが、俺たちにはそれが無い。だから、奴らと戦うためには武器が必要なのさ」
「アタシには必要ない」
「その頬の傷は、奴らの鉤爪に引っ掻かれてできたものだ。もしあの時、首元を掻かれていたら、お前は弟と同じ運命だっただろう。だが、武器を持っていれば、それを扱う事ができれば、お前の強さは格段に増す」
そう言ってゴーズは、あのドスランポスを一突きで殺した、大きなナイフを取り出し、リヴェの目の前で下に向け、地面に突き立てた。
「持て。そのナイフで俺に傷一つでも付けることができたら、次は実戦だ。殺す気で来い」
「言われなくても、そうする」
リヴェは刺さったナイフを抜き、素早い動きでゴーズに向かって襲いかかった。
狙いはその首だ、ゴーズの言った通り、本気で殺すつもりだった。
「やはり、いい目だ」
ゴーズはもう一本のナイフを取り出し、リヴェの一突きを防ぐ。
攻撃が弾かれたリヴェだったが、体勢を崩すことなく着地した。
そこから繰り出されるのは、二手、三手目の攻撃。
勢いとスピードに任せたデタラメの攻撃だが、子どもがこなせる技では無い。
ナイフの持ち方や、作法が独特なため、攻撃の軌道はよみづらく、避けるのは困難だ。
だがゴーズは、まるで全て読めていたかのように、リヴェの攻撃を弾き、躱し、いなしていた。
攻撃を外し、伸ばしたリヴェの腕を掴んだゴーズは、そのまま取り押さえる。
「くそっ!なんで!?」
「どうした?もう終わりか?」
手を離したゴーズの足元に向かってナイフを振るが、掠ること無く空を切る。
「まだだ!」
その後、何度も攻撃を繰り出すが、ゴーズの体にリヴェのナイフが当たることは無かった。
さすがのリヴェも息切れし、一旦攻撃を中断した。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯なんで当たらねぇ?」
「お前の目が全てを語っているからだ」
「目ぇ?」
「そうだ、目は口ほどに物を言う。お前がどれだけ、必死に攻撃しても、その目が全部教えてくれてるんだよ。狙う場所、ナイフの振り方、この手に取るようにわかるぜ」
ゴーズが注視していたのは、リヴェのナイフ捌きより、目の方だった。
瞳の動きから次の行動を予測していたのだ。
ゴーズはこの戦術をモンスターとの戦いにも応用していた。
「目を見ただけで⋯」
「だが、目を見て一番分かるのは、そいつの精神状態だ。焦ってるのか、落ち着いてんのか、怒ってんのか、悲しんでんのか。お前の最初の攻撃は、冷静沈着な一撃だった。だから、さすがに俺も防ぐので精一杯だったが、その後の攻撃は焦りに焦りまくってたな。おかげで、楽に避けることができた」
「手の内をそんなに明かしていいのか?アタシはあんたらを本気で殺そうとしているんだぞ?」
「だから、いいんじゃねぇか!お前みたいに戦闘に飢えたガキなんて、どこにもいねーだろ!だから、あの場で死ぬのは惜しい命だったのさ」
「だから、助けたと⋯⋯」
「だが、どれだけ美味い肉も丁寧に焼かなきゃ、食えやしねぇ。お前には俺の戦闘を全て叩き込んで、そんで最強になったとき、俺とやり合うんだ。モンスターなんかより、よっぽど楽しい戦いになるぜ!」
「イカれてる」
「そう思うか。だけどな、そんなイカれてる奴にかすり傷一つ、つけられてねぇんだぜお前は。ま、初日にしちゃ上出来――」
「何もう終わった風に話してんの?」
「あ?」
「アタシは、まだ諦めてないよ」
「いいぜ、来いよ」
そう言ったゴーズだったが、リヴェの目を見ると、表情が険しくなった。
さっきとは明らかに雰囲気が違う。
瞳孔が開き、自分の首を見つめている、ブレが無く、落ち着いた目だ。
さっきの話を真に受けて、すぐに実践に取り組めたのか?
だとしても、理解力が早すぎる。
だが、さっきの攻防で、リヴェの攻撃パターンはあらかた理解できた。全ての攻撃は予想できる。
そう思っていた。
ナイフの刃先をゴーズの首に向けたリヴェが、正面から堂々と走ってきた。
さっきと変わらない単純な攻撃だろう。
そう思ったゴーズだったが、リヴェはゴーズの前に来た途端、構えていたナイフを引っ込め、右足を踏み込んだ。
そして、残った左足でゴーズの体を踏み台のように蹴り、頭上へ跳躍した。
「おっ!?」
そして駆け上がるように、右足で頭頂部を踏み、ゴーズの上を取った。
落下と共に振り下ろされるリヴェのナイフがゴーズを襲った。
ギンッ!
ナイフ同士の激しい衝突で火花が散る。
だがリヴェの意表を突いた渾身の一撃も、ゴーズには当たらなかった。
それでも、リヴェは諦めなかった。
そのまま地面に着地するのではなく、ナイフで防いだゴーズの腕に足を置いた。
腕を蹴り、またしても頭上へ跳躍し、再度、落下攻撃を仕掛けてきた。
ゴーズはその攻撃を見て、理解した。
リヴェがランポスの群れを壊滅させることができたのはこの技だ。
ランポスの体を何度も踏み台にして、跳躍を繰り返し、何度も落下攻撃をしていたのだ。
ゴーズはナイフの持ち方を逆手から順手に変える。
これは攻撃を防ぐ持ち方ではなく、弾く持ち方だ。
リヴェの落下攻撃に合わせて、ナイフを振り抜く。
弾かれたナイフはリヴェの手から離れ、回転しながら上空に舞う。
リヴェはその衝撃で、着地に失敗。尻もちをついた。
「いい攻撃じゃねぇか」
ゴーズは勝ち誇った顔で、余裕そうに上空に弾かれたナイフの落下地点に、手を出した。
完全に油断している。
「勝った」
「へ?」
リヴェは、余裕ぶってナイフをキャッチしようとして出したゴーズの手を、ナイフが落下する瞬間に殴り、手元を狂わせた。
「あっ!?」
落下するナイフを掴み損ね、右手の平に傷が入ったゴーズ。
ゴーズが提示した勝負の条件は、自分にかすり傷一つでもつける事、すなわち、この勝負はリヴェの勝ちだ。
「痛ってぇ!」
「これでいいのか?」
「あぁ、そうだよ!痛ぇな。こういうのは、普通何回か失敗するもんだろ!」
ゴーズは手をぶんぶんと振って痛がっている。
「アタシも、アンタの目を見て判断した。確かに油断してるのが手に取るように分かったよ」
「そうかい。そりゃどうも」
「これでアタシも実戦に行けるのか?」
「確かに、文句はねぇな」
「じゃあ、ミゲスはどこにいる?」
「それは、ダメだ!お前、あの時の事、まだ根に持ってるのか?」
「当たり前だ!あの伯爵だか貴族だか、分かんねぇが、奴はアテルの墓を壊したんだ!許せるわけないだろ!」
「だから、大丈夫だって!今は俺と一緒にモンスターを狩ってろ。殺す機会なんていくらでもあるさ」
「どうせ、アンタが止めるから問題ないって言うんでしょ?」
そんな話をしていると、スタスタとある人物が近づいてきた。
「よぉ、リヴェ。怪我は治ったのか?」
「ミゲス!」
その声にいち早く反応したのは、リヴェだった。
落ちていたナイフを拾い上げ、ミゲスを刺しに飛びかかる。
「死ね!」
「止めろ!バカ!」
ミゲスの寸前で、どうにかゴーズがその手を掴んだため、当たることは無かった。
だがとっさに手を出して掴んだため、さっき切ったばっかりの右手の傷が疼いた。
「痛てて。主よぉ、不用意にこいつに近づくんじゃねぇよ。その内マジで殺されるぞ」
リヴェは反抗的な目でミゲスを睨み続けている。
向けられた憎悪を強く感じたミゲスだったが、全く気にしてはいない。
「そいつを止めるのも、お前の役割だ。まぁ、今回も仕事を持ってきた。この近くの森林で、またランポス共の群れが出たそうだ。そいつらを狩れ」
「へいへい」
「⋯ちっ!」
「なんてったってよ、主。どうしてこんな田舎で、モンスターを狩ろうってんだ?どうせならもっと大きな街の近くで狩った方が、名声や報酬も上じゃねぇのか?」
「お前が気にする事じゃない。それに、ここには他の用事もあるからな」
「他の用ってのは、今朝の仕事と関係があるのか?」
「いちいちしつこいぞ、気にする事じゃないと言っているだろ」
「へいへい」
「おい!待ちやがれ!」
ゴーズがリヴェの手を離さないかどうかを見届けながら、ミゲスは「しっかりやれよ」と、手を振り去った。
「よし。行くぞ」
「離せって!」
リヴェがゴーズに掴まれた腕を強く引き、その手を振りほどいた。
納得がいかない表情だが、ミゲスを追う気はなさそうだった。
「⋯⋯どうしてアンタは、あんな男の言う事なんか聞いてるの?」
「俺はモンスターと戦いたい。主はモンスターを殺したい。主がモンスターを殺す依頼を見つける、俺はそいつを狩る。それだけだ」
「はぁ?何それ、意味わかんない」
「お前にも理解できる日が来るさ。主には俺の夢を託してるんだ」
「あんな奴に託せる夢なんか、無いだろ?」
ミゲスはあんな横暴な態度をしていても貴族である。
この三日間、リヴェの生活を工面していたのも事実だ。
だが、その代わりに仕事として、狩りの依頼をリヴェに頼んでいた。
※※※
二人は村を出て、近くの森林を探索し始めた。
だが、今回はなかなかランポスの群れに遭遇せずに、時間だけが過ぎていった。
だから、更に森林の奥地へと、足を踏み入れるも、その痕跡すら見つからないままでいた。
「おい、いつまで探すつもりなんだよ?」
「まだ、日は沈んでねぇだろ。奴らはどっかにいるんだよ」
「アイツの言った事は本当に合ってるの?」
ランポスに弟を殺されて、数日しか経ってないのに、それに対しての恐怖心は全く無いリヴェ。
ゴーズは、その事に内心驚きつつも、狩りに支障がなさそうなので安心した。
だがこれだけ探しても、ランポスの群れが見つからない事には、違和感があった。
ミゲスのモンスターに対する情報は、毎回、被害を受けた村人から聞いているが、その対象が居なかった事例はこれまでに一度も無い。
それでも、手ぶらで帰る訳にもいかないので、日が沈むまでに、何か痕跡の一つでも見つけておきたかった。
その時、近くの茂みから、グルル、とうめき声が聞こえた。
「この低い声⋯⋯」
「あぁ、近くにいやがるな」
バッ!
と飛び出してきたのは、ドスランポスだった。
「こいつは、群れの長か!」
「リヴェ!」
ナイフを取りだしたゴーズは、そのままリヴェに投げ渡した。
リヴェはそれを迷わず受け取った。
「今ならよく分かるはずだ、武器の強さがな。あの時のお前とは違う!さぁ、殺れ!」
無言で頷いたリヴェは、威嚇するドスランポスに斬りかかった。
その鉤爪と牙がリヴェを迎え撃つ。
リヴェの目はブレていない。
鉤爪を弾き、姿勢を低くした噛みつき攻撃をかわした。
そして姿勢を低くしたドスランポスの頭を踏んづけ、ジャンプする。
落下の勢いを活かして、ナイフを突き立てる。
その攻撃が当たる寸前でドスランポスは身を捩ったが、既に遅かったため、リヴェのナイフは横腹を切り裂く。
吹き出した鮮血がリヴェの顔に飛び散り、その頬を真紅に染める。
距離を取ったドスランポスだったが、致命傷だった。
戦闘を見ていたゴーズは、自分の見込み通り、リヴェは勝てると確信した。
だが、この状況は何かがおかしい。
何故、このドスランポスは、自分が率いる群れを放置して、こんな奥地に、潜んでいたのか?
その群れはどこに行ったのか?
そう考えている内に、リヴェはドスランポスを、追い詰めていた。
腹を切り裂かれた事が致命傷になり、その後の攻撃が弱くなったのだ。
よろめいたドスランポスが、なんとか、抵抗しようと噛みついてきた。
だがその攻撃は、あまりにも遅く、弱々しかった。
これまで冷静さを欠いていなかったリヴェは突き出したドスランポスの頭を掴み、ナイフを振りかぶる。
これだけ、ボロボロになってもドスランポスは、逃げなかった。
それは明らかにおかしい、生存本能があるなら、リヴェに勝てないと分かった瞬間に、すぐに逃走を図るはずだ。
群れがいない。
森林の奥地に潜む。
瀕死でも逃げない。
このドスランポスは、何か別のモンスターに追われている。
ゴーズはそう思った。
そして重なった疑問の答えを示すように、とどめを刺そうとした、リヴェの頭上を大きな黒い影が覆った。
「やべぇ!」
ゴーズは、声と同時に手を伸ばす。
そのままリヴェの首根っこを掴んで、自分の方へ引き寄せた。
その瞬間、上空から雌火竜――リオレイアが君臨した。
リオレイアはこの森林に存在する、強力なモンスターだ。
2話です!
ここから大型モンスターとの戦闘になります!
リヴェとゴーズの関係も深くなっていきます!
お楽しみに!