紅色の裂び   作:カワード

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3話「陰謀」

 リオレイアはこの森林に存在する、強力なモンスターだ。

 

 ゴーズが咄嗟に伸ばした手でリヴェを掴んで引き寄せたため、リオレイアに潰されることはなかった。

 

「⋯⋯何っ!?」

 

 リオレイアは弱っていたドスランポスを踏み潰し、リヴェたちを睨みつける。

 

「なるほどな、雌火竜リオレイア。ランポスの群れはこいつに全滅させられたってことか。そして、唯一生き残ったドスランポスも今死んだと。こいつはマジでやらなきゃ死ぬな」

 

 ゴーズはもう一本のナイフを取り出し、リヴェの前に出て構える。

 そして、片目でリヴェの方を見て、空いた片手を伸ばした。

 

「そいつをよこせ。こいつは、仕事とは関係ねぇが、殺らなきゃならねぇ」

 

 ゴーズは伸ばした手でリヴェに渡したナイフの返還を要求した。

 だがその手のひらは、リヴェとの戦いで、負傷した切り傷が悪化していた。

 

 そんな手ではナイフを握れない。そう思ったリヴェは、首を横に振り、要求を拒む。

 

「アタシも戦う!」

 

「ダメだ!」

 

 リオレイアの猛々しい咆哮が、森林中に響き渡る。

 その爆音に対して、二人は耳を塞がずにはいられなかった。

 

 リオレイアは咆哮が止むや否や、大きく息を吸い込んだ。

 その口元には、炎が溢れている。

 特大の火炎ブレスが放たれる前兆だ。

 

「くそっ!」

 

 ゴーズはリヴェの手を引っ張り、リオレイアの正面から側面に回り込んだ。

 

 次の瞬間、リオレイアは特大の火炎ブレスを放つ。

 前方に炎が激しく広がった。

 

 リヴェたちは、近くの木陰に飛び込み、息を殺して様子をうかがった。

 

 普段は二本のナイフで戦う、双剣の使い手だったゴーズだが、リヴェが思った通り、手のひらの傷が原因で、片手でしかナイフを握れない状況だった。

 

「炎!?」

 

 驚くリヴェに対して、ゴーズは手のひらの傷を見ながら、その手でナイフを握れない事を改めて理解した。

 

「痛ってて⋯⋯そうだよ、だからこいつは厄介なんだ。だから、本腰入れて戦わねぇと⋯⋯」

 

 握れないと分かっていても、それでも、リヴェの持つナイフを持とうとするゴーズ。

 それをリヴェは、頑なに渡さない。

 

「なら、アタシも戦った方がいいだろ?」

 

「はぁ!?お前、あの炎を見ても、まだそんな事が言えるのか!?」

 

 さっきまで、リヴェとゴーズがいた場所は、リオレイアの吐いた炎で、既に広範囲の草木が真っ黒に焦げている。

 

「戦わせろ!」

 

「フフ⋯⋯ヒャハハッ!それ本気で言ってんのか?年端もいかねぇガキが雌火竜とやり合うだと!?面白い!なら、やってみようじゃねぇか!」

 

 ゴーズは、木陰から飛び出し、リオレイアに向かって駆ける。

 それにすぐ気づいたリオレイアは、横に尻尾を振り薙ぎ払おうとした。

 ゴーズは迫り来る尻尾が当たる寸前、体を後ろに倒し、滑り込むようにリオレイアの腹部へ潜り込み、斬撃を繰り出した。

 そして、すれ違うように脱出しようとしたが、下腹部を滑りながら通り過ぎた瞬間、下を向いたリオレイアと目が合った。

 

「やっべぇ!」

 

 獲物を逃さないように、最速で噛み付いてきたリオレイア。

 なんとか、体を横に転がして、避けながら立ち上がるゴーズ。

 

 腹部に与えた斬撃の傷は浅い。

 

 ゴーズにとって、圧倒的に不利な状況だが、その顔には、なぜか笑みが浮かんでいた。

 

 自分も戦うと豪語したリヴェだったが、その様子を見て硬直していた。

 

「リヴェ!楽しめ!」

 

 ゴーズの意味の分からない発言。

 だがそれを聞いたリヴェは、胸が高鳴った。

 それに呼応するかのように頬の傷が疼いた。

 

 楽しむ、そう考えると、自然と足が動いていた。

 

 楽しいんだ。

 

 何も思い悩む必要なんてない、戦いは――楽しいんだ。

 

 そう理解した瞬間、気づけばリヴェも笑っていた。

 

「ははっ!」

 

 ゴーズよりも、速く駆けるリヴェ。

 リオレイアは、自身に駆け寄る小さな存在に対して、何の警戒もしなかった。

 目の前の敵である、ゴーズの方が厄介だと、さっきのやり取りで認識したのだ。

 そこから目を離さなかった。

 

「おらぁ!」

 

 リヴェの狙いは首だった。

 突き刺そうと思いっきり飛びついた。

 

 リヴェのナイフは深々と突き刺さり、思わず怯むリオレイア。

 

 その隙を逃さず、攻撃するゴーズ。

 こっちも首が狙いだった。

 

 振り下ろしたナイフがまたしても、首を切りつけた。

 

 リオレイアの流血が激しくなった。

 

 だが相手も大型モンスター、大きなダメージだが、この程度では致命傷にはならない。

 

 このまま陸上で戦っていては不利だと感じたため、翼を大きく羽ばたかせ、一旦上空へ退避した。

 

「リヴェ!飛べ!」

 

「あぁ!」

 

 ゴーズの手を借り、肩を踏み台にして、リヴェは上空へ飛翔した。

 両手で持ったナイフを前に突き出す。

 

「翼を破れ!」

 

 放たれた弓矢のように一直線に飛んだリヴェは、そのまま飛翔しながら翼を貫き、落ちる際にもう片方の翼膜を突き刺した。

 

 飛行能力を失ったリオレイアは、地面と激しく衝突した。

 

 リヴェはリオレイアの体をクッションに着地し、ゴーズの元へ戻った。

 

「やるなぁ!リヴェ!」

 

「はぁ⋯⋯はぁ」

 

 立ち上がったリオレイアは、怒りの咆哮を上げる。

 そしてその怒りを体現したかのように猛突進してきた。

 

 その目は激しくブレている。

 

「分かるかリヴェ?今の奴の状態が」

 

「焦ってるな」

 

「そうだ、ならあれが狙えるな!」

 

「あぁ!」

 

 二人は突進してくるリオレイアに対し、横に並び、ナイフを構える。

 

 その口が最も大きく開き、間近まで迫った瞬間、二人は息ぴったりにナイフを振り抜いた。

 

 すれ違いに、倒れ込むリオレイア。

 その顎は引き裂かれて大きく開いていた。

 

 立ち上がることはなかった。

 

 しばらくして、安心したように二人も倒れた。

 大自然の中、大の字で寝っ転がる二人は、そのまま語り始めた。 

 

「はっ、マジかよ。お前人間じゃねぇよ。ガキのくせにあの雌火竜を倒しちまった」

 

「アンタには⋯⋯はぁ⋯⋯人の心がねぇよ⋯⋯ったく」

 

「⋯⋯でも、楽しかったろ?」

 

「⋯⋯うん」

 

「じゃあ、お前も人の心がねぇな」

 

「はぁ!?」

 

「ははっ⋯⋯お互い似たもの同士だって事だ」

 

「アタシは⋯⋯アンタとは違う」

 

「あの時、弟が死んじまって、辛かっただろ?」

 

「⋯⋯」

 

「辛ぇ、認めたくねぇ、現実ってのは、ずっと見えてるもんだ。だけど、それに向き合って生きるには、楽しいことをすればいい」

 

「いきなり、何言ってんだ?」

 

「楽しいことをすれば、どんな現実もぼやけてくる。ぼやけてきた現実と向き合っても、何も感じねぇのさ。楽しい事があるから気にしなくなるんだ。はっきり見える現実だからこそ、つらいんだ」

 

「現実から逃げるために楽しめって事?」

 

「いや、逃げちゃいねぇ。過去はどんな状況でも忘れることは無い。他に楽しい事が無ぇから、つらい事ばっか思い出すんだ。今が楽しい、それだけでいいじゃねぇか、何が起こってもな」

 

「自分勝手だな⋯⋯アンタ」

 

「お前にも分かる日が来るさ、俺たちは似た者同士だからな」

 

「うるさい」

 

 日が沈む森林で二人は、笑い合いながら、眠りについた。

 リオレイアの死体を枕にして。

 

※※※

 

 その頃、リヴェの住む村にいた、ミゲスはある人物とたった一人で待ち合わせをしていた。

 待ち合わせ場所は、村にあるはずのない地下牢の入り口前だった。

 

 日がすっかり暮れ、人の気配がしなくなってきたが、待ち合わせ時刻は過ぎていない。

 

 何もせずにじっと待っていると、松明を持った人影がゆっくりとこちらに近づいてきた。

 明かりに照らされその顔がハッキリと見える。

 

 中年の男で、低身長、その顔にひねくれ者と書いてあるような人間だった。

 

「こんな田舎の片隅に、一体何があるのかね?ミゲス伯爵」

 

 への字の口で、妙に甲高く耳障りな声で喋る。

 首には『ウルスス』と書かれた銀色のネームプレートを二枚ぶら下げている。

 

「えぇ、ありますよ。あなたが欲しがる物がね、シュレイド王国軍上官、ウルスス副長」

 

 

 ウルスス副長は、シュレイド王国軍の中でも隊長に次いで二番目の権力の持ち主である。

 

 貴族であるミゲスの方が立場は上であるが、ミゲスはいつものような偉そうな喋り方を、控えていた。

 

 対照的に、ウルススはまるで部下と話すように軽々しく喋っていた。

 

「その判断は、現物を見てから決めようかのぉ」

 

「では、こちらへ」

 

 ミゲスはウルススを地下牢へ案内するため、地面にあった扉を開け、中に入っていった。

 

 螺旋階段を下りながら、二人の会話は続いた。

 

「約束通り、一人の部下も連れずに来てくれましたね」

 

「ワシの真の目的については、まだ部下の誰にも話していない。むしろ、一人の方が都合がいい。例の兵器はこの階段の下だな?」

 

「えぇ、この螺旋階段を降りた先にあります。副長の真の目的、それを達成するために、ここの兵器が必要、と言うことでよろしいですかな?」

 

「その通り。ワシの目的は⋯⋯」

 

「あぁ、いや、結構。何となく察しはついてます」

 

「そうか。にしても、どうしてこんな地下深くに?」

 

「今は、他の誰かに見られては困るんですよ。例え、自分の部下だろうとね」

 

「ほぉ、誰かに見られて困る兵器か⋯⋯それは、期待が大きいぞ」

 

 螺旋階段はまだまだ先に続いていた。

 一定のペースを崩さないまま、二人は階段を降り続けていた。

 

「この兵器は、元々私の父が所有していた物です」

 

「伯爵の父君か?先月亡くなった?」

 

「そうです。私が殺しました」

 

「――実の父親を!?」

 

「えぇ。父はこの力を兵器として使うことを拒んだ。私にとって、それは障害でしかなかった。だから、もう殺すしかなかったんです」

 

「そう淡々と語られると、言葉が悪いが、伯爵は薄情だな。まぁ、その薄情さをワシは気に入ったんだがな」

 

 話している内に二人は螺旋階段を降りきっていた。

 降りた先にあったのは、大きな扉とその手前に置いてある木箱だった。

 その木箱からは、なぜか生臭い匂いがした。

 

 その匂いで顔が歪んだウルススは思わず鼻をつまんだ。

 

「うっ!?何だ!?この匂いは?例の兵器は本当にこの扉の先にあるのか?教えろ!伯爵の話を聞く限りじゃ、どんな兵器か見当もつかない!」

 

 ミゲスは、若干イラつき始めたウルススの質問を無視し、扉の前の木箱を開け始めた。

 

「それに、その木箱には何が入っているんだ?」

 

「餌ですよ。地下は保存環境がいいのでね」

 

 ミゲスが木箱から取り出したのは、真っ赤な血に染まった肉の塊だった。

 

「餌!?何の?」

 

「もちろん、兵器の」

 

 ミゲスは肉の塊を持ったまま、扉を開ける。

 

 ゆっくりと開いた扉の先で見えたのは、開けた空間と、巨大な鉄格子だった。

 その鉄格子の向こうにいたのは、眠っている火竜――リオレウスの雛だった。

 

「リオレウス!?」

 

 ウルススは声を荒げ、目を見開いて驚いた。

 雛とは言え、その体は並の人間より一回り大きい。

 それに国で猛威を奮っている、最強のモンスターであることに変わりは無い。

 

 

 人に見せられない。

 餌が必要。

 鉄格子と巨大な地下空間。

 

「まさか、伯爵の言った兵器と言うのは――」

 

「そう。この火竜の雛です」

 

「ふざけるな!」

 

 ウルススは今にも殴りかかろうとする勢いで拳を振り上げた。

 

 その時、肉の匂いのせいか、大きな声のせいか――どちらかが原因で、リオレウスは目を覚ました。

 そのまま、肉の塊を持ったミゲスの前に、翼を広げて、ペタペタと近寄って来た。

 

 愛おしい姿だが、ウルススにとっては、恐怖でしかなかった。

 

「まさか、育ててるのか!?」

 

「えぇ、卵の時からね。今、私は親も同然だ」

 

 鉄格子のそばまで近寄ったリオレウスは、ヨダレを垂らしながら、肉の塊を見つめている。

 

「むちゃくちゃだ――育てられるわけがない!これ以上成長したら、手が付けられなくなるぞ!」

 

「それはどうでしょう」

 

 ミゲスは肉の塊をリオレウスの目の前に置いた。

 

 すぐに食べようとした、リオレウスだったが、噛み付く直前に「待て」と言われ停止した。

 しばらく見つめさせた後に「良し」と言うと、リオレウスは肉にがっつき出した。

 

「私はこいつの親だ。言うことを聞かせられる」

 

「バカげてる!人間の子供とはわけが違う!」

 

 ふんぞり返ったウルススは、扉の方へ出ようとした。

 

「ミゲス伯爵、お前の事を勘違いしていた!計算高い男だと思っていたが、これじゃただの馬鹿だ!ワシはお前のことを国に報告する!」

 

「あなたの真の目的、それは国家転覆ですよね?」

 

「っ!?なぜそれを!?」

 

「察しは付いていました。確かに私の事を国に報告して、私とこのリオレウスを処分するのもいいでしょう。ですが、それで本当にいいのですか?」

 

「何?」

 

「国家転覆と言う、無謀にも近い目的を持ちながら、何のリスクも背負わずに、それが成し遂げられると?そうお考えですか?」

 

「そんな訳、ないだろ!」

 

「だったら、危険を冒してでもリスクを背負うべきだ!」

 

「⋯⋯しかし、これは危険すぎる。もし途中でバレたり、こいつが暴走すれば、誰にも止められない」

 

「えぇ、ですから、完璧に育てる必要があるのです」

 

「完璧に育てる?」

 

「今あげた、この肉は、今朝、私の部下が殺した兵士の死体です」

 

「えっ⋯⋯人の肉を与えているのか!?」

 

 その人の肉が兵士のものだという点については、ウルススは気にしていなかった。

 

「兵士の肉の味を覚えさせて、兵士を敵と認識させる。そうする事で捕食対象を軍隊に絞ることが出来る」

 

「⋯⋯本当にそうなるのか?」

 

「可能性はあります。ただ、私一人でこのリオレウスを育てきったとして、意味は無いのです。王国に従属しているあなたの手引き、いやあなたの先導が必要なのです!」

 

「ワシの先導が必要?」

 

「確かに私の計画は不確定要素が多い。だが、その分の見返はもっと多い。成功すれば国を落とせる最強の兵器が完成する!あなたは、ただ国に服従しているそこらの愚かな兵士どもとは、格が違う!自らがこの国の頂点に立とうとする、果てなき野望を持った崇高な人間!」

 

 ミゲスの言葉に、ウルススは目を輝かせた。

 

「そんなあなたが失敗を恐れていては、いつまで経っても、頂点になんて立てませんよ」

 

「伯爵⋯⋯本当にそこまでワシを必要としているのか?」

 

「もちろんです⋯私の事が信用できないなら、即刻、切り捨ててもらっても構わない。それが、私が背負うリスクです。どうですか?私の計画に、どうか、お力添えいただけませんか?」

 

「伯爵、どうやらお前は自分の立場を、わきまえているようだ。ふふふっ!その計画、ワシは乗ったぞ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 深々と頭を下げたミゲスは、そのままウルススと固い握手を交わした。

 

 高笑いをしているウルススに対して、下を向いていたミゲスは、わずかに口元を歪めていた。

 

 共鳴するように雛のリオレウスも、一緒に叫んでいた。

 

 ミゲスは、人の手で火竜リオレウスを育て上げ、最強の兵器を作り、国家転覆を企むウルススと手を組むのが目的だった。




はい、3話「陰謀」でした!
リオレイアとの戦闘と、地下牢のリオレウスの雛。
次回からは、全ての因果がぶつかる大きな話になります!

お楽しみに!
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