紅色の裂び   作:カワード

4 / 5
4話「火竜」

 ジメジメとした空気が漂う螺旋階段をぽつりぽつりと降りる足音が、辺りに響く。

 

 彼が手にしている松明が暗闇を照らし、目の前の視界を確保した。

 

「なぁ?本当にここで合っているのか?」

 

 後ろから不満そうにつぶやく声が聞こえてきた。

 松明に照らされたその顔は疑念に満ちている。

 

「どっちだっていいさ。俺たちは上の命令に従うだけだ」

 

 彼らは王国の兵士だった。

 

「こんな所にモンスターなんて、いるわけねぇだろ。あのミゲスのボンボンは一体何を考えてんのか、わけがわかんねぇ」

 

「だから、どーでもいいって、そんなこと。モンスターがいないならそれに越したことは――」

 

「グルルル」

 

「っ!?」

 

「おい!今の声!」

 

 二人は足早に螺旋階段を駆け下りた。

 そして、大きな扉の前に着いた。

 

「ここから⋯⋯聞こえたよな?」

 

「⋯⋯あぁ⋯⋯⋯⋯行くぞ」

 

 二人はゆっくりと扉を開け――グチャ。

 

「う、うわぁああああああ!!」

 

※※※

 

 リヴェとゴーズがリオレイアを討伐してから約六年の歳月が過ぎた。

 

 ミゲス伯爵はこの二人に、多くの仕事を依頼していった。それは主にモンスターの討伐や、犯罪者、謀反者の処刑がほとんどだった。

 

 あの時、少女だったリヴェは成長期ですっかり身長が伸び大人びた顔つきになった。そして肩まで伸びた赤く荒れた長い髪と、細くても力強い身体に育っていた。それでも頬に口が裂けたような傷跡が、まだ痛々しく残っていた。

 

 ゴーズも歳を重ね、顔の彫りが深くなり、シワの数も増えた。

 そして何より身体の至る所に多くの切り傷ができていた。その大半はモンスターや罪人たちとの戦闘――ではなく、リヴェとの戦闘でできたものだった。

 長年着てきた黒いコートは所々が傷んでおり、どこか哀愁を感じる。

 

 ガキンッ!

 

 シュレイド王国、城下町の中央通りで刃と刃がぶつかり合い激しい火花を散らす。

 

 リヴェが突然、ゴーズに襲いかかってきたのだ。

 

 彼女はことあるごとにゴーズに勝負を挑んだ。

 寝てる時、モンスターとの戦闘中、そして多くの人で賑わう城下町、場所も時間も関係なく、リヴェはゴーズに襲いかかっていった。

 その理由は、ミゲス伯爵を殺すためだった。

 実の弟の墓に自分を投げつけられ破壊された、あの日の出来事をずっと根に持っていた。

 

「リヴェ!お前ぇここでやるのは、さすがにやべぇだろ!」

 

「はぁ?どこでやろうが、アタシには関係ないね!」

 

 ガキンッ!

 

 ゴーズの警告に聞く耳を持たず、リヴェは悪そうな笑みを浮かべ自身の長刀を全力で振るった。

 それをゴーズは困った顔で双剣を正面でクロスさせながら受ける。

 

 街中で突然、堂々と繰り広げられる戦闘に恐怖を感じた周囲の人は、驚き叫びながらその場から離れていく。

 

「何だ!?兵士の喧嘩か!?」

「いいぞー!もっとやれっ!」

 

 代わりに集まってくるのは、物珍しい光景を見ようとした野次馬だった。

 

 群がってくる人を横目で認識したゴーズは焦った。

 

「これじゃ目立ちすぎだ!俺たちは、主の命令で仕事としてここに来ただけだぞ。悪目立ちすると仕事に支障が出る。勝負なら後で受けてやるから!なぁ?今は我慢しろって!」

 

 リヴェは納得のいかない表情のまま長刀を下ろした。

 

「⋯⋯その言葉忘れんなよ」

 

「ふぅ⋯⋯さぁ帰った帰った!俺たちは見世物じゃねーぞ!」

 

 ゴーズがため息をついた後、群がってきた野次馬をしっしと追い払うように手首を何度も曲げた。

 

「何だよ⋯⋯つまんねぇの」

 

 興味をなくした野次馬はすぐにその場から立ち去る。

 

 ここしばらくのシュレイド王国は平和そのものだった。

 リヴェたちの裏での活躍により、モンスターによる被害が激減し、盗賊のような輩はすぐさま殺されていったからだ。

 

 その平和が国民の心に日常の退屈さを与えてしまった。

 

「仕事って何だよ?」

 

「知らねぇ」

 

「はぁ!?」

 

「俺は主から『お前を連れてここに来い』としか言われてねぇからな。だから、主もここに居るもんかと思ってよぉ」

 

「何で、そんな適当な命令を受けたんだよ⋯⋯」

 

 すると、中央通りの外れから慌てふためく一人の兵士が走ってきた。

 

「た、助けてくれぇ!」

 

「王国兵士?」

 

 その兵士は傷だらけの兵装で、頭から血を流しており、中央通りで足をもつれさせ派手に転倒した。

 その上空に不自然に現れた大きな影が覆いかぶさる。

 

 倒れた兵士は身体を起こし、上を見上げて顔を引きつらせた。

 

「ひぃ――!」

 

 その瞬間、恐怖に支配された兵士の上に降り立ったのは、血に濡れた凶悪な鉤爪。

 その鉤爪の持ち主は、火竜――リオレウスだった。

 

 赤い体と翼に入った黒い模様。

 雌火竜リオレイアと同じく、炎と毒を持ち、大空を自在に飛び回る飛竜種である。

 その飛行能力は、リオレイアをも凌駕する。

 

「ぎゃああああ!」

「モ、モンスターだぁ!」

「逃げろ!」

 

 リオレウスの咆哮が中央通りを支配した。

 周りにいた人たちは、たちまち慌てて四方八方に逃げ回った。

 

「ちっ!なんでこんな所に!?やるぞ、リヴェ!」

 

「分かってるよ!」

 

 ゴーズは迷いなく二本のナイフを手に取り、リオレウスに駆けていく。

 その時、脳裏を過ぎったのは、ゴーズの主であるミゲス伯爵がこのリオレウスを討伐させるために、自分たちをここへ呼んだ可能性があることだった。

 

(まさか、主は最初からこのリオレウスの存在を知っていたのか!?)

 

「はぁあ!」

 

 ジュバッ!

 

 ゴーズの斬撃がリオレウスの顔面をとらえた。

 

 ガキンッ!と激しい金属音が鳴り響く。

 リオレウスはゴーズのナイフに噛みつき、凶悪な目つきでゴーズを睨みつけた。

 

「今だぁ!」

 

 ゴーズの合図で、空から奇襲しようとしたリヴェは、既に長刀の柄を踏み込みの支点にして跳び上がっていた。

 そしてその優れた飛行能力を奪うため、上空から翼目掛けて刃を振り下ろそうとした。

 

「死ね――ぐはっ!?」

 

 だがリヴェは空中で死角からの攻撃を予測できず、リオレウスのしなる尻尾に弾かれてしまい、その一撃をまともにくらう。

 

「リヴェ!」

 

 近くの建物にぶっ飛ばされたリヴェは、その背中を壁に思いっきり叩きつけられた。

 そしてあまりの勢いの強さによって、その壁はガッシャーン!とバラバラに砕け散り、リヴェは瓦礫と土煙に埋もれてしまった。

 

「くそっ!――熱っ!?」

 

 リオレウスに視線を戻したゴーズは、自分の顔にものすごい熱気を感じる。

 それは、リオレウスの閉じた口の隙間から微かに漏れ出す炎によるものだった。

 

 瞬間、リオレウスがガバッと口を大きく開き、炎のブレスが放たれる。

 

「やば――」

 

 ブワッと一気に放出された炎から逃げる術は無いように見えた。

 

 一瞬にして立ち上がった炎は、瞬く間に引いていった。

 

 リオレウスの口元から一本の焦げたナイフが、ポロリと地面に落ち、呆気なく砕けていった。

 炎のブレスを近距離で強く浴びすぎたため、朽ちてしまったのだ。

 

 そこから少し離れた場所に、ポツリと黒いコートがはためいていた。

 土煙の中、元々年季の入っていたコートは塵のように崩れ落ち、その後ろにいたゴーズは姿を晒した。

 片手に握られたナイフはダランと垂れており、コートを掴んでいたもう片方の手は前に伸ばしたまま、大粒の汗が額を流れた。

 

「コイツは⋯⋯骨が折れそうだ」

 

 ガラッ――ヒュンッ!

 

 崩れた瓦礫の中から、長刀を振りかざした超低姿勢のリヴェがリオレウス目掛けて、勢いよく飛び出した。

 ボサボサの赤い髪がなびき、側頭部から痛々しく流れる血が背後に飛び散った。

 尻尾の攻撃を受けた腹部から出た血が服に滲んでいた。

 歯を食いしばり、頬の傷跡もズキリと痛む。

 それでもその鋭い眼光が、リオレウスを睨んだ。

 

「痛ぇじゃねぇか!ゴラァ!」

 

 こうして突如、城下町の中央通りに現れたリオレウスに対し、リヴェとゴーズは戦いを強いられたのだった。

 

※※※

 

 燃え盛る街と逃げ惑う国民の悲鳴が、シュレイド王国の日常を破壊していく。

 二人とリオレウスの争いは激化していった。

 

 その戦いの様子を、中央通り近くの高台から不敵な笑みを浮かべて見つめる、二人の男がいた。

 

「始まったか」

 

「えぇ、ようやくこの日が来ましたね」

 

 首にぶら下げた銀色の二枚のネームプレート、ひねくれ者のような顔をしている、王国軍長官、ウルスス副長。

 

 そして、青紫の高貴な衣装を身に纏った、気品漂う大貴族、ミゲス伯爵だ。

 

 二人は以前、シュレイド王国の街外れの地下深くで、リオレウスの雛を育てていた。

 約六年の歳月を掛け、完全体に成長したリオレウスは、次第にミゲス伯爵の言うことをも聞かなくなっていった。

 そこで、本来なら餌にしていた王国軍兵士に、わざとこのリオレウスを地下深くで発見させ、逃げる兵士を追わせる形で街に放った。

 こうして地上に出たリオレウスは、兵士を追って城下町の中央通りにたどり着いたのだった。

 

「このままリオレウスに国を蹂躙させ、多くの兵力を削ぎ、国民に真の恐怖を与える。見えてるかミゲス伯爵?ワシらの作戦は大成功だ!後はお前の狩人たちがリオレウスを始末すれば、全て完了する」

 

「えぇ。ですが、ゴーズたちにはここで死んでもらいます」

 

「何だと?」

 

「はっきり言って、彼らにこの戦いの勝ち目は無い。何故なら、あのリオレウスは、これまで幾多の兵士と戦ってきた――言うなら対人戦に特化した個体だからです。野生に生息しているリオレウスとはわけが違う」

 

「だ、だったら、あのリオレウスをどうやって止めるのだ!?このままでは、本当に国が崩壊してしまうぞ!今の王国軍に太刀打ちできる兵士はいない!下手をするとワシらの身も危うくなってしまう!」

 

「ご心配なく、既に手は打ってあります」

 

「ほ、本当か――っ!?奴がこっちに向かってくる!」

 

 その時、突然リオレウスが高台の方に猛スピードで突進してきた。

 

「おい!なんとかしろ!このままじゃ――!?」

 

「いい方法がありますよ」

 

「何!?うわぁあああああっあ!」

 

 ミゲス伯爵はウルススの背中を思いっきり押した。

 

「お前が餌だ、ウルスス」

 

 高台から身を乗り出したウルススは、勢いよく落下していき、そして――グギッ!と足を地面に叩きつけた。

 

「ぎゃああああ!あ、足が!足がっ!」

 

「精々、時間稼いでくれよ、王国軍副長」

 

「ミ、ミゲス!貴様ぁ!あっ痛だだだっ、ま、待て!助け――!」

 

 グチャっ!

 

 突進してきたリオレウスの脚が、もろにウルススの顔面を蹴り飛ばした。

 ウルススは空中で華麗に三回転半捻りした後、近くの壁に激突した。

 

 そしてバタンッとうつ伏せで倒れ込み、そのまま動かなくなり、身体中からじわりと滲み出てきた血が円上に広がっていく。

 

「ははっ!これは傑作だ!祖国の裏切り者にふさわしい末路じゃないか!」

 

 高台から見下ろしていたミゲス伯爵は、その様子を見て手を叩きながら高らかに嘲笑う。

 

「この野郎!」

 

 ゴーズの刃が背後からリオレウスの尻尾を捉えた。

 だが、剣閃は虚しくも空を切る。

 

 クルッと振り返ったリオレウスがその顔でゴーズを突き飛ばす。

 

「ぐはっ!」

 

「何でこんなに強いんだ!?⋯⋯こいつは――リオレウスは今まで何体も倒してきたのに!」

 

 リヴェとゴーズは今日まで数多くのモンスターと戦ってきた。その中でも一番多く戦ったのが火竜だった。

 本来なら二人にとって火竜はここまでの苦戦を強いられる相手ではない。

 だが今戦っているリオレウスは、これまでのリオレウスとは比べ物にならない程、手強い相手だった。

 空からの奇襲も、死角からの強襲も、二人の連携攻撃も、まるで通じていなかった。

 

「お前らが苦戦するのも当然だ。ゴーズはともかくリヴェ、お前だけでもここで死んでもらう。だが、このまま二人とも殺られて、やつを殺せなければ、私の計画も水の泡だ⋯⋯ちっ!まだ来ないか」

 

 ミゲス伯爵は舌打ちをしながら、ちらっと後ろを振り返り、眉間に皺を寄せる。

 彼は何かを待っていた。

 

「くそっ!どうすりゃ――っ!?」

 

 長刀を構え、リオレウスを見据えるリヴェの視界の端に映ったのは、逃げ遅れて瓦礫の近くでうずくまっていた少年と少女だった。

 周りには燃え盛る炎が迫っていた。

 

「ミル!お願い、立って!早く逃げないと!」

 

「あ⋯⋯あぁ⋯⋯」

 

 ミルと呼ばれた少年は恐怖に飲まれたのか、腰が抜け、目をかっぴらいた状態で震えながら前を見つめている。

 少女は彼を揺さぶりながら、声を滲ませて早く逃げようと必死に叫んでいた。

 だが少女の必死の訴えも、絶望した少年(ミル)の耳には届かなかった。

 

 その時、リオレウスの首が少年たちの方に向き、その目がギョロっと動いて、新たな獲物を捉えた。

 そしてそっちの方に脚を動かす。

 

「⋯⋯おい、まさか!?止めろっ!」

 

 リヴェの脳裏に忌々しい過去の記憶が蘇る。

 身の毛がよだつような感覚に襲われる中、リヴェは刃を向けて無我夢中に走り出した。

 リヴェの目には少年が、あの日ランポスに殺されたアテルにしか見えなかった。

 

 頬の傷跡が紅く疼く。

 

「アテル!」

 

「リ、リヴェっ!ダメだ!」

 

 瓦礫をどかして何とか立ち上がったゴーズは声を振り絞って叫ぶ。

 

 だがリヴェはその声を無視して少年たちの前に出てきて、リオレウスを正面から迎え打つ。

 

「はぁぁぁぁぁ!」

 

 がむしゃらに振る長刀が、リオレウスを怯ませた。

 あらゆる角度から高速で迫る剣閃は、特に顔面を――その頬を狙っていた。

 

「グゥルル⋯⋯」 

 

「オラァァ!」

 

 前のめりになった体勢から放たれる、ヤケクソな渾身の横ぶりは、思いっきり空振った。

 崩れる体勢の中、リヴェの目に映ったのは、脚を動かして、身体を反転させるリオレウスだった。

 そして視界の端で捉えたのは、猛スピードで迫り来る尻尾だった。

 

 瞬間、リヴェは踏み込んだ足に力を込め、崩れそうな体勢を抑えて上体を後ろに逸らす。

 横に振り切った長刀を無理やり縦に戻しながら、身体ごと後ろに引っ張る。

 だがそれでもリオレウスの尻尾からは逃れられず、後ろに引ききれなかった長刀の持ち手が、バギっ!と真っ二つに砕けた。

 

 ザシュッ!

 

 叩きつけられた尻尾が長刀を真っ二つに砕き、その尻尾の細く鋭い先端がリヴェの顔を切りつける。

 またしても、その傷は頬にできた。

 

 両頬の傷がリヴェの口を大きく広げた。

 

 リオレウスの口が襲い来る。

 

 だが、身体は動かない。

 頬の痛みが導いた記憶は、弟を守れなかったあの日の出来事だった。

 

 どうして、また弟を守ろうとしたんだろう?

 

 死を悟ったリヴェの脳裏に浮かんだたった一つの疑問、その答えが――自分の心が分からない。

 

 グチャ。

 

「ぐっ!」

 

「っ!?」

 

 リヴェの前に身をさらけ出したゴーズは、リオレウスの口に肩から腹部にかけて噛みつかれていた。

 

「ゴ、ゴーズ!何で!?どうして!?」

 

「うがぁぁああ!」

 

 体に食い込む牙から血が流れていく。

 リオレウスがどんどん力を込めると、流血の勢いが増していく。

 

「逃⋯⋯げ」

 

「撃てっ!」

 

 ――ドカンっ!

 

 ダン!

 

「グォアアアアァァァァ!!!」

 

 突如鳴り響く轟音と共にリオレウスは瓦礫の中に叩きつけられた。

 その時、リオレウスの口からゴーズが離され地面にバタリと倒れる。

 

「おい!ゴーズ!ゴーズ!お前、血が!」

 

「ごふっ!がはっ!」

 

 身体中に付いた歯形から溢れる鮮血が止まらない。

 さらに器官に入り込んだ血で呼吸も上手くできていなかった。

 

「め、命中しました!」

 

「おっしゃ!成功だな!」

 

 聞き覚えの無い二つの声が響いたが、リヴェはそれを気にする余裕はない。

 

「遅いぞお前ら!それが例の新兵器か?」

 

 高台からミゲス伯爵が大きな声で問いかける。

 その先にあったのは、砲筒に車輪が着いた、大砲と呼ばれる新兵器と二人の男たちであった。

 一人はもじゃもじゃ頭の痩せた男と、もう一方はツルパゲでガタイのいい体型をしたハンマーを持った男である。

 

「はい!これが私が設計して、ガンさんが作成した新兵器、大砲です!」

 

「威力は見ての通りだぜ、伯爵さんよぉ!」

 

「油断するな!まだやつの死を確認できていない!追撃を放ち、ここで確実に仕留めろ!」

 

「分ーかってるっての!学者ぁ!次だ次!」

 

「はい!⋯⋯あれ?これ壊れ――」

 

「何!?どけ!俺が叩いて直してやる!」

 

「あぁ!待って待って!それで叩いたらほんとに壊れちゃいますって!」

 

 二人は壊れた大砲の前で、揉めていてなかなか作業が進まない。

 

「何をグズグズと⋯⋯ゴーズ、何故だ?」

 

 ミゲス伯爵は顔の前で拳を震わせながらイラ立ちを抑えきれなかった。

 それと、ゴーズがどうしてリヴェを庇ったのか理解できなかった。

 

※※※

 

 リヴェの手に抱えられたゴーズは力が入らないのか項垂れて脱力しきっていた。

 

「何で庇った!?アタシなんかを!」

 

「⋯⋯」

 

 ゴーズの呼吸は段々と弱っていき、その目は光を失っていた。

 

 その時、少年たちはようやく自らの足で立ち上がり、リヴェたちの元に近寄る。

 そして少女が後ろから恐る恐るリヴェに問いかけた。

 

「あ、あの――」

 

 その声に反応してクルッと振り返ったリヴェは、少年たちを鋭く睨む。

 そして血塗られた手を横にビシャっ!と振り切り、はち切れんばかりの大声で叫んだ。

 

「うるさい!消えろっ!」

 

「は、はい!」

「ご、ごめんなさい!」

 

 リヴェに怒鳴られた少年たちは、そそくさとその場から去っていく。

 少女に手を引かれながら少年は、その瞳に光を取り戻していた。

 光を失ったゴーズとは対照的に。

 

 少年たちが去った後、リヴェの視線がゴーズに戻る。

 リヴェの表情は困惑と悲壮感が混ざりあっていた。

 

 ゴーズは抱えられたまま、何かを探るようにゆっくりと、その手をリヴェの顔に伸ばす。

 顔を動かさず、震えながらその手はやがて、リヴェの頬に負った傷口に触れた。そこにズキリと鋭い痛みが走った。

 リヴェはその手を握りしめる。

 

「な、何?」

 

「⋯⋯楽しめ、リヴェ⋯⋯」

 

 目を閉じて、完全に力が抜けたゴーズは、力なく項垂れて、動かなくなった。

 

「はぁ?⋯⋯なんだよ?⋯⋯何が『楽しめ』だよ⋯⋯」

 

 ゴーズが最後に遺した言葉は、『楽しめ』だった。

 

 その一言と彼の死が、今日までゴーズと過ごしてきた日々の記憶を、鮮明に蘇らせた。

 戦いばかりの毎日だった。

 その戦いがゴーズは好きだった。

 

 ''楽''――ゴーズが戦闘を好むのは、そこに"楽"があったからだ。

 "楽"なことだけを考えていれば辛い現実のことを忘れていられる。

 

 辛い現実はどんな時でもずっと見えたままだ。

 だけど"楽"を見続けていれば、それがぼやけてくる。

 ぼやけて見えた辛い現実は、見えていないのと同じだ。

 

 ズキン。

 

 頬の痛みが辛い現実を強く思わせる。

 

 ズキン。

 

 だが同時に"楽"な思いがそこにはあった。

 

「アタシは⋯⋯」

 

 もはや、ゴーズがどうして自分を庇ったのかなんて、どうでもいい。

 

「グォアアアアァァァァ!!!」

 

 リオレウスが瓦礫の中から咆哮を轟かせ、リヴェの背後に突進してきた。

 

「くそっ!避けろリヴェ!」

 

 高台から身を乗り出しながらミゲス伯爵が叫ぶ。

 だがリヴェはその場から動かない。

 

「思い出したぜ」

 

 ザシュッ――衝突の瞬間、斬撃音とともに激しい血しぶきが舞う。

 

 それはリオレウスの血だった。

 

 リヴェはリオレウスの正面に立っていた。

 

 真っ二つに折れた長刀の刃の部分を片手に持ち。

 紅く裂けた両頬の傷が、邪悪で美しい笑顔を晒す。

 大きく開いたその目の瞳孔は極限まで細く、真っ直ぐ先を見つめている。

 身体的にも精神的にも追い込まれているはずのリヴェが、出せるような表情ではない。

 

「この痛みが⋯⋯これこそがアタシの求めていた"楽"だ!」

 

 その目に映る辛い現実は、何一つなかった。




4話「火竜」でした!
人工的に育てられたリオレウスが街で大暴れする、とんでも事件が起こりましたね。
そして、リヴェの師匠のような存在でもあるゴーズの死。
それが彼女にどんな影響を与えるのでしょうか?

早いですが、次回、紅色の裂けび最終回となります!
ここまで読んでくださり本当にありがとうございます!
明日、更新予定です!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。