紅色の裂び   作:カワード

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5話「紅裂」

「この痛みが⋯⋯これこそがアタシの求めていた"楽"だ!」

 

 リヴェは戦いの最中、笑顔になっていた。

 それは頬の裂け傷や流れ出た血と相まって、狂気じみた表情だった。

 

 迷いなきその目はなぜか焦点が定まっていない。

 リヴェのその瞳に煌めく炎がぶわっと広がる。

 

 リオレウスは間髪入れず、炎のブレスを放っていた。

 

 辺りを埋め尽くす炎がリヴェの逃げ場を奪う。

 迫る炎を前にリヴェの姿は突然、すっ――と消えた。

 なぜかリヴェの瞳に映ったのは地面であった。

 

 次の瞬間、リオレウスの右脚がザクッと斬られて、鮮血が飛ぶ。

 

 リオレウスの背後から悪魔のような笑みを浮かべたリヴェが顔を出し、その尻尾のつけ根を掴んでいた。

 

 リヴェは炎のブレスが迫った瞬間、地面すれすれまで体を前に倒していた。

 そんな極端な低姿勢の中、地面を抉る勢いで蹴りつけ、低空のまま前方に飛翔。

 そして、すれ違うようにリオレウスの脚を斬りつけ、その尻尾を掴んで急停止した。

 

「ヒャハハハハハ!」

 

 リオレウスの甲殻にヒビが入るほど握りしめた左手。

 そしてもう片方の手に持った、真っ二つに折れた長刀をガキンッ!と叩きつける。

 

 ザクッ!ザクッ!ザクッ!

 

 ヒビ割れた甲殻から吹き出す返り血を浴びながら、リヴェは何度も、何度も刃を振り下ろす。その全身は真っ赤に染まっていた。

 

 リオレウスが尻尾を振り回し、叩きつけ、大暴れしてもなお、リヴェを振りほどけない。その笑顔も絶やさない。

 

 ザクッ!ザクッ!ガキッ!

 

 半分以上刺さった刃が鈍い音を立てた。

 

「はいぃぃぃぃやっ!」

 

 リヴェは掛け声とともに、その刃を思いっきり踏みつけ、ストンッ!とその尻尾を斬り落とした。

 

「グギャァァァァァァァ!!」

 

 悶絶するリオレウスの尻尾の断面から鮮血が滝のように溢れて止まらない。

 

 たまらず翼をはためかせ、上空へ退避しようとしたが、リヴェはリオレウスを掴んだままだった。

 

「どぉこ行くんだぁ!」

 

 リオレウスの体をよじ登ったリヴェは、翼のつけ根に刃を突き立て、そのまま滑らせるように翼膜を斬り裂く。

 

 ズバズバッ!ズババババッ!

 

 破れた翼膜では、もはや空気を掴めない。

 飛行能力を失って、地面に落下した。

 

「ヒャハ!ヒャハハハハ⋯⋯!」

 

 ザク!ザシュッ!

 ダンッ!ガキンッ!ズバッ!

 

 リヴェは落下してじたばたと暴れ回るリオレウスの身体を、高速で這い回りながら斬りつけていった。

 

 リオレウスは地面に伏した状態から何とか首を持ち上げ、特大の炎のブレスを放とうとしたが、小火(ぼや)しか出ない。

 

 反対側の翼膜を十の字に斬り裂いて、そこから顔を出したリヴェ。

 切り裂かれて、反り曲がった翼膜がリヴェを中心に展開し、真っ赤な花を咲かせる。

 

 リヴェはそのままリオレウスの顔面に向かって刃を向け、叫びながら突っ込んできた。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁああああ!」

 

 炎が放てないリオレウスは噛みつこうと口を広げて、構えた。

 

 ザク。

 

 口が閉じる前に突き立てられた刃が口内の頬を貫く。

 

 ザバァン!

 

 そのまま刃を振り切り、口を引き裂いた。

 

 ばっくりと裂けた下顎が、首元まで垂れて、リオレウスの目は生気を失い、息絶えた。

 

「⋯⋯」

 

 返り血で真っ赤に染まったリヴェはうつむき、まるで別人のように静かになった。

 全てが赤に染まっているのに、その頬の傷はさらに深い紅色に染まっていた。

 その痛みは治まらず、ズキズキとさらに強く疼いていく。

 

 その痛みが思い出させた最悪の記憶。

 

 守りたかった人が自分を庇って死んでいったこと。

 

 その痛みがもたらした最高の快楽。

 

 全ての嫌な記憶を忘れさせてくれるような、極上の戦闘。

 

「た、倒した⋯⋯のか?」

 

 リヴェとリオレウスの激しい戦闘を影から見守っていた住民の一人が、瓦礫の影から現れた。

 

「助かった!」

「よ、良かった〜」

「俺、生きてるよな!?な!」

 

 その声を皮切りに、生き残った住民たちの歓喜の声が徐々に周囲から聞こえてきた。

 

「な、なぁアンタ、大丈夫――ひっ!」

 

 恐る恐るリヴェに近寄った住民は、リヴェのばっくりと裂けた口を見て、驚いて飛び退いた。

 

 街をめちゃくちゃに破壊したリオレウス、それに善戦し勝利したリヴェが、リオレウスと同じようなモンスターに感じたのだ。

 

「あ、あの人⋯⋯本当に人間か?」

「あの強さは、ひょっとして、あいつもモンスターじゃないのか?」

「いや、待て、ならどうして戦ったんだ!?」

 

 住民たちの歓喜の声に混ざって聞こえてきたのは、リヴェに対して抱いた恐怖心が生み出した疑念の声だった。

 自分たちが命からがら助かったにも関わらず、感謝どころか、その疑念の方が大きく膨らんでいた。

 

 リヴェはそれを聞いても、じっとうつむいたまま動かずにいた。

 

「皆の衆、静まれぇ!」

 

 腹の底から張り上げるような声を上げたのはミゲス伯爵だった。その右手に持っているのは、泥と血で汚れている銀のネームプレートだった。

 

 周囲にいた人たちは、ゆっくりとリオレウスの死体に歩み寄ってきたミゲス伯爵の方に注目した。

 

「私は、大貴族、ミゲスだ!どうか私の話に耳を貸してほしい!今回の一件、ただの野生のモンスターの襲撃ではない!人の――いや、祖国に敵意を持った裏切り者が起こした、恐るべき反逆行為なのだ!」

 

「反逆行為だと!?」

 

 するとミゲス伯爵は右手に持っていた汚れた銀のネームプレートを、住民に強調するように掲げた。

 

「これを見て欲しい!これはシュレイド王国軍の副長、ウルススの物である!彼こそがこの惨劇を引き起こした張本人なのである!」

 

「そんなわけないだろ!我々の長官がそんな事をするはずがない!何を証拠に言っているんだ!?」

 

 集まっていた住民を掻き分けて現れたのは、強面の兵士だった。

 彼はミゲス伯爵の主張に対し、真っ向から否定した。

 

 だがミゲス伯爵はそれに対し、一切の動揺もせずに演説を続けた。

 

「ウルススは副長の身分でありながら、この惨状を目の当たりにして、高みの見物をしていた。破壊される街を見て、蹂躙される国民を見て、それをあざ笑っていたのだ!」

 

 リオレウスが街に襲来した時、高台にいたウルススを目撃した住民は多くいた。

 周囲からその事実を示唆する声が上がってきた。

 

「既に調べはついている。今回街を襲ったリオレウスの正体。それが育てられた場所、与えられていた食事、数々の隠蔽工作。私はそれらをあの高台でウルススに直接ぶつけた。するとやつは焦って高台から足を滑らせ落下。皮肉にもやつ自身が育てたリオレウスに殺されたのだ!

 

 それらの事実はすぐに証明されるだろう。

 だが、それは既に終わった話だ。

 

 今回の惨劇で明らかになった問題が一つある」

 

「問題?」

 

 ミゲス伯爵はまたしても主張するようにウルススのネームプレートを天に掲げた。

 

「それは、この国の軍事力の弱さだ!軍が引き起こした不祥事であるにも関わらず、軍はその不祥事に全く対応ができていなかった!」

 

「た、確かに⋯⋯」

「言われてみればそうだ、兵士たちじゃリオレウスに歯が立たなかった」

 

 その言葉に対し強面の兵士は、顔を真っ赤に染めて反論する。

 

「何!?貴様、我々は祖国を守るために命を賭して戦ったんだぞ!それを愚弄する気か!?」

 

「だが、そんな兵士たちが相手にすらならなかったリオレウスは今、こうして死に、代わりに私たちは生き残っている。そうです、皆さんは救われたのです。上官が祖国を裏切り、肝心な時に何の役に立たない兵士の時代は終わり告げた。新たな英雄の誕生だ」

 

「新たな⋯⋯英雄」

 

 住民の視線はリヴェに集まる。

 だが、リヴェの表情や動きに変化はない。

 

「そう、彼女こそシュレイド王国を未曾有の危機から救った新たな英雄。国家を脅かす全ての脅威を容赦なく"紅く斬り裂く"影の兵士――紅裂(べにざけ)のリヴェだ!」

 

 ミゲス伯爵の宣言で住民たちの大歓声が巻き起こった。

 住民はこの演説で、軍隊の不備、軍事力の弱さ、そして紅裂のリヴェの強さを理解したのだった。

 

 リヴェを怪物ではなく英雄として崇める声が、周りに広がっていったが、リヴェはまるで何も聞こえていないかのように、うつむいたまま死んだリオレウスをずっと見つめていた。

 

 周囲のざわめきが次第に大きくなっていく中、リヴェが感じていたのは頬の疼きと、ありえないほどの静寂だった。

 

 ミゲス伯爵はリヴェに群がる住民を後に、その場からそっと離れた。

 そしてそこから少し移動し、ウルススがうつ伏せに倒れていた血溜まりの場所に着いた。

 銀のネームプレートはここでウルススから取ったもののだ。

 

「⋯⋯どこだ?」

 

 だがそこにウルススの姿はなかった。

 かわりに血溜まりから何かを引きずった跡があった。 

 

 ※※※

 

「⋯⋯ガンさん、大砲もっと改造が必要ですね」

 

「へっ。そのうちな。でも今はこの余韻に浸ってようぜ。紅裂のリヴェさんによ」

 

「はい⋯⋯」

 

 二人は壊れた大砲を横に並んで、静かにたたずんでいた。

 

 ※※※

 

「⋯⋯⋯⋯うぅ」

 

 顔中から血を吹き出しながら、崩れかけた家屋の中に這いずってきたウルスス。

 彼はリオレウスに顔面を蹴られ、多くの血を流したが、奇跡的に一命を取り留めていたのだ。

 

 だが這いずって動いたことにより、その命は既に虫の息であった。

 それでも助かりたい一心で、前へ進んでいた。

 

「まだ生きていたとはな。全く、悪運の強い男だ」

 

「っ!?⋯⋯ミゲ⋯⋯ス!」

 

 ミゲス伯爵は血溜まりから引きずった跡を辿り、ウルススの元へ辿り着いていた。

 這いずっているウルススの背後に立ち、ゴーズが持っていたナイフを向ける。

 

「ほおっておけば死ぬ命だろうが、万が一、今回のことを誰かに話されても面倒だ。ここで確実に――」

 

 ウルススは急にミゲス伯爵の膝に縋りついた。

 

「お、お願いします!助けて⋯⋯下さい!死にた⋯⋯くない!」

 

「今更なにを⋯⋯」

 

 そう懇願するウルススの顔は血と泥で汚れていて、骨格の一部が変形しており、醜く歪んだ顔になっていた。

 

「フフ⋯⋯ハハハハハッ!死にきれなかった上に、そんな無様な顔になっちまったか!もう誰もてめぇのことを王国軍副長だと分かるやつは居ないだろうな!」

 

 屈んだミゲス伯爵は、ウルススの顔面を手の甲で軽く叩いた。

 

「頼む⋯⋯助け⋯⋯」

 

「いいだろう。助かるかどうかは分からんが、やれるだけのことはやってやろう。ただし、条件がある」

 

「条⋯⋯件?」

 

「過去を捨て、俺に服従しろ。俺の下でその生涯を尽くせ。分かったか?」

 

「お⋯⋯仰せのままに⋯⋯主」

 

「自分の立場をよく理解してるじゃないか、我が執事よ」

 

 ミゲス伯爵は、約束通りウルススを手当てし、その場で横に寝かせた。

 

「さて⋯⋯」

 

 そんなミゲスの後ろに現れたのは返り血で真っ赤に染ったリヴェだった。

 血濡れたその手にはゴーズの亡骸を抱えており、無表情で立ちすくんでいる。

 

「リヴェ、お前はまだ俺を殺したいか?」

 

「⋯⋯」

 

「どうした、なぜ黙っている?もう俺を守っていたゴーズは死んだぞ?今がチャンスだ」

 

「⋯⋯」

 

「まぁ、もし俺をここで殺してしまったら、お前は英雄から怪物(モンスター)に堕ちるがな。そうなればお前のこの国での立場は――」

 

「そんなこと、どうだっていい」

 

 そう言うとリヴェは手に抱えていたゴーズの亡骸をドサッと地面に捨てるように手放した。

 

「アタシはずーっと戦いたい」

 

「はぁ?」

 

「戦いこそがアタシにとって"楽"なんだ。誰かを守るためじゃなく、アタシはアタシの為に戦い続ける。この頬の痛みは"最悪"じゃなくて、"最高"を呼び覚まして欲しいんだよ!」

 

「その結果死んでもか?」

 

「あぁ、"最高"の中で死ねるなら、それでいいさ。とにかくアタシは戦いたいんだ!あのリオレウスとの戦闘、あれほど滾る戦いは初めてだ!もっと味わっていたい!もっと堪能したい!全てを忘れさせるほどの衝撃が欲しい!」

 

「フフ⋯⋯ハハハッハハッ!そうか、だからゴーズはお前を助けたのか!やつはお前がいずれ自分と同じ理想を抱くと分かっていたんだ!それは、果てなく続く無限の戦闘。戦い続けることこそがお前たちの理想だったんだ!」

 

「ゴーズの意志は関係ねぇ。だからミゲス、アタシに強敵(えもの)を寄越せ。これまで通りな」

 

「なら俺に従え。お前の望む理想を叶えてやろう。終わることの無い果てなき戦闘を用意してやる」

 

「いいぜ。我が主」

 

 ミゲス伯爵は一度頷くと、懐から銀のネームプレートを取り出した。

 

「では最初の仕事だ。今、王国軍に空白の席が一つある。言いたいことは分かるな?」

 

「はぁ?」

 

※※※

 

 あれから約八年後。

 

 シュレイド王国付近にあった天然の洞窟を加工して作った坑道にて。

 

 光の届かない真っ暗な坑道を松明を持った大勢の兵士たちが、急いで進んでいた。

 

「急げ!ドローマの砦がヴェルド王国から奇襲された!あの砦は我が国に繋がる唯一の道を守る要だ!絶対に守り抜け!」

 

「はっ!」

 

 先頭を走る金のネームプレートを首に下げた、長髪の男が後ろに連れている部下に叫んだ。

 

「どけぇ!おらぁ!」

 

 さらにその後ろから、怒号とともに兵士を掻き分けながら前に出てきたのは、銀のネームプレートを首に下げた、リヴェだった。

 

「この時を待ってたんだよ、戦争だ!」

 

 リヴェは兵士たちを抜かし、先頭を走っていた長髪の男も追い越した。

 

「おい待て!」

 

 その制止を無視して、リヴェは坑道の先へ獣のように走り去る。

 

 ぐにゃぐにゃと曲がりくねった坑道を、松明の火が掻き消えそうな勢いで走り抜けた。

 

 そして走りきったその先に光が差し込む。

 光が照らしたのは、刀を振り上げた青年と、血を流し倒れて痛がるヴェルド王国の兵士だった。

 青年の首には虹色のネームプレートをぶら下げていた。

 

 リヴェは松明を捨て、長刀に手を伸ばした。

 

 久々の戦闘にリヴェは邪悪な笑みを漏らした。

 

 ザク。

 

 迷いなく、敵兵の脳天に長刀を突き刺す。

 

「そんなんじゃ、死ぬぞ?新兵」

 

 振り返ってその新兵の顔を見ると、なぜか頬の傷がズキリと疼いた。




以上で、番外編、『紅色の裂けび』は終了となります!
時系列的は『逃れぬ劫火』の1話に繋がっています。
本当は裏設定のまま終わらせようとしましたが、せっかくなのでストーリーを作ってみました!

ちょっとありきたりな話だったかもしれませんが、ここまで読んでくださり本当にありがとうございます!
引き続き、本編の制作に取り掛かってまいりますので、時間はかかりますでしょうが、必ず完結させますので、どうぞよろしくお願い致します。

それでは、次はミラボレアスの話でお会いしましょう!
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