人間の意志や努力が強ければ、自然や運命さえも超越できるということ。
ある日の昼休み、亮介は特に理由もなく校舎をぶらついていた。親しい友人達は皆用事があるらしく、一人暇を持て余しているようだ。
「♪~♪~~♪♪~」
鼻歌交じりに校内を歩き回っていると、周囲の人間がヒソヒソと小声で話している声が聞こえてくる。
「見て見て、あれ青葉君じゃない?」
「ホントだ! 鼻歌歌ってる、綺麗な声~!」
「歩いてるだけでカッコいいなんてズルいよねー!」
或いは称賛。或いは賛美。
「チッ、なんであいつばっかり……」
「ちょっとイケメンで勉強出来るからってよ……」
「カッコつけてんじゃねえよ」
或いは嫉妬。或いは怨恨。
人並外れた聴覚によって耳をすまさずとも拾ってしまう周囲の声、二極化されたそれらは彼にとってもはや日常と大差ないものであった。
アホくせ、と辟易しながらその中をふらふらと歩いていると、彼はある光景を目にする。
「貴方って人は一体何度言えば……」
「悪いって言ってんだろ!?」
「……何やってんだあの人たち」
見知った人物同士が言い争っている姿を見かけた亮介は、どこか呆れたような目をしながらそう言った。
放っておく選択肢もありはしたが、それを選ぶ理由もないと判断して亮介は諍いを治めるために彼らの下へ赴く。
「だからいつも遅刻の無いようにとあれ程……」
「うるせえなあ! なんともなかったんだからいいじゃねえか!!」
「何やってんですか先輩」
「うおっ!?」「キャッ!?」
突然背後から声をかけられ思わず驚いてしまう二人。一人は毒島英雄、亮介の部活の先輩である。もう一人は氷川紗夜、毒島と同じ2年生であり風紀委員を務めている厳格な少女だ。
「青葉!? てめぇヌルッと背後に現れんじゃねえよ!」
「んんっ! 青葉君、人に声をかける時は驚かせないようにしてください」
「すいません氷川先輩。で、なんで毒島先輩と二人でイチャついてたんですか?」
「イチャッ!?」
「あれのどこをどう見たらイチャついてるように見えんだテメェ!?」
「そっ、そうです! 私と彼はそんな不埒な関係では……!」
「そうなんですね。じゃあなんで喧嘩してたんですか?」
「え、いやそれは……」
亮介の質問に毒島は思わず口ごもる。それと代わるようにして紗夜が事態の説明をする。
「今朝毒島君が遅刻ギリギリで登校してきたのですが、急いでいるあまり校門で遅刻者がいないか見張っていた私とぶつかってしまいまして」
「だから悪かったって! ケガしなかったんだからいいだろ!?」
「ですからそういう問題ではないと言っているでしょう!」
「なるほど」
目の前で行われる痴話喧嘩を聞き流しながら考えを纏めていく、とは言ったものの結論などほぼ決まっているのだが。
「それは多分先輩が遅刻しなきゃいいだけだと思います」
「ああん!?」
「何故キレる」
「やめなさい毒島君。青葉君の言った通り、貴方が遅刻癖を治せばそれで済む話です」
亮介の言葉に怒髪天を衝きそうになる毒島を紗夜が諌める。怒りはあれどその言葉の正しさを否定出来なかった毒島は渋々といった様子で引き下がった。
「ごめんなさい青葉君、本当なら貴方を巻き込むような話ではないのだけれど」
「別に大丈夫ですよ、先輩にはこの前迷惑かけちゃったみたいですしこれくらいは」
「この前……ああ、先日の彼のことですか」
紗夜は以前学校にやって来た亮介の親友を名乗る金髪の青年を思い浮かべる。
どうやら黄瀬はアポイントメントを取らずに学校に来ていたらしく、無許可で校内に立ち入ったことで紗夜に捕まり説教を受けていたらしい。
「私は風紀委員として仕事をしただけですので、気にする必要はありません」
「じゃあ、これでチャラってことで」
「ええ」
その時昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「あら、もうこんな時間。ごめんなさい青葉君、時間を取らせてしまったみたい」
「気にしないでください、特に用事も無かったし」
「それなら良いのだけれど……授業には遅れないようにしてくださいね? 」
「もちろんです」
「あ、今日の部活は休みだからな青葉! 間違って体育館来んなよ!」
「うす」
毒島は去り際にそう言い残して去っていった。残された紗夜と亮介も一言二言交わした後、それぞれの教室へ戻って行った。
□□□□
私、花園たえは困っていた。それはもうとんでもなく困っていた。
理由は簡単、隣の席に座る美しい友人のせいだ。
本当になんだろうあれ、髪の毛がすごくサラサラでキラキラ輝いてる。肌はモッチリスベスベでツヤツヤしてるしまつ毛バサーってしてるし、ちょっとエッチすぎ違う違う、そうじゃない。
「……園…ん」
もうすぐテストがあるのでこの授業を聞き逃すわけにはいかないのだが、瞳を縫いつけられてしまったように視線を彼から動かせなかった。
「……園さん?」
はてどうしたものかと頭の中で思い悩んでいると、ふいに視線の先にいる彼がこちらを振り向いた。まるで呆れているかのようなその表情に一瞬疑問を抱くが、それもすぐに消え去る。
「花園さん! 聞いているの!?」
「え、あっはい」
先生の怒った声で我に返る。慌てて前を向くとそこには眉を釣り上げてしかめっ面になった先生がいた。
「全くもう……この問題、解けるかしら?」
先生はそう言って黒板に書かれた問題を指さす。しまった、亮介の横顔に夢中で全く聞いてなかった。
どうしようかと頭を悩ませながら何気なく視線だけで横を見ると、件の友人が問題の答えをノートに書いてこちらに見えるように向けていた。
「えーと、………です」
「正解です。ちゃんと聞いてるならいいけれど、授業は真面目にね」
「すいませんでした」
なんとか危機は乗り越えたようだ。心の中で一息ついて助け舟を出してくれた友人を見る。まるで何事も無かったようにまた黒板の方を向いている、自分の役目は終わったと言わんばかりに。
「ありがとね」
「前向けよ」
お互い先生に聞こえないよう小声で喋る。
「今のところ聞けてなかったから後で教えてほしいな」
「授業終わったらな」
「ありがと」
このやり取りももう何度目になることか。
彼に目を奪われて、先生に怒られて、彼に助けられて、その繰り返し。
その度に胸がギュッて苦しくなって、ドキドキが止まらなくなる。初めて会った時からずっとそうだった。
一目惚れって、こういうことなのかな。初めてのことだから、よく分からないけど。
「は~な~ぞ~の~さ~ん?」
「あっ」
「前向けっつったのに……」
「授業は真面目に聞きましょうね~?」
「すいませんでした……」
皆から笑われてしまった、恥ずかしい限りだ。香澄も沙綾もりみも笑ってる、あとでくすぐりに行ってやろう。
□□□□
「酷い目にあった」
「自業自得だろ」
今日一日の授業を全て終えてHRも終了しいざ放課後、開口一番にそう言い出したたえに亮介が冷静に反論する。
「そうだよおたえ、なんでそうなったのか胸に手を当ててよく考えてみな?」
「分かった」
「なんで俺の」
「私より大きい……?」
「揉むな」
「うわ、すっごいムチムチ」
「男の子におっぱいで負けた……」
「指が跳ね返ってきおる……」
「つつくな」
目の前に集まって興味津々な様子で己の大胸筋をつつき続ける少女達を手で追い払い話の流れを無理やり戻す。
「真面目に授業受けろとは言わねえけど、少なくとも話を聞いてるくらいはしろよ」
「でもなんだかんだ言って亮介はいつもおたえの面倒見てるよね」
「こいつのせいで隣の俺までとばっちり食らうのは御免なんだよ」
「えー、本当にそれだけかな~?」
「言ってろ」
そう言って揶揄ってくる沙綾を尻目に話を続けようとする傍らで内緒話に興じる少女達を
「知ってるりみりん? おたえと亮介君って実は付き合ってるみたいで……」
「ええっ! そうなの!?」
「適当こくな香澄。りみもすぐ鵜呑みにすんな」
香澄の言葉に衝撃の声をあげる小柄な少女、彼女の名は牛込りみという。亮介達と同じ1-Aに在籍しているベーシストであり、チョココロネをこよなく愛する少女である。また姉が一人おり、この学校の3年生として通っているようだ。
「そういえば亮介、いつの間にか香澄とりみのことも名前で呼ぶようになってるね」
「ああ、いつまでも他人行儀なのは嫌って言われたからな」
「おたえと沙綾のことは初めから名前呼びなのに私たちだけ名字で呼ばれるのはなんかやだー!」
「うん、私も名前で呼んでもらえる方が嬉しいな」
「ということらしい」
「へー」
「あれ、なんの話してたっけ……」
「たえが授業ちゃんと聞いてないって話」
「あ、その話で1つ思い出した。香澄と沙綾とりみ、後でくすぐりの刑ね」
「……え、私達!?」
いきなり向けられる矛先に驚きの声をあげる沙綾。とはいえその反応も無理はないだろう、先程までの会話の流れから突如捻り曲がって飛んできたパスを受け止めろというのが無理な話だ。
「うん。さっきめちゃくちゃ笑ってたからね、仕返し」
「ひえ~~!? 許しておたえ~! 今度お弁当のハンバーグ一個あげるから~!」
「許す」
「じゃ、じゃあ私も」
「許す」
「それなら私もからあげ一個あげるから許してほしいな~」
「沙綾は2個」
「なんで!?」
自分だけ扱いが酷いと沙綾が憤慨するが、それも無理からぬこと。からあげとハンバーグならハンバーグの方が重いのだ、からあげ一つで罪から逃れられると思ってはいけない。
「亮介も見てないでなんか言ってよ!」
「見てて面白い」
「表情変えずに言われても説得力無いよ!」
「すいません、青葉君いますか? って、何やってんだお前ら?」
いよいよ収拾がつかなくなってきたところに救世主が現れた。皆の頼れるツッコミ役、市ヶ谷有咲だ。学校は休みがちだが成績優秀であり、亮介に次いで学年2位の実力を持つ秀才である。
「あ、有咲だ」
「悪い市ヶ谷、こいつらの世話頼んでいいか?」
「着いて早々託児所扱いすんじゃねーよ!」
「私
「そういう訳だから、頼むわ」
「仕方ねえな……」
「ちょっとー!?」
沙綾の抗議を聞き流しながら話を続ける亮介達だったが、そういえばと有咲が話を切り出す。
「青葉に伝えることがあるんだった」
「伝えること?」
「校門でお前のこと待ってる人がいるみたいなんだよ、青葉を呼んでくれってさ」
「ふーん……一応聞くけど、どんな奴だった?」
「さあ? 私も人から聞いただけだし。なんか眼鏡掛けててダルマ持ってるみたいな話は聞いたけど」
「連絡するってことを知らないのかあいつらは」
知り合いの奇天烈さにため息をついていると亮介のスマホから通知音が鳴る。確認するとそこには端的に一言「お前の学校に着いた。校門に来い」とだけ記されていた。
「事後報告かよ」
「亮介の知り合いってやっぱり変な人多いね」
「お前とかな」
「何をー」
スマホを覗き見てくるたえを押し戻しながら亮介は荷物を持って校門へ向かう準備をする。
「ありがとな市ヶ谷、わざわざ伝えに来てくれて」
「べ、別にお礼言われるようなことじゃないし……」
「有咲顔赤くなってる、可愛い」
「うるせー! 赤くなってなんかねー!」
「あれ? 亮介、今日は部活行かなくていいの?」
「ああ、今日は休みらしいからな。知り合いに会ったらそのまま帰るよ」
「あ、じゃあ私も一緒に帰る」
「私も私もー!」
「別にいいけど特に面白いもんないと思うぞ」
「良いよ、たまには一緒に帰ろ?」
「そっか」
そう言って亮介は教室を出た。たえと香澄もそれについていき、残された3人は顔を見合せて苦笑を浮かべ帰る準備をし始めた。
□□□□
「今学校に来てるっていう人も中学の時の友達?」
「ああ」
「そうなんだ、どんな人なの?」
「変人。真面目だし悪い奴じゃないけど言動がかなり電波系」
「亮介と似てるね」
「俺は普段お前にどう見えてるんだ」
玄関口で靴を履き替えながら2人の少女と来訪者について話をしている亮介。たえ達も靴を履き終えて外に出ようとした時、思わぬ邂逅があった。
「あれ、青葉?」
「あ、亮介君の部活の先輩だ! こんにちは!」
「こんにちは先輩」
「依空先輩、どうも」
「ああ、お前らも今から帰りか?」
彼の名は
「はい! これから今学校に来ているっていう亮介君の友達に会いに行くところです」
「青葉の友達? また『キセキの世代』とかじゃないだろうな……」
「よく分かりましたね」
「マジで来てたのかよ!?」
亮介の言葉に驚愕する依空だが、それも仕方の無いことだろう。高校バスケットにおける頂点とも言える5人の選手の内既に2人の選手が自分の学校に来ているのだ、ただ他校の生徒が来ているのとは訳が違う。
「最強ってこんなポンポン会えるもんかな……」
「世間は意外と狭いですよ」
「狭すぎるわだとしたら!!」
「そういえば先輩、ウチって明日練習試合があるのになんで今日休みなんですか?」
「ああ、気になるか? ウチは試合の前の日はしっかり休んで試合に備えろってのが伝統なんだ。監督の意向でな」
「へー」
「うーん……あ、あれじゃない?」
「ホントだ、なんだろあれ……リヤカー?」
目をすぼめて校門周辺を見渡していたたえがそれらしき人物を見つけ、次いで香澄もそれを見つけた。そしてその近くにある物体を訝しげに見つめる。
そのまま歩いていって校門に着いた亮介は、そこで待っていた友人と再会の言葉を交わす。
「随分遅い到着だな、そこまでルーズな奴だった覚えはないが」
「久しぶり、緑間」
「久しぶりなのだよ」
緑間真太郎。東京三大王者の一角、秀徳高校へと進学した『キセキの世代』の一人。コート全てをシュートレンジとする驚異的シュート力を持つ『キセキの世代』No.1シューターである。
「黄瀬と言いお前と言い、連絡するってことを知らないのか」
「馬鹿め、あいつと一緒にするな。オレはきちんと一報入れているのだよ」
「事前にしろよ、そしたらわざわざ待たせねえ」
「フン、まあいい。今日はそんな話をしに来たのでは無いのだよ」
そう言って緑間はある物を亮介に投げ渡し彼もまた危なげなくそれを受け取る。投げ渡された物を覗き込んだたえが不思議そうに首を傾げた。
「……こけし?」
「これ、俺のか?」
「そうだ、明日の乙女座のラッキーアイテム、こけしのマトリョーシカなのだよ」
「しかもマトリョーシカかよ」
「ラッキーアイテムって?」
「おは朝占いって知ってるか? あれは星座ごとに毎日ラッキーアイテムが提示されるんだが、それを持ってると運勢が上がりますよって物でな」
「へー、じゃああの人が持ってるダルマも?」
「今日の蟹座のラッキーアイテムなのだよ」
「ふーん……お、本当にマトリョーシカだ」
カパ、と真ん中からこけしを開くと中から一回り小さいサイズのこけしが現れた。それを閉じてこけしを手中で弄びながら話を続ける。
「で、なんでこれを俺に渡しに来たんだ? 明日は練習試合があるってのが理由なんだろうが」
「そこまで分かっているなら後は言わずとも分かるだろう。なにせ三大王者の一角、正邦高校と戦うとあってはな」
「王者って言ってもな。お前らよりは弱い上にそもそも練習試合だし、そこまで本気でやるつもりないぞ」
「馬鹿め、尽くせる人事は尽くしておくものだ、それでこそ運命に選ばれるのだから」
「運命か……」
こけしを指先に乗せてバランスを取って遊びながら取り留めのない会話を続ける亮介。それを見ていた緑間は苛立ちげに吐き捨てる。
「相変わらず真面目なのか不真面目なのか分からん奴だ……そしてやはり気に食わん」
「何がだ?」
「黒子もそうだが、設立して間もない無名校に進んだことがだ。学校選びも尽くせる人事の内の一つ、お前の実力ならばもっと強い学校に進むことも容易だったはずだ。お前の思想といい行動といい、まるで運命は自分の手で切り拓くとでも言いたげなのが気に食わん」
「ふーん……」
馬耳東風。まるで話を聞いていない様子の亮介を見た緑間は額に青筋を浮かべて舌打ちをする。
「チッ……これならば黄瀬と同じ学校に行っていた方がまだマシだったのだよ」
「───」
「何故あいつと違う学校を選んだ? あいつと一緒にいた頃のお前は、そんな腑抜けではなかったはずだ。学校が遠いなどと、クソの言い訳にもならん理由で離れてしまえる程お前たちの関係は浅いものだったのか?」
「………」
その時、携帯の着信音が鳴り響き彼らの会話を遮った。その音は緑間のポケットの中から鳴っており、緑間は一言断って電話に出る。
「……何の用なのだよ高尾」
『ゴメーン真ちゃん、お話中だった? この辺の自販機お汁粉売ってねえんだけどどうする?』
「なんだと? チッ……1度戻ってこい、帰りで売っている自販機を探すのだよ」
『ヘイヘーイ、んじゃ切んねー』
ツーツー、と通話が切れる音が緑間の手の中から鳴り響き、ため息混じりに通話を切って亮介の方へ向き直る。
「話が逸れたな。だがオレの用はもう済んだのだよ、今日はここまでだ」
「……そうか」
「これ以上腑抜けたお前を見ていると吐き気がしそうなのだよ、今からでも海常に転校したらどうだ?」
「……」
空気がヒリつく。俯いた亮介の表情は影が差しよく見ることができない。重苦しい空気が漂う状況の中、空気を読まず駆け寄ってくる音が聞こえる。
「おーい! 真ちゃんお待たー!」
「はぁ……ようやく来たのだよ」
緑間のチームメイトである高尾が気持ちのいい笑顔を浮かべながらこちらへ走ってきた。緑間はそれに対して待ちくたびれと言わんばかりにため息をつく。
「一体どこまで買いに行っているのだよ」
「悪い悪い! この辺の自販機全滅しててちょっとひとっ走り行ってきちゃってさー。お、そっちは真ちゃんの言ってたお友達? オレ高尾和成、よろしくな!」
「よろしく」
「高尾、無駄話をしていないでリヤカーを漕げ、帰るぞ」
「へいへーい」
畳み掛けるように喋り続ける高尾にも亮介はいつもの調子で応対する。高尾が自転車に
「そういえば、一つ言い忘れていたことがあったのだよ」
「あ”!? テメェコラそういうのは先に言っとけって!」
その言葉を聞いて高尾が急ブレーキをかける。
「明日の試合、お前のマッチアップは恐らく津川智紀という男になるはずだ。聞き覚えはあるか?」
「……あー、黄瀬がなんか言ってたな」
そう言って亮介は自身に泣きついてくる情けない表情の親友を脳裏に思い浮かべる。
ーーーーーーー
「聞いてよ青葉っちー! 今日の試合でオレだけノルマ達成出来なくて皆から怒られたっス!」
泣きながら抱き着いてくる黄瀬を子供をあやすように宥めながら亮介は話を聞く。
「珍しいな、お前がそんなに点取れないなんて。なんかあったのか?」
「そうなんスよ! あの津川とかいうハゲ、次会ったら絶対ボコボコにしてやるっス!」
「そっか。そいつが誰かは知らないけど、まあ次勝てば誰も文句言わないだろ、頑張れ」
「うぇーん! オレに優しくしてくれるのは青葉っちだけっスー!」
「黄瀬、抱きつくのはいいんだけどどさくさに紛れて鼻水拭くのはやめてくれ」
そう言ってヒョイと黄瀬を持ち上げる。
「え、あれっあの、青葉っち?」
「灰崎にやってやれそういうのは」
「あっえっちょ、待って待って待って待っオアアアーーーッ!!!」
そのままぬいぐるみを投げるかのように黄瀬を灰崎に投げつけた。
「っでぇ!? おいコラリョータァ!!」
「オレのせいじゃねえっスよー!」
「またテメェかリョースケェ!!!」
当然ながら黄瀬をぶつけられた灰崎は怒り心頭の様子で亮介へ飛び蹴りをかまそうとする。しかし亮介はその蹴りを掴み取って逆に青峰達がいる方向に投げ返す。
「オアアアーーーッ!!!」
「ってえなザキゴルァ!」
「あ"ぁ!? 今のどこをどう見りゃオレのせいに見えんだ目ん玉腐ってんのかテメェ!?」
「ちょっと葉っちん、こっちに崎ちん飛ばさないでよ~」
「いいからお前は早くオレの上からどくのだよ紫原……!」
「緑間君、大丈夫ですか?」
「もー皆! ちゃんと練習して!」
「お前たち、程々にしておけよ」
「騒ぐのは構わねえけどこれ以上練習サボるなら全員
黄、青、灰、白、紫、緑、水色、桃、赤、黒。まさに十人十色の髪がコートの上で揺れ動く。
亮介達が起こした騒ぎに緑間達が巻き込まれ、それを赤司と虹村が締め上げる。それが在りし日の帝光中学バスケットボール部であり、亮介が過ごしたかけがえのない日々であった。
ーーーーーーー
「で、その津川とやらがどうした?」
黄瀬や他のメンバーとの過去を振り返った亮介は緑間にそう問いかける。
「彼は始めたばかりの頃とはいえ黄瀬を止めた男だ、そしておそらく高校に入って以前より更に強くなっているだろう。お前ならば心配はいらんだろうが、念の為忠告しておくのだよ」
「そうか」
「話は終わりだ。高尾、早く進むのだよ」
「お前が引き止めたんだろうが……!」
持ち前の自分勝手さを存分に発揮する緑間に不平をこぼしながら高尾は自転車を漕いで帰り路を進む。その背中が小さくなるまで見届けた後亮介も家へ帰る為に歩き始めた。
□□□□
「亮介、やっぱり私もあのリアカー乗りたい」
「あ! 私も私も!」
「誰が漕ぐんだよそれ」
「亮介に漕いでもらう」
「酔わせてやろうか」
家に帰る道中、緑間達が乗っていたチャリアカーについて議論していた亮介達。どうやら自転車にリアカーが付いているという珍光景は彼女達の好奇心を存分に刺激したらしい。ちなみにだが有咲達は帰り道の関係で既に別れているのでこの場には不在のようだ。
「そういえば、明日の試合ってどこでやるの? 見に行きたい」
「相手の学校」
「分かった」
「え、おたえ場所知ってるの?」
「知らない」
「知らないの!?」
「だろうな」
彼女がこういった調子なのはいつものことなのでもはや驚くことすらしない。亮介はスマホを取り出して検索をかけ対戦校の場所をたえと香澄に送る。
「ここでやる。来たきゃ来い」
「おー、仕事が早い」
「お前にやらせると絶対何かしら抜けがあるから」
「そんなことないよ」
「黙れ前科持ち」
以前2人で出かけた際、たえが待ち合わせ場所を盛大に間違えたおかげで15分もの間街を奔走する羽目になったことを亮介は忘れてはいなかった。
「有咲達も誘おうよ!」
「良いね、沙綾来るかな?」
「お家の手伝いがあるからなー……」
「そこは後で本人に聞いてみればいいだろ」
「それもそっか」
明日の予定を立てながら歩いていると、十字路の曲がり角から歩いてくる少女達と出くわす。
「およ?」
「お」
亮介がこの世で最も愛してやまない血を分けた双子の姉、そしてその幼なじみ達である。
「お、亮介じゃん!」
「また女連れてる……」
「
「あはは……亮介君も今から帰り?」
彼女達はAfterglow。幼なじみ5人で結成されたガールズバンドであり、亮介の古くからの友人である。
ギターボーカルの美竹蘭、ベースの上原ひまり、ドラムの宇田川巴、キーボードの羽沢つぐみ、そして姉であるモカはギターを担当している。
「ああ、お前らもか?」
「今日バンド練休みだから」
「ふーん」
「は? 自分で聞いたのにその反応何?」
「キレんなよ、カルシウム足りてないだろ。だから背低いんだよ、セノビック飲むか?」
「うっさい死ねッ!」
ガンッ!!
蘭に蹴られた亮介の足から鉄の棒を蹴ったような音が鳴り、蹴った蘭の方が足を抑えてうずくまる。
「
「人から鳴る音じゃなかったぞ今の」
「蘭~、大丈夫~?」
「全っ然大丈夫じゃない。何食ってたらそんな硬くなんの……」
「セノビック」
「やっぱりあたしも飲む……」
「まあ今から飲んだところでなんだが」
「死ねッ!!」
「あれいつもやってるの?」
いつの間にかひまりやつぐみと自己紹介を終え仲良くなっていたたえがそう聞く。
「あはは……まあ、いつも通り?」
「蘭ってばいつも亮介に噛み付くんだよねー。なんでなのかは分かんないけど」
「へー」
そんな中香澄が蘭へと歩み寄る。
「初めまして! 私戸山香澄って言います!」
「うぇっ……み、美竹蘭」
「私ね、この間ギターを始めたばっかりなんだけど、歌とギターの両立ってすごく難しくて、美竹さんってギターボーカルをやってるって聞いたから先輩として何かアドバイスとかを貰えればって思うんだけどもし迷惑じゃなかったら聞かせてほしいな!」
「……蘭でいい。それと、そんな一気に喋られても反応しづらい……」
「あっ、ごめんね蘭ちゃん!」
「順応はや……」
「アタシは宇田川巴だ! よろしくな香澄!」
「よろしくね巴ちゃん!」
生来の人当たりの良さで瞬く間にAfterglowメンバーと交友を深める香澄。その傍らで不穏な空気が漂う組み合わせがここに一つ。
「………」
「………」
方や感情の抜け落ちた表情で
ふわり、と風に乗って香ってくる互いの匂い。
((あー……こいつか))
彼女らは直感した、目の前にいるこの女こそ自分の敵だと。
「……私花園たえ、よろしくね」
「……青葉モカでーす、モカちゃんって呼んでね~」
表面上はにこやかに、されどその瞳の奥には一切の弛みなく。両者の視線の間に飛び散る火花は他者の介入を許さなかった。
1人を除いて。
「青葉ってもしかして、亮介君のお姉さん? うわーそっくり! 可愛い~!」
「え~可愛いなんて照れちゃう~」
「香澄、姉ちゃんが可愛いのは前提だ。褒めるなら別の方向からアプローチしろ」
「今人生で初めて聞く怒られ方してる」
「亮介、私は?」
「はいはい可愛い」
「私だけ扱い雑じゃない?」
「モカ以外相手は割とこんなもんだぞこいつ」
「え、なんかムカつく」
そんな会話をしながら彼らは共に帰路を歩く。その間もモカとたえの間に散る火花はとどまるところを知らなかった。
「私はいつも亮介とお弁当のおかず交換してるよ」
「モカちゃんは毎日りょーくんと同じご飯を食べてるけどね~」
「……たまに一緒に遊びに行ったりする」
「モカちゃんはいつでも一緒にいるけどね~」
「………」
「何をやってんだあの2人」
少し離れた所で鍔迫り合いをしている2人を見ながら呆れたようにそう言う亮介。
「うーん……多分、どっちが亮介君と仲が良いか、とかじゃないかな」
「なんだそれ」
つぐみのその言葉の意味が亮介には分からなかった。どちらがより、など何の意味もないのに。
「友達と家族じゃだいぶ違ってくるだろその辺」
「どうかな、亮介君結構人の選り好み激しいタイプだし」
「そうか?」
「かなり分かりやすいよ? 中学で試合を見に行った時なんて私達と他の女の子達への反応の違いとかモロにそうだったもん」
「ふーん」
「自覚は無いんだね」
「これでも平等に接してるつもりだったんだけどな」
「すっごく偏ってたよ」
「そんなに偏ってたか?」
「そんなに偏ってた」
「そうか……」
つぐみの言葉に衝撃を受けたのか声のトーンが一段下がる。無感情とはなんなのか。
亮介達がそんな会話をしている後ろで香澄は蘭からギターの弾き方と歌う時のコツをレクチャーしてもらっていた。
「そう、Fコードの時は指の腹じゃなく指の側面で押さえる感じで、そうすれば関節に弦が嵌まらずに安定して押さえられるようになるから」
「ふんふん!」
「歌う時は喉の広さを意識して、よく言われるあくびの喉で歌うと喉を痛めず長く歌えるようになる」
「なるほど!」
「最初の内は弾きながら歌うのは難しいけど少しずつ練習して慣れていけばいい。あたしも最初は下手だったし」
「勉強になりました! ありがとう蘭ちゃん!」
「別に……大したことしてないし」
「そんなことないよ、すっごく分かりやすかったもん!」
「ちょっ、近いって」
興奮して顔を近づけてくる香澄に思わずたじろいでしまう蘭。しかし褒められて悪い気はしなかったのかその両頬はほんの少し赤みがかっていた。
「………」
「………」
そしてその後ろでは二人の少女達が未だに火花を散らしていた。
「まだやってんのかよあの二人……」
「もー、モカってば今日どうしちゃったの?」
「キレてる姉ちゃんも可愛いな……」
「あんた一回黙った方がいいよ」
「黙らせてみろよ」
「つぐみ、ホッチキス貸して」
「貸さないからね?」
「ホッチキスで縫えると思ってるのか?」
「じゃあ逆に何なら黙らせられるわけ」
「姉ちゃんの唇」
「キッッッッッッッッ」
「つぐみ、ホッチキス貸してくれ」
「貸さないからね?」
そんな話をしながら道を歩いていると、分かれ道のある大通りに出る。
「あ、私とおたえここでお別れだ! ほらおたえ、行くよー!」
「……分かった。バイバイ亮介、また明日」
「バイバイ亮介君! 蘭ちゃん達もまたねー!」
「ああ、また明日な」
手を振りながら小さくなっていく二人に手を振り返して亮介達も歩き出す。
「亮介君の友達、いい人達だったね」
「わかる! 仲良くなれそう~!」
「蘭、まるで先生みたいだったな!」
「うるさい」
「蘭顔真っ赤~、照れてる~?」
「照れてない!」
そう反論する蘭だが、メッシュと同じ程に赤らめた顔で吠えても説得力など微塵もなかった。
「そういやモカ、なんでさっきあんなに機嫌悪そうだったんだ?」
「えー? そんなことないよ~」
「いや、誰が見ても不機嫌そうだったぞ」
「可哀想なトモちん……この歳で老眼になってしまうだなんて……」
「なってねーから!!」
「モカ、理由があるならちゃんと言って」
「何も無いってば~」
「そんなわけないでしょ」
頑なになんでもないと言い張るモカに対して次第に蘭が腹を立てていく。しかしそれを遮るようにして亮介が声をかける。
「姉ちゃん、晩飯の買い物行くから早く帰ろう」
「え~、山吹ベーカリー寄りたい~」
「パンなら俺が焼いてやるから」
「やった~!」
「ちょっと亮介、まだ話終わってないんだけど」
「いいよ、俺が言っとくから」
「言っとくからって……」
「そういう真面目くさった話は好きじゃない。やるなら別の所でやっててくれ」
そう吐き捨てて亮介はモカを連れて足早に去っていく。その背中を見つめる蘭達の胸中は決して穏やかではなかった。
□□□□
「りょーくん、今日の晩ご飯何~?」
「煮込みハンバーグ」
「いぇーい、モカちゃんりょーくんの作るハンバーグ大好き~」
「そっか」
仲睦まじく隣合って歩く姉弟、だがその間には重苦しい静寂が漂っていた。
「……りょーくんは聞かないの?」
「何が」
「さっきの話」
「いいよ別に、興味無いし」
「言い方~」
「姉ちゃんが機嫌悪い理由なんてさっきの見てりゃ誰でも分かるだろ。前からあんなんだったのかは知らないけど」
「……さっきはちょっと、ムカついてたかも」
「うん」
「モカちゃん最近ね、りょーくんとお風呂入る時にいつもりょーくんから知らない女の子の臭いがするの、気に入らなかったんだ」
「うん」
「それでさっきあの子と会った時に気づいた、その臭いの主はこの人だって。そう思ったらちょっと、抑えきれなくなっちゃって。いつもはこんなことないんだけど」
「そっか」
モカの吐き出す言葉に一つ一つ相槌を打ってその先を促していく。
「それ、さっき蘭達に言えば良かったんじゃないのか」
「……言えないよ、こんな醜い理由」
「俺には言えるのに?」
「それは……」
亮介の言葉に思わず口をつぐむモカ。
「まあ、そこは別にどうでもいいよ」
「どうでもいいって……」
「姉ちゃんが嫌だと思ってそうしたんなら別にそれでいいんじゃないか?」
モカの瞳が見開かれる。
「俺はそういうのあんまり分かんないけど、嫌なら我慢する必要はないだろ。特に姉ちゃんは結構そういう所あるし」
「……それ、りょーくんにだけは言われたくないかな~」
「俺嫌なら嫌って言うぞ」
「ダウト~、りょーくんは嫌なことあっても割と隠しがちでーす」
「そんなことはない……はず、多分」
自信がないのか段々と歯切れが悪くなる弟を見てモカは思わず吹き出してしまう。その表情には先程までの陰鬱さはどこにもなかった。
「りょーくんのおかげでちょっと楽になったかも」
「そうか」
「後で蘭達に謝らないとな~」
「まあちゃんと説明すればあいつらも納得するだろ」
「そうだといいな~……あ、一個気になるんだけどねりょーくん」
「ん?」
「りょーくんさ、今の学校って楽しい?」
モカは興味本位にそんなことを聞く。きっと「中学程じゃないけど」なんて返ってくるのだろうなと思いながら。
「
その予想は、あまりにも容易く打ち砕かれた。
「え……」
「?」
「さ、さっきの子達、友達じゃないの?」
「確かにあいつらはよく話すし友達だけど、それと一緒にいて楽しいかどうかは別だしな」
「じゃあ部活は? バスケは楽しくない?」
「そっちも特には、というかバスケ自体特別好きなわけでもないし」
「………」
「この話今する必要あるか? 飯遅くなるし早く帰ろうぜ」
そう言って亮介は歩みを止めずに進み続ける。彼の言葉に絶句して立ち尽くすモカに出来ることは、遠ざかっていくその背中をただ追いかけることだけだった。
推しの誕生日にすらまともに間に合わせることの出来ぬ愚かしき生き物。
キャラの喋り方とかちゃんと出来てるかどうか不安~~~。
次は正邦とバスケやります、多分。そんな長くは書かないと思うけども。
ざっくり人物紹介
青葉亮介
主人公。
自分の好きな人全肯定bot。
たま〜に姉に対する言動が果てしなく気持ち悪い時がある。
どこからともなく現れることが多々あるので身長と相まって一部からスレンダーマン呼ばわりされている。
最近中学の人達と会うことが増えてちょっと嬉しい。
慢性的寝不足。
青葉モカ
メインヒロイン。弟が好きで家族が好き。幼なじみとパンも好き。
弟にガチ恋してるヤベー女。
いつか弟にギターを教えるために練習しまくってたらめちゃくちゃギターが上手くなっていた。ただこれでも弟はすぐ追い抜いちゃうんだろうなと思ってる。
最近弟に知らない女の匂いがついててちょっとキレ気味。あたしのだよ?
花園たえ
亮介が高校で出来た初めての友達。亮介に一目惚れしてしまった。
彼女を自称するヤベー女。
亮介にギターを教えたいと思っているが先約があるからと断られてしまっている。
好きな人がいつも知らない女の話をしているのが気に入らない。なので隙あらば抱きついてマーキングしている。
黄瀬涼太
忠犬黄瀬公。柴犬でコーギーでサモエド。
亮介に対してのみパーソナルスペースが存在しなくなる。
中2の夏休みの合宿中にやった肝試しで親友とガチの丑の刻参りを見てしまったことがある。
親友が自分と違う学校へ行くと知ってから卒業までほぼ毎日彼にしがみつきながら同じ学校に行こうと泣きついてウザかったため青峰や灰崎からキレられていた過去を持つ。
緑間真太郎
変人。妖怪電波系メガネ。実は亮介と結構仲がいいはずだったけど久しぶりに会った友人がなんかめちゃくちゃ腑抜けになっててイライラしてる。
中学生時代はたまに亮介がラッキーアイテムを用意してくれることがあったのだが、それを持っている時はとても運が良かったらしい。
当たり前のことなんですがオリ主がいることで原作キャラの性格とかが若干違ってたりしてます。モカちゃんがああいう場面で話はぐらかして逃げたりするわけないだろ!!