だからアタシはXカリバー 〜全て忘れてしまった俺と全て忘れたと嘘つく彼女〜   作:リリリリ

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第二話 キーカ・ルギコ・ラックス

 

 ルギコがキーカについて知ることはそう多くない。精々が「元の世界に帰る」という目的くらいのもので、そこに至る動機や事情などを尋ねても、いつもはぐらかされてばかりだった。

 それでも、なんだかんだで付き合いは短くない。記憶を取り戻し次第、彼が元の世界への帰ろうとすることは確信できる。誰に攻撃されたかに関係なく、まずは〝あの街〟へ戻って帰還の準備を整えるはずだ。

 一方で、仲間の中に彼を攻撃した人物が潜んでいる可能性を考えると、それは命の危険を伴う。

 所詮は欠けた記憶が生んだ疑念だ。わざわざ彼の行動を妨げるつもりはない。

 しかし、少なくとも確認が取れるまで、記憶喪失の解消には協力しにくい。

 彼の問いに対し「教えられない」と返した理屈として、これは十分に筋が通っている。

 

「……あぁもうっ!」

 

 ルギコは苛立ち任せに足元の小石を蹴飛ばした。後付けの理屈など何の値打ちもない。

 そして記憶喪失を偽ったことについては、もっともらしい理屈すら未だ見つけられていない。

 キーカの戦闘後、目を覚ました時、最初はただ立ち去るつもりだった。彼が「ルギコ」という名前を覚えているか確かめたのはほんの気まぐれだ。

 彼の即答は心を揺らしたかもしれないが、決して変えてはいない。

 問題はその後、彼が教えられない理由を聞いてきた瞬間だ。

 何も教えられない状況に乗じて、今までの仕返しをしてやろうと思った。軽い意地悪をしてやろうと思った。

 治療費代わりだ。少しくらい溜飲を下げてもバチは当たらなかっただろう。

 

「……」

 

 結局、できなかった。良心が咎めた訳でも、言葉が浮かばなかった訳でもない。

 ただ、ふと考えてしまったのだ。単に仕返しのつもりの言葉が、全てを忘れているキーカにはどのように感じられるかを。意地の悪い人間だと思われたらどうしようと。

 ルギコにはそのような自分自身が腹立たしくて堪らなかった。

 とうに愛想は尽きているつもりでいながら、キーカに嫌われることを恐れて口をつぐんだ。矛盾している。あまりにも未練がましい。

 挙げ句の果てには、握られた手に気を取られ、同行まで押し切られている。感情に振り回されすぎだ。

 ルギコはもう一度足元の小石を蹴っ飛ばした。前方を歩くキーカの踵にぶつかるも、彼は気がつかない。

 

 

 

 金銭であれ情報であれ、何をするにも先立つものは必要だ。助けた男性も「街門で待つ」と言っていたので丁度いい。

 街の方向へ歩き出してはや十五分。なんともいえない雰囲気に耐えきれず、ルギコとの間に空白ができた頃、遠くより人が近づいてきた。

 

「あぁよかった。無事だったか」

 

 助けた男性だ。安堵の感情があらゆる所作にあからさまで、素直な人柄が察せられる。

 

「あれ、なんか門で待ってるって……」

「いやそのつもりだったんだが……助けてもらってなんだが心配になってな。多少魔力も回復したし戻ってきたんだ」

 

 彼はラックスと名乗った。二十代前半の冒険者らしい。短く刈り込んだ金髪に、健康的に日焼けした肌。身につけた革鎧は使い込まれて飴色に輝き、腰の直剣も柄の革が手に馴染むように巻き直されている。その手に揺れる一本の酒瓶は、土産物だろうか。

 

「俺は……キーカです」

 

 少し迷った末のキーカの自己紹介は、簡潔に名前を告げるだけに留まった。「異世界人であることは伏せるべき」という教訓めいた文言に従ったためだ。

 この文言は、知らぬ間に思い出していたものだ。他にもいくつか、記憶が戻ってきている感覚がある。

 時間が経てば、いずれ全てが自然に蘇るやもと期待せずにはいられない。

 だが、現時点で回帰した内容は、例外なく知識の側面が強いものばかりだ。残念。

 記憶喪失については……何かを聞かれて初めて言うべきことの気がする。

 

「キーカか、いい名前だ。よろしくな。で、そっちの美人は……?」

「……アタシはルギコ。説明は……面倒ね」

 

 そう言うと、ルギコはどこか気怠げな動作で腰の鞘へ手を伸ばした。光が放たれ、鞘に剣が納まる。

 

『悪いけれどこのまま寝るから。街に着いたら起こして』

 

 続けて脳内で声が響く。不貞腐れた子供を思わせる声だ。何を考えているのかさっぱりわからない

 ルギコの口調は我が強く、物怖じしない女性のそれだ。何も言ってこない以上、同行に不満がある訳ではないだろう。では何が不満なんだ。

 

「……まあ、ルギコがそのまま剣ってことです。あと寝るそうです」

「寝る?……まあ、初めてみるタイプの魔法だな」

 

 魔法、ないしは秘技(スキル)。たしかこの世界の人間が一人につき一つまで宿せる力、だったか。

 

「さて……そろそろ真面目な話をしてもいいか? 歩きながら、な」

「なんです……?」

「助けてもらった礼の話だよ。俺はな、本当に感謝してるんだ。おかげで楽しみにしてたマズイ酒が飲める」

「マズイ酒……?」

「こんな不人気の酒が大好きな変わり者がいてな。長丁場の依頼を終えて半月ぶりに帰ってきたし今晩一杯やろうかと」

 

 ラックスが手に持っていた酒瓶を軽く掲げてみせた。

 

「いいですねそういうの」

「おう。で、礼だがそうだな、これくらいでどうだ?」

 

 そう言って彼が立てた指の数はニ本。あいにくこの世界の貨幣制度は思い出せておらず、どれほどの金額なのか見当もつかない。

 ルギコに聞こうにも、今は夢の中だ。どうせ彼女は寝起きも悪い。起こす勇気はない。

 そろそろ記憶喪失を明かしておかねば話が滞りそうだ。

 

「あの、一つ言っておきたいことがありまして」

「なんだ?」

「俺たち、記憶喪失でほとんどなんも覚えてないんです」

「つまり……どういうことだ?」

 

 キーカは説明した。目覚めから今に至るまでと、断片的に回帰しつつあるとはいえ依然、知識の大半が欠落している現状を。

 

「で、記憶を戻すための旅を始めたところで貴方が戻ってきたんです」

「はぁー。大変だなぁ……ん?」

 

 そこでラックスは眉をひそめた。キーカの周りに早足で円を描き、愕然とした表情を浮かべる。

 

「……もしかして、荷物とかそれで全部なのか?」

「あの街に俺の家とかないのなら当面は」

「じゃあそれが全財産だな。一人で魔物倒せるような奴を俺が知らないわけはない」

 

 ラックスが腕を組み、唸る。

 その横で、キーカは静かな衝撃に打たれていた。目覚めた場所と最も近い街が自身の生活圏だろうと、たかを括っている部分があったのだ。

 

「……よしわかった!」

 

 威勢のいい声。ラックスは革袋を取り出すと、ひとつ息を整えた。意を決したように頷き、唐突にそれを投げてくる。

 

「ちょ……!?」

 

 反射的に両手で受け止める。ずしりと腕に食い込む重みに身体が下がった。どう考えても、指三本で示される金額の範疇を超えている。

 

「価値というか額わかんないけどそれでもこんなに受け取れませんよ」

「いんや受け取ってもらう。お前が受け取らないならこの袋はここに置いていく」

「んな無茶苦茶な……」

「まあ流石に置いてくってのは冗談だがな……じゃあ一旦ちょっと見てくれよ」

 

 ラックスは足元の小石をひょいと拾った。平べったく大きい、水切りに向いたかたちのものだ。

 滑らかな動きで剣を抜く。力みのない姿勢のままに石を軽く放り──彼は「〝閃剣(スラッシュ)〟」と唱えた。

 光の線が走った次の瞬間、石が二つに分たれた。断面は真っ直ぐで、水面と見紛うほどに歪みなく光景を映し出している。

 

「……マジで?」

 

 呆気に取られて呟いたその反応はまさに期待通りだったようだ。ラックスの口角は満足気に持ち上がっており、彼が剣を収める際にわざとらしく鳴らした鍔と鞘の音も耳に心地良い。

 

「記憶喪失じゃ程度はわからんかもしれないけどな、調子に乗って魔力を切らしてなきゃ俺はこれくらいはやれる冒険者なんだよ」

 

 そこでラックスは一拍を置いた。肩をすくめて話し続ける。

 

「確かに少ない金額じゃあない。けど二度と稼げない金額なんかでもない。命の恩人なんだ。気にせず受け取ってくれ」

 

 真っ直ぐな彼の目には揺るがない、確かな意志が宿っている。

 いくら問答を重ねようとも無意味であることをキーカは悟った。

 

「……大切に使わせてもらいます」

「応!」

 

 ラックスはニッカリ笑った。彼との食事や飲み会はさぞ楽しいに違いない。マズイ酒を飲み交わす相手とやらが少し羨ましい。

 さて、そろそろ到着だ。いつしか視界の中央には巨大な石造りの門が居座っており、沈みかけの日が落とす影で圧迫感が尋常でない。

 人通りも増えてきた。ルギコとラックス以外にも、ちゃんと人が生きているのだな、などとふと思った自分に、苦笑せずにはいられない。

 街へ入るには当然検問を抜ける必要がある。だが、どうにも様子がおかしい。近づいてみて、その理由ははっきりとした。待ち列が長すぎるのだ。

 

「うーん……それとも検問てこんなもんだったかな」

「いやぁ元々はこれほどじゃなかった。まだ解決してないのな」

「え?」

「ちょっと待っててくれ」

 

 それだけ言い残して、ラックスは人混みの中へ消えた。

 そして数分後、列の後ろに付くこともなく、あれよあれよという間に、キーカは壁の内側にいた。ラックスの口利きのおかげで、検問を受けずに済んだのだ。

 

「……いいのか?」

 

 問いかけへの返事はない。ラックスは別れの挨拶もそこそこに走って行ってしまった。日没までの用事があるとか、ないとか。

 正直、今日はもう列に並んで終わると踏んでいた。嬉しくも凄まじい予定の崩れ方に、なんだか妙な余裕が生まれる。

 キーカは設置された噴水の側に座り込み、この後どうするかをぼんやりと思案した。通り過ぎる人々を眺める方にむしろ意識は向けられている。

 そのような気の抜けた姿勢で物事が固まる道理はない。我に返ると既に、辺りはほとんど全くの闇世界であった。かなりの時間が経ってしまったようだ。

 

「……?」

 

 おかしい。先ほどまで絶え間なかったはずの通りから、いつのまにか人の姿が消えている。人っ子一人いない。ひたすら、静かだ。

 流石にまだ深夜には早いはず。この手の街では、夜は夜なりの賑わい方をしなければ不自然だ。

 

「……ねぇ着いたよ」

 

 なんだか心細くなり、キーカはルギコを起こした。

 

『……あぁ街に入ったのね』

「なんだ寝起き良いじゃん」

『……どういう意味?』

 

 自らの失言にキーカが己を呪ったその時、悲鳴とも怒号ともつかない声が夜の街の静寂を破った。

 

「なんだ?」

 

 誰かが襲われているのか?

 発想が浮かぶや否や、キーカは走り出した。声は遠くない。建物を挟んで向こう側ってところだ。

 予測は正しかった。彼が隣の通りの入り口に辿り着いた時、そこではローブで全身が隠れた何者かと、剣を構えた男が向かい合っており、少し離れて流血と共に一人が倒れていた。

 男が第三者の存在に気がつき、叫ぶ。

 

「おい! 逃げろ! コイツが〝冒険者狩り〟だ!」

 

 その内容を解するよりも早く、ローブの何者かが凄まじい速度で近づいてきた。

 

「〝歪む空間(ディスト)〟」

 

 空間を歪めて逸らす。姿勢を崩した何者かが、勢いを制御できずに後方へ飛んでいく隙をみて、キーカは倒れた一人に駆け寄った。叫んだ男もすぐに傍らへ滑り込んできた。

 

『この人……!』

 

 倒れていたのは、ラックスだった。酷い状態だ。顔面はところどころ紫色に鬱血して大きく腫れ、鼻は横へ曲がっている。砕けた歯と内臓からの血が気道を塞いでいるのか、呼吸音には湿り気がある。

 

「おい! おい!」

 

 男が声をかけても反応はない。彼自身も無傷とはいかず、唇より血を垂らし、苦しげに脇腹を押さえている。

 

「知り合いですか?」

 

 キーカは問うた。

 

「知り合い……顔見知りだ。襲われてたから助けに入ったんだが、歯が立たねぇ」

「じゃあこの人のこと、お願いします。なんとか頑張りますから……ルギコ、力を貸して」

『……わかった』

 

 剣を抜く。正体がわかった後でも他人(ルギコ)を武器とできる自分を少し気持ち悪く感じるが、同時に憂慮なく馴染んでもいる。記憶喪失前もこのスタイルだったのだろうか。

 

「……人集めて戻ってくるからな!」

 

 男が冒険者を担いで夜の闇に消えていくのを確認して、キーカは振り向いた。剣の間合いの丁度外側に〝彼〟は立っている。〝冒険者狩り〟なんて、穏当な人間の呼び名ではない。

 長い検問の街列、ラックスの「まだ解決していなかったのか」という言葉、夜に出歩かない人々。なんとなく見えてきた。この街が抱える厄介事が、まさに目の前の〝冒険者狩り〟という訳だ。

 震えるような笑い声混じりに〝冒険者狩り〟が話し出す。

 

「……別にあんな雑魚ども放っておいても良かったんだぜ? お前みたいなのを見つけたらもう構う意味ねェからな」

「あの怪我で放っておいたら死ぬだろう。アナタのせいで」

 

 まさか早々に人と戦うことになるとは。キーカは深くため息を吐いた。

 殴るも斬るもしたくない。なんにせよ、相手がそこに至るまでには事情があるはずで、同じ経験をしていない人間による頭ごなしの否定は心配りに欠けると思う。

 一方で行為の善し悪し自体は確かに存在するのだろうが、それらを織り交ぜて結論を出せるほど自分は頭が良くない。

 とはいえまあ、面倒な話は事を終えた後で考えればいい。幸か不幸か躊躇は湧いてこない。とにかく今は捕まえて──

 

「──ラックスさんの治療費ぶんどってやる」

 

 月明かりが強まり、両者が照らされる。すると、見据えてくる〝冒険者狩り〟のフードの中から驚きと笑いの声が漏れた。

 

「ハハっマジかよ!?」

「……?」

「今日はいい日だなァ。〝あの時の異世界人〟と戦えるんだからよォ!」

「!?」

 

 今なんて言った?

 

「何ボンヤリしてんだ?」

 

 その声はすぐ近くに。歪む空間(ディスト)を望むも間に合わず、キーカは腹に凄まじい衝撃を覚えた。世界が回り、水没する。殴り飛ばされ、噴水に突っ込んだのだ。

 

『キーカ!』

「ガッカリさせんじゃねぇぞ異世界人!!」

「……ちょうど動機が二倍になったさ」

 

 濡れた髪を掻き上げる。




別名義で書いていた小説(削除済み)を大まかな世界観設定はそのままにほぼ全文書き直したものとなります。

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