社畜の俺。メンヘラな口裂け女をビンタしたら同棲が始まった。   作:ジュウヨン

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荷物が残ってるから、元カノが家に来た。

 

 

 

デパートからの帰り道。

 

俺と口裂け女は、

ほとんど言葉を交わさなかった。

 

別に喧嘩したわけでもないし、空気が悪いわけでもない。

 

ただ——

璃子に、圧倒されてしまったのだ。

 

俺はそれが情けなかった。

 

そして、璃子が最後に残した言葉。

 

『荷物を取りに行くから、絶対家にいてね』

 

その言葉を思い出すだけで、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 

口裂け女も同じなのだろう。

 

何かを考え込んだかと思えば、急にぼーっとしている。

そんな様子を、何度も繰り返していた。

 

電車に乗ってる時も、

それは変わらない。

 

行きの電車では——

恋人みたいに、距離が近かった。

 

電車が揺れるたびに肩が触れ合って、

そのたびに、妙にドキドキしてしまった。

 

だが帰りは違う。

 

肩はぶつからない。

 

わずかな距離だが、

確実に離れている。

 

大きくは変わらない。

 

それでも、確実に——壁が出来ていた。

 

 

 

ようやく、家に到着した。

 

玄関の前に、

口裂け女のために買った服の入った紙袋を置く。

 

そして帰宅するなり、

俺はそのままソファーへ倒れ込むように腰を落とした。

 

天井を見上げる。

 

そして、大きく息を吐いた。

 

「……はぁ」

 

口裂け女は、無言で洗面所へ向かう。

 

蛇口の水音が聞こえる。

 

いつもなら、

「手、洗ってください!」としつこく言ってくるのに。

 

今日は、それがない。

 

……それが、なんだか。

 

——とても、寂しかった。

 

やがて水音が止む。

 

口裂け女が、こちらへ歩いてくる。

 

少しぼんやりした様子だが、

何かを言いたそうな顔をしていた。

 

「……どうしたの?」

 

何気なく聞く。

 

すると彼女は、ゆっくり口を開いた。

 

「元カノさんが来てる間……

 私、外に出てますね……」

 

にこりと笑う。

 

……丸わかりだ。

 

無理している。

 

笑顔がぎこちない。

 

見ているだけで、胸が痛くなるほどだった。

 

本当は、一人で外になんて出したくない。

 

だが、璃子が来ることを考えれば——

一時的に避難させた方が、こいつのためかもしれない。

 

正直、俺も。

 

あいつに何か言われたら、

冷静でいられる自信がなかった。

 

……俺は、璃子に腹を立てていた。

 

デパートで会った時。

 

俺と話をするまでは普通だった。

 

だが——

口裂け女を見た瞬間、あいつは変わった。

 

あれは明らかに。

 

攻撃しようとしていた。

 

……前は、そんなやつじゃなかった。

 

「……うん。その方がいいかもしれない」

 

俺がそう言うと、

 

「じゃあ……帰られたら

 連絡していただいてもいいですか?」

 

そう続けてきた。

 

……よかった。

 

思わず、ほっとする。

 

戻ってくるつもりはあるらしい。

 

今のこいつには、

そのまま消えてしまいそうな不安定さがあった。

 

……それだけは嫌だ。

 

こいつを失うくらいなら——

 

「わかったよ。

 じゃあアイツが帰ったら、すぐ連絡する」

 

「これでどこか入って時間潰してて」

 

そう言って、俺は財布からお金を取り出す。

 

一文無しで外に出すなんて真似はしたくなかった。

 

だが、口裂け女は首を振る。

 

「わ、私そんなのいりません……」

 

手を出そうとしない。

 

それでも俺は、強引に。

 

彼女の服のポケットへお金をねじ込んだ。

 

「……俺と出会う前みたいになってほしくないんだ」

 

「ちゃんと、人間として外に出てほしい」

 

思わず視線が落ちる。

 

本当は——

こんな時に言いたくなかった。

 

「……お前がどう思ってるかわからないけど」

 

「俺は、お前を妖怪だと思ってない」

 

俺は口裂け女の手を握った。

 

「お前が……大事だ」

 

真っ直ぐに、目を見て言う。

 

「アイツが帰った後に話したいことがある」

 

「だからカフェでも行って、時間潰してて?」

 

そう言って、

どうにか笑顔を作る。

 

……俺は、ちゃんと笑えているだろうか。

 

そして、口裂け女の頭を優しく撫でた。

 

その瞬間。

 

彼女の目が、とろんと緩む。

 

「はい……」

 

小さく頷く。

 

「じゃあ……どこかで待ってますね?」

 

ようやく、彼女の体から力が抜けたようだった。

 

「うん。お願い」

 

「じゃあ、出ます……」

 

そう言って立ち上がるが——

 

ふと、思い出したように言った。

 

「あ……買っていただいたハンカチ、

 持って行ってもいいですか?」

 

思わず、ハッとする。

 

「せっかく買っていただいたので……

 なるべく持っていたいです」

 

にこりと微笑む。

 

……可愛い。

 

こんな状況なのに。

 

抱きしめたくなる衝動に駆られる。

 

……璃子が帰った後が、勝負だ。

 

そんなことすら、思ってしまう。

 

俺は紙袋からハンカチを取り出す。

 

二枚のハンカチを手に取り、口裂け女の方へ歩く。

 

——その時だった。

 

 

 

 

ピンポーン。

 

 

 

 

インターホンの音。

 

……現実は、非情だ。

 

もう、璃子が来た。

 

宅配が届く予定はない。

 

間違いなく、あいつだろう。

 

案の定、ドアの向こうから声がする。

 

「ゆうくん…… 帰ってるよね?」

 

「早く、開けてくれない?」

 

明るい声。

 

だが、どこか圧がある。

 

口裂け女が、

少し怯えていた。

 

……覚悟を決めるか。

 

俺は彼女の耳元で、小さく囁く。

 

「悪いけど……少しだけ寝室にいてくれる?」

 

口裂け女は戸惑っている。

 

それでも、少し格好つけたくなった。

 

「……すぐ、終わらせるから」

 

その言葉で、彼女の表情が固まる。

 

そして、小さく息を吐いた。

 

「……わかりました」

 

「そうします」

 

ハンカチを渡す。

 

口裂け女は、

それを宝物みたいに両手で受け取った。

 

彼女は、震えながらも

ハンカチを大事そうに握りしめる。

 

そして、既に履いていた靴を脱ぎ、

寝室へ逃げるように歩いていく。

 

「ねえ、ゆうくん……まだ?」

 

璃子の声に、苛立ちが混じる。

 

……ふぅ。

 

俺は玄関のドアノブを握った。

 

なぜこんなに緊張しているのか。

 

自分でもわからない。

 

……もういい。

 

考えても仕方ない。

 

 

 

 

ガチャリ。

 

 

 

 

「ゆうくん……遅いよ」

 

笑顔の璃子が立っていた。

 

だがその目は、すぐに玄関へ向く。

 

視線の先には——口裂け女の靴。

 

璃子が、クスリと笑った。

 

「へえ……本当に一緒に住んでるんだ」

 

「——“アイツ”と」

 

目が、全く笑っていない。

 

だが俺には、理解できなかった。

 

こいつから振ったんじゃないのか。

 

前の璃子は、こんな奴じゃなかった。

 

大学でも友達こそ多くはなかったが、

関係は深く、誰からも信頼されていた。

 

とても、優しい人間だった。

 

……何に怒ってるんだ。

 

いや。

 

怒ってるのか?

 

それすら、わからない。

 

璃子が、玄関へ足を踏み入れる。

 

「じゃあ、入るね」

 

部屋をじっくりと見回す。

 

「懐かしいね……」

 

「何も変わってないみたい」

 

一瞬だけ、穏やかな表情になる。

 

だがそれは、本当に一瞬だった。

 

すぐに、何かを探すような目になる。

 

……口裂け女を探している。

 

俺は話を進めることにした。

 

「璃子……取りに来た荷物って何?」

 

璃子は家を出る時、

荷物をほとんど置いていった。

 

処分するようにも言われていなかったので、

全部押し入れにまとめてある。

 

それを見る度に、璃子を思い出した。

 

だが、口裂け女が来てから、

一気に片付けた。

 

……量は多い。

 

押し入れの奥には、

まだ段ボールがいくつも残っている。

 

俺が聞くと——

 

璃子は、真っ直ぐ俺を見た。

 

「ゆうくん……僕はね」

 

……やっぱり、変わっていない。

 

俺と二人になると、

こいつは自分のことを「僕」と呼ぶようになる。

 

昔は、それが嬉しかった。

まるで、俺だけを信用してくれているようで。

 

だが——今ではそれが呪いのように感じた。

 

少し間を置く。

 

「荷物を取りに来たんじゃないよ」

 

そして。

 

静かに言った。

 

「ゆうくんと——やり直しに来たんだよ」

 

……。

 

……。

 

こいつは何を言っている。

 

やり直す?

 

頭が、追いつかなかった。

 

だって——

 

俺を振って

出て行ったのは、

 

お前の方だろ。

 

——その時だった。

 

寝室から、ガタンという音がした。

 

璃子の目が、一瞬でそちらを向く。

 

今度は笑わない。

 

「……アイツ、寝室にいるんだね」

 

そして。

 

「玄関で話すのも疲れるから」

 

「上がらせてもらうね」

 

ようやく、璃子は笑った。

 

……だがそれは。

 

笑顔というより。

 

感情を隠す仮面のようだった。

 

……前は、こんなやつじゃなかったのに。

 

……こいつに、一体何があったんだろう。

 

少なくとも。

 

久しぶりに会った璃子は、

 

 

——俺の知っている璃子では、なかった。

 

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