社畜の俺。メンヘラな口裂け女をビンタしたら同棲が始まった。 作:ジュウヨン
璃子が、家にあがる。
靴を脱ぎ、ゆっくりと視線を落とす。
そして——
靴箱に並んでいるスリッパに目を向けた。
「僕のスリッパ……残してくれてたんだね」
嬉しそうに、少しだけ微笑む。
その声は、どこか懐かしさを含んでいた。
璃子はしゃがみ込み、
そっとそのスリッパを手に取る。
まるで、壊れ物でも扱うみたいに、
丁寧に。
そして、ゆっくりと足を通した。
……璃子のスリッパは、捨てられなかった。
仕舞うのを忘れていた、というのもある。
だが、それだけじゃない。
いつか。
いつか璃子が、
「やっぱり戻ってきたい」なんて言って。
この家に帰ってきてくれる。
そんな、未練みたいなものが——
どこかに残っていたのかもしれない。
……俺の弱さだ。
未練がましい、どうしようもない感情。
そして今。
そのスリッパは、再び
本来の持ち主の足元に収まっている。
……璃子が帰ってきたんだ。
皮肉にも。
不意に、そんなことを思ってしまった。
自分でも、何を考えているのか分からない。
スリッパを履き終えた璃子が、
ゆっくりとソファーの方へ歩いていく。
その足取りは、
まるでここが自分の家であるかのように自然だった。
「ゆうくん」
振り返る。
「立って話すんじゃなくて、ここで座って話そうよ」
笑顔で、ソファーを指差す。
俺を、そこへ誘導するように。
「いや……俺は、いい」
反射的にそう答える。
距離を保っていたかった。
だが。
璃子の笑顔が、
ほんのわずかに——ピクリと動いた。
そして。
「ゆうくん」
一拍。
ほんの、短い沈黙。
「僕は、ゆうくんに座ってほしいな」
璃子の顔が、
さっきまでの笑顔に戻る。
柔らかくて、優しい。
昔と同じ笑顔。
なのに。
まるで。
銃を突きつけられているような気持ちになる。
逃げ道のない圧。
言葉は穏やかなのに、
拒否することが許されないような空気。
……。
俺は何も言わず、
璃子の言う通りにする。
ゆっくりと、ソファーに腰を落とした。
できるだけ。
璃子から距離を空けて。
だが——
その距離は、意味を持たなかった。
璃子がすぐに、
その隙間を埋めるように詰めてくる。
そして。
俺の手を、
そっと両手で包み込んだ。
……暖かい。
思わず、そう感じる。
最近触れていたのは、
口裂け女の手ばかりだった。
彼女の手は、
人間とは違う。
どこか温度の薄い、不思議な感触。
それに比べると。
璃子の手は、はっきりと分かる。
人間の温かさだ。
血が通っている、
生きた体温。
なのに——
それでも、どこか。
凍てつくような冷たさがあった。
温かいのに、
背筋が冷える。
そんな矛盾した感覚。
……こいつに、一体何があったんだ。
そんな調子で手を握られていると。
璃子が、口を開いた。
「本当に、久しぶりだ」
懐かしむように。
ゆっくりと、言葉を噛み締める。
「……本当は、僕はゆうくんと」
「ずっとこうしてたかったんだ……」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の胸の奥で、
ふっと何かが燃え上がる。
怒りだ。
「……お前が振ったんだろ」
思わず、声が低くなる。
「なんだよそれ。意味わかんないよ……」
俺は、
璃子の手を振り払った。
ぱし、と。
乾いた音が、小さく響く。
璃子の手が、
宙で止まる。
そして。
振り払われた自分の手を、
じっと見つめる。
だが。
その表情は、変わらない。
依然として、笑顔のままだ。
怒るでもなく。
悲しむでもなく。
ただ。
懐かしさを噛み締めるように。
静かに。
さっきまで感じていた、
あの冷たいものは消えていた。
まるで。
昔の璃子に戻ったみたいに。
「ゆうくんは、なんで僕が振ったのかわかってる?」
璃子の声が、静かなリビングに小さく響く。
その声は穏やかだった。
責めているわけでもない。
怒っているわけでもない。
ただ、淡々と。
答えを確かめるみたいに。
……理由なんて、わかっている。
俺は少しだけ視線を落とした。
「俺の仕事が忙しくて、
璃子との時間を作れなくなったから……」
言葉にしながら、胸の奥が少しだけ痛む。
わかっていることを、改めて口にするのは——
思っていたより、苦しかった。
「違う?」
恐る恐る、そう付け足す。
その瞬間だった。
璃子の顔から、すっと表情が消えた。
さっきまで浮かんでいた、柔らかな笑みが。
まるで最初から存在しなかったみたいに、
音もなく消えていく。
「……違うよ」
静かな声。
だが、その一言には、はっきりとした冷たさがあった。
「やっぱり……ゆうくんは何もわかってないね」
……。
胸の奥に、ざらついた感情が生まれる。
苛立ちとも、戸惑いともつかない感情。
「じゃあ、一体なんで別れたんだよ」
思わず、少しだけ語気が強くなる。
璃子は少しだけ視線を落とし、
何かを思い出すようにゆっくりと息を吐いた。
「……きっかけは」
そして。
「ゆうくんが僕との記念日をすっぽかしたことだよ」
その言葉を聞いた瞬間。
頭の中が、ぐらりと揺れる。
視界が一瞬だけ遠くなるような感覚。
……璃子の言う通りだった。
忘れもしない。
別れる一ヶ月前。
あの日。
記念日だということを、完全に忘れていたわけじゃない。
むしろ、覚えていた。
だからこそ——
余計に、苦い。
あの日は、璃子との約束で。
なるべく早く帰ってきて、
家で二人でお祝いをするはずだった。
プレゼントだって、事前に買っていた。
ちゃんと準備はしていたんだ。
それなのに。
その日に限って、
どうしても外せない仕事が入った。
断ることもできたのかもしれない。
だが、その時の俺は。
仕事を優先することを、
ほとんど反射みたいに選んでしまった。
結局、家に帰ったのは——
予定よりずっと遅い時間だった。
玄関を開けた瞬間。
リビングのテーブルが目に入る。
そこには。
豪勢な食事が並んでいた。
湯気はもう出ていない。
料理には、丁寧にラップがかけられていた。
冷蔵庫を開けると、
中には小さなホールケーキが入っていた。
……とてつもない罪悪感に見舞われた。
ちゃんと連絡はしたはずだった。
「仕事で遅くなる」
メッセージも送った。
その返事は——
『わかった。』
ただ、それだけだった。
それ以上、何もなかった。
あの時は。
それで納得してくれていると思っていた。
だが。
今思えば。
あの一言の中に、
全部詰まっていたのかもしれない。
それから。
璃子の態度は、目に見えて変わった。
優しかった言葉は減り。
笑うことも、少なくなった。
何かを我慢しているような、
そんな空気が二人の間に漂うようになった。
……苦い過去だ。
忘れようとしても、
簡単には消えてくれない記憶。
まるで。
今でも、この部屋のどこかに
残っているみたいだった。
俺が思い詰めていると、
璃子がふっと穏やかに微笑んだ。
さっきまでの無表情とは違う。
昔、何度も見たことのある——
あの優しい笑顔。
「ゆうくんが、僕との時間を作れないのは仕方ないんだよ」
静かに言う。
責めるような言い方ではない。
むしろ、
本当に理解しているみたいな口調だった。
「ゆうくんが僕との未来のために
頑張ってくれていたことは知ってたからね」
璃子の表情は、優しかった。
柔らかくて、
あの頃と同じで。
……でも。
だったら——
「じゃあ、なんで……」
思わず、言葉が漏れる。
喉の奥が、少しだけ詰まる。
「俺と別れたんだよ」
一拍、
沈黙が落ちる。
その静かな空気の中で。
璃子が、ぽつりと呟いた。
「それでも……」
少しだけ、視線を落とす。
「大事な時には……僕を優先して欲しかったんだ」
その声は、
さっきまでと同じく穏やかだった。
責めるような響きはない。
だが、その言葉の奥には。
どうしようもない、
寂しさみたいなものが滲んでいた。
「じゃないと、きっとゆうくんは今後も同じことを繰り返す」
そう言って。
璃子は、俺の方を見る。
そして、穏やかに微笑んだ。
「でも……僕は」
「そんなゆうくんのことを好きになってしまった」
一拍。
「……まるで、呪いみたいでしょ?」
その瞬間。
璃子の声が、ほんの少しだけ震える。
強がりでもなく。
怒りでもなく。
ただ、抑えきれない感情が
言葉の隙間から漏れ出しているようだった。
「どうして、それを言ってくれなかったんだよ……」
思わず、本音が漏れる。
声は、自分が思っていたより弱かった。
璃子は。
何も言わなかった。
何も相談せず。
ある日突然、
「別れる」とだけ言って。
最低限の荷物しか持たずに、
この家を出ていった。
俺は。
何が起きているのか、
本当にわからなかった。
「言うだけじゃ、ゆうくんは変わらないと思ったからだよ」
璃子は、淡々と答える。
責めるような口調ではない。
ただ、事実を述べるみたいに。
「一度、距離を置けば」
「きっと、僕を優先してくれるように変わってくれる……」
少しだけ目を細める。
「そう、信じたんだ」
……そういうことだったのか。
胸の奥で、何かがゆっくり繋がる。
だから。
璃子は、荷物を持って帰らなかったのか。
完全に関係を断ち切るつもりじゃなかった。
ただ、距離を置く。
そういう意味だったんだ。
押し入れの奥に残っている段ボール。
あれは——
戻ってくるための余地だったのかもしれない。
そこでようやく。
これまでの璃子の行動に、
ある程度の辻褄が合った。
「……ゆうくんってさ」
璃子が、ふっと笑う。
少しだけ、
昔を思い出すような表情で。
「怒鳴られるより、優しくされる方が弱いでしょ?」
……事実だ。
璃子は、残酷なまでに俺のことを理解している……。
「だから僕は、怒らないことにしたんだ」
「怒鳴って、それを直してもらったところで、
所詮そんなものは長続きしないんだよ」
徐々に、璃子の表情に影がおちていく。
「……ゆうくんは、僕以外にも優しいからね」
そして、続ける。
「それで、僕は弱ったゆうくんに近づこうとした」
「ゆうくんが後悔して」
「寂しくなって」
「僕を必要としてくれる、そのタイミングで」
そこで、言葉が止まる。
ほんの一瞬だけ、沈黙。
そして。
「でも……その時に、」
璃子の目が、ゆっくりと横へ動く。
視線の先は——
寝室のドア。
「“アイツ”が」
「ゆうくんの前に現れたんだ」
その瞬間。
璃子の目が、冷たくなる。
さっきまで浮かんでいた、
穏やかな感情が。
一瞬で、凍りつく。
その目には、
恐ろしいほどの憎悪が満ちているようだった。
「……本当に、怒りでどうにかなりそうだったよ」
璃子が、ぽつりと呟く。
その声は不思議なほど静かだった。
怒鳴っているわけでもない。
感情をぶつけているわけでもない。
ただ、押し殺したような低い声。
だからこそ。
余計に、怖かった。
「……実は、ゆうくんが
アイツと住んでるのも知ってたんだ」
「……え?」
思わず声が漏れる。
その瞬間、背中を冷たいものが走った。
血の気が、すっと引いていく。
だが璃子は、
俺の反応なんて気にも留めずに話し続ける。
「時々、ゆうくんの帰り道をつけてたからね」
まるで。
当たり前のことのように、
軽い調子で言った。
「本当はね」
璃子は少しだけ首を傾ける。
「別れてから一ヶ月くらいしたら、
偶然を装って話しかけるつもりだったんだ」
「ゆうくんが、僕のいない生活に慣れてきて」
「少し寂しくなってきた頃に」
微笑む。
「そこに僕が現れたら、
きっと“効果的”でしょ?」
……背筋が冷える。
こいつは。
全部、計算していたのか。
「ゆうくんに変な虫がつくなんて」
璃子の目が、ほんの少しだけ細くなる。
「想像するだけで、吐き気がしたからね」
その言葉には、はっきりとした嫌悪が滲んでいた。
「……極力早くにゆうくんとやり直す予定だった」
明らかに苛立った声音だった。
だが。
その奥には、ほんの少しだけ。
後悔みたいなものも混じっている気がした。
それでも。
璃子の表情は、依然として穏やかなままだ。
怒っているはずなのに。
笑顔を保ったまま。
「僕が後をつけて」
「ゆうくんに話しかけようとした時」
そこで璃子は、一度言葉を切る。
そして。
「……ゆうくんが、アイツと話してるのを見た」
視線が、ふっと遠くを見る。
あの時の光景を思い出しているようだった。
「……バレるのが恥ずかしくて、
思わず隠れちゃったけどね」
ふふッ、と小さく笑う。
その笑い方は、どこか子供っぽい。
だが。
言っていることは、まったく笑えない。
「そして」
璃子の声が、少しだけ低くなる。
「すごいものを見たよ」
「……最初は目を疑った」
そこで、璃子は言葉を止めた。
リビングが、しんと静まり返る。
冷蔵庫の微かな駆動音。
壁掛け時計の秒針。
それ以外、何も聞こえない。
——いや。
その時。
寝室の扉の向こうから、
かすかな物音がした。
コトン、と。
とても小さな音。
だが、この静寂の中では
やけに大きく響いた。
璃子の視線が、ゆっくりとそちらへ向く。
そしてまた、俺の方へ戻る。
少し間を空ける。
まるで。
言うべきか迷っているみたいに。
璃子は小さく息を吐いた。
そしてもう一度、寝室へ目を向ける。
その目には。
ほんのわずかに——
恐怖が浮かんでいるようだった。
歯が。
カチカチ、と鳴る。
小さく震えているのがわかる。
やがて。
璃子は、ゆっくりと口を開いた。
唇が離れる、
かすかな音さえ聞こえた。
……。
「……“アイツ”」
一拍。
「普通の人間と、違うんだろ?」
璃子は、ゆっくりと笑った。
さっきまでの恐怖を、
無理やり押し込めるみたいに。
「最初はね」
「コスプレか何かだと思ったんだ」
肩をすくめる。
「でもね」
璃子の目が、もう一度寝室へ向く。
その視線は鋭かった。
そして。
「……あれ」
「どう見ても、“普通”じゃないよね」
その言葉は。
静かな部屋の中に、
ゆっくりと落ちていった。
まるで。
“秘密”を、告発するみたいに。
……。
時間が止まる。
空気が、ぴんと張り詰めた。
その時だった。
寝室の方から——
ガタンッ。
大きな物音が響いた。
反射的に視線がそちらへ向く。
……。
……璃子は。
全部、知ってたのか。
だから。
あんなにも、アイツに敵意を……。
「だから、僕はね」
璃子が、静かに言う。
その声は、さっきよりもずっと落ち着いていた。
まるで。
何かを決意した人間の声だった。
「“アイツ”からゆうくんを助けにきたんだ」
そう言って。
璃子は、すっと立ち上がる。
ゆっくりと。
まるで、引き寄せられるように。
寝室の方へ歩き出す。
「おい、璃子……!!」
俺は慌てて立ち上がり、
璃子の手首を掴んで引き止めた。
その瞬間。
びくりと、璃子の身体が震える。
掴んだ手は――
さっきよりもずっと冷たかった。
汗ばんでいて。
そして。
酷く震えていた。
……怖いんだ。
それでも。
璃子は、歩こうとしていた。
その覚悟だけは、はっきりと伝わってくる。
「離して」
璃子が言う。
小さな声で。
だけど。
その腕に込められた力は——
驚くほど強かった。
細い腕なのに。
必死に、前へ進もうとしている。
「ゆうくんを……」
璃子が、歯を食いしばる。
震える声で。
「ゆうくんを、“アイツ”から助けてあげられるのは……」
ぐっと、腕に力が入る。
「僕だけなんだ……!!」
決意のこもった声音。
その声は、今にも壊れそうだった。
璃子の目に、涙が浮かぶ。
明かりをつけていない暗い部屋で。
その涙だけが、微かに光った。
「僕の、ゆうくんを……」
声が、崩れる。
「返してよぉ……」
その言葉は。
怒りでも。
憎しみでもなかった。
ただ。
泣きながら助けを求める子供の声みたいだった。
だが。
それでも。
俺の力には敵わなかった。
腕を引き寄せると。
璃子の身体は、力を失ったように崩れる。
そのまま。
床に、へたり込んだ。
「……っ」
弱々しく。
その場で、泣き崩れる。
肩が、小さく震えている。
璃子のその姿は——
あまりにも。
俺の知っている姿から、かけ離れていた。
冷静で。
計算高くて。
どこか余裕があった、あの璃子。
今、目の前にいるのは。
ただ。
壊れてしまったみたいに泣く、
一人の人間。
でも。
それでも。
璃子の言葉は。
璃子の行動は。
どんな形であれ。
全部。
俺のためだった。
俺を想ってくれている。
それだけは。
痛いほど、理解できた。
だからこそ。
俺は。
……もう。
何が正しくて。
何が間違っているのか。
わからなくなっていた。
……。
——その時。
ガラッ。
寝室のドアが開いた。
……口裂け女だった。
涙で顔はぐしゃぐしゃに崩れ、
嗚咽のせいで呼吸がまともにできていない。
肩を震わせながら、必死に息を整えようとしている。
しばらくその場に立ち尽くしたあと、
ゆっくりと璃子の方を向いた。
そして。
「……本当に、ごめんなさい……」
掠れた声だった。
力を振り絞るようにそう言って、
深く頭を下げる。
その姿は、
いつもの無邪気な口裂け女とはまるで違っていた。
まるで、罰を受けるのを待っているみたいだった。
……。
……。
何も言えなかった。
リビングには、誰の声もない。
ただ、口裂け女の荒い呼吸だけが聞こえている。
やがて、口裂け女は顔を上げた。
けれど、俺の方は見ない。
視線を落としたまま。
そのまま、
ゆらゆらとした足取りで玄関の方へ歩き出す。
……。
嫌だ。
胸の奥が、強く締め付けられる。
……待って。
待ってくれ。
頭の中が真っ白になった。
璃子のことも。
さっきまでの会話も。
全部、遠くに押しやられていく。
ただ。
このまま、あいつが出ていく光景だけが——
やけに、はっきり見えた。
俺は。
……。
——お前がいないと。
喉の奥で、言葉が震える。
そして。
気づいた時には。
「——お前のことが、好きだ」
静寂に。
声を、溢していた。
次の瞬間。
俺は、口裂け女の元に走り寄り
強く抱きしめていた。
自分でも、
何が起きたのかわからない。
——無意識だった。
考えたわけじゃない。
決めたわけでもない。
ただ。
体が勝手に動いた。
腕の中の口裂け女は、
小さく息を呑んだ。
その体は、驚くほど軽くて。
痛々しいほどに震えていた。
自然と体が動いて。
自然と声が出ていた。
でも、それが。
今の俺にとっての、嘘偽りのない答えだった。
だから。
俺は。
この選択に、一切の後悔はなかった。