社畜の俺。メンヘラな口裂け女をビンタしたら同棲が始まった。   作:ジュウヨン

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我慢できなかったから、璃子に告白した。

 

 

 

 

「僕——ゼミの×××君から、告白されたんだ」

 

 

 

 

 

……え。

 

 

 

その一言で。

 

時間が止まった。

 

耳に入るはずだった車の音も。

 

人の話し声も。

 

風の音さえも。

 

何も聞こえなくなった。

 

頭の中が真っ白になる。

 

理解が追いつかない。

 

いや——

 

理解したく、なかった。

 

×××といえば……

 

大学内でも、

人気のある男だ。

 

俺はほとんど話したことはない。

 

でも、身長が高くて、顔も良くて。

 

成績も優秀。

 

性格も良いと評判で、

悪い噂なんて一度も聞いたことがない。

 

……そういえば。

 

最近、あいつが璃子によく話しかけていた。

 

講義の後も。

 

ゼミの前も。

 

俺は何となく目にしていた。

 

でも、その時は深く考えもしなかった。

 

ただの世間話だろう、と。

 

 

 

——あれは、そういうことだったのか。

 

 

 

ゆっくりと璃子へ目を向ける。

 

璃子は俯いたまま、

頬を真っ赤に染めていた。

 

唇を何度も開きかけては閉じる。

 

何かを待っているように。

 

何かを期待しているように。

 

でも——

 

俺には、その意味を考える余裕なんてなかった。

 

胸の奥が、

嫌な音を立てて締め付けられる。

 

どうするの?

 

付き合うの?

 

璃子は——

×××のことが好きなの?

 

聞きたいことは、山ほどあった。

 

今すぐ、

全部聞いてしまいたかった。

 

だけど。

 

もし。

 

「付き合うつもり」

 

そう言われたら。

 

俺はきっと、笑えない。

 

平気な顔なんて、できない。

 

だから——

 

聞けなかった。

 

知りたく、なかった。

 

 

 

 

 

 

「そう、なんだ」

 

 

 

 

 

 

それ以上は……何も言わず。

 

何も聞かず。

 

ただ黙って——

前だけを見て歩き続けた。

 

隣に璃子がいるのに。

 

その距離が、

今までで一番遠く感じた。

 

結局——

 

俺は、何も言えなかった。

 

 

 

 

傷つくのが怖くて、

 

目を背けて、逃げた。

 

 

 

 

 

⸻

 

それから……

数週間が過ぎた。

 

璃子とは——

ほとんど話さなくなった。

 

喧嘩をしたわけじゃない。

 

仲違いをしたわけじゃない。

 

ただ——

 

俺が、話しかけられなくなった。

 

教室で顔を合わせても、

視線を逸らす。

 

……璃子の表情も、まともに見ずに。

 

そして。

 

昼休みになれば、

一人で食堂へ向かう。

 

……小さく手を振る璃子を、見えないフリして。

 

帰り道も、

わざと時間をずらした。

 

……璃子が話しかけてくる、その前に。

 

何度、璃子から連絡がきても——

 

俺は、素っ気無い返事をした。

 

……。

 

それから——自然に。

 

本当に、自然に。

 

俺たちの距離は離れていった。

 

代わりに——

 

ゼミが終わるたび、

×××が璃子の隣にいる姿を見かけるようになった。

 

何かを話して。

 

璃子が笑って。

 

×××も笑って。

 

そんな、ごく普通の光景。

 

それだけなのに。

 

胸の奥が、鈍く痛んだ。

 

……璃子は、笑っていた。

 

俺と話していた時と同じように。

 

いや。

 

もしかしたら——

それ以上に楽しそうに見えた。

 

その笑顔を見るたびに、

 

あの日——

俺が何か一言だけでも言えていたら……

 

そんな考えだけが、何度も頭をよぎる。

 

璃子が好きだ、と。

 

そんなの嫌だ、と。

 

せめて——

どうしたいのかだけでも聞いていたら。

 

未来は少し違っていたんじゃないか。

 

そんな、

”もしも”ばかりが増えていく。

 

……もちろん。

 

今さら考えたところで、

意味なんてない。

 

全部、自分で選んだ結果なんだから。

 

踏み込まなかったのは俺だ。

 

逃げたのも俺だ。

 

そのツケが、

今になって返ってきただけ。

 

……だけど。

 

分かっていても、苦しかった。

 

最初から——

 

俺と璃子じゃ、釣り合わない。

 

優しくて。

 

綺麗で。

 

誰からも好かれる璃子と。

 

……隣に立つのは、最初から俺じゃなかった。

 

最初から、

勝負にすらなっていなかったんだ。

 

そう、自分に言い聞かせるしかなかった。

 

×××と並んで歩く二人は、

不思議なくらい絵になっていた。

 

「あの二人、お似合いだよねー」

 

誰かがしてるそんな噂を、

頻繁に耳にする。

 

その度に——

俺も、そう思ってしまった。

 

だから。

 

二人が視界に入るたび、

俺は机に突っ伏した。

 

見たくなかった。

 

見れば見るほど、

自分が惨めになるから。

 

目を閉じても。

 

耳を塞いでも。

 

笑い声だけは、

どこまでも追いかけてくる気がした。

 

俺はただ——

 

現実から、目を背け続けた。

 

……

 

…………

 

一ヶ月後——

 

大学から真っ直ぐ家へ帰ると、

そのままベッドへ倒れ込んだ。

 

スプリングが小さく軋む音だけが、

静かな部屋に響く。

 

体は疲れているはずなのに、

眠気はまるで来ない。

 

ぼんやりと天井を見上げる。

 

白い天井は、何も答えてくれない。

 

……少し前だったら。

 

今頃——

璃子と一緒にいたかもしれない。

 

講義が終わって。

 

駅前を歩いて。

 

他愛もない話で笑い合って。

 

——また、明日ね。

 

そう言って、

手を振り合っていたかもしれない。

 

そんな甘い幻想を振り払うように、

強引に目を閉じる。

 

考えるな。

 

忘れろ。

 

そう自分に言い聞かせても——

 

瞼の裏に浮かぶのは、

璃子の姿だけだった。

 

嬉しそうに笑う顔。

 

「ゆうくん」と名前を呼ぶ声。

 

遠くから、

手を振ってくれる姿。

 

俺も笑い返して。

 

璃子もまた笑ってくれて。

 

少し前までは、

それが当たり前だった。

 

なのに——今は。

 

その当たり前が、

もう二度と戻らないような気がしていた。

 

もう——

 

今さら何を後悔したって遅い。

 

そう思えば思うほど。

 

頭の中は

璃子で埋め尽くされていく。

 

もし——

 

あの日に戻れるなら。

 

もし、もう一度だけやり直せるなら——

 

 

 

 

 

 

——プルルルルルッ。

 

 

 

 

 

 

突然、部屋中に着信音が鳴り響いた。

 

静寂を切り裂くような、大きな音。

 

思わず肩が跳ねる。

 

……電話か。

 

こんな時に。

 

今は、誰とも話したくない。

 

誰の慰めも、

励ましも聞きたくなかった。

 

重たい体を起こし、

気怠さを感じながらスマホへ手を伸ばす。

 

何気なく画面を見る。

 

——その瞬間。

 

俺の思考は、完全に止まった。

 

 

 

 

 

 

『

着信 

 稲葉 璃子

』

 

 

 

 

 

……え。

 

璃子……?

 

な、なんで……?

 

どうして——

 

頭の中に疑問ばかりが浮かぶ。

 

あいつの告白を、

受けたんじゃないのか。

 

もう俺なんかに連絡してくる理由なんて、

きっと、ないはずなのに。

 

何かあったのか。

 

間違い電話か。

 

それとも——。

 

考えろ。

 

早く。

 

必死に頭を回転させる。

 

だけど。

 

焦れば焦るほど、何もまとまらない。

 

 

 

 

プルルルルルッ——

 

 

 

 

鳴り続けるコール音が、胸の鼓動と重なる。

 

ドクン。

 

ドクン。

 

心臓だけが、やけにうるさい。

 

出るべきか。

 

出ないべきか。

 

指先が震える。

 

……いや。

 

考えていても、答えなんて出ない。

 

ええい——

 

ままよ。

 

震える指で、通話ボタンを押した。

 

 

 

 

「もっ……もしもし…………」

 

 

 

 

恐る恐る、電話に出る。

 

数秒の沈黙。

 

耳元では、

自分の心臓の音ばかりがやけに大きく聞こえていた。

 

そして——

 

「もう……」

 

少しだけ拗ねたような声。

 

「出るのが遅いよ、ゆうくん」

 

……聞き慣れた、璃子の声だった。

 

その声を聞いた瞬間、

胸の奥で張り詰めていた何かが少しだけ緩む。

 

「あ……ごめん……」

 

「ふふっ、別にいいよ」

 

電話越しでも分かるくらい、

璃子はいつもの調子で笑っていた。

 

その柔らかな笑い声に、思わず肩の力が抜ける。

 

……どうやら、怒ってはいないらしい。

 

いや——

 

そもそも璃子が怒る理由なんて、何もない。

 

勝手に距離を置いた俺が、

独り善がりに怖がっているだけだった。

 

……俺は、何をそんなに怯えていたんだ。

 

「……久々に、ゆうくんの声を聞いた気がする」

 

璃子がぽつりと呟く。

 

「……そう?」

 

「そうだよ」

 

少し笑いながら続ける。

 

「ゆうくん、誰とも一切話さないしさ」

 

「ずーっと、一人でいるし……」

 

図星だった。

 

「……ちょっと、ぼっちなのイジんないでよ」

 

照れ隠しのように返すと、

 

「ふふっ……ごめんごめん」

 

璃子がくすっと笑う。

 

その笑い声が、懐かしかった。

 

ほんの数日前まで毎日のように聞いていたはずなのに。

 

ずっと昔の思い出みたいに感じる。

 

「ゆうくん……今、誰かと一緒にいる?」

 

不意に、璃子の声色が少しだけ真剣になる。

 

「……え?」

 

予想外の質問だった。

 

「いや……いないけど……」

 

部屋を見回す。

 

もちろん、一人だ。

 

……なんでそんなことを聞くんだろう。

 

そんなこと、

むしろ俺の方が気になっているくらいなのに。

 

今、璃子の隣には誰がいるんだろう。

 

×××は一緒じゃないのか。

 

そんな考えが頭をよぎる。

 

「そっか……」

 

璃子が、小さく息を吐く。

 

「よかったぁ……」

 

その一言には、

心底安心したような響きがあった。

 

……よかった?

 

どういう意味だ。

 

胸の鼓動が、

少しだけ速くなる。

 

何を言えばいいのか分からない。

 

聞きたいことは山ほどあるのに。

 

言葉が喉につかえて出てこない。

 

「なんで……僕のことを避けてるの?」

 

「……え?」

 

不意を突かれ、思わず声が漏れる。

 

電話の向こうは静かだった。

 

ただ、璃子が返事を待っていることだけは、

不思議なくらい伝わってくる。

 

「僕が……」 

 

「×××君に告白されたって、言ったから……?」

 

心臓が、大きく脈打つ。

 

図星だった。

 

けれど、それを認める勇気はなかった。

 

「べ、別に……」

 

「そういうわけじゃ……ない、けど」

 

自分でも驚くほど弱い声だった。

 

数秒の沈黙。

 

電話越しに、

小さく息を吐く音が聞こえる。

 

そして、璃子が静かに言った。

 

「……そんなの、」

 

「絶対に……嘘じゃん」

 

……。

 

……俺は、そのまま何も言い返せなかった。

 

あまりにも、

璃子の言ってる通りだったから。

 

「……」

 

「……」

 

電話越しに流れる沈黙。

 

お互いの息遣いだけが聞こえる。

 

その数秒が、何分にも感じられた。

 

そして——

 

「ゆうくん……あのね」

 

沈黙を破るように、

璃子が静かに口を開く。

 

その声は——

どこか覚悟を決めたような響きを帯びていた。

 

「僕は……×××君の告白を受けなかったよ」

 

「……えっ?」

 

心臓が、大きく跳ねた。

 

ドクン、と。

 

胸の奥で音が鳴る。

 

一瞬だけ。

 

抑え込んでいた希望が、

顔を覗かせる。

 

……いや。

 

期待するな。

 

俺に可能性なんてない。

 

勘違いだったらどうする。

 

そう自分に言い聞かせながら、

 

「……そうなんだ」

 

できるだけ平静を装って返事をする。

 

声が震えないように。

 

気持ちが伝わらないように。

 

必死だった。

 

だけど——

 

どうしても、

一つだけ聞かずにはいられなかった。

 

「な……なんで……?」

 

その瞬間。

 

電話の向こうが、静まり返る。

 

璃子の息遣いが、ふっと止まった。

 

電話越しなのに。

 

空気まで凍りついたような気がした。

 

……え。

 

俺、何か変なこと言ったか……?

 

そうして、

しばらくすると——

 

電話口の向こうから、

かすかに息の漏れる音が聞こえた。

 

ほんの一瞬。

 

何かを諦めたような。

 

期待を胸の奥へ押し込めるような、

静かな吐息だった。

 

「やっぱり——」

 

「ゆうくんは、何もわかってくれてないんだね」

 

璃子の声は、

怒っているわけでも責めているわけでもなかった。

 

どこか悲しそうで。

 

どこか寂しそうで。

 

それが余計に胸へ突き刺さる。

 

「僕が、なんで君にこうやって連絡をしているのか……」

 

「本当に……わからないの?」

 

「考えようとも……してくれないの?」

 

一言、一言が。

 

まるで胸の奥に直接落ちてくるようだった。

 

そんなの——

 

本当は、俺だって分かってる。

 

分かっていた。

 

璃子が何を伝えたいのか。

 

何を期待しているのか。

 

そんなことくらい、本当は気付いていた。

 

だけど。

 

もし全部——

俺の勘違いだったら。

 

もし告白して、「ごめんね」と笑われたら。

 

今まで築いてきた時間まで全部失ってしまう。

 

そう思うだけで、足が竦んだ。

 

だって——

 

俺と璃子とじゃ、何も釣り合わない。

 

その思いだけが、

ずっと俺を縛っていた。

 

すると璃子は、

小さく息を吐いて言った。

 

「——もういいよ」

 

静かな声だった。

 

諦めたような。

 

でも、どこか覚悟を決めたような声。

 

「僕は……君の優しいところが大好きだよ」

 

その言葉に、胸が締め付けられる。

 

「でも……今のままじゃ、嫌だ」

 

「優しいだけのゆうくんじゃ……嫌だ」

 

「ずっと、曖昧なままじゃ——」

 

「僕は、もう嫌なんだ」

 

電話の向こうで、

小さく息を吸う音が聞こえる。

 

「——だから…………」

 

そこで璃子は言葉を止めた。

 

何かを言おうとして。

 

飲み込んで。

 

また黙ってしまう。

 

その沈黙が。

 

震える息遣いが。

 

どうしようもなく愛おしかった。

 

もう、十分だった。

 

これ以上、自分の弱さを言い訳にしたくない。

 

「……もう、いいよ」

 

小さく笑った。

 

その笑い方は、

泣くのを我慢しているようだった。

 

「ここまで言ってもわからないなら」

 

「仕方がない……か」

 

「……じゃあ、切るね」

 

璃子が、

小さく別れを告げる。

 

震える声で、

 

「……バイバイ、ゆうくん」

 

その瞬間。

 

もう——

俺は我慢するのはやめた。

 

「好きだっ……!!」

 

気付けば、叫ぶように言っていた。

 

「俺は……璃子のことが好きだ……っ……!!」

 

「誰よりも、優しくて……」

 

「誰よりも……明るく笑う璃子が好きだ」

 

「もし……璃子が嫌じゃなかったら」

 

「俺と——付き合ってほしい」

 

息が苦しい。

 

胸が熱い。

 

「俺……優柔不断だし」

 

「すぐ、逃げるし」

 

「本当に……情けない奴だと思う」

 

「それでも——」

 

「それでも、俺は……」

 

「璃子の、隣にいたい」

 

「ずっと……俺の隣に、いてほしい」

 

言い終えた瞬間。

 

電話の向こうが、静まり返った。

 

……。

 

……。

 

何も、聞こえない。

 

璃子の息遣いまで止まってしまったようだった。

 

何秒経ったのかも分からない。

 

永遠みたいな沈黙。

 

「……え、」

 

耐え切れなくなって口を開く。

 

「な、何か言ってよ……」

 

返事が怖い。

 

でも、返事がない方がもっと怖かった。

 

すると。

 

「……ふふっ」

 

小さな笑い声が聞こえた。

 

その声だけで、張り詰めていた心が少しだけほどける。

 

「もう……本当に、ゆうくんはわかってないんだから」

 

「……えっ?」

 

「僕が、ゆうくんの告白を断るわけないじゃないか」

 

その一言で。

 

世界に——

音が戻ってきた。

 

「僕も……ゆうくんのことが好きだからね」

 

胸の奥で何かが弾けた。

 

信じられない。

 

これ、夢なんじゃないだろうか……。

 

「……あの日、」

 

璃子が優しく笑う。

 

「君が僕のことを助けてくれた、あの時から……」

 

「ずっと……君のことが好きだったんだよ」

 

……。

 

……え、そんなに前からなの?

 

頭が、全く追いつかない。

 

「え……本当に……?」

 

思わず、聞き返してしまう。

 

「ふふっ」

 

「こんな時に、嘘なんてつかないよ」

 

優しい声。

 

でも、泣きそうなくらい——

震えた声だった。

 

「ゆうくんは、ね」

 

「僕のことを……特別扱いなんてしないで」

 

「一人の女の子として、接してくれた」

 

「見た目とかじゃなくて……」

 

「ありのままの、僕を見てくれた」

 

「優しくて——」

 

「でも……ちょっぴり意地悪で」

 

「そんなゆうくんが……

 僕は、ずっと好きだったんだ」

 

もう駄目だった。

 

璃子に——

今すぐ会いたい。

 

顔が見たい。

 

ちゃんと目を見て、

直接この気持ちを伝えたい。

 

「……璃子、」

 

「俺さ」

 

もう、自分に嘘はつかない。

 

「璃子に、会いたい」

 

少しだけ間があって。

 

「僕も……ゆうくんに、会いたい」

 

その言葉だけで、

胸がいっぱいになる。

 

「……今から、会いに行ってもいい?」

 

恐る恐る、聞いてみる。

 

——すると。

 

「はぁ……」

 

電話の向こうで、

大きなため息が聞こえた。

 

「ゆうくん、」

 

呆れたように笑いながら。

 

でも、とても嬉しそうに。

 

「こういう時はね——」

 

「何も言わずに……会いにくるものなんだよ」

 

思わず笑ってしまう。

 

だが——

そこで、ふと気付いた。

 

「あれ……」

 

「でも、バイトは?」

 

また璃子が黙る。

 

何かをモゴモゴと呟いている。

 

耳を澄ますと、小さな声が聞こえた。

 

「……こうなるかもしれないから」

 

「バイトがお休みの日に……電話したの」

 

電話越しでも分かるくらい。

 

璃子は照れていた。

 

「……じゃあ、待ってるね」

 

消え入りそうな、小さな声。

 

その一言だけで十分だった。

 

「うん……っ」

 

そう返事をするより早く。

 

俺は立ち上がっていた。

 

財布だけを掴み。

 

靴もまともに履かないまま玄関を飛び出す。

 

アパートの階段を、

駆け下りる。

 

夜風が頬を叩く。

 

今はただ。

 

一秒でも早く。

 

一歩でも早く。

 

俺は——

璃子に会いたかった。

 

 

 

 

 

 







ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ジュウヨンです。

最近更新したばかりですが、
没入感があるうちに璃子との過去編を描き切りたくて、必死に書きました。

璃子とのエピソードは書いていて本当に楽しいですし、
感情もたくさん込めました。

……とはいえ、作者としては早く本編を進めたい気持ちもあります。

何より、早く”今”の口裂け女に会いたいです。

キャラクター投票でもダントツでしたが、
やはりこの作品は口裂け女がいてこそ成り立つ作品だと思っています。

もちろん璃子も大切なキャラクターですが、
口裂け女が輝いてこそ、この物語は本領を発揮すると感じています。

次回は、付き合い始めから大学卒業、
佐々木が社畜化。

そして同棲を経て、
二人の関係が少しずつ変化していくところまで描く予定です。

書いているうちに予定より長くなる可能性はありますが、
おおむねこの流れで進めていこうと思っています。

今後とも、よろしくお願いいたします。
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