心臓を拾いました   作:ディエ

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第6章

登校中の話はそれでおしまい。

朋子からの追加の情報はなかった。

学校に行ってからは、隣のクラスの朋子が話しに来ることもないし、今日は合同授業もない。

いつも通りの学校のはずなのに、なんだか落ち着かない。

ふと気が付けば、名前だけ聞いた林とかいう男のことを考えていた。

どんな奴なんだろう。

私は数少ない引き出しを開けては、こいつが林か、それともこっちか、と正解の出るはずのない首実検を行っていた。

まぁ、あんな朋子のことを気に入るような男だ。ブサイクで頭もセンスもない、童貞に決まっている。センスのないもの同士、お似合いかもしれない。

そう結論付けるものの、または見知らぬ男の顔が脳内をよぎっていく。

昼休みは売店でパンを買って、逃げ帰るようにして教室に戻った。

朋子のことはもちろん、男子のことも視界に入れたくなかった。

『うちのクラスの男子は、朋子の言う林ではない』

それだけが確実なことであり、自分のクラスだけが安全圏だった。

そんな風に過ごしていたので、その日は何をするにも全く身が入らなかった。

 

放課後はフライング気味に教室を出て、真っ直ぐに帰る。

誰にも会わずに家に辿り着き、ドアを閉めた時には溜め息が漏れた。

自室に入ると、円筒水槽の中で心臓がまたも頻脈になっていた。

今朝になって落ち着いたと思ったら、またこれだ。

『こいつは・・・』と憎たらしく思えてしまう。

朋子のくせに何をドキドキしているんだ。男に告白されたのがそんなに嬉しいか。どうせすぐに別れるくせに。

朋子みたいな主体性のない女がモテるわけがない。それに朋子だって相手の男が体目当てだとすぐに気付くはずだ。

私はそう思って、今だけだと納得しようとする。

でも『万が一』は否定しきれなかった。

これで少しは頭を冷やせと、水替えをしてやるけど、もちろんすぐには効果は現れない。

 

その時、インターホンが鳴った。

モニターには俯きがちに朋子が映っている。放課後、教室に私がいないのに気付いて、すぐにやって来たのだろう。

いつもなら数回無視すれば帰るのに、今日はなかなか帰らない。ドアの外で『みどり』と呼ぶ声がかすかに聞こえる。

中にいても聞こえるなんて、どれだけの声で人の名前を呼んでいるんだ。

仕方なく私はドアを開けてやった。

「なに?」

私はことさら冷たく言うけど、朋子は嬉しそうに顔を上げた。

「よかった。いたんだね」

「だから、なに?」

「みどりが誤解してるんじゃないかと思って」

なんだ? 嫉妬でもしてると思ってるのか? 彼氏ができた途端、上から目線か?

「あのね、林君の告白相手、私じゃなかったよ」

「・・・は?」

どういうこと? 告白しないのにあんなところに呼び出したってこと?

「みどり、うちのクラスの恵って知ってる?」

「・・・知らない」

「恵に彼氏いるかっていう確認と、取り次いでくれないかっていう話だった」

「・・・何それ」

「ほんと、何それ、だよね」

私が呆れたように言うと、朋子も苦笑した。

「でも、もし私への告白だったとしても、私はきっぱり断ってたよ。私にはみどりの方が大事だし」

あぁ、そういうことか。

確かに朋子の立場を考えれば、個人的な恋愛にうつつを抜かしている暇はないだろう。当然、サポート対象の忠実な友人役としての振る舞いが契約条件になっているはずだ。

つまり朋子は『これは契約違反ではなく、これからも契約通り、友人として振る舞い続ける』という念押しのために来たというわけか。

ご苦労なことだ。

「はいはい、それでいいよ」

私はそんなことに目くじらを立てるつもりはないので、軽く流した。

「ちなみに、誰からの依頼?」

ついでに、前々から気になっていたことを尋ねてみる。

お父さんはそんなお金で解決させるようなことはしないだろうし、母親はそんな風に私の周囲に気を向けるようなことはしないだろう。

だとすれば依頼人は誰だ? 誰が私にこの『友人』をあてがったんだ?

「依頼?」

朋子は首をかしげる。

そしてわずかな間の後に笑みを浮かべた。初めて見る、少し意地悪な、そして人間味あふれる笑みだった。

「何、私のこと友達業者の人間だと思ってたの?」

「別に。そんなことないけど?」

私はポーカーフェイスで答える。

でも朋子は笑みを強くした。

「私がみどりのこと気にかけてるのは、強がりしか言えない手のかかる親友だからだよ」

「何が強がりよ。ほんとのことしか言ってないけど?」

「うん、そうだね」

私が反論すると、朋子はわざとらしく笑った。

くそ・・・

「もういいよ。用事ってそれだけ?」

「うん、それだけ。じゃあ、また明日ね」

「・・・うん」

私が応えると、朋子は軽い足取りで帰っていく。

なんだ、朋子は人形じゃなかったのか。きちんと私のことを見ていた、一人の人間だったのか。

むしろ人形だったのは、私の方だったかもしれない。

人の表面だけを見て、勝手にその目的を決めつけてかかる。世の中には理由や目的のないことなど、嫌という程溢れているというのに。

「はぁ、めんどくさ・・・ 余計なこと知っちゃったかも・・・」

そんな言葉が、思わず口からこぼれる。

今までは軽くあしらえてたけど、これからも同じようにあしらえるかな・・・

 

朋子の背中を見送って自室に戻ると、円筒水槽の中の心臓はゆったりと力強く拍動していた。

言いたいことが言えて落ち着いたのか、それとも誰かの疑心暗鬼が解消されたおかげで肩の荷が下りたのか。

現金なものだ。

この心臓はずっと手元に置いておきたいくらいだけど、仕方ない。そのうち種明かしをして、返してやろう。

その時、朋子が何と言うのか楽しみだ。

 

 

―― 継続エンド

 

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