それから昼休みまでの時間は果てしなく長かった。
何かにつけて、朋子の態度が浮かんでくる。
人に意見を求めるようなことを言っておきながら、最初から行くと決めていたような反応。
ばかばかしい。ただのダシにされたようなものだ。
今まで散々まとわりついていたくせに、男に呼ばれればすぐにフラフラとそちらに行ってしまう。
何なんだ一体。
本当に、常に誰かが付いていなければならない子どものようだ。
まぁ、お勉強ばかりでそっち方面には頭空っぽの朋子らしいっちゃらしいけど。
何かとんでもないことをしでかす前に、少し痛い目を見たほうがいいのかもしれない。本人のためにも。
そして四限が終わると、私はすぐに特別棟二階の社会科準備室に忍び込んだ。
思った通り、ここからならば渡り廊下の先の部室棟入り口がよく見える。
相手が何者かは分からないけど、部活をやっていない朋子に部室棟の奥まで入って行く理由はない。
人目に付かなければいいんだから、入ってすぐの所で話すはずだ。
そしてその読みを裏付けるように、一人の男がやって来て、部室棟の扉の前で立ち止まる。
よしよしと思いながら、私は準備室の掃除用具入れのロッカーの一つから、スコープ付きのモデルガンを取り出した。
この準備室の主、社会科の佐々木の私物だ。サバゲーオタクらしい佐々木は放課後になると時々ここに来ては、銃を眺めて悦に浸っている。多分、家に置けないんだろう。
その存在もあって、この部屋を監視場所に選んだのだ。
私はカーテンの隙間からシルバーバックSRS A2を構え、スコープのリューポルドVXフリーダムを覗き込む。
黒縁の丸い視界を左右に動かして、突っ立っている男に照準を合わせる。
後姿を見る限り、別に太っているわけでも、奇抜な髪型というわけでもない。でもどうせブサイクに決まっている。
さて、こいつは朋子に振られて泣き喚くか、逆上して刃物を向けるか。せめていい薬になってくれよと願うばかりだ。
そしてしばらくすると、朋子もやって来る。
私の時はいつも朋子が待っている側だったので、相手が待っているのを知っていて、ゆっくりと歩いているというのは、少し意外だった。
その朋子に手を振りながら、男が振り返ったので、私は再びスコープを覗き込む。
男の顔は、まぁまぁ平均的なものだった。つまり頭は学年最下位で、品性下劣な童貞野郎で確定だ。口も臭いに違いない。
さぁ、振れ。さっさと振れ。
男の緊張したような顔に照準を合わせていると、不意に男は笑顔になる。
は?
私の手はさっとスコープの倍率のダイヤルへと伸びる。
でもそれは私の印象をより、はっきりさせるだけだった。
垂れ下がった目尻と、引き上げられた口角。男は何か喋っている。
そして話が終わったのか、朋子も振り返る。
朋子も笑顔だった。
私はスコープのレチクルを朋子の額に定め、トリガーを引いたままの指で、しばらく固まっていた。
それから私は午後の授業をさぼり、ふらふらと家に帰った。
幸い母親は、今日は早くに家を出たようだった。こんな姿は母親には絶対に見せられない。
私は疲れ切ったような体をベッドに投げ出した。
何でこんなことになったんだ・・・ 私が何かしたのか・・・
いくら考えても、思い当たる節はない。
もしかして朋子は最初からそのつもりだったんだろうか。私などただの『つなぎ』でしかないということなんだろうか。
円筒水槽の中の心臓は、頻脈になっていたけど、そこに不整脈も加わっていた。
一度、大きく拍動するけど、それが続かずにすぐに浅く速い拍動に戻ってしまう。その繰り返しだ。
諦めようか迷っているような拍動。
そう思えた。
私は切り捨てられてしまうのだろうか。男ができたから、もう用済みということなんだろうか。
お父さんが家を出て、母親とも疎遠となり、また一人減っていく。
これは全部、私のせいなんだろうか。
どのくらい心臓を眺めていたのか、インターホンに気付いて顔を上げると、外はもう日が傾いていた。
こんな時間に尋ねてくるのは、朋子しかいない。
ふと心臓に目をやると、明らかにただの頻脈や不整脈ではない、めちゃめちゃな動きをしていた。
まるで彼氏が出来て、はしゃぎまわっているようだった。
うるさい。
今まで一方的にまとわりついていたくせに・・・
インターホンには朋子の姿が映っていたけど、出るつもりなんかない。
出れば、その場で最悪の言葉を聞くことになってしまう。
インターホンがしつこく鳴る。
うるさい。
今まで自分からは何も言わなかったくせに・・・
私は袖をまくって、円筒水槽の中に手を入れる。
生暖かい水の中で、少し筋張ったような弾力のある塊を手に取る。
それは私の手の中で、弱々しく動く。
これは罰だ。
私は朋子の心臓を握る。
勝手に離れて行こうとした罰だ。
私だってこんなことはしたくない。
でも朋子が悪いんだから。
離れちゃダメだよって教えてあげないと。
私はゆっくりと力を込めた。
心臓はかすかに抵抗するような動きをしたものの、すぐに静かになる。
そしてなぜか、私の意識も遠退いていく。
床に倒れ込むときに、手が自分の胸の下敷きになる。その手に、自分の鼓動は伝わってこなかった。
インターホンはなり続けている。
―― 自滅エンド