ガールズ&パンツァー Interview Log ~戦車道少女たちの記録~ 作:Colonel.大佐
黒森峰女学園 逸見エリカ
〔日本戦車道において最強の名を欲しいままにしていた黒森峰女学園。戦車道の名家、西住家の門下である黒森峰は過去、全国大会九連覇という偉業を成し遂げていたが近年は戦車道興隆による新設の強豪、新戦略を機軸とするかつての強豪に押されている。その契機となった〈大洗の奇跡〉の前後を見届けていたのが彼女、逸見エリカ選手だ。かつて黒森峰副隊長、そして隊長という肩書きを歴任した彼女だが、今は戦車道から離れた生活を送っており、長年にわたり硬く口を閉ざしてきた。あの伝説の試合以降の彼女の足取りには不明瞭な点が多い。過去、数多くの記者からインタビューの話を持ちかけられていたがその都度取材を断られた事があり、今回も取材は不可能と思われたが、意外にも彼女は私の取材に許可を出した〕
黒森峰の戦車道はまさにエリートそのものだった。規律こそ全て、統制の取れた動き、西住流の極意を受け継ぐ名門校。あの頃はそうであったし、事実、あの頃から以前は最強である事には変わりなかった。勝利する事、それだけが私達に課せられた使命だった。
でも、そんな流れに綻びが出たのはあの大会からだった。第62回大会、プラウダ高校の優勝と黒森峰の敗北……そう、あの敗北が全てを変えてしまったのよ。
豪雨という最悪のコンディション、高低差のあるフィールドに氾濫する川、プラウダ高校の待ち伏せが潜んでいてもおかしくは無い地帯を、私達は突破する事になった。でもプラウダ高校の砲撃によって先頭を走っていた三号戦車が川へと転落した。副隊長…みほはフラッグ車から飛び出して、川へ沈んだ三号戦車を助けに向かった……試合そのものを投げ出して!
私はその時、フラッグ車の装填手を任されていた。私の制止を振り切ってみほは川へと飛び込み、三号戦車が盾になろうと前へ乗り出した。だけど、次の瞬間に飛んできた砲弾が命中して、判定装置が白旗を上げたわ。
あっという間の出来事……ほんの一瞬が、十連覇という偉業を、そして黒森峰の神話を打ち砕いた。
それからは反省会という名前の吊るし上げ裁判が始まった。この敗北の責任は誰にあるのか、そしてその責任をどう負うのかと。隊長は「この敗北の責任は全員に課せられるべきである」と皆に語った。全員に責任があって、突破に関する指示を出した隊長にも、そしてコントロールを失った川へ水没させた三号戦車のクルーにも、そして彼女達を助けるためとは言え何も言わずフラッグ車を飛び出したみほにも、そして何よりも装填手でありながら、咄嗟に指示を出してフラッグ車の退避を実行しなかった私にも責任があった。
それでも試合を見ていたOGや後援会、試合に出ていなかった選手たちは私達を許さなかった。そして何より師範は私達の連帯責任を一切認めようとせず、あくまで責任はフラッグ車を見捨てた副隊長にあると断言までしていた。
そして、みほは何も言わず、そのまま黒森峰を去って行った。
あの電撃的な退任と転校は本当に衝撃的だった。みほと親しかった人は、みほを追い詰めたこの状況に激怒して、みほに救出された選手もこの結果には失意とやるせなさを覚えていた。それから辞退を希望する選手が増えた、黒森峰が始まって以来の歴史的な敗北で黒森峰のチーム自体が分解する恐れだってあったわ。でも、隊長は何とかチームの崩壊を防いで見せた。
対する私は……ずっとみほに失望していた。
水没した車両を助けた事自体は間違った事ではないわ。カーボンの限界(※1)や、川底に沈んだ後からの救出時間、川の氾濫……あそこで誰かが救出に向かわなければ、絶対に誰かが犠牲になっていたし、今思えばあの行動は間違った判断ではないとも言える。けれど、あの後に何もかも投げ出して逃げると言う道を選択したみほに対して、私は裏切られたというショックを受けたわ。
私にとってあの二人は黒森峰を統率するリーダーとして完璧な存在であり、同時に絶大な信頼を寄せていた。私とも親しく接してくれて、訓練や試合で助けたられた事は幾らでもあった。けれども、あの試合の後、私達に何も言わず、みほは全てを投げ捨てて黒森峰を去って行った……私を失望のどん底へ叩き落すには充分すぎる出来事だった。
ただ、感傷に浸っている暇は無かったわ。副隊長の指名がかかったのは、ちょうどその頃だった。
――みほ選手の転校で後釜を指名された、という事ですか?
いえ、違うわ。
黒森峰はかなり厳格で、ただ単にあなたは有能だから副隊長として即採用、なんて事は一切無かったわ。それぞれのチームの車長を選び、グループ別に分けた上で選抜試験を実施して隊長が審査した上で指名する。それこそ血の滲むような努力をした者、才能をもった者、経験を積み重ねた者、そういう人たちにチャンスは巡ってきた。
みほの転校後、すぐに副隊長の選抜試験が始まったわ。私はとにかく優秀な成績を残そうと努力した……あの敗北に関わった身として、この黒森峰、いえ、西住流の名をこれ以上汚すまいと。
でも選抜試験の結果は……自分でも酷いと思う物だった。
なのに私は副隊長として選ばれた。あの日、隊長に呼び出されて直々に辞令を受け取った私は思わず聞き返した、どうして私が副隊長に選ばれたのですか?って。隊長はただ一言だけ答えたわ、「私の個人的な理由だ」って。隊長はむしろ、思い詰めていた私を立て直すために副隊長として指名したのかもしれないわ。未だに真相は不明だけど。
それから鬼のような訓練と副隊長としての特訓が始まった、隊長の付き人として、副官として、チームを率いる頭脳として。私に与えられた役割はとても大きくて、とにかく仕事に忙殺される日々だった。
みほの事はもう忘れてしまおう、そんな事を思いながら、春が過ぎて夏が始まり、ついに去年の雪辱を晴らすチャンスがやってきたわ。でも、全国大会の抽選会で私が目にしたのは……
〔言葉を詰まらせ、一瞬の沈黙の後に再び話を続ける〕
みほの姿だった。
私はただ困惑して、平静を取り繕うのに精一杯だった、観客席からおどおどと抽選のカードを引く姿を見ながら、私はその姿に怒りを覚えていた。戦車道を辞め、責任や重圧から逃げるために黒森峰や私達を見捨てて逃げ出したみほが、知らない合間に逃げ込んだ先の学校で戦車道を始めているだなんて……
もちろん、これは師範に知らさなければならない重要な事実だった。私はすぐに隊長へ進言した、これは報告しましょうと。けれど隊長はすぐに頭を振った、そればかりか私に対して口外は絶対にするなと言い出した。隊長曰く、余計な事は絶対にするな、と。
私はみほの戦車道復帰を宣戦布告だと受け取った。彼女なりに考えた上での西住流に対しての報復なのではないか、そうとすら私は思っていた。だからこそ怒りは倍増だった。
私なりに言いたい事は沢山あったけど、抽選会の後にそのチャンスがやってきた。学園艦に帰る前の観光にどこかへ寄っていきましょう、という仲間の言葉で私と隊長は戦車喫茶に行った、皆が帰った後も、私は隊長と今後の対戦校についての論議と訓練内容変更の打ち合わせをしていた。
それも終わり、帰ろうとしていた矢先に、みほと店内で再会したわ。
あの店内で、仲間達と一緒に楽しく談笑をしながら笑っていて……まだ怒りを引き摺っていた私はすぐにみほに声をかけた。皮肉をぶつけ、無名校が大会なんかに出てきて身の程を知れと心無い言葉までぶつけた。でも、みほの取り巻きは私達へ反論を仕掛けてきた。
後で聞いた話だと、隊長がみほと久しぶりに再会したのはあの場だったのよ、再会に水を差し、ただ嫌味を振りまいて場の空気を引っ掻き回した私は間違いなく悪党だった。暫くしてから我に返った所で自己嫌悪までしてきた、でも、それを忘れるように練習に打ち込んだ、どうせもう合う事はない、一回戦で敗退するのが落ちだろうって。みほはもう戦車道も取らず、私達の事を忘れて、また新しい生活に戻るのだろうって。
――しかし、実際は違った。
ええ、その後の話は記録されている通りよ。
サンダース大付属は相手が手加減をしたからそうなっただけ、アンツィオ高校は撃破して然るべきような相手だったけど、プラウダ高校の戦いは長期戦に持ち込んだ上で隙を運よく突いただけ、全ては偶然だと思っていたわ。
実際に、決勝戦前に行った研究会では大半の選手が口をそろえて偶然だと結論付けていた。使用している戦車も性能の低いポンコツと失敗兵器揃い、それに比べれば私達の戦力はどう考えても優勢で、例えどんなバカが指揮しようとも勝てる相手だと踏んでいたし、私だって同じ事を考えていた。どうせ素早く追い詰めて包囲して、砲撃を一斉に叩き込めば勝てるだろうと踏んでいたし、実際に決勝戦の序盤、私のティーガーⅡはフラッグ車の無防備な後部をその照準に捉えていた。
でも研究会で異を唱えた選手がいた、隊長、そして小梅の二人だったわ。
隊長はみほの事をよく知っていたし、今回の快進撃も偶然や運が結果したとは思っていなかった、相手を過小評価し慢心する事が最大の敗因になると隊長は一喝した。小梅も同じ様な理由を挙げていた。
でも私は勝てると踏んでいた。
戦車の性能に対する絶対的な自信、自らも西住流の看板を背負う一員であるという使命……でも私は負けてしまった。去年と同じくフラッグ車を守れなかった……
でも、戦ってみて私は始めて気が付いたわ。私達が背負っていた最強の戦術と戦車は、実際にはとても脆い存在であった事、そして、みほは西住流とも違う、自分のやりたい戦車道を貫き通した事を。
次は負けない、そう思って私は次の一年を必死なって戦った……もう私は戦車道をする資格が無いのか、もしかしたら自分には指揮官として、いや、戦車乗りとしての才能は無いのだろうか。一時期はそんな事ばかりを考えながら戦車に乗っていた事もあった。だからこそ黒森峰を卒業した私は戦車道から離れるという道を選択して……それから……もうみほとは会っていないわ。戦車の振動に揺られる事もないし、もう二度と戦車乗り、それも指揮官として参加する事も無くて。
でもニュース番組やスポーツ記事でみほ達の姿を見かける度に、出来る事ならみほに謝りたい、ずっとそう考えていたわ……今までの自分の行いを振り返りながら、ずっとそんな事を考え続けてきた。
だからこそ、隊長から届いた日本代表選抜への誘いに明確な返事を返す事が出来なかった。でも今ならハッキリと言える。次の私の目標は決まっているわ。
(※1……カーボンの安全性の限界については長年議論されているが、未だ水没時に関する確実な防御策については実装されていない)