ガールズ&パンツァー Interview Log ~戦車道少女たちの記録~ 作:Colonel.大佐
大洗女子学園 角谷杏
〔学園艦の案内が一通り済んだ所で、彼女に誘われて私は大洗女子学園艦の艦橋部分にある、かつては生徒会専用室だった部屋で食事を取っている。彼女の得意料理であるあんこう鍋に舌鼓を打ち、後片付けを終えた彼女は窓の外から眺める学園艦の夜景を堪能しながら、しみじみと当時の事について語り始める。レコーダーを回していいか尋ねる私に、彼女は笑みで答える。その昔話は、当時の学園艦運営に纏わるものなら、学園艦教育局に対する愚痴へと変わっていく〕
今はそうでもなくなったけれど、当時の学園艦教育局の杜撰さには呆れ果てたね。昔好景気だった頃に文科省がやった「全都道府県に1学園艦を」という運動は覚えてるかな?まだこの国が明るくて、前向きな未来を持っていて、何でもやれるような気がした時代……とは言っても私はまだ生まれてもいなかったんだけど。とにかくその頃に推し進められた運動はいろんな学園艦を作り出した。もちろん、学園艦建造の出資者によっては校風が左右されて、色んな国を模した学園艦が生まれたのはよかった。
けれど、その後に景気が悪くなって以降、そうした学園艦は国庫をどんどん圧迫していった。自分で蒔いた種のせいで自分の首を絞めてるあたりが何ともばかばかしい話だけど。もちろん、学園艦そのものが一つの「街」そして「都市」として生き延びることや、出資者の惜しみない援助、何よりも廃艦による経済・人材・産業含む色んな損失を考え、学園艦を潰さずにそのまま運営させるというケースは存在していた。まぁ、そういった庇護がない学校に対して、学園艦教育局はひどい事を一杯させた。
その主な仕打ちの一つが、大洗の廃艦だった。
――ですが、大洗女子学園は生き延びた。
生き延びる、なんて大げさな言い方だけど。まあ、そんな感じだね。
でもまあ、学園艦教育局はあの時、もっと最低な事ばかりしてたよ。当時の黒い噂は知ってる?とにかく色々あったよ。
――例えばどのような事ですか?
1つは学園艦教育局の資金稼ぎ。国から予算を減らされて顔色が悪くなった教育局が、学園艦を廃艦させる際に生じる資金で自分たちの懐を潤そうとしたって噂。学園艦の運営に他国の出資者、もしくは豊富な資金源を持つスポンサーがついてる所はそれだけで学園艦を動かしていけるから、潰す理由もないし、無理やり廃艦にさせた日には大バッシングを受ける事になる、権力者が絡めばそれこそ問題事だからね。となると、そうしたスポンサーもいなくて、かつ潰れた所でその学園艦以外は困らないし文句も言わないような学校を潰せば、自分たちを貶める事なく解体による利益を得る事が出来る……そんな噂話もあった。
それから、教育局が学園艦の解体業者と癒着していて、解体によって不正な利益を得ようとしていたっていう洒落にならない噂話もあったよね。
そもそもこの学園艦そのものが鉄で出来ているって事は、解体する事で生まれる資材の量はそれこそ莫大な量になる。特に解体業者は当時不景気で、解体の誘致を頻繁に教育局へ打診していた、なんてニュースも見たっけ。
とにもかくにも、この話には裏がありすぎた。だからこそ、教育局の役人との戦いは油断ならない状態だった。覚えてるかな?最初の優勝後に廃艦騒ぎがあった話。
――存じています。約束を無碍にされたと各方面から話題になりましたね。
その通り。私たちの努力は無碍にされた。
しかも、その時の理屈が何だったか覚えてる?「口約束は約束ではない」って。酷い話だよねー、自分達にとって都合が悪くなったら誤魔化す。いや、元々私達が優勝できないと思って、最初から学園艦の解体の準備をしていたのかもしれないってね。
生徒会長という仕事をしている都合上、汚い大人は何人だって見てきた。あの学園艦の教育局の役人……あれは、そんな中でも一際酷かった。学園艦を追い出されて夏休み明けにはバラバラに離散する事が決定し、さらには所有していた戦車まで没収されようとしている時、さすがに私ももう駄目だと腹をくくった。かくなる上は法廷まで話を持ち込んでやろうか、って所までね。でも、ここで熱くなって下手に打ったら元も子もない。じゃあ、どうしよっか?って考えた時、真っ先に思いついたのが戦車を手元に残す事だった。
私達の学園艦にはもう手札は残ってないと思っていたけど、戦車道という“道”だけはまだかろうじて残っていた。なら、どうすべきか?
〔彼女はニヤっと笑ってから指を鳴らした〕
戦車を無くした事にしてしまえばいい、それなら教育局の目も誤魔化せる。そう考えてまず真っ先に小山に偽装した書類を書かせた。これで書類上は完璧、あとは戦車を隠すだけ。そこで頼み綱になったのはサンダース大付属だったってわけ。巨大な輸送機を使って戦車を空輸してもらって、こっそり大洗へと運び込む事でこの課題をクリアした。念には念をいれて、学園艦の教育局の最終チェックが来る前にわざと8台分のコンテナを用意して大洗沖へ投棄させて「輸送中に海に落ちた」とまで嘘をついた。どうせ後から追求されても「実はコンテナに積み込む前だったんですよ」とでも言えばいいだけだし。
それから、戦車道でどうやって学園艦を救うか考えた私はまず先に陸上自衛隊の教官に頼む事にした。そうそう、戦車道再開時に呼んだあの人(※1)。それから事を大きく引っ掻き回すために戦車同連盟の理事長の所まで押しかけた。そこで対策と言質を取ったら……次は教育局を土俵へ引きずり出す為の「銀の弾丸」みたく決定的な切り札を用意する事にした。
そこで頭を下げてお願いしたのが、西住ちゃんのお母さん……西住しほ師範だった。
まず始めに教官を通して、師範に連絡をとろうとしたけれど、私が連絡を取るまでもなく向こうから連絡が来た。
最初に廃校決定は本当かについての確認、それから西住ちゃんが黒森峰へ戻るかどうかについて、西住流に対してどのような事を望んでいるか、というやり取りをした。まあ、ここでは言えない事も一杯あったけれど、黒森峰、西住流本家を打ち破った大洗がリベンジする前に廃校になるのはどうしても回避したいというのが向こうの狙いだったみたいで、幾つかの裏約束と一緒に師範の協力を得る事に成功した。
それからはもうトントン拍子で話が進んでいった。まずは例の役人の前で正式な約束を取り付け、大学選抜チームとの試合に勝つ事で学園艦の存続を認めさせるというところまで炊きつけた。私の一番の仕事は、その時点で終わったも同然。あとは試合に参加して1両でも多くの車両を撃破する事、そして西住ちゃんを信じる事が残りの仕事になった。
ま、最初は99%無理な話だったんだけどね。
――あの試合は終盤まで優勢でしたが。
あの時は、ね。
教育局はどうしても私達を潰したかったみたいで、とにかく不利な状況を作ろうと躍起になってた。まず試合ルールを殲滅戦に変えた時点で、私達は総力戦という戦力上不利な戦いを強いられる結果になった。それから、30両という大物量を押し付けてきて、ルールを自分達優位にして臼砲のような飛び道具まで用意していた。対する大洗はたった8両、しかも所有する戦車のほとんどは旧式や試作戦車のような性能で劣るものばかり。つまりは私達が最後の最後で力尽きて折れるのを望むような茶番じみたお膳立てだった。逆に言えば、こちらが勝てば相手は絶対に折れるしかない状況でもある。
しかしまあ、ここで全国大会での経験が活きてきたのか色んな学校の生徒が「短期転入」とかもっともらしい都合を付けて加勢してくれた。そういえば廃校間際に色んな学校から「大洗女子学園の制服が欲しい」って連絡があったけど……あれは……
まあ、後の結果は言うまでも無いよ。あれは最後の最後の奇跡だったね。
〔満足気な顔で、彼女は壁にかけられた写真に目を写す。あの試合で大洗側に参加したすべての戦車道選手の記念写真だ。写っている少女たちのユニフォームは全てばらばらだ〕
最高の勝利だった。でも浮かれていたのは最初だけ、私の頭の中にはすでに次の事が浮かんでいた。まずは学園艦の建て直し、それから次もこんな綱渡りをしないようにする為の安定した基盤作り、後輩の育成、それから進学も。夏が終わってあっという間に秋が過ぎて、冬が終わった頃には何とか全部の仕事を片付ける事が出来た。唯一の心残りは卒業式のスピーチ内容を考える事だけだったかな。
でも、それから暫くの間は大洗学園艦を廃校にさせるための策略はあったみたいでさ。少なくとも数年間は教育局が躍起になって、適当な理由を付けては廃艦のための策を巡らせていたけど、流石にその頃には戦車道での実績も確立して生徒数も増えて、何より学園艦自体が生み出す経済効果も見込みができたから大した問題じゃなかった。よっぽど教育局は廃校を阻止した私たちが憎かったみたい。まあ、教育局内部の人事異動やマスコミや関係者による告発が進んで、例の役人もいなくなってからはその話も立ち消えになったけれど。税金が然るべき使われたのは喜ばしい事だと思うよ、うん。
あの頃は目まぐるしい時代だったけれど、生徒会長として、大洗を牽引するための立役者として、自慢じゃないけれどその間に私は与えられた役目を全うしたと思っている。
一介の女子高校生にしては、よくやったかな、とは思うよ。
(※1……現戦車道連盟の蝶野亜美女史。当時は陸上自衛隊の一等陸尉だった)