ガールズ&パンツァー Interview Log ~戦車道少女たちの記録~ 作:Colonel.大佐
大洗女子学園 ツチヤ
〔戦車道チームを支えるのは『整備』という裏方の存在である。大洗女子学園の類稀なる快進撃を支えたのは他ならぬ彼女たち自動車部の存在があったからだろう。後の決勝戦に自ら戦車乗りとして参戦した大洗女子学園“レオポンさんチーム”のツチヤ選手は今でも戦車道の選手と整備士という二束の草鞋を履いている。今でも戦車の整備を続け、今日このインタビューもガレージで整備が完了した戦車の脇で行っている。ツナギ姿の彼女は笑顔でインタビューに応じている、『専門的で解らない部分はなるべく出さないで話すから』と話しながら、彼女はあの学園の戦車と自らが所属していた自動車部に関する話を打ち明けた〕
あの日、部室でいつものように自動車を弄くっていた時に、生徒会の3人組がやって来た。「ついにうちも廃部か」って気がしたんだよね。所属していた自動車部は部員4人のちっぽけな部活、それも学園の千単位の生徒の中のたったの4人。そりゃもう風が吹けば飛ぶほどのぼろい部活だったんだよねぇ……
部室と言っても放置されて廃墟同然の部室棟の脇に作った、スクラップ置き場なのかガレージなのか解らない場所で毎日毎日、車の整備にレストア、学園長との野良レースに明け暮れていて、予算も結構食ってる部活だし好き勝手やってるから生徒会にいずれ何か咎められるんじゃないかって気はしていたんだ。
で、生徒会長がこう言い出した。「自動車部って戦車の整備やレストアは出来る?」って。そりゃまぁ曲がりなりにも『車』ですよ、自動車部なら何でも直して見せますよ、ってナカジマ先輩が言ってみせた。
あ、ナカジマさんってのは私の先輩ね。私だけ2年生であとは皆先輩だった。他にもホシノ先輩、スズキ先輩がいたし、この時にはもう卒業していたけどテラダ先輩もいて……まぁテラダ先輩の話はいいか。
それで生徒会は他に二、三質問して帰っていった。「重機を動かせる?」とか「戦車に関してどれくらい知識がある?」とか。最初は何のことかと思っていったけど。それから一週間後に生徒会がまたやってきた。今度はおいしい話、曰く「もっとマトモな部室と設備は欲しくないかい?」って。
まぁ半分吹きさらしみたいな活動場所で車を弄くってるだけの部活だから皆揃って「欲しいです!」って答えたんだよねー。今思えばあれが戦車道との長い付き合いの始まりだったかもね。
長らく使っていなかったグラウンド脇のレンガ作りの大きな倉庫、そこの一部分を好きに使っていいと言われてすっかり有頂天になっちゃってね。これでマトモな場所で整備が出来る、マトモな設備が使えるぞー、なんて喜んでいたけど。
でも交換条件として提示されたのは「これから生徒会の命令は絶対に遂行する事」って命令と、山のような戦車に冠する資料を突き出して「全部覚えろ」の一言。いや、ホントに山ほどあったよアレは。
これに目を通して戦車に関して完璧な情報と知識を備えてくれ“戦車を完璧に扱えるようにしてくれ”って注文だった。最初は抵抗感があったけど程度のいい部室確保の為ならやらなきゃならないし、何よりも戦車っていう未知の乗り物に対する興味が勝った。私達はそのまま「わかりました」って答えた。
昔から物干し竿代わりに使ってた戦車の砲身があったから、この学園艦に戦車があるのは何となくわかってたんだけどね、ついに戦車を扱える日が来たのかって思った。生徒会から渡された資料を三日三晩読み漁って、私達がタイガーやパンターみたいないじり甲斐のありそうな戦車を整備する日を夢に見ていたけど、いざ始まってみれば「戦車がどこにあるかわかりません」だもんね。格納庫に野ざらし放置ならまだ良かったけど、まさか学園艦のあちこちに捨てられていたとは……何考えてるんだと小一時間問い詰めたかったね。
まぁ、正直4人そろって「何でこんな所に捨てやがった」って呪いの言葉を吐きたくなったのは事実だよ。38tは山道に放置されていたら運ぶのはまだマシだったし、四号戦車は格納庫内にあったからレストアして整備してハイ終了、で済むんだけどM3リーはウサギ小屋の中、三突は池の底、おまけに八九式に至っては崖のど真ん中に捨てられていたんだよ?おかしいよねー、ホント。笑っちゃうしかなかったなー。おまけに今日中に回収しろ、それも素早く、っていう注文を生徒会から言われた時には「そんな無茶な!」って思ったよ。
M3リーはウサギ小屋の中でエンジンを整備して、小屋を解体して引っ張り出すという荒業に出て何とか引きずり出したけど、三突は池の底だから4人の中で誰かダイビングできる人がいないか探して、経験のあるホシノ先輩が水中でワイヤーを固定してから借りてきた重機で引っ張って何とか水底から出して……八九式は一旦解体して上からクレーンで吊って回収したんだよね。
――全部4人でやったんですか?
さすがに生徒会長もそんな酷い真似はしなかったよ。重機やクレーンとかちゃんと手配してくれたし、半日限りで助っ人も何人か呼んで来てくれた。テラダ先輩もいつの間にか手伝いに来てくれたし。
で、グラウンド脇の格納庫へ全て並べた時点で私達はくったくたに疲れていた。これから戦車の掃除もしなきゃいけないのか……って思っていたけど、会長から「暫くは休んでいいよ」と言われて遠慮なく休む事にしたけど、本当にみんな泥みたいに眠っていてね。私も横になったら信じられないくらいすぐ眠れた。
気が付いたら夕方になっていて、戦車の清掃はある程度終わっていた。よし、じゃあこれからじっくり整備して動かせるようにしようか、って普通は思うでしょ?ここでもまた生徒会の無茶苦茶な命令が下された、なんと『明後日中に試合に使えるレベルまでレストアせよ』だってねぇ……
エンジン一つ、足回り一つ整備するのにどれくらい時間や労力を食うか生徒会は本当にわかって言ってるのかな?って気はしたけどね、もちろん戦車の整備自体は嫌いじゃなかったし、むしろ歓迎してもよかったくらいだけど、幾らなんでも要求が無茶すぎた感じはしたよ。まるでちょっとしたタイムトライアルって感じだったけどね。おまけに格納庫の中は散らかり放題で何が何やら解らないし、スペアパーツもどこにあるのか解らない完全な手探りの状態だったけど。
でも調べていくうちにこの5両の戦車のスペアパーツが埃を被って格納庫に埋蔵されていた事がその日の内に解って、私達は不眠不休で戦車を復活させた。
いくら若いからってあの強行軍は今思えば無茶があったね(笑)、栄養ドリンクの空瓶がそこら中に転がって、ツナギもいつに増して汚れて、挙句あまりの強行軍に幻が見えるようになったり戦車に語りかけるようになったり……
最終仕上げに最新の撃破判定装置を積んで、カーボンを再度被膜して終わり。それが終わる頃には試合当日の朝になっていた。徹夜明けでぐっすり眠ろうとしたけど、また戦車回収の任務が言い渡されてね、結局寝たのはその日の午後からだったね。
――さぞ辛かったでしょう。
いやー?戦車に関する整備だし自動車部としては血が滾らない方がおかしい状況だったと思うよ。徹夜のしすぎで何か得体の知れない高揚感があったし。
それに自分達が仕上げた戦車が実際に動いて主砲を撃ってる光景を見た時は達成感があったんだよね。まぁその感動も最初の内で、段々それが当たり前の事になっていったけど。
それから整備や修理の仕事は格段に増えていってね。聖グロリアーナとの練習試合、サンダース大付属高校との戦いではコテンパンにやられちゃって大変だったんだよね。確かに戦車の整備や修理は刺激的ではあるけど、このままじゃ本格的にマズいって。
そこでナカジマ先輩は隊長に切り出した、「損害の程度によっては修復にある程度時間がかかる場合があるから、その場合、次の試合に出れない戦車が出るかもしれないです」って。隊長は納得していたんだけど、その日の夕方、整備中に生徒会がやってきた。
広報の河嶋先輩が物凄い捲くし立てていたのは覚えていたなぁ「何をたるんだ事を言っている」とか「必ず出せ、1両も欠ける事なく試合へ復帰させろ」とか「そんなザマでは我が校の戦車道は運営できない」とか何とかかんとか。ぶっちゃけ誰も聞く耳はもってなかったけどね、いつもの河嶋先輩だったし。
でも横に立っていた生徒会長だけは神妙な面持ちでね「あの秘密を打ち開ける」と言い出して今度は生徒会の面子が慌しくなり始めた。「しかし、それは機密事項で……」とか、それまで高血圧だった河嶋先輩が妙に歯切れが悪くなって。
生徒会長は食い下がらない河嶋先輩をなだめてから話を続けた……我が校は廃校の危機に瀕している、そのためには全国大会で優勝し実績を勝ち取るしか方法が無い、その為には自動車部の協力が必要不可欠である、だから戦車は試合毎に1両の欠けも無く戦列へ復帰させてくれ……って。
バケツ一杯の氷水をぶっ掛けられたような衝撃だったね、あれは。負けたら廃校なんていう重荷をいつの間にか自分達が背負っていたなんて、今まで感じていなかった重圧とショックが一気にのしかかって来た。皆は一斉に黙っていたし、ただただ沈黙が続いた。
それを破るように生徒会長が話を続けた、これは秘密事項だから絶対に口外しない事、隊長にとってこの話は確実に重荷になるから、悟られるような言動も行動も禁止、いつも通りに振舞ってほしい……難しい注文だったね。でもあの言葉で皆は納得したよ。
私達整備は裏方の仕事、決して注目を浴びる事の無い、でも絶対に必要な仕事。それから文句も注文も付ける事なく全力でやるべき仕事に打ち込んだねぇ……あの頃は自動車部なのに全然自動車を弄くっていた記憶が無いんだよね。
それから新しく戦車を見つかり、あの試合に、ついに私達が整備を夢見ていた車両が加わって……
――ポルシェティーガーですね。
そう、ポルシェティーガー!学園艦の地下倉庫に隠されていた曰く付きのマシーン!そして私達自動車部が乗り回した唯一の戦車。
あの頃、隊長の方針で各戦車に識別用のシンボルマークとチーム名を付ける習慣があって、私達のチームは「レオポンさんチーム」って呼ばれていた。あれは私が使っていたクリーパー(※1)に貼り付けてあったシールが元ネタでね。私達も整備とレストアにかなり力を込めた戦車だったから、親しみを込めてレオポンって呼んでたんだよね。
未だに使われた前例の無い戦車(※2)だったから最初は手探りで、どうやったら戦車道をやっている皆が使いこなせるかって考えていたんだけど戦車を増やそうにも人手が足りないって事で結局、自動車部も連盟の選手名簿に登録して参加する事になっちゃって……
でも、資料と睨めっこしたり実際に乗って動かしてエンジンの調子を確かめたり、砲の調整をしたりとか、運用に関するノウハウはすっかり身体に染みこんじゃっていた、だからこの頃は「いきなり決勝戦で試合なんて無茶な」と思うよりも「全国大会に殴りこみか、レオポンの実力を全国に知らしめてやろうじゃないの!」って気持ちが一杯だったね。
まぁ、決勝戦に関する話はちょっとここで語るには長すぎるから、これくらいで。
戦車道を通じて他の学校の生徒とも話す機会が増えたけど、あの試合が終わって優勝を経た後に私達が「あの戦車の整備・修理を担当していて」って説明するとみんな何故か尊敬のまなざしを向けてくるんだよね。特に戦車道の専属整備士が揃ってる学校なんかは特に。
でもあの後に言われて見れば整備周りで苦戦している学校は数あれど試合で整備不良が原因で脱落する車両、整備不足で稼動不能になる割合が断トツで低かったのはうちの学校だった(※3)らしいんだよね。そう考えればあの大会を勝ち抜けたのは隊長の非凡な指揮と皆の活躍、ってのもあるけど自動車部の整備あればこそ、とも言えるかもね。
決勝で黒森峰のティーガーⅡが走行不能になったって話を聞いて、皆は「あれが幸運な事だった」って言ってたけどうちら自動車部はそれに付け加えて口をそろえてこう言ったね、「私達だったらあんな不始末は起こさない」って。整備の仕事はそこにある。試合を安全に、そして憂いなく戦うためには整備は必要不可欠だし、完璧な整備無くして勝利は無い。自動車だってそうでしょ?整備が無ければ車はいずれ壊れるし、思うように動いてくれない、戦車だって同じ事。別に試合には全然参加しなくても、自動車部は戦い続け、最後まで1両も欠ける事なくあの大会をやり抜いた。
それが自動車部一番の誇りだよ。
(※1……自動車下へ仰向けになって入る際に使用する台車)
(※2……ポルシェティーガーを過去に運用していた学校は大洗女子学園のみであり、運用実績が存在している学校は国内に存在しない)
(※3……このデータには諸説あるが、大洗女子学園で試合中に撃破された全ての戦車が次の試合まで問題なく稼動していた事は事実である)