ガールズ&パンツァー Interview Log ~戦車道少女たちの記録~ 作:Colonel.大佐
大洗女子学園 角谷杏
〔「出来れば学園艦のもっと深い所を案内してあげたかったけど」と彼女は笑う。母校、大洗女子学園に取材クルーが来た事は数多くあったが、学園艦の広報担当ではない人物による案内はこれが初だ。彼女が案内してくれたのは戦車道で使用されていたレンガ造りの格納庫。今現在、戦車道格納庫は校舎の改装と戦車道の拡大化に伴い拡張工事が決定している。ここに戦車の姿は殆ど無く、ヘッツァー1両と移動を待つ僅かな物資のみが残っている。彼女は2人で佇むには些か広すぎる格納庫の中で、ヘッツァーの車体を撫でながら、当時の事を振り返り始めた〕
西住ちゃんやみんなの活躍で廃校は阻止できたけど、その次の年度は大変だったって聞いてる。あたしが卒業する直前、この学校の入学希望者や見学希望者の一覧を見たら前年度の倍以上の数があった。優勝した事による人気、ってのもあるけど、その半数は「学園艦が統廃合されるので大洗を転校先に事に決めた」っていう、暗い理由を引っさげた人たちばかりだった。
あたしらと同じく、実績を残せずに生徒数を減少させるだけの小さな学園艦ってのは他にもあった。私は卒業する前にそういった理由でやってきた彼女達を全力でフォローするよう後輩たちに指示して回った。彼女達にとってはうちの学校は漂流した上にたどり着いた孤島みたいなもんだからねー。それに次の年の戦車道大会はさらに苦しい戦いだったらしいしね、あたしらに負けて面子が丸つぶれになった強豪校のリベンジ戦で相当凄い戦いばかりだったし。
廃校を回避したのは偉業だけど、あんなギリギリの状況はもう金輪際したくないね。
あの頃……廃校を回避する直前の生徒会……というか学園の運営はかなり厳しかったよ。生徒数の減少、減らされる予算、廃校のプレッシャー。そんなの状態なのに学園長は自動車部と野良レースやっていて学園艦の重要な運営に関しては全部あたしがやっていた。本当に学園長は何やってんだかなー。
でも万が一に備えて、円滑に廃校できるための処理も抜かりなくやっておく必要があった。だからこそ生徒会は酷い状態でね、生徒会室は破棄予定の書類や処分する備品を選別するための仕事に忙しかったし、廃艦後に他の学園艦に譲渡するための備品リストを作っては移送の準備をさせていた。秋山ちゃん流に言わしてもらうのなら「戦後処理」や「武装解除」って奴だね。
それでも皆には悟られないように、こっそりとやる必要があった。やむをえない事情でこの秘密を教えたのは自動車部と生徒会の一部だけ。私と小山と河嶋、この3人だけで共有していた秘密だった。
――小山柚子選手と河嶋桃選手の事ですか?
そうそう。
小山と河嶋は私と同期で同郷出身、小学校からいつも一緒だった。生徒会に入ったのも一緒だったし、友達以上っていうか親友だったね。小山はやる時はやってくれる頼り甲斐ある子だから生徒会副会長という仕事も、戦車の操縦も完璧にやってくれたけど、河嶋はなー……少なくとも威厳があるように“見せる”事と扇情的な書き物をやらせたらピカイチだったから広報の仕事についてくれた。
ただ河嶋は砲手をやらせたら全然だったなー。後で西住ちゃんに砲撃が当たらない事について聞いたら「緊張しすぎて当たらないか、距離の計算が一切出来ていないか、照準器の故障か、砲撃のセンスが無いか、或いはそれ全部が理由なのかもしれません」って。実際練習試合からプラウダ高校との戦いまで、河嶋が1発も当てた所みたことないし、役に立った事はあんまりなかった。
特に酷かったのは聖グロリアーナ女学院と練習試合を申し込んだ時だった、自分で作戦を立てておいて「姑息な作戦だ」とか言っちゃうし、何よりも囮として引き付けて来た西住ちゃんの四号戦車を誤射して、あげくに1発もあたらなかったんだよね。おまけに攻撃力不足だし当たってもたいして効果はないだろうし。でもまぁ、愛校心と一途に打ち込む姿は私の支えにはなってくれた。
でも、あの頃の皆は全体的に気が緩んでいたんだよね、戦車は派手に塗っちゃうし、待ち伏せの待機中はトランプで遊んたりバレーで暇を潰している子もいるし、河嶋が完璧だと思っている作戦もその実、聖グロリアーナには微塵も通用しなかったわけだし。危機感がないと言うか、みんな戦車道を軽く見ていた節があった。私も同じくね。一応、やる気を出させるためにも「負けたらあんこう踊り(※1)」っていう相当の罰ゲームも用意していたけど。
――例の動画サイトにアップされている踊りですね。
うーん……あれは正直拡散されたくなった事実ではあるんだけどねぇ。確かに恥ずかしい踊りではあるんだけど、問題はあの時使った特注のボディスーツがあんまりでねぇ……西住ちゃん達が日本代表選手に選ばれた今となっては正直掘り返されたくない話だろうけど(笑)
ま、とにかく。あの時はベテランの西住ちゃんが引っ張ってくれていたけど、あまりにも重荷過ぎるし、強豪校なら二軍どころか三軍にも入れないような選手揃い。金ぴかに塗った38tがボロボロになって回収車に運ばれてくるのを見て、私はこのままじゃ何があっても勝てないと思った。サンダース大付属と戦った時は勝てたけど、あれはケイがフェアプレイを尊重した結果勝てただけ。本気だったら一回戦から捻り潰されていてもおかしくなかった。
私はその日から知識だけじゃダメだと自分に言い聞かせて、自分なりの特訓を始める事にした。練習が終わって放課後になってみんなが帰る中、私は小山と河嶋に頭を下げて練習に付き合ってもらうように頼んだ「私が砲手をやる」って、流石にその後「河嶋じゃどう頑張っても当たらない」と言ったら本気で怒られたけど。だったら河嶋が装填手を頼む、河嶋なら大丈夫だから、って頼み込んだらOKの返事が出た、それでまぁ実際に砲撃をやってみたわけだけど……やっぱり西住ちゃんが言っていた河嶋の評価は正しかったんだな。
で、ここにきてようやく私達のチームは目標に命中させる事が出来た。精度はサッパリだったけど。
――それでもプラウダ高校戦と決勝戦での砲撃は見事だとの声もありましたが。
まぁ来る日も来る日も砲撃練習をやってた甲斐があったからね。それに、みんな戦車道を始めたてにしては腕もよくなってきたから、私も負けられなくてね。
でも試合全体の活躍は全然だった。私達のチームはT-34を2両撃破しただけ。それよりもあのプラウダとの試合で一番の収穫は西住ちゃんがプレッシャーに負けず、私達を引っ張ってきてくれた事だった。
あの廃墟に戦車を押し込めてプラウダの降伏勧告を跳ね除けた時、私は「ここまで来れたから試合に負けてもいい」と言う声を聞いて、ついに秘密を打ち明ける事になった。学園が廃校になる事実を伝える事で、皆が奮起してくれる事を期待していた。
でも、あれのお陰で士気は余計にがた落ちしちゃったんだよね。外は吹雪、試合時間も長くなることを予想していなかったから食べ物もなく暖房もなくて、その上状況は四面楚歌、プラウダ高校は焚き火を囲ってボルシチを食べていて、号令一つで私達を建物ごと生き埋めにできる準備が出来ていた。お陰でみんなやる気を失っていた。
ついさっきまで、西住ちゃんが良い事言っていたのに……まぁ、状況が状況なだけに酷かったけどね。
でも士気を高める為に西住ちゃんがいきなりあんこう踊りを踊り始めて……思わず笑っちゃうと同時に、やっぱり西住ちゃんは指揮官であり、それと同時に負けたら廃校というプレッシャーを物ともせずに私達を引っ張ってこようとしてくれている、そう思った。
ま、私達が士気を盛り上げる一方でプラウダ高校は試合が長引きすぎて緩みまくって、結果的にミスばかりやらかして、そこを突くような形で勝利した。
でも38tで戦うにはあそこが限界だったね。だってさ、スターリン(※2)に当たった砲弾が跳ね返ってるのを見たら「ああ、こりゃ勝てない」って思っちゃうのは仕方ないでしょ。
決勝前に義援金で攻撃力のあるヘッツァーへ改造したのはいいけど、決勝では履帯や転輪の破壊か軽い損傷程度。それでもマウス撃破の土台として活躍できたのが唯一の救いかなー。あれは38tのままだったら絶対に出来ない芸当だったし、あのタイミングでマウスを撃破できなかったら負けていたかもしれないね。
そういえばあの決勝後は黒森峰の子から散々に批判されたっけ、直々に私達の所まで乗り込んできて「うちの履帯を破壊したのは誰だぁー!」なんて叫んでる子もいたなぁ(笑)、更に私を1年生か何かだと思っていたし私が生徒会長で3年生だ、って言っても信じてもらえなかったっけ。
たった1年間だけの戦車道だったけど、こうしてみるとやっぱり試合だけでも色んな思い出があったんだねぇ……
(※1……大洗女子学園で考案された踊り。専用コスチュームの派手さと殺人的なまでのハードな踊りから大洗女子学園では今でも生徒から嫌われている)
(※2……IS-2重戦車の愛称、ISがソ連の指導者ヨシフ・スターリンのイニシャルと同じ事が由来)